要旨
欠測は「偏りが無ければ問題ない」と扱われることがある。本稿が示すのは、偏りが無くても符号は動くことである。そして、埋めてみるまでどちらへ動くかは分からない。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、これが本稿の芯である。同じ日に同じ手続きで埋めた二つの穴が、逆向きに切った。一方は平均を $+0.45$ から $\mathbf{-2.22}$ へ、他方は $+4.2$ から $\mathbf{+106.8}$ へ動かした(第3節)。
第二に、埋まった $15$ 点だけの平均は逆算で $\mathbf{-10.41}$ と決まる。全体平均 $+10.19$ とほぼ同じ大きさの逆符号である(第2節)。
第三に、この逆算は独立に確かめられる。全体の総額の変化 $-154.05$ と、当該区間の変化 $-156.12$ が丸めの範囲で一致する(第2節)。
第四に、区間の符号は動いたが、全体の符号は動いていない($+10.19\to+9.88$)。規模の話と符号の話は別である(第2節)。
第五に、無作為に落とすだけでも平均は動く。作り物で $+0.3299$ が $+0.6643$ になった(第4節)。
第六に、分離子は「偏りがあるか」ではなく「埋められるか」である(第4節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。欠測の分類(完全に無作為・無作為・無作為でない)、補完の一般論はすべて既知である。補完法を提案しない。多重代入、最尤法、逆確率重み付けのどれが良いかは主題ではない。本稿が扱うのは「同じ穴を別の出所で埋めたら何が起きたか」だけである。特定の分野を論じない。数は時系列の観測から採ったが、市場も手法も主題ではなく、量は無次元の「一件あたりの値」として扱う。因果を論じない。なぜ穴が空いたかは主題ではない。推定量の性質を証明しない。不偏性や一致性の議論はしない。どちらの値が正しいかを決めない。埋めた側が正しいと言うだけの根拠を本稿は持たない。示すのは「埋めると動く」ことだけである。既刊との関係:論文419 は同じ材料でも向きで強度が変わることを示した。そこでは図面に無い量が効いた。ここでは記録に無い点が効く。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「偏りのある欠測」と「偏りのない欠測」は、その基準で別根である。論文412 は「一番近い」が距離を決めるまで決まらないことを示した。ここでは「平均」が標本を決めるまで決まらない。論文364 は選別だけで平均が上がることを示した。そこでは選ぶことが動かした。ここでは欠けることが動かす。加えたのは、埋まった点だけの平均を逆算で一意に決めたこと、全体の総額と区間の総額を突き合わせて逆算を独立に確かめたこと、同じ日の二つの穴が逆符号に効いたことを並べたこと、区間の符号と全体の符号を分けたこと、分離子を「偏りがあるか」ではなく「埋められるか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:ある区間で $n_0$ 点が観測され、平均が $m_0$ だったとする。 あとから別の出所で $k$ 点を補い、合計 $n_1=n_0+k$ 点、平均 $m_1$ になったとする。
$$m_1=\frac{n_0m_0+k\,\bar{x}_{\mathrm{add}}}{n_0+k}
\quad\Longrightarrow\quad
\bar{x}_{\mathrm{add}}=\frac{n_1m_1-n_0m_0}{k}$$
補った点だけの平均 $\bar{x}_{\mathrm{add}}$ は、観測から一意に決まる。
観察 1.1 欠測は「偏りが無ければ問題ない」と言われることがある。無作為に落ちたのなら、平均は動かないはずだ。期待値の話としては正しい。
観察 1.2 だが手元にあるのは期待値ではなく、一つの標本である。一つの標本では、無作為に落としても平均は動く。動く向きは、落ちた点が何だったかで決まる。
問い:どれだけ動くのか。そして向きは予想できるのか。
2. 埋まった点だけの平均は、逆算で決まる
計算 2.1:ある区間の記録である。
| 標本 | 点数 | 平均 |
|---|---|---|
| 穴のあるまま | $46$ | $+0.4500$ |
| 埋めたあと | $61$ | $-2.2200$ |
補った点は $61-46=15$ 点である。逆算すると
$$\bar{x}_{\mathrm{add}}=\frac{61\times(-2.22)-46\times0.45}{15}=\mathbf{-10.4080}$$
観察 2.2 この値は仮定を一つも置いていない。二つの点数と二つの平均から代数的に決まる。合成し直すと $-2.220000000$ に戻る。
観察 2.3 $\mathbf{-10.41}$ は小さくない。同じ標本の全体平均は $+10.19$ である。ほぼ同じ大きさの、逆符号である。
計算 2.4:独立に確かめる。全体は $975$ 点・平均 $+10.19$ から $990$ 点・平均 $+9.88$ になった。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 全体の総額の変化 | $-154.05$ |
