【論文312】長く測れば下がる雑音と、下がらない雑音がある

要旨

「雑音が多い」という一語は、機構の違う複数の量を指している。本稿が問うのは、長く測れば必ず下がるのかである。答は、下がらないものがあるである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、熱雑音は抵抗だけで決まる。$300$ K で $50 \Omega$ なら $0.910$、$1$ k$\Omega$ なら $\mathbf{4.070}$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$(第2節)。

第二に、ショット雑音は電流だけで決まる。$1$ k$\Omega$ で両者が入れ替わるのは $\mathbf{51.70} \mu$A(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。白色雑音は $\tau^{-1/2}$ で落ちるが、$1/f$ は平坦のまま動かない(第4節)。

第四に、$\tau=1000$ s で $\mathbf{31.6}$ 倍の差がつく(第4節)。

第五に、「雑音」は四つあり、要る対策が違う(第5節)。

第六に、分離子は「平均時間で下がるか」である(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ジョンソン=ナイキストの熱雑音、ショットキーのショット雑音、$1/f$ 雑音、アラン分散は、いずれも標準的である。雑音の理論を作らない。使うのは二つの公式と、一つの交点だけである。$1/f$ の起源を論じない。$1/f$ がなぜ生じるかは未解決であり、本稿は立ち入らない。アラン分散での振る舞いだけを引く。推定を扱わない。雑音の中から信号を取り出す方法は論文106 が扱った。本稿は取り出す前の、床の側だけを見る。測定器の設計を論じない。増幅器の雑音指数も、遮蔽も、接地も扱わない。代表値に精度を主張しない。$T=300$ K は桁を見るための値である。既刊との関係:論文78 は摩擦と散逸が粗視化であることを示し、揺動散逸定理で熱雑音と摩擦が同じ結合の二つの顔だと書いた。本稿はその機構には立ち入らず、床の高さと、時間による下がり方だけを扱う。78 は「なぜ在るか」、本稿は「どれが効くか」である。論文106 はウィーナー・フィルタで雑音から信号を取り出した。本稿は取り出す対象の側を数える。論文266 はジョンソン=ナイキストの熱雑音と、標本化のナイキストは同じ人名の別の仕事だと明記した。本稿の $\mathrm{Nyquist}$ は前者である。論文252 は「情報量」が四つあると数えた。本稿は「雑音」を四つ数える。同じ型である。論文255 は精度が二つあり、回数で減るのは片方だけだと示した。本稿は回数で減らない雑音を出す。255 の「ばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る」に、例外がある。加えたのは三つの抵抗で熱雑音を計算したこと、熱とショットの交点を $51.70 \mu$A と出したこと、アラン分散で白色と $1/f$ の分かれ方を数で並べたこと、四つの雑音を対策とともに表にしたことである。

1. 記法と問い

設定:測定の「床」を決める雑音を考える。$k_B=1.380649\times10^{-23}$ J/K、$q=1.602176634\times10^{-19}$ C、$T=300$ K。

観察 1.1 測定を繰り返せばばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る。論文255 が書いたとおりである。本稿はその例外を探す。

問い:長く測れば、雑音は必ず下がるのか。

2. 熱雑音は、抵抗だけで決まる

設定:ジョンソン=ナイキストの熱雑音は $v_n=\sqrt{4k_BTR}$(単位帯域あたり)。

検算 2.1:

$R$ [$\Omega$] $v_n$ [nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$]
$50$ $0.910$
$1000$ $\mathbf{4.070}$
$10^6$ $128.716$

観察 2.2 $R$ が $20000$ 倍になっても $v_n$ は $\mathbf{141.4}$ 倍にしかならない。平方根だからである。

観察 2.3 ここに電流が入っていない。回路に電流を流さなくても、抵抗があれば雑音がある。論文78 の言い方をすれば、摩擦がある以上、揺動もある。

観察 2.4 そして周波数が入っていない。どの周波数でも同じ大きさ(白色である)この性質が第4節で効く。

3. ショット雑音は、電流だけで決まる

設定:ショットキーのショット雑音は $i_n=\sqrt{2qI}$(単位帯域あたり)。電荷が離散であることから出る。

検算 3.1:

$I$ [A] $i_n$ [A/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$]
$10^{-6}$ $5.6607\times10^{-13}$
$10^{-3}$ $1.7901\times10^{-11}$
$1$ $5.6607\times10^{-10}$

観察 3.2 ここには温度が入っていない。絶対零度でもショット雑音は消えない。熱ではなく、粒であることから出ている。

検算 3.3:二つが等しくなる電流を求める。$2qIR^2=4k_BTR$ より $I=2k_BT/(qR)$。

$R$ [$\Omega$] 交点の $I$
$1000$ $5.1704\times10^{-5}$ A $=\mathbf{51.70} \mu$A

観察 3.4 $51.70 \mu$A より下では熱雑音が、上ではショット雑音が床を決める。同じ回路で、電流を変えるだけで支配者が入れ替わる。どちらが「その回路の雑音」かは、回路だけでは決まらない。

