要旨
「この銀河までの距離は $10$ 億光年である」と言うとき、それは測られた量である。本稿が問うのは、どう測られたかである。答は、七段のはしごを積み上げてである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、直接測定はどこまで届くか。ガイアの視差精度 $20 \mu$as で、$10\%$ 精度に届くのは $\mathbf{5000}$ pc までである(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。観測可能な宇宙は $1.4\times10^{10}$ pc であり、$\mathbf{6.4}$ 桁足りない。残りはすべて「はしご」である(第2節)。
第三に、段は七つある。視差 $\to$ 分光視差 $\to$ 主系列あてはめ $\to$ セファイド $\to$ TRGB $\to$ Ia型超新星 $\to$ ハッブルの法則(第3節)。
第四に、誤差は積み上がる。各段が $5\%$ を足すだけで、最上段では $\mathbf{12.41\%}$ になる(第3節)。
第五に、最上段で二つの道が食い違う。$73.04\pm1.04$ 対 $67.36\pm0.54$ で、$\mathbf{4.8471\sigma}$、偶然なら $798{,}192$ 回に一回(第4節)。
第六に、分離子は「はしごか、定規か」である。一方は局所から積み上げ、他方は音響地平を仮定する(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。三角視差、距離はしごの段、周期光度関係、$H_0$ の二つの測定値は、いずれも標準的である。宇宙論を作らない。使うのは一つの割り算と、二乗和の平方根だけである。食い違いの原因を主張しない。新しい物理か、系統誤差か、どちらでもないかは一切扱わない。差が何 $\sigma$ かを数えるだけである。どちらが正しいと言わない。本稿はどちらの値も支持しない。較正の詳細に立ち入らない。セファイドの金属量依存も、TRGB の較正も、超新星の標準化も扱わない。視差の到達距離は前提に依存する。$\mathbf{5000}$ pc は$\sigma_\pi=20 \mu$as と「相対誤差 $10\%$」という二つの取り決めから出る。$\sigma_\pi$ が変われば比例して動く。誤差の積み上げは例示である。第3節の「各段 $5\%$」は構造を見せるための仮定であり、実際の各段の誤差ではない。系統誤差が相関すれば二乗和では足りない。$4.85\sigma$ を発見と呼ばない。これは二つの公表値の差を割っただけであり、系統誤差が正しく見積もられているという前提の上に立つ。既刊との関係:論文250 は同じ問いを二つの物差しで測ると符号が逆になることを示した。あちらは体系自身の本文の符号化、本稿は物理定数であり、構図は同じで対象が違う。論文255 は「精度」が二つあり較正で消えるのは一方だけだと分けた。本稿のはしごは各段の較正が前の段に依存する構造であり、系統誤差が消えない側である。論文169 はシアマの「偶然の一致」が恒等式だと示し、ハッブル定数を用いた。本稿はその定数の測定そのものを扱う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿の $798{,}192$ 回に一回も対数で読む。加えたのは視差が $10\%$ 精度で届く距離を $5000$ pc と計算し、観測可能な宇宙との比を $6.4$ 桁と測ったこと、七段を一表にしたこと、各段 $5\%$ の積み上げが $12.41\%$ になると示したこと、$H_0$ の食い違いを $4.8471\sigma$・$798{,}192$ 回に一回と計算したことである。
1. 記法と問い
設定:天体までの距離を直接測る方法は、事実上一つしかない。三角視差である。地球の公転による見かけの位置のずれ $\pi$ を測れば、距離は $d[\mathrm{pc}]=1/\pi[\mathrm{arcsec}]$ である。
問い:それはどこまで届くか。そしてその先はどうやって測っているか。
観察 1.1 視差だけが幾何である。三角形を測っているだけで、星について何も仮定していない。他の段はすべて天体の性質についての仮定を使う。
2. 芯:$6.4$ 桁足りない
設定:ガイア衛星の視差精度を $\sigma_\pi=20 \mu$as とする。相対誤差は $\sigma_\pi/\pi=\sigma_\pi d$ である。
検算 2.1:
| 距離 [pc] | 視差 [mas] | 相対誤差 |
|---|---|---|
| $10$ | $100.0000$ | $0.02\%$ |
| $100$ | $10.0000$ | $0.20\%$ |
| $1000$ | $1.0000$ | $2.00\%$ |
| $\mathbf{5000}$ | $0.2000$ | $\mathbf{10.00\%}$ |
