要旨
論文305 は、量子計算機が対称鍵の実効長を半分にすると示した(グローバー)。本稿が問うのは、半分になる道はそれだけかである。答は、もう一本あり、そちらは古典で足りるである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、$23$ 人で半分を超える。同じ誕生日の組がある確率は $\mathbf{0.507297}$(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。必要な個数は $N$ ではなく $\sqrt{N}$ に比例する。$1.1774\sqrt{N}$(第3節)。
第三に、$64$ ビットなら $\mathbf{5.06\times10^{9}}$ 個で衝突する(第3節)。
第四に、これは量子計算機を待たない。古典の計算機で、いま起きている(第4節)。
第五に、二つの半分は別根である。グローバーは探索、誕生日は衝突を半分にする(第5節)。
第六に、分離子は「一つを当てるのか、二つを一致させるのか」である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。誕生日のパラドックス、誕生日限界、衝突耐性が鍵長の半分であること、グローバーの二次加速は、いずれも標準的である。暗号を作らない。使うのは一つの積と、一つの平方根だけである。ハッシュ関数の設計を論じない。どの関数が安全かは扱わない。出力長だけから出る限界を見る。既存の攻撃を評価しない。MD5 や SHA-1 の実際の破られ方(差分攻撃)には立ち入らない。誕生日限界は下限であって、実際の攻撃はそれより速いことがある。量子計算機の実現可能性を論じない。論文305 が扱った。本稿は比較のために引くだけである。確率論を作らない。近似式 $1.1774\sqrt{N}$ の導出には立ち入らない。既刊との関係:論文305 は「安全の根拠は三つあり、量子計算機が壊すのは一つだけ」と示し、グローバーで対称鍵の実効長が半分になることを表にした($128\to64$、$256\to128$)、本稿は同じ「半分」が、量子とは無関係にもう一本の道から出ることを示す。305 が探索の側、本稿が衝突の側である。論文281 は複製できないのに訂正はできると示した。同じ暗号の家系であり、本稿はハッシュの側に立つ。論文190 は「稀」が対数の目盛りで測ると示した。本稿の $\sqrt{N}$ は対数で半分になるという、その系である。論文300 は同根か別根かは判定できると示した。本稿は二つの「半分」にその基準を当てる。論文316 は同じ整数を三つの数え方が返すと示した。本稿は同じ「半分」を二つの機構が返すという、同じ型である。加えたのは人数ごとの一致確率を計算したこと、$23$ 人で $0.507297$ と出したこと、出力長ごとに必要な個数を $1.1774\sqrt{N}$ で並べたこと、グローバーの半分と誕生日の半分を論文300 の基準で別根と判定したことである。
1. 記法と問い
事実(論文305):グローバーの探索は $2^{n}$ を $2^{n/2}$ にする。だから対称鍵 $256$ ビットの実効長は $128$ ビットになる。量子計算機が要る。
問い:半分になる道は、それだけなのか。
観察 1.1 答はもう一本あるである。そしてそちらは量子計算機を待たない。
2. $23$ 人で、半分を超える
設定:$n$ 人の誕生日が独立に一様($365$ 日)とする。全員が違う確率は $\prod_{i=0}^{n-1}(365-i)/365$ である。
検算 2.1:
| 人数 | 同じ誕生日の組がある確率 |
|---|---|
| $10$ | $0.116948$ |
| $20$ | $0.411438$ |
| $\mathbf{23}$ | $\mathbf{0.507297}$ |
| $30$ | $0.706316$ |
| $50$ | $0.970374$ |
| $70$ | $0.999160$ |
観察 2.2 $23$ 人で半分を超える。$365$ 日あるのに、$23$ 人しか要らない。直感は $180$ 人あたりを答えるが、その手前で八割方終わっている。
観察 2.3 ずれの理由は数えているものが違うことである。人の数ではなく、組の数が効く。$23$ 人なら組は $\binom{23}{2}=253$ 通りあり、$365$ と同じ桁である。
観察 2.4 「自分と同じ誕生日の人がいるか」なら話は別である。そちらは $n$ に比例し、半分を超えるのに $253$ 人要る。同じ「誕生日が重なる」が二つの問いを指している。
3. 芯:$\sqrt{N}$ に比例する
設定:$N$ 通りの値をとるハッシュに、無作為な入力を $M$ 個入れる。組の数は $\binom{M}{2}\simeq M^2/2$ で、一致確率がおよそ $1/2$ になるのは $M\simeq1.1774\sqrt{N}$ のときである。
検算 3.1:
| 出力長 | $N=2^{n}$ | 衝突が $50\%$ になる個数 $1.1774\sqrt{N}$ |
|---|---|---|
| $32$ ビット | $4.295\times10^{9}$ | $\mathbf{7.716\times10^{4}}$ |
| $64$ ビット | $1.845\times10^{19}$ | $\mathbf{5.057\times10^{9}}$ |
