【論文267】変位電流は、電流ではない

要旨

充電中のコンデンサの板のあいだには、電荷が一つも渡っていない。それでも、そこには磁場が立っている。本稿が問うのは、では「電流」とは何なのかである。答は、電荷の移動ではない。アンペール則を閉じるものが電流と呼ばれている。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、渡っている電荷を数える。導線を流れる伝導電流は $1$ A、板のあいだを渡る電荷は $\mathbf{0}$ A である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。電荷が $0$ なのに磁場が立つ。板半径 $5$ cm、$I=1$ A で、中心から $1$ cm の点の磁場は $\mathbf{0.8000} \mu$T である(第3節)。

第三に、磁場は中心からの距離に比例して増える。$1,2,3,4,5$ cm で $0.8000,1.6000,2.4000,3.2000,\mathbf{4.0000} \mu$T、導線の中の磁場と同じ形である(第3節)。

第四に、縁でぴたりと繋がる。板の縁 $r=5$ cm を、中の式で計算しても外の式で計算しても $\mathbf{4.0000} \mu$T になる。電荷が渡っていない側と、渡っている側が、同じ値を返す(第4節)。

第五に、$\varepsilon_0 d\Phi_E/dt$ が伝導電流と厳密に一致する。一致させているのは $\varepsilon_0=\mathbf{8.8541878\times10^{-12}}$ という換算係数である(第5節)。

第六に、ここにも $4\pi$ が座っている。$\mu_0=4\pi\times10^{-7}=\mathbf{1.2566371\times10^{-6}}$、磁場の大きさを決めている定数の中に、球の立体角が入っている(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。アンペール=マクスウェル則、変位電流、平行平板コンデンサの磁場は、いずれも標準的である。電磁気学を作らない。使うのは一つの周回積分と、二つの式の突き合わせだけである。マクスウェル方程式を導かない。論文93 が場という発見を、論文116 が $c$ の冪を扱う。本稿は方程式を前提として受け取り、その一項の身分だけを問う。変位電流に物理的な媒質を仮定しない。エーテルも、真空の分極も持ち出さない。扱うのは式の項としての振る舞いだけである。相対論的な扱いに立ち入らない。変位電流と伝導電流が観測者によって入れ替わることには触れるが、定式化しない。端の効果を扱わない。板は十分大きく、縁の漏れは無視している。数値は理想化の内側の値である。$\varepsilon_0$ の身分を論じない。$2019$ 年のSI改定以降 $\varepsilon_0$ は測定量である。本稿は換算係数として使うだけで、その身分を主題にしない。$\mu_0$ の $4\pi$ を発見だと言わない。$\mu_0=4\pi\times10^{-7}$ は単位系の取り方から来る。論文116 が $4\pi$ の非一意性を扱っており、本稿もそれを踏まえて「単位の選択である」と書く。既刊との関係:論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。本稿の第6節は $\mu_0$ の中の $4\pi$ を見るが、そちらは単位の選択であって同じ身分ではないと書く。論文116 は $4\pi$ の非一意性を扱った。本稿はその指摘に従い、$\mu_0$ の $4\pi$ を手柄にしない。論文258 は $4\pi$ が出る条件を三つに書き出した。本稿は条件を満たさない例の側に立つ。論文240 は「質量」が七つあることを数えた。本稿は「電流」が一つの意味ではないことを書く。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。同じ形の分け方である。加えたのは渡る電荷が $0$ A であることを明示したこと、板の中の磁場を距離ごとに計算したこと、縁で内外の式が $4.0000 \mu$T で一致することを確かめたこと、$\mu_0$ の $4\pi$ を単位の選択として扱い、論文02 の $4\pi$ と身分が違うと書いたことである。

1. 記法と位置づけ

設定:平行平板コンデンサを、一定の電流 $I=1$ A で充電する。板の半径は $R=5$ cm とする。

アンペール=マクスウェル則:

$$\oint \mathbf{B}\cdot d\boldsymbol{\ell} = \mu_0\left(I_{\text{cond}} + \varepsilon_0\frac{d\Phi_E}{dt}\right)$$

問い:第二項は「電流」と呼ばれている。何が流れているのか。

答は、何も流れていない。板のあいだを渡る電荷は $0$ である。それでも磁場が立つ。

2. 渡っている電荷を数える

検算 2.1:二つの場所で、単位時間に渡る電荷を数える。

場所 渡る電荷 名前
導線の断面 $\mathbf{1.0}$ A 伝導電流
板のあいだの断面 $\mathbf{0.0}$ A (何も渡っていない)