| $10000$ | $0.1000$ | $20.00\%$ |
| $100000$ | $0.0100$ | $200.00\%$ |
観察 2.2 相対誤差 $10\%$ に届くのは $\mathbf{5000}$ pc まで、$1\%$ なら $500$ pc までである。$10^{5}$ pc では誤差が $200\%$、距離そのものより大きい。
検算 2.3:観測可能な宇宙と比べる。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 視差が $10\%$ 精度で届く距離 | $5.0\times10^{3}$ pc |
| 観測可能な宇宙の半径 | $1.4\times10^{10}$ pc |
| 比 | $\mathbf{2.8\times10^{6}}$ 倍 |
| 桁で | $\mathbf{6.4}$ 桁 |
観察 2.4 これが本稿の芯である。直接測定が覆っているのは、宇宙の$3.6\times10^{-7}$にすぎない。残り $99.99996\%$ は、すべて「はしご」で測られている。
観察 2.5 正直に書くべき点、$5000$ pc という数は$\sigma_\pi=20 \mu$as と「$10\%$」という二つの取り決めから出る。$\sigma_\pi$ を半分にすれば距離は二倍になる。変わらないのは「桁が足りない」という構造のほうである。
3. 段は七つあり、誤差は積み上がる
検算 3.1:
| 段 | 何を仮定するか | 届く距離 |
|---|---|---|
| $1$. 三角視差 | 幾何のみ(直接測定) | $\sim10^{3}$ pc |
| $2$. 分光視差 | スペクトル型から絶対等級 | $\sim10^{4}$ pc |
| $3$. 主系列あてはめ | 星団の HR 図が重なる | $\sim10^{5}$ pc |
| $4$. セファイド | 周期と光度の関係 | $\sim10^{7}$ pc |
| $5$. TRGB | 赤色巨星分枝の先端が一定 | $\sim10^{7}$ pc |
| $6$. Ia 型超新星 | 最大光度がほぼ一定 | $\sim10^{9}$ pc |
| $7$. ハッブルの法則 | 赤方偏移が距離に比例 | それ以遠 |
観察 3.2 第 $1$ 段だけが何も仮定していない。第 $2$ 段以降はすべて前の段で較正される。一段目が動けば、七段すべてが動く。
検算 3.3:各段が独立に $5\%$ を足すとして、累積を見る(第 $1$ 段は $2\%$)。
| 段 | 累積相対誤差 |
|---|---|
| $1$. 三角視差 | $2.00\%$ |
| $2$. 分光視差 | $5.39\%$ |
| $3$. 主系列あてはめ | $7.35\%$ |
| $4$. セファイド | $8.89\%$ |
| $5$. TRGB | $10.20\%$ |
| $6$. Ia 型超新星 | $11.36\%$ |
| $7$. ハッブルの法則 | $\mathbf{12.41\%}$ |
観察 3.4 独立なら二乗和で $\mathbf{12.41\%}$ である。$5\%$ を六回足したのに $30\%$ にならないのは、分散が足されるからである。ここにも「独立な寄与を足すと標準偏差は平方根でしか増えない」という同じ一行が立っている。
観察 3.5 正直に書くべき点、「各段 $5\%$」は構造を見せるための仮定であり、実際の各段の誤差ではない。そして系統誤差が段をまたいで相関すれば、二乗和では足りない。相関する誤差は一次で足される。
観察 3.6 論文255 は「精度」が二つあり、較正で消えるのは一方だけだと分けた。はしごの各段は前の段で較正される。だから一段目の系統誤差は、どの段でも消えない。
4. 最上段で、二つの道が $4.85\sigma$ 食い違う
設定:ハッブル定数 $H_0$ は、二つのまったく違う道で測られている。
検算 4.1:
| 道 | $H_0$ [km/s/Mpc] | 何に立つか |
|---|---|---|
| はしご側(SH0ES) | $\mathbf{73.04\pm1.04}$ | 局所からの積み上げ |
| 定規側(Planck) | $\mathbf{67.36\pm0.54}$ | CMB の音響地平 |
検算 4.2:
| 量 | 値 |
|---|---|
| 差 | $5.6800$ |
| 合成 $\sigma=\sqrt{1.04^2+0.54^2}$ | $1.1718$ |
| 食い違い | $\mathbf{4.8471\sigma}$ |
| 両側 $p$ 値 | $1.2528\times10^{-6}$ |
| 偶然なら | $\mathbf{798{,}192}$ 回に一回 |
観察 4.3 $\mathbf{4.85\sigma}$ である。素粒子物理の慣例では $5\sigma$ が「発見」の目安だから、その一歩手前、偶然で説明するには苦しく、確定と言うには足りない。