| $128$ ビット | $3.403\times10^{38}$ | $\mathbf{2.172\times10^{19}}$ |
| $256$ ビット | $1.158\times10^{77}$ | $\mathbf{4.007\times10^{38}}$ |
観察 3.2 これが本稿の芯である。必要な個数は $N$ ではなく $\sqrt{N}$ に比例する。指数が半分になる。
観察 3.3 $32$ ビットは $7.7$ 万個で衝突する。いまの計算機なら一瞬である。$43$ 億通りあっても、$7.7$ 万個で足りる。
観察 3.4 $64$ ビットでも $\mathbf{5.06\times10^{9}}$ 個である。$50$ 億個は現実に用意できる量、$64$ ビットのハッシュは、衝突耐性としては使えない。
観察 3.5 正直に書くべき点、誕生日限界は下限である。実際の攻撃は関数の構造を突いてもっと速いことがある。本稿は出力長だけから出る限界を書いており、個々の関数の強さは扱わない。
4. これは、量子計算機を待たない
検算 4.1:二つの「半分」を並べる。
| 何を半分にするか | 要る計算機 | いつから | |
|---|---|---|---|
| グローバー(論文305) | 探索の指数 | 量子 | まだ |
| 誕生日(本稿) | 衝突の指数 | 古典 | 最初から |
観察 4.2 下の行は、いま起きている。SHA-$256$ の衝突耐性ははじめから $128$ ビットであり、量子計算機ができても変わらない。もう半分になっているものは、もう一度は半分にならない。
観察 4.3 だから設計の作法が違う。「$128$ ビットの安全性が欲しい」なら、探索に対しては $128$ ビット、衝突に対しては $256$ ビットの出力が要る。同じ要求に、二つの答が要る。
観察 4.4 論文305 は「鍵長では対抗できない」と書いた(RSA について)。ハッシュでは対抗できる。出力長を倍にすれば衝突耐性も倍になるからである。同じ「長さを増やす」が、片方では効かず、他方では効く。
5. 二つの半分は、別根である
検算 5.1:論文300 の判定基準を当てる。
| 基準 | 結果 |
|---|---|
| 恒等性を保つ対応があるか | いいえ。振幅増幅と鳩の巣に翻訳は無い |
| 同じ量が入っているか | いいえ。量子の回数 対 組の数 |
| 一方から他方が出るか | いいえ。片方は量子力学、他方は数え上げ |
| 値(指数の半減)は一致するか | はい。どちらも $n\to n/2$ |
観察 5.2 三つ「いいえ」、一つ「はい」である。機構は別根で、指数の半減だけが同じ、論文316 が「同じ整数を三つの数え方が返す」と書いたのと同じ型である。
観察 5.3 なぜ両方とも「半分」なのか。どちらも平方根が出るからである。グローバーは振幅の二乗が確率だから、誕生日は組の数が個数の二乗だから。二乗が出る場所が違う。
観察 5.4 論文190 は「稀」は対数の目盛りで測ると書いた。平方根は、対数の目盛りでは半分である。だからどちらも「ビットが半分」と言える。
6. 分離子:一つを当てるのか、二つを一致させるのか
観察 6.1 分離子、一つの当たりを探すのか、二つの一致を探すのか。
| 探すもの | 手間 | 例 |
|---|---|---|
| 指定された一つ(原像) | $N$ | 与えられた値になる入力を探す |
| どれでもいい二つ(衝突) | $\sqrt{N}$ | 同じ値になる入力の組を探す |
観察 6.2 二行目は、答を選べる。どの組でもよいので当たりが $M^2/2$ 通りある。自由度が手間を平方根にする。
観察 6.3 これは第2節の二つの誕生日問題と同じ分岐である。「自分と同じ人」は指定された一つ($253$ 人要る)、「誰かと誰か」はどれでもいい二つ($23$ 人でよい)。$11$ 倍の差が、この分岐から出ている。
観察 6.4 最後に一つ、「ビット数」は一つの数ではない。同じ $256$ ビットが、原像に対しては $256$、衝突に対しては $128$、量子探索に対しては $128$、何に対する強さかを言わないかぎり、ビット数は数を持たない。論文306 が「基本単位の個数は約束である」と書いたのと同じ場所で、数の身分が文脈で決まっている。
7. 点呼と結び
- $23$ 人で $0.507297$(検算2.1):$365$ 日あるのに。
- 効くのは組の数(観察2.3):$\binom{23}{2}=253$。
- 「自分と同じ」なら $253$ 人(観察2.4):$11$ 倍違う。
- 必要数は $1.1774\sqrt{N}$(検算3.1):指数が半分。
- $32$ ビットは $7.7$ 万個(観察3.3):一瞬である。
- $64$ ビットは $5.06\times10^{9}$(観察3.4):用意できる量。
- 誕生日限界は下限(観察3.5):実攻撃はもっと速いことがある。
- 古典で足りる(検算4.1):量子計算機を待たない。
- 三「いいえ」一「はい」(検算5.1):機構は別根。
- ビット数は一つの数でない(観察6.4):何に対する強さか。
