【論文374】「ムーアの法則が終わる」と言われてきたが、終わったのはもう一つの法則だった

要旨

「ムーアの法則が終わる」と長く言われてきた。本稿が問うのは何が終わったのかである。答えは終わったのは素子数の法則ではなく、電力の法則である。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、二つの法則がある。ムーアの法則は素子数を、デナード則は電力を言う(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。デナード則の下では、寸法を半分にしても面積あたりの電力は厳密に $\mathbf{1.0000}$ 倍のままである(第2節)。

第三に、電圧が下がらなくなると、同じ縮小で $\mathbf{4.0000}$ 倍になる(第3節)。

第四に、二つの答は $\mathbf{4}$ 倍違う。縮小の仕方は同じである(第3節)。

第五に、素子数は $2$ 年で $2$ 倍のままなので、$20$ 年で $\mathbf{1024}$ 倍になり、電力もそのまま $1024$ 倍を要求する(第4節)。

第六に、分離子は「電圧が下がるか」であって、素子の大きさではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。ムーアの法則・デナード則・電力密度の壁はすべて既知である。半導体工学を作らない。短チャネル効果・漏れ電流・しきい値電圧の物理には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。年代を主張しない。デナード則がいつ止まったかの厳密な時期は本稿が測ったものではない。通説として二〇〇〇年代半ばを挙げるにとどめる。予測をしない。今後どうなるかは主題ではない。実装を扱わない。多コア化・ダークシリコン・専用回路といった対処は名前を挙げるにとどめる。数値を実測しない。特定の製品の消費電力は用いない。比例則の帰結だけを計算する。既刊との関係:論文363 は「芯」が三つあることを示した。そこでは一語が複数を指した。ここでは一つの名前で二つの法則が呼ばれている。論文346 は次数によって半減期が定数でなくなることを示した。そこでも「一つの言い方で足りるか」が問題だった。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。素子数の法則と電力の法則は、その基準で別根である。論文362 は律速が持ち上げではなく引きずりにあることを示した。ここでも、止まったのは注目されていたほうではない。加えたのは、デナード則の五つの量の倍率を並べて相殺を示したこと、電圧が下がらない場合との比が厳密に $4$ になることを示したこと、ムーアの倍率を六点で出したこと、中間の場合を置いて両極の間に入ることを確かめたこと、分離子を「電圧が下がるか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:寸法を $k$ 分の $1$ に縮める。デナード則では電圧も同時に $k$ 分の $1$ になる。

$$\text{素子数(面積あたり)}\propto k^{2},\qquad
\text{素子あたりの電力}\propto \frac{1}{k^{2}},\qquad
\text{面積あたりの電力}=k^{2}\cdot\frac{1}{k^{2}}$$

$k=2$ とする。

観察 1.1 ムーアの法則は数を言う。同じ面積に載る素子が $2$ 年で $2$ 倍、電力については何も言っていない。

観察 1.2 デナード則は電力を言う。縮めても面積あたりの電力が変わらない。素子数については何も言っていない。

観察 1.3 二つが同時に成り立っていたので、一つに見えた。「素子が増えても熱くならない」。その組み合わせが、半世紀の進歩の中身だった。

問い:終わったのは、どちらの法則か。

2. デナード則の下では、電力が厳密に相殺する

計算 2.1:寸法を $2$ 分の $1$ に縮めたときの倍率(本稿で計算・デナード則が成り立つ場合)。

量 倍率
素子数(面積あたり) $4.0000$
遅延 $0.5000$
電圧 $0.5000$
素子あたりの電力 $0.2500$
面積あたりの電力 $\mathbf{1.0000}$

観察 2.2 これが本稿の芯である。$4$ 倍と $4$ 分の $1$ が厳密に相殺して $1.0000$ になる。近似ではない。素子数の増え方と素子あたりの電力の減り方が、同じ $k^{2}$ だからである。

観察 2.3 この相殺が「無料の進歩」の正体だった。速くなり、多くなり、それでいて熱くならない。相殺が成り立つあいだは、三つを同時に得られた。

観察 2.4 相殺は電圧が下がることに依存している。素子あたりの電力が $1/k^{2}$ になるのは、電圧が $1/k$ になるからである。電圧が動かなければ、この項が消える。

3. 電圧が下がらなくなると、$4$ 倍になる

計算 3.1:同じ縮小で、電圧が下がらない場合(本稿で計算)。

量 デナード則 電圧が下がらない
素子数(面積あたり) $4.0000$ $4.0000$
電圧 $0.5000$ $1.0000$
素子あたりの電力 $0.2500$ $1.0000$
面積あたりの電力 $\mathbf{1.0000}$ $\mathbf{4.0000}$