検算 4.4:差の大きさを実感に直す。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 相対差 | $\mathbf{8.09\%}$ |
| $1/H_0$(SH0ES) | $13.3872$ Gyr |
| $1/H_0$(Planck) | $14.5160$ Gyr |
| 差 | $\mathbf{1.1288}$ Gyr |
観察 4.5 宇宙の年齢の目安に直すと、$\mathbf{11}$ 億年の食い違いである。パーセントで言えば $8\%$ にすぎないが、どちらの側も $1$–$2\%$ の精度を主張している。精度が上がったから、食い違いが見えるようになった。
観察 4.6 正直に書くべき点、本稿はどちらが正しいとも、原因が何とも言わない。$4.85\sigma$ という数は系統誤差が正しく見積もられているという前提の上に立つ、前提が破れれば、この数は意味を失う。
5. 分離子:はしごか、定規か
観察 5.1 分離子、二つの測定は何が違うか。
| はしご側 | 定規側 | |
|---|---|---|
| 出発点 | 近傍の星(幾何) | CMB の音響地平(模型) |
| 向き | 近くから遠くへ積み上げる | 遠くから近くへ外挿する |
| 効く仮定 | 各段の較正 | 宇宙論模型($\Lambda$CDM) |
観察 5.2 二つは共通の段を一つも持たない。はしご側の誤差と定規側の誤差は独立である。だから合成 $\sigma$ を二乗和で取れる。
観察 5.3 そして同じ量を測っている。これが食い違いを深刻にする。もし別の量を測っていたなら、食い違って当然である。
観察 5.4 論文250 は、同じ問いを二つの物差しで測ると符号が逆になる場合を扱った。あちらは体系自身の本文の符号化であり、本稿は物理定数である。構図は同じで、対象が違う。どちらも「二つの物差しが一致しないとき、何が問われているか」を問う。
観察 5.5 最後に、第2節と第4節をつなぐ。はしごが七段あるのは、直接測定が $6.4$ 桁足りないからである。そしてその七段の先端で、定規側と $4.85\sigma$ 食い違っている。段が多いことと、食い違いがあることは、無関係ではありえない。ただし本稿は、それが原因だとも主張しない。
6. 点呼と結び
- 視差 $10\%$ は $5000$ pc まで(検算2.1):$1\%$ なら $500$ pc。
- $10^{5}$ pc で誤差 $200\%$(検算2.1):距離より大きい。
- 比は $2.8\times10^{6}$ 倍(検算2.3):$6.4$ 桁足りない。
- 直接測定は $3.6\times10^{-7}$(観察2.4):残りは全部はしご。
- 段は七つ(検算3.1):第 $1$ 段だけが幾何。
- 累積 $12.41\%$(検算3.3):独立なら二乗和。
- $73.04$ 対 $67.36$(検算4.1):はしごと定規。
- $4.8471\sigma$(検算4.2):$798{,}192$ 回に一回。
- 相対差 $8.09\%$(検算4.4):$1.1288$ Gyr。
- 共通の段が一つも無い(観察5.2):だから独立。
結び:宇宙の距離は七段のはしごで測られており、直接測られているのは一段目だけである。三角視差が $10\%$ 精度で届くのは $\mathbf{5000}$ pc まで、観測可能な宇宙は $1.4\times10^{10}$ pc、$\mathbf{6.4}$ 桁足りず、直接測定が覆うのは全体の $\mathbf{3.6\times10^{-7}}$ にすぎない。残りは分光視差・主系列あてはめ・セファイド・TRGB・Ia型超新星・ハッブルの法則で積み上げられ、各段が $5\%$ を足すだけで最上段の誤差は $\mathbf{12.41\%}$ になる。そしてその最上段で、まったく別の道で測った値と $\mathbf{4.8471\sigma}$ 食い違っている。$73.04\pm1.04$ 対 $67.36\pm0.54$、偶然なら $\mathbf{798{,}192}$ 回に一回、宇宙年齢の目安で $\mathbf{11}$ 億年の差である。分けるものは一つ、近くから積み上げたか、遠くから外挿したか。二つは共通の段を一つも持たず、だからこそ誤差は独立で、だからこそ差が意味を持つ。そして両者は同じ一つの量を測っている。
参考文献
- Leavitt, H. S. and Pickering, E. C. (1912). Periods of 25 Variable Stars in the Small Magellanic Cloud. Harvard College Observatory Circular, 173.