観察 2.2 板のあいだは真空である。電荷を運ぶものが無い。文字どおり $0$ である。

観察 2.3 ここに問題が立つ。アンペール則の周回路を、導線を貫く面に張れば $1$ A が入り、板のあいだを通る面に張れば $0$ A が入る。同じ周回路に、二つの答が出てしまう。

3. 芯:それでも磁場が立つ

設定:板のあいだでは、電場の変化が第二項を埋める。磁場は $B=\mu_0 I r/(2\pi R^2)$ になる($r<R$)。

検算 3.1:$\mu_0=1.2566371\times10^{-6}$、$I=1$ A、$R=0.05$ m。

中心からの距離 $r$ 磁場 $B$
$1$ cm $\mathbf{0.8000} \mu$T
$2$ cm $1.6000 \mu$T
$3$ cm $2.4000 \mu$T
$4$ cm $3.2000 \mu$T
$5$ cm $\mathbf{4.0000} \mu$T

観察 3.2 電荷が一つも渡っていない場所に、磁場が立っている。しかも $r$ に比例して増える。一様な電流が流れている導線の中と、まったく同じ形である。

観察 3.3 分離子、何を動かすと磁場が消えるか。電場の変化を止めることである。電荷を動かすことではない。電荷はもともと動いていない。

4. 縁で、ぴたりと繋がる

設定:板の外では、伝導電流が作る磁場 $B=\mu_0 I/(2\pi r)$ が立つ。二つの式は別の原因から出ている。内側は電場の変化、外側は電荷の移動である。

検算 4.1:板の縁 $r=R=5$ cm を、両方の式で計算する。

どちらの式で 原因 $r=5$ cm での値
内側 $\mu_0 I r/(2\pi R^2)$ 電場の変化 $\mathbf{4.0000} \mu$T
外側 $\mu_0 I/(2\pi r)$ 電荷の移動 $\mathbf{4.0000} \mu$T
差 、 $\mathbf{0}$

観察 4.2 原因がまったく違う二つの式が、縁で同じ値を返す。片方には電荷が渡っており、片方には一つも渡っていない。それでも磁場は繋がっている。

検算 4.3:外側も並べて、全体の形を見る。

$r$ 領域 $B$
$1$ cm 板のあいだ $0.8000 \mu$T
$3$ cm 板のあいだ $2.4000 \mu$T
$5$ cm 縁 $\mathbf{4.0000} \mu$T
$10$ cm 外 $2.0000 \mu$T

観察 4.4 中で $r$ に比例して増え、縁で最大になり、外では $1/r$ で落ちる。一本の滑らかな曲線になっている。どこにも継ぎ目が無い。

5. 何が「電流」なのか

観察 5.1 第二項を数で見る。板のあいだの電場は $E=\sigma/\varepsilon_0=Q/(\varepsilon_0\pi R^2)$、その流束は $\Phi_E=Q/\varepsilon_0$ である。したがって

$$\varepsilon_0\frac{d\Phi_E}{dt}=\varepsilon_0\cdot\frac{1}{\varepsilon_0}\frac{dQ}{dt}=\frac{dQ}{dt}=I$$

観察 5.2 $\varepsilon_0$ が約分されて消える。残るのは $dQ/dt$、すなわち伝導電流そのものである。だから二つは厳密に一致する。近似ではない。

検算 5.3:一致させている定数を読む。

定数 値 役目
$\varepsilon_0$ $\mathbf{8.8541878\times10^{-12}}$ F/m 電場と電荷を繋ぐ換算
$\mu_0$ $\mathbf{1.2566371\times10^{-6}}$ H/m 電流と磁場を繋ぐ換算

観察 5.4 分離子、何を動かすと別物になるか。「電流」を何で定義するかである。電荷の移動で定義すれば、変位電流は電流ではない。アンペール則を閉じるもので定義すれば、電流である。同じ語が、二つの定義を持っている。

観察 5.5 論文240 は「質量」が七つあることを数えた。本稿は「電流」が二つの定義を持っていることを書く。同じ形である。

6. $\mu_0$ の中の $4\pi$

観察 6.1 $\mu_0=4\pi\times10^{-7}=1.2566371\times10^{-6}$ である。磁場の大きさを決めている定数の中に、$4\pi=12.566371$ が入っている。