観察 3.5 そして二つとも白色である。機構は違う(片方は熱、片方は離散性)のに、時間に対する振る舞いは同じ、ここまでは平均すれば下がる。

4. 芯:平均しても下がらない雑音がある

設定:アラン分散は、平均時間 $\tau$ ごとの平均を取り、隣り合う平均の差のばらつきを見る道具である。雑音の種類ごとに $\tau$ 依存が違う。

検算 4.1:相対値で並べる($\tau=1$ を $1$ とする)。

$\tau$ [s] 白色雑音 $\propto\tau^{-1/2}$ $1/f$ 雑音
$1$ $1.00000$ $1.00000$
$10$ $0.31623$ $\mathbf{1.00000}$
$100$ $0.10000$ $\mathbf{1.00000}$
$1000$ $0.03162$ $\mathbf{1.00000}$

観察 4.2 これが本稿の芯である。右の列が動かない。$\tau$ を $1000$ 倍にしても一切下がらない。

観察 4.3 $\tau=1000$ s で$\mathbf{31.6}$ 倍の差がついている。最初は同じ大きさだったのに、長く測るほどひらく。短時間では見分けがつかない。

観察 4.4 したがって論文255 の「ばらつきは $\sigma/\sqrt n$ で減る」には例外がある。$1/f$ が床のとき、回数を増やしても減らない。255 が「偏りは回数で消えない」と書いたのと同じ場所に、もう一つの消えないものがある。

検算 4.5:三者を並べる。

雑音 スペクトル アラン分散の $\tau$ 依存
熱雑音 白色 $\tau^{-1/2}$
ショット雑音 白色 $\tau^{-1/2}$
$1/f$ $\propto1/f$ 平坦
ランダムウォーク $\propto1/f^2$ $\tau^{+1/2}$(増える)

観察 4.6 四行目は増える。長く測るほど悪くなる。最適な測定時間が存在することになる。

観察 4.7 正直に書くべき点、$1/f$ がなぜ生じるかは、本稿では説明しない。起源は今も一般には未解決であり、系ごとに別の機構が提案されている。本稿が使うのは $\tau$ 依存という測定上の事実だけである。

5. 「雑音」は四つあり、要る対策が違う

検算 5.1:

雑音 何で決まるか 消せるか 有効な手
熱雑音 $R$ と $T$ 冷やせば減る 抵抗を下げる・冷却
ショット雑音 $I$ のみ 冷やしても減らない 電流を下げる
$1/f$ 素子・工程 平均では減らない 変調して周波数を上げる
外来雑音 環境 原理的に消せる 遮蔽・接地・差動

観察 5.2 四つとも有効な手が違う。冷やすのは一行目にしか効かず、長く測るのは三行目に効かない。「雑音を減らす」という一語で括ると、間違った手を打つ。

観察 5.3 三行目の対策が特徴的である。$1/f$ は低い周波数で大きいので、信号のほうを高い周波数へ動かす。雑音を減らすのではなく、雑音の小さい場所へ逃げる。

観察 5.4 論文252 は「情報量」が四つあり要るものが違うと書いた。同じ形が雑音にもある。一語が四つの量を覆っていて、対策だけが四つに分かれている。

6. 分離子:平均時間で下がるか

観察 6.1 分離子、平均時間を延ばすと下がるかどうか。

下がるか 理由
熱・ショット(白色) 下がる 相関が無いので $\sqrt{\tau}$ で平均される
$1/f$ 下がらない どの時間尺度にも同じだけ揺らぎがある
ランダムウォーク 上がる 長時間ほど大きく漂う

観察 6.2 $1/f$ が下がらない理由は、名前がそのまま言っている。$1/f$ は対数目盛りで平らである。どの十倍区間にも同じだけの力がある。時間尺度を変えても景色が変わらない。

観察 6.3 論文190 は「稀」は対数の目盛りで測ると書き、論文292 は足せるのは対数だけだと書いた。$1/f$ はその目盛りで一様な雑音である。だから対数の言葉でしか特徴づけられない。

検算 6.4:論文300 の判定基準を、熱雑音とショット雑音に当てる。どちらも白色で、式の形も似ている。同根か。

基準 結果
変数を動かしても一致し続けるか いいえ。$T$ を下げると熱だけ消える
同じ量が入っているか いいえ。$T$ 対 $q$
一方から他方が出るか いいえ。平衡と非平衡である
$\tau$ 依存 はい。どちらも $\tau^{-1/2}$