- Hubble, E. (1929). A Relation between Distance and Radial Velocity among Extra-Galactic Nebulae. Proceedings of the National Academy of Sciences, 15(3).
- Riess, A. G. et al. (2022). A Comprehensive Measurement of the Local Value of the Hubble Constant. The Astrophysical Journal Letters, 934(1).
- Planck Collaboration (2020). Planck 2018 Results. VI. Cosmological Parameters. Astronomy and Astrophysics, 641.
- Gaia Collaboration (2021). Gaia Early Data Release 3: Summary of the Contents and Survey Properties. Astronomy and Astrophysics, 649.
- Freedman, W. L. (2021). Measurements of the Hubble Constant: Tensions in Perspective. The Astrophysical Journal, 919(1).
- 山岸勇輝 (2026). シアマの「偶然の一致」は、恒等式である [論文169]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093563
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 同じ問いを二つの物差しで測ると、符号が逆になった [論文250]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22160733
- 山岸勇輝 (2026). 「精度」は二つあり、較正で消えるのは一方だけ [論文255]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22168883
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「宇宙の距離は七段のはしごで、直接測られているのは一段目だけである」[論文297]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171788
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/297・DOI 10.5281/zenodo.22171788・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 宇宙の距離は七段のはしごで、直接測られているのは一段目だけである [論文297]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/297 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171788
Yamagishi, Y. (2026). Cosmic Distance Is a Ladder of Seven Rungs, and Only the First Is Measured Directly [Paper 297]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/297; DOI: 10.5281/zenodo.22171788
@misc{yamagishi2026yoi297,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Cosmic Distance Is a Ladder of Seven Rungs, and Only the First Is Measured Directly},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/297},
doi = {10.5281/zenodo.22171788},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
78c004d66d54856c2143597300148b197e09dd9d97390c92d918fa3ecd5a811c yamagishi_yoi297_v1_jp.pdf61f73765d603af3fd4317efa255614dfa4c50af491936b598322ae0d8704bc1b yamagishi_yoi297_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。