観察 3.2 二つの答は厳密に $4$ 倍違う。$4.0000/1.0000$、縮小の仕方は同じで、変わったのは電圧が下がるかどうかだけである。

観察 3.3 中間の場合もある。電圧が $1/\sqrt{k}$ だけ下がるなら、面積あたりの電力は $k$ 倍、つまり $2$ 倍、$1$ と $4$ の間に入る。段階的に悪化する。

観察 3.4 なぜ電圧が下がらなくなったか。しきい値電圧を下げると漏れ電流が指数的に増える。本稿はこの機構を計算していない。文献として挙げるにとどめる。

観察 3.5 正直に言えば、止まった年代は本稿が測ったものではない。通説として二〇〇〇年代半ばが挙げられる。本稿が計算したのは、止まったときに何倍になるかだけである。

4. 素子数の法則は止まっていない

計算 4.1:ムーアの倍率と、二つの場合の電力(本稿で計算)。

年 ムーアの倍率 デナードが続いた場合の電力 電圧が下がらない場合
$0$ $1.0$ $1.0$ $1.0$
$4$ $4.0$ $1.0$ $4.0$
$8$ $16.0$ $1.0$ $16.0$
$12$ $64.0$ $1.0$ $64.0$
$16$ $256.0$ $1.0$ $256.0$
$\mathbf{20}$ $\mathbf{1024.0}$ $\mathbf{1.0}$ $\mathbf{1024.0}$

観察 4.2 真ん中の列は $20$ 年ずっと $1.0$ である。素子が $1024$ 倍になっても電力が変わらない。これがデナード則の意味である。

観察 4.3 右の列は素子数と同じ $1024$ 倍になる。電力密度が素子密度に比例するからである。冷やしきれない。

観察 4.4 つまり素子は載るが、同時に動かせない。これがダークシリコンと呼ばれる状況である。本稿はその割合を計算していない。名前を挙げるにとどめる。

観察 4.5 だから「ムーアの法則が終わる」は名前を取り違えている。止まったのは電力の法則である。素子数のほうは、この表の左の列のまま増え続けた。

5. 分離子:電圧が下がるか

観察 5.1 分離子、縮小と一緒に電圧が下がるかどうかであって、素子の大きさではない。

素子数 電圧 面積あたりの電力
デナード則 $\mathbf{4.0000}$ 倍 $\mathbf{0.5000}$ 倍 $\mathbf{1.0000}$ 倍
中間($1/\sqrt{k}$) $4.0000$ 倍 $0.7071$ 倍 $2.0000$ 倍
電圧が下がらない $\mathbf{4.0000}$ 倍 $\mathbf{1.0000}$ 倍 $\mathbf{4.0000}$ 倍

観察 5.2 左の列は三行とも同じである。素子数は同じだけ増える。ムーアの法則は三行を区別しない。

観察 5.3 論文300 の基準で別根である。素子数は幾何(面積の縮小)から、電力は電気(電圧の二乗)から出る。一つの「進歩」に見えていたのは、二つが偶然同じ向きに進んでいたからである。

観察 5.4 分離子は動かせない。電圧を下げられないのは物理の制約である。だから対処は、素子を全部同時に動かさないという設計側の工夫になる。

観察 5.5 正直に言えば、$1.0000$ も $4.0000$ も、$k=2$ という理想的な比例則の上での値である。実際の世代交代は $k$ が半端で、他の効果も入る。動かないのは、電圧が下がるかどうかで結果が $k^{2}$ 倍変わるという構造だけである。

観察 5.6 最後に一つ、二つの法則が同じ方向に進んでいるあいだ、それは一つの法則に見える。片方が止まって初めて、二つだったことが分かる。そして止まったほうではなく、有名なほうの名前で「終わった」と言われる。

6. 点呼と結び

  1. ムーアの法則は数を言う(観察 1.1):電力については何も言わない。
  2. デナード則は電力を言う(観察 1.2):素子数については何も言わない。
  3. 面積あたりの電力が厳密に $1.0000$(計算 2.1):$4$ 倍と $1/4$ が相殺。
  4. 電圧が下がらないと $4.0000$ 倍(計算 3.1):同じ縮小で。
  5. 二つの答は厳密に $4$ 倍違う(観察 3.2):変えたのは電圧だけ。
  6. 中間なら $2.0000$ 倍(観察 3.3):両極の間に入る。
  7. $20$ 年でムーアは $1024$ 倍(計算 4.1):$2$ 年で $2$ 倍。
  8. デナードが続けば電力は $1.0$ のまま(計算 4.1):$20$ 年ずっと。
  9. 止まれば電力も $1024$ 倍(観察 4.3):冷やしきれない。
  10. 素子数の法則は止まっていない(観察 4.5):名前を取り違えている。

