【論文381】スイングバイで探査機は速くなるが、惑星から見れば速さは一切変わっていない

要旨

スイングバイは「惑星の重力で加速する」と説明される。本稿が問うのはどの系から見て加速したのかである。答えは太陽から見れば加速し、惑星から見れば速さは変わっていない。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、惑星から見れば、探査機の速さは変わらず向きだけが変わる(弾性散乱と同じ)(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。太陽から見た増速は、惑星の公転速度 $U$ の最大 $2U$ である(第2節)。

第三に、木星なら $\mathbf{26.14}$ km/s、金星なら $\mathbf{70.04}$ km/s になる(第2節)。

第四に、$1000$ kg の探査機が木星で得る運動エネルギーは $\mathbf{6.0305\times10^{11}}$ J である(第3節)。

第五に、そのとき木星が失う公転速度は $\mathbf{2.4310\times10^{-20}}$ m/s で、比は $\mathbf{1.0753\times10^{24}}$ 倍である(第3節)。

第六に、分離子は「どの系で速さを測るか」であって、重力の強さではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。スイングバイ・弾性散乱・運動量保存はすべて既知である。軌道力学を作らない。パッチドコニック近似の妥当性や、実際の軌道設計には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。最大値の条件を導かない。$2U$ が達成される幾何(正面から回り込む極限)は結果として使い、導出しない。実機を扱わない。特定の探査機の航路や実際の増速量は用いない。数値は明示した仮定の上でのものである。相対論を扱わない。速度は光速に比べて十分小さいものとする。潮汐を扱わない。通過時の潮汐力や自転への影響は主題ではない。既刊との関係:論文367 は感度の総量が保存され配分だけが選べることを示した。そこでも「増えたように見えて移動しただけ」だった。論文356 は流れている量と働いている量が別であることを示した。ここでは同じ速さが二つの系で別の値をもつ。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。惑星から見た速さと太陽から見た速さは、その基準で別根である。論文373 は初期値が振幅を決めることを示した。ここでは基準系が結論を決める。加えたのは、五つの惑星で最大増速を数に出したこと、木星での運動エネルギーの増加を計算したこと、木星が失う速度 $2.4310\times10^{-20}$ m/s を逆算したこと、エネルギーの逆算が閉じることを確かめたこと、分離子を「どの系で測るか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:惑星の公転速度を $U$、惑星から見た探査機の速さを $v$ とする。

$$\text{惑星系}: |v_{\text{in}}|=|v_{\text{out}}|,\qquad
\text{太陽系}: \Delta V_{\max}=2U$$

惑星の重力は保存力なので、惑星から見た速さは通過の前後で変わらない。

観察 1.1 惑星から見れば、これは弾性散乱である。速さは同じで、向きだけが変わる。ボールが壁で跳ね返るのと同じ形である。

観察 1.2 壁が動いていれば、外から見た速さは変わる。近づいてくる壁に当たれば速くなる。惑星は公転しているので、動いている壁である。

観察 1.3 だから増速の上限は惑星の速さで決まる。重力の強さではない。本稿はその値を惑星ごとに出す。

問い:探査機は、どの系から見て加速したのか。

2. 上限は $2U$ である

計算 2.1:惑星ごとの公転速度と最大増速(本稿で計算)。

惑星 公転速度 $U$ [km/s] 最大増速 $2U$ [km/s]
金星 $35.02$ $\mathbf{70.04}$
地球 $29.78$ $59.56$
火星 $24.07$ $48.14$
木星 $13.07$ $\mathbf{26.14}$
土星 $9.69$ $19.38$

観察 2.2 これが本稿の芯である。増速の上限は惑星の質量ではなく、公転速度で決まる。金星は木星よりずっと軽いのに、$70.04$ 対 $26.14$ で二倍以上大きい。

観察 2.3 質量が効くのは別の場所である。どれだけ大きく曲げられるか、軽い惑星では $2U$ に近づけないので、実際の増速は上限より小さくなる。本稿はその幾何を計算していない。