観察 6.2 正直に書くべき点、これは論文02 の $4\pi$ とは身分が違う。$\mu_0$ の $4\pi$ は単位系の取り方から来ている。ガウス単位系で書けば $\mu_0$ は現れない。

観察 6.3 論文116 は $4\pi$ の非一意性を扱った。本稿はその指摘に従い、ここの $4\pi$ を手柄にしない。論文258 が書いた「点源・三次元・等方」という条件は、ここでは満たされていない。立体角が幾何から出ているのではなく、単位の定義に埋め込まれている。

観察 6.4 同じ記号 $4\pi$ が、幾何から出る場合と、単位から出る場合の二つを持っている。これも「同じ語が二つの身分を持つ」形である。

7. 点呼と結び

  1. 渡る電荷は $0$(検算2.1):導線は $1.0$ A、板のあいだは $0.0$ A。
  2. 同じ周回路に二つの答(観察2.3):張る面で $1$ A と $0$ A。
  3. それでも磁場が立つ(検算3.1):$r=1$ cm で $0.8000 \mu$T。
  4. 導線の中と同じ形(観察3.2):$r$ に比例して増える。
  5. 縁でぴたりと繋がる(検算4.1):内外どちらの式でも $4.0000 \mu$T。
  6. 全体が滑らか(検算4.3):増えて、最大になり、$1/r$ で落ちる。
  7. $\varepsilon_0$ が約分される(観察5.2):残るのは $dQ/dt$、厳密に一致。
  8. 「電流」に二つの定義(観察5.4):電荷の移動か、アンペール則を閉じるものか。
  9. $\mu_0$ の $4\pi$ は単位から(観察6.2):論文02 のものとは身分が違う。

結び:変位電流は、電流ではなかった。板のあいだを渡る電荷は $\mathbf{0}$ A であり、運ぶものが何も無い。それでも磁場は立ち、$r$ に比例して増え、縁で $\mathbf{4.0000} \mu$T になる。そして電荷が渡っている外側の式で計算しても、同じ $4.0000 \mu$T が返る。$\varepsilon_0$ が約分されて $dQ/dt$ が残るので、二つは近似ではなく厳密に一致している。つまり「電流」という語には二つの定義がある。電荷の移動と、アンペール則を閉じるものである。そして $\mu_0$ の中の $4\pi$ もまた、幾何から出た $4\pi$ とは身分が違う。こちらは単位の定義に埋め込まれている。分けるものは一つ、その語をどちらの定義で使っているのかを書き出すこと。書き出せば、電荷を探すべき場面と、式の項を数えるべき場面が分かれる。書き出さなければ、何も渡っていない場所に、渡っているものを探し続けることになる。

参考文献

  1. Maxwell, J. C. (1865). A Dynamical Theory of the Electromagnetic Field. Philosophical Transactions of the Royal Society of London, 155.
  2. Jackson, J. D. (1998). Classical Electrodynamics, 3rd edition. New York: Wiley.
  3. Griffiths, D. J. (2017). Introduction to Electrodynamics, 4th edition. Cambridge: Cambridge University Press.
  4. Purcell, E. M. and Morin, D. J. (2013). Electricity and Magnetism, 3rd edition. Cambridge: Cambridge University Press.
  5. Feynman, R. P., Leighton, R. B. and Sands, M. (1964). The Feynman Lectures on Physics, Volume II. Reading: Addison-Wesley.
  6. BIPM (2019). The International System of Units (SI), 9th edition. Sevres: Bureau International des Poids et Mesures.
  7. 山岸勇輝 (2026). 4$\pi$質量相殺定理 [論文02]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21403931
  8. 山岸勇輝 (2026). 場という発見 [論文93]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758537
  9. 山岸勇輝 (2026). $c$ の冪は、何を数えているか [論文116]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22003794
  10. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  11. 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
  12. 山岸勇輝 (2026). 「質量」は七つあり、そのうち一つは負になり、一つは押す向きで変わる [論文240]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22129765
  13. 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ が出るのは、源が点のときだけである [論文258]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169011

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「変位電流は、電流ではない」[論文267]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22169814

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 変位電流は、電流ではない [論文267]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/267 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22169814

Yamagishi, Y. (2026). The Displacement Current Is Not a Current [Paper 267]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/267; DOI: 10.5281/zenodo.22169814

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