結び:論文305 は、グローバーが対称鍵の実効長を半分にすると示した($256\to128$)。半分になる道はもう一本あり、そちらは量子計算機を待たない。$365$ 日あるのに、$23$ 人で同じ誕生日の組がある確率は $\mathbf{0.507297}$、効いているのは人の数ではなく組の数で、$23$ 人なら $\binom{23}{2}=253$ 通り、$365$ と同じ桁である。そして必要な個数は $N$ ではなく $\sqrt{N}$ に比例する。$1.1774\sqrt{N}$ であり、$32$ ビットは $7.7$ 万個、$\mathbf{64}$ ビットは $\mathbf{5.06\times10^{9}}$ 個で衝突する。$50$ 億個は現実に用意できる。これは古典の計算機で、最初から起きている。SHA-$256$ の衝突耐性ははじめから $128$ ビットであり、もう半分になっているものは、もう一度は半分にならない。二つの半分は別根である。論文300 の基準で三つ「いいえ」一つ「はい」。どちらも平方根が出るのは同じだが、二乗が出る場所が違う(グローバーは振幅、誕生日は組)。分けるものは一つ、指定された一つを当てるのか、どれでもいい二つを一致させるのか。答を選べることが、手間を平方根にする。最後に一つ、「ビット数」は一つの数ではない。同じ $256$ が、原像には $256$、衝突には $128$、量子探索には $128$ である。何に対する強さかを言わないかぎり、ビット数は数を持たない。
参考文献
- von Mises, R. (1939). Uber Aufteilungs- und Besetzungswahrscheinlichkeiten. Revue de la Faculte des Sciences de l’Universite d’Istanbul, 4.
- Yuval, G. (1979). How to Swindle Rabin. Cryptologia, 3(3).
- van Oorschot, P. C. and Wiener, M. J. (1999). Parallel Collision Search with Cryptanalytic Applications. Journal of Cryptology, 12(1).
- Grover, L. K. (1996). A Fast Quantum Mechanical Algorithm for Database Search. In Proceedings of the 28th Annual ACM Symposium on Theory of Computing.
- Stevens, M. et al. (2017). The First Collision for Full SHA-1. In Advances in Cryptology、CRYPTO 2017. Cham: Springer.
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 複製できないのに、訂正はできる [論文281]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171058
- 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 「安全」の根拠は三つあり、量子計算機が壊すのは一つだけである [論文305]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172118
- 山岸勇輝 (2026). 「基本」単位の個数は、約束である [論文306]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172149
- 山岸勇輝 (2026). 同じ整数を、三つの別の数え方が返す [論文316]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22208229
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「鍵長が半分になる」は二つあり、片方は量子計算機を待たない」[論文318]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22208876
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「鍵長が半分になる」は二つあり、片方は量子計算機を待たない [論文318]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/318 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22208876
Yamagishi, Y. (2026). A Key Halves for Two Different Reasons, and One of Them Is Not Waiting for a Quantum Computer [Paper 318]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/318; DOI: 10.5281/zenodo.22208876
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