観察 2.4 惑星が止まっていれば増速はゼロである。$2\times0=0$、どんなに重い天体でも、静止していれば速くできない。式が効いていることの確認になる。

観察 2.5 減速にも使える。惑星の後ろ側を回れば $2U$ 失う。内惑星へ向かう探査機は、これを使う。

3. 惑星が払う代価は $2.4310\times10^{-20}$ m/s である

計算 3.1:$1000$ kg の探査機が木星で加速する場合(本稿で計算)。

量 値
探査機の質量 $1000$ kg
太陽から見た速度 $10.00 \to 36.14$ km/s
得た運動エネルギー $\mathbf{6.0305\times10^{11}}$ J
木星の質量 $1.898\times10^{27}$ kg
木星が失う公転速度 $\mathbf{2.4310\times10^{-20}}$ m/s
比(探査機 / 木星) $\mathbf{1.0753\times10^{24}}$ 倍

観察 3.2 $2.4310\times10^{-20}$ m/s は測れない量である。$1$ mm/s の $10^{16}$ 分の $1$ 以下、だが、ゼロではない。

観察 3.3 ゼロでないことが本質である。エネルギーは生まれていない。木星の公転運動から取っている。ただ、相手が $1.898\times10^{27}$ kg なので、割り算の結果が測れないほど小さくなる。

観察 3.4 比が $1.0753\times10^{24}$ 倍である。探査機の速度変化と、木星の速度変化、質量比がそのまま出ている。

観察 3.5 逆算が閉じている。$\Delta E=MU\Delta U$ に戻すと $6.0305\times10^{11}$ J が返る。計算の誤りではない。

観察 3.6 だから「タダで加速している」わけではない。代価は払われている。払っているのが巨大なので、請求書が見えないだけである。

4. 同じ運動が、二つの記述をもつ

観察 4.1 惑星から見れば、速さは前後で同じである。$|v_{\text{in}}|=|v_{\text{out}}|$、加速は一切起きていない。

観察 4.2 太陽から見れば、$26.14$ km/s 増えている。同じ通過、同じ時刻、違うのは、どこから見ているかだけである。

観察 4.3 どちらも正しい。速度は基準系に依存する量だからである。「本当はどちらか」という問いには答が無い。

観察 4.4 論文300 の基準で別根である。惑星から見た速さは重力が保存力であることが、太陽から見た速さは惑星の運動が決める。同じ「速さ」という語が、二つの量を指している。

観察 4.5 論文367 と同じ形である。論文367 では感度の総量が保存され、配分だけが動いた。ここでは運動量の総量が保存され、配分だけが動く。

5. 分離子:どの系で速さを測るか

観察 5.1 分離子、どの系で速さを測るかであって、重力の強さではない。

基準系 探査機の速さ 変化 エネルギーは
惑星 前後で同じ 向きだけ 保存
太陽 最大 $2U$ 増える 速さも 惑星から移る

観察 5.2 右端の列が誤解の源である。上の行だけを見れば「何も起きていない」。下の行だけを見れば「エネルギーが増えた」。両方を見て初めて、移動だと分かる。

観察 5.3 分離子は動かせる。惑星に固定した系で書けば、加速は消える。消えるのは記述であって、探査機が遠くまで行けるという事実ではない。

観察 5.4 どちらの系を使うかは目的で決まる。通過の幾何を解くなら惑星系、次の惑星へ届くかを見るなら太陽系、正しさではなく、便利さで選ぶ。

観察 5.5 正直に言えば、$26.14$ km/s は上限であって、実際の増速ではない。幾何が理想的な場合の値である。実機ではこれより小さい。本稿はその差を計算していない。

観察 5.6 最後に一つ、「増えた」と言うときは、何に対して増えたのかを言わなければならない。同じ通過が、一方の系では何も変えず、他方では $26.14$ km/s を与える。基準を言わない増加は、増加かどうかすら決まっていない。

6. 点呼と結び

  1. 惑星系では速さが変わらない(第1節):弾性散乱と同じ。
  2. 太陽系では最大 $2U$ 増える(計算 2.1):惑星の公転速度で決まる。
  3. 木星で $26.14$ km/s(計算 2.1):金星なら $70.04$ km/s。
  4. 質量ではなく速度が効く(観察 2.2):金星のほうが大きい。
  5. 静止した天体では増速ゼロ(観察 2.4):式が効いている。
  6. 得るエネルギーは $6.0305\times10^{11}$ J(計算 3.1):$1000$ kg で。
  7. 木星は $2.4310\times10^{-20}$ m/s 失う(計算 3.1):ゼロではない。
  8. 比は $1.0753\times10^{24}$ 倍(計算 3.1):質量比そのもの。
  9. 逆算が閉じている(観察 3.5):$\Delta E=MU\Delta U$。
  10. 両方見て初めて移動と分かる(観察 5.2):片方だけでは誤解する。