観察 6.5 三つ「いいえ」、一つ「はい」である。機構は別根だが、時間に対する振る舞いは同じ、同じ振る舞いをすることは、同じ根を持つことではない(論文300)。

観察 6.6 そして測る側にとっては、この「はい」だけが効く。床を下げたい人にとって、$\tau^{-1/2}$ かどうかがすべてである。機構の別根と、対策の同根が、ここで食い違っている。

7. 点呼と結び

  1. $1$ k$\Omega$ で $4.070$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$(検算2.1):電流は入らない。
  2. $R$ が $20000$ 倍で $141.4$ 倍(観察2.2):平方根。
  3. ショットに温度は入らない(観察3.2):離散性から出る。
  4. 交点は $51.70 \mu$A(検算3.3):支配者が入れ替わる。
  5. $1/f$ は平坦(検算4.1):$\tau$ を $1000$ 倍にしても動かない。
  6. $\tau=1000$ s で $31.6$ 倍(観察4.3):長く測るほどひらく。
  7. ランダムウォークは増える(検算4.5):最適な測定時間がある。
  8. 四つとも有効な手が違う(検算5.1):冷やすのは一行目だけ。
  9. $1/f$ は逃げるしかない(観察5.3):変調して周波数を上げる。
  10. 三「いいえ」一「はい」(検算6.4):機構は別根、振る舞いは同じ。

結び:「雑音が多い」という一語は、機構の違う複数の量を指している。熱雑音は $\sqrt{4k_BTR}$ で抵抗と温度だけで決まり、$300$ K・$1$ k$\Omega$ で $\mathbf{4.070}$ nV/$\sqrt{\mathrm{Hz}}$、ショット雑音は $\sqrt{2qI}$ で電流だけで決まり、温度が入らない(絶対零度でも消えない)。$1$ k$\Omega$ で両者が入れ替わるのは $\mathbf{51.70} \mu$A、どちらが「その回路の雑音」かは、回路だけでは決まらない。そして本稿の芯は、長く測ったときの振る舞いである。白色雑音はアラン分散で $\tau^{-1/2}$ で落ちるが、$1/f$ は平坦のまま一切下がらない。$\tau=1000$ s で $\mathbf{31.6}$ 倍の差がつく。ランダムウォークに至っては増える。最適な測定時間が存在する。「雑音」は四つあり、有効な手が四つとも違う。冷やすのは熱雑音にしか効かず、長く測るのは $1/f$ に効かない。$1/f$ には、変調して周波数を上げて逃げるしかない。分けるものは一つ、平均時間を延ばすと下がるかどうか。$1/f$ が下がらない理由は名前がそのまま言っている。対数目盛りで平らであり、どの十倍区間にも同じだけの力がある。時間尺度を変えても景色が変わらない。最後に一つ、熱雑音とショット雑音は論文300 の基準で別根(温度を下げると片方だけ消える)なのに、$\tau$ 依存だけが一致している。機構の別根と、対策の同根が食い違っているのであり、床を下げたい人にとっては、その一致だけが効く。

参考文献

  1. Johnson, J. B. (1928). Thermal Agitation of Electricity in Conductors. Physical Review, 32(1).
  2. Nyquist, H. (1928). Thermal Agitation of Electric Charge in Conductors. Physical Review, 32(1).
  3. Schottky, W. (1918). Uber spontane Stromschwankungen in verschiedenen Elektrizitatsleitern. Annalen der Physik, 362(23).
  4. Allan, D. W. (1966). Statistics of Atomic Frequency Standards. Proceedings of the IEEE, 54(2).
  5. Voss, R. F. and Clarke, J. (1976). Flicker Noise in Equilibrium. Physical Review B, 13(2).
  6. van der Ziel, A. (1986). Noise in Solid State Devices and Circuits. New York: Wiley.
  7. 山岸勇輝 (2026). 摩擦と散逸は粗視化である。揺動散逸定理を橋として [論文78]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21731937
  8. 山岸勇輝 (2026). 雑音から信号を取り出す。ウィーナーのフィルタ・サイバネティクスと、逆問題の統計版 [論文106]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836984
  9. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  10. 山岸勇輝 (2026). 「情報量」は四つあり、要るものが違う [論文252]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161148
  11. 山岸勇輝 (2026). 「精度」は二つあり、較正で消えるのは一方だけ [論文255]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22168883
  12. 山岸勇輝 (2026). 標本化定理は正しく、その前提は決して満たされない [論文266]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169765
  13. 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914

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書誌

山岸勇輝(2026)「長く測れば下がる雑音と、下がらない雑音がある」[論文312]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22174709

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 長く測れば下がる雑音と、下がらない雑音がある [論文312]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/312 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22174709

Yamagishi, Y. (2026). Some Noise Falls When You Measure Longer, and Some Does Not [Paper 312]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/312; DOI: 10.5281/zenodo.22174709

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