結び:「ムーアの法則が終わる」と長く言われてきた。だが同じ名前で呼ばれていたのは、二つの法則である。ムーアの法則は数を言い、デナード則は電力を言う。前者は同じ面積に載る素子が $2$ 年で $2$ 倍になると言うだけで電力には触れず、後者は縮めても面積あたりの電力が変わらないと言うだけで素子数には触れない。二つが同時に成り立っていたので、一つに見えていた。デナード則の下では、電力が厳密に相殺する。寸法を $2$ 分の $1$ にすると素子数は $4.0000$ 倍、素子あたりの電力は $0.2500$ 倍、面積あたりの電力は厳密に $\mathbf{1.0000}$ 倍になる。近似ではなく、増え方と減り方が同じ $k^{2}$ だからである。速くなり、多くなり、それでいて熱くならない。この相殺が「無料の進歩」の正体だった。ところが相殺は、電圧が下がることに依存している。素子あたりの電力が $1/k^{2}$ になるのは電圧が $1/k$ になるからで、電圧が下がらなくなると同じ縮小で面積あたりの電力は $\mathbf{4.0000}$ 倍になる。二つの答は厳密に $4$ 倍違い、変わったのは電圧が下がるかどうかだけである。電圧が $1/\sqrt{k}$ だけ下がる中間なら $2.0000$ 倍で、$1$ と $4$ の間に入る。そして素子数の法則は止まっていない。$2$ 年で $2$ 倍のままなら $20$ 年で $\mathbf{1024}$ 倍になり、デナードが続いていれば電力は $20$ 年ずっと $1.0$ のままだが、止まった後は電力も $1024$ 倍を要求する。素子は載るが、同時には動かせない。だから「ムーアの法則が終わる」は名前を取り違えていて、止まったのは電力の法則である。分けているものは一つ、縮小と一緒に電圧が下がるかどうかであって、素子の大きさではない。三行とも素子数は同じだけ増えるので、ムーアの法則は三行を区別しない。論文300 の基準で別根であって、素子数は幾何から、電力は電圧の二乗から出る。一つの「進歩」に見えていたのは、二つが偶然同じ向きに進んでいたからである。正直に言えば、止まった年代も、電圧が下がらなくなった機構(しきい値を下げると漏れ電流が指数的に増える)も、本稿が計算したものではない。$1.0000$ も $4.0000$ も $k=2$ という理想的な比例則の上での値である。最後に一つ、二つの法則が同じ方向に進んでいるあいだ、それは一つの法則に見える。片方が止まって初めて、二つだったことが分かる。そして止まったほうではなく、有名なほうの名前で「終わった」と言われる。

参考文献

  1. Moore, G. E. (1965). Cramming more components onto integrated circuits. Electronics.
  2. Dennard, R. H., Gaensslen, F. H., Yu, H.-N., Rideout, V. L., Bassous, E., LeBlanc, A. R. (1974). Design of ion-implanted MOSFET’s with very small physical dimensions. IEEE Journal of Solid-State Circuits.
  3. Esmaeilzadeh, H., Blem, E., St. Amant, R., Sankaralingam, K., Burger, D. (2011). Dark silicon and the end of multicore scaling. ISCA ’11.
  4. Bohr, M. (2007). A 30 Year Retrospective on Dennard’s MOSFET Scaling Paper. IEEE Solid-State Circuits Society Newsletter.
  5. Hennessy, J. L., Patterson, D. A. (2019). Computer Architecture: A Quantitative Approach (6th ed.). Cambridge: Morgan Kaufmann.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『三つの反応次数のうち二つでは、「半減期」は物質の性質ですらない』[論文346]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682323
  8. 山岸勇輝 (2026). 『ピラミッドで石を持ち上げる仕事は、律速ではない』[論文362]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697498
  9. 山岸勇輝 (2026). 『バットの「芯」は三つあり、同じバットの上で 23 cm 離れている』[論文363]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697505

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「ムーアの法則が終わる」と言われてきたが、終わったのはもう一つの法則だった」[論文374]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698689

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「ムーアの法則が終わる」と言われてきたが、終わったのはもう一つの法則だった [論文374]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/374 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698689

Yamagishi, Y. (2026). “Moore’s Law Is Ending” Has Been Said for Years, but What Ended Was the Other Law [Paper 374]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/374; DOI: 10.5281/zenodo.22698689

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