結び:スイングバイは「惑星の重力で加速する」と説明される。だが惑星から見れば、速さは一切変わっていない。惑星から見れば、これは弾性散乱である。重力は保存力なので速さは同じで、向きだけが変わる。ボールが壁で跳ね返るのと同じ形であり、その壁が公転しているために、外から見た速さが変わる。だから増速の上限は、惑星の質量ではなく公転速度で決まる。最大 $2U$ であり、木星なら $\mathbf{26.14}$ km/s、金星なら $\mathbf{70.04}$ km/s。金星は木星よりずっと軽いのに二倍以上大きい。静止した天体なら、どんなに重くても増速はゼロである。(質量が効くのは「どれだけ大きく曲げられるか」のほうで、軽い惑星では $2U$ に近づけない。本稿はその幾何を計算していない。)そして代価は払われている。$1000$ kg の探査機が木星で $10.00$ から $36.14$ km/s へ加速すると得る運動エネルギーは $\mathbf{6.0305\times10^{11}}$ J、そのとき木星が失う公転速度は $\mathbf{2.4310\times10^{-20}}$ m/s である。$1$ mm/s の $10^{16}$ 分の $1$ 以下という測れない量だが、ゼロではない。エネルギーは生まれておらず、木星の公転運動から取っている。相手が $1.898\times10^{27}$ kg なので、割り算の結果が測れないほど小さくなるだけである。比は $\mathbf{1.0753\times10^{24}}$ 倍で、質量比がそのまま出ており、$\Delta E=MU\Delta U$ に戻すと元のエネルギーが返る。分けているものは一つ、どの系で速さを測るかであって、重力の強さではない。惑星系だけを見れば「何も起きていない」、太陽系だけを見れば「エネルギーが増えた」。両方を見て初めて、移動だと分かる。どちらも正しく、「本当はどちらか」という問いには答が無い。速度は基準系に依存する量だからである。正直に言えば、$26.14$ km/s は幾何が理想的な場合の上限であって、実機の増速はこれより小さい。本稿はその差を計算していない。最後に一つ、「増えた」と言うときは、何に対して増えたのかを言わなければならない。同じ通過が、一方の系では何も変えず、他方では $26.14$ km/s を与える。基準を言わない増加は、増加かどうかすら決まっていない。

参考文献

  1. Battin, R. H. (1999). An Introduction to the Mathematics and Methods of Astrodynamics (revised ed.). Reston: AIAA.
  2. Minovitch, M. A. (1963). The Determination and Characteristics of Ballistic Interplanetary Trajectories Under the Influence of Multiple Planetary Attractions. JPL Technical Report 32-464.
  3. Van Allen, J. A. (2003). Gravitational assist in celestial mechanics、a tutorial. American Journal of Physics.
  4. Curtis, H. D. (2013). Orbital Mechanics for Engineering Students (3rd ed.). Oxford: Butterworth-Heinemann.
  5. Flandro, G. A. (1966). Fast Reconnaissance Missions to the Outer Solar System Utilizing Energy Derived from the Gravitational Field of Jupiter. Astronautica Acta.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『電流は流れているのに、仕事をしていない』[論文356]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697124
  8. 山岸勇輝 (2026). 『感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる』[論文367]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697709
  9. 山岸勇輝 (2026). 『捕食者と被食者の振幅を決めているのは、方程式ではなく初期値である』[論文373]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22698669

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「スイングバイで探査機は速くなるが、惑星から見れば速さは一切変わっていない」[論文381]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698831

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). スイングバイで探査機は速くなるが、惑星から見れば速さは一切変わっていない [論文381]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/381 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698831

Yamagishi, Y. (2026). In a Gravity Assist the Probe Speeds Up, and in the Planet’s Frame Its Speed Never Changed [Paper 381]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/381; DOI: 10.5281/zenodo.22698831

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