オーシャンコの持ち主は、ヨットを一隻買いに行って、造船所ごと買った
オーシャンコは、オランダで、とくに大きなヨットを注文で造っている造船所です。長い社史を公開している会社ではありません。そのかわり公式サイトに、持ち主のバルワニ博士への長い対談が載っています。そこには、2010 年にこの造船所を手に入れたいきさつが、本人の言葉で語られています。買いに行ったのは、ヨット一隻でした。対談と、会社が出しているもう一つの知らせを読んでいきます。
Small Lab, Infinite Structure. / Exploring the Hidden Structures of a Torus-Shaped Universe.
海釣りからはじまり一時は船の世界で遊んでいました。想い出話から、歴史あるメーカーを一次情報から紹介。
オーシャンコは、オランダで、とくに大きなヨットを注文で造っている造船所です。長い社史を公開している会社ではありません。そのかわり公式サイトに、持ち主のバルワニ博士への長い対談が載っています。そこには、2010 年にこの造船所を手に入れたいきさつが、本人の言葉で語られています。買いに行ったのは、ヨット一隻でした。対談と、会社が出しているもう一つの知らせを読んでいきます。
サンロレンツォは、イタリアの造船所です。注文に合わせて一隻ずつ仕立てる大きなモーターヨットで知られ、2024 年にはフィンランドのスワンをグループに迎えました。会社が株主に向けて出している年次の報告には、歴史の章があります。それによれば、始まりは 1958 年、フィレンツェに近い川沿いの村でした。名前の由来は、思いがけないほど小さな偶然です。会社の報告と公式サイトを読んでいきます。
マーキュリーの船外機、ボストン・ホエラー、シーレイ、ベイライナー。これらはみな、ブランズウィックというアメリカの一つの会社のものです。会社は自分を、遊びの船の世界でいちばん大きい会社だと言っています。ところが公式の歴史を開くと、最初の百年あまり、船は一行も出てきません。出てくるのは、馬車と、ビリヤード台と、酒場の棚と、ボウリングです。会社が公開している年表を読んでいきます。
マーキュリーは、アメリカの船外機の会社です。黒いエンジンで知られ、速い船や釣りの船の後ろによく付いています。会社が 85 周年に公開した年表によれば、創業者は船外機を造るつもりではありませんでした。買ったのは倒産した工場で、造ろうとしたのは酪農の機械です。そこから、秘密の湖でエンジンを試す会社になるまでを、会社が公開している年表と記事で読んでいきます。
船の後ろに付けるエンジンを、船外機と言います。ヤマハの船外機は、いま世界中の海や川で使われています。けれど会社が公開している物語によれば、最初の一台は、うるさくて、よく揺れました。使った漁師に皮肉を言われたことまで、会社は自分で書き残しています。そこからどうやって世界に広がったのか。ヤマハ発動機が英語で公開している物語を、章を追って読んでいきます。
グレイディ・ホワイトは、アメリカのノースカロライナ州グリーンビルで、船外機で走る釣りの船を造っている会社です。いまは沖の釣りの船の名前として知られています。けれど会社が 50 周年に出した公式の本を読むと、始まりは木の船で、最初の十年で倒産の手前まで行っていました。そこから立て直した人は、船のことをほとんど知らない 26 歳でした。公式の本と、会社が公開している知らせを読んでいきます。
ドイツのデーラーは、よく走る巡航艇で知られるセーリングヨットの名前です。いまは、バルト海に近いグライフスヴァルトで造られています。けれど公式の社史によれば、生まれた場所は海ではありません。ドイツの内陸、ザウアーラントという山あいの地方の、小さな町でした。作った人は電気の技師で、最初に造ろうとしたのは船ではなく、キャンピングカーでした。会社が公開している社史を読んでいきます。
ドイツのハンゼは、扱いやすいセーリングヨットをたくさん造っている造船所です。歴史は長くありません。公式の社史は 1990 年から始まります。東西ドイツが一つになった年に、もと東ドイツの船と修理の工場を一人の男が引き継いだ。三年後に出した最初の船の値段は、44,444 マルクでした。新しい造船所が、どうやって短いあいだに名前を広めたのか。会社が公開している社史でたどります。
イギリスのオイスターは、遠くの海へ出ていくためのセーリングヨットで知られる造船所です。会社は自分の船を「ブルーウォーター(外洋)の船」と呼びます。けれど公式の社史によれば、初めのころのオイスターは、おもにレースにも使える巡航艇として設計されていました。それがどうして、世界を回る船の代名詞になったのか。会社が公開している資料を読んでいきます。
ナウター・スワンは、フィンランドの造船所です。速くて、美しくて、長く使えるセーリングヨットの名前として、世界中の船乗りに知られています。公式の社史によれば、始まりは 1966 年、ピエタルサーリという町でした。最初の船はガラス繊維で造られ、設計はニューヨークの事務所でした。北の町の造船所が、どうやって世界のレースで名前を上げ、だれの手に渡っていったのか。会社が公開している資料でたどります。