| 当該区間の総額の変化 | $-156.12$ |
| 差 | $2.07$ |
観察 2.5 二つの経路が丸めの範囲で一致する。点数の増分も $990-975=15$ と $61-46=15$ で一致する。逆算が正しいことの、独立な確認である。
観察 2.6 区間の符号は動いたが、全体の符号は動いていない。$+10.19\to+9.88$、規模の話と符号の話は別である。ここを混ぜると、穴を「致命的」とも「無視できる」とも言えてしまう。
3. 同じ日の二つの穴が、逆向きに切った
計算 3.1:同じ日に、同じ出所から、同じ手続きで、別の系列の穴も埋めた。
| 系列 | 埋める前 | 埋めたあと | 向き |
|---|---|---|---|
| 甲(区間平均) | $+0.45$ | $-2.22$ | 悪化・符号が反転 |
| 乙(区間総額) | $+4.2$ | $+106.8$ | 大幅に良化 |
乙で補われた分は $106.8-4.2=\mathbf{+102.6}$ である。
観察 3.2 手続きは同じである。同じ日、同じ補完元、同じ規則、それでも一方は下へ、他方は上へ切った。
観察 3.3 だから「埋めると悪くなる」でもない。楽観の側にも悲観の側にも動く。埋める前に向きを予想する材料が無い。
観察 3.4 重なっている部分では、二つの出所は一致していた。共通する $46$ 点の差の中央値は $0.00$ である。つまり出所の違いや計算の違いではなく、欠けていた点そのものが動かした。
観察 3.5 この $0.00$ が効いている。もし共通部分がずれていたら、二つの出所のどちらが正しいかという別の問題になる。ずれていないので、問題は「欠けていた点は何だったか」だけに絞られる。
4. 分離子
分離子:偏りがあるかではなく、埋められるか。
計算 4.1:作り物で確かめる。$60$ 点から無作為に $15$ 点を落とす。
平均は $+0.3299$ から $+0.6643$ へ動いた。差は $0.3343$ である。
観察 4.2 落とし方に偏りは無い。一様な確率で落としている。それでも動く。期待値が動かないことと、この標本で動かないことは別である。
観察 4.3 動く大きさは、落ちた点数と、ばらつきで決まる。標準誤差の程度である。だから「ばらつきが大きい量ほど、少数の欠測が効く。
観察 4.4 そして符号が反転するのは、平均が $0$ に近いときである。区間平均 $+0.45$ は $0$ の近くにいた。全体平均 $+10.19$ は遠かったので反転しなかった。
観察 4.5 だから「偏りが無いから大丈夫」は、二つの意味を混ぜている。推定量が不偏であることと、この標本の値が動かないことは別である。論文300 の基準で別根であり、一方は手続きの性質、一方は一回の実現値の性質である。
観察 4.6 正直に言えば、埋めた側が正しいと言うだけの根拠を、本稿は持たない。補完元にも誤りがありうる。示したのは「埋めると動く」ことだけで、「埋めた値が真である」ことではない。
観察 4.7 最後に一つ、穴の存在を報告するだけでは足りない。「$3$ 割が欠けている」と書いても、読者は向きも大きさも分からない。埋められる穴は埋めて、埋める前後の両方を並べる。点数を必ず併記する。
5. 点呼と結び
- 補われたのは $15$ 点(計算 2.1):$61-46$。
- その平均は $-10.4080$(計算 2.1):逆算で一意。
- 合成し直すと $-2.220000000$(観察 2.2):逆算の自己検査。
- 全体の変化 $-154.05$ 対 区間 $-156.12$(計算 2.4):独立な突合せ。
- 点数の増分も $15=15$(観察 2.5):二経路で一致。
- 区間は符号が反転、全体は $+10.19\to+9.88$(観察 2.6):規模と符号は別。
- もう一つの穴は $+4.2\to+106.8$(計算 3.1):逆向きに切った。
- 共通部分の差の中央値は $0.00$(観察 3.4):出所の違いではない。
- 無作為でも $+0.3299\to+0.6643$(計算 4.1):偏りが無くても動く。
- 分離子は偏りか埋められるか(観察 4.5):論文300 の基準で別根。
結び:欠測は「偏りが無ければ問題ない」と扱われることがある。無作為に落ちたなら平均は動かないはずだ、という話であり、期待値の話としては正しい。だが手元にあるのは期待値ではなく一つの標本であり、一つの標本では無作為に落としても平均は動く。どれだけ動くかは、逆算で一意に決まる。ある区間が $46$ 点・平均 $+0.45$ から $61$ 点・平均 $-2.22$ になったとき、補われた $\mathbf{15}$ 点だけの平均は $\mathbf{-10.4080}$ と決まる。仮定は一つも置いていない。二つの点数と二つの平均から代数的に出るだけで、合成し直すと $-2.220000000$ に戻る。この値は小さくない。同じ標本の全体平均は $+10.19$ であり、ほぼ同じ大きさの逆符号である。逆算は独立に確かめられる:全体の総額の変化 $\mathbf{-154.05}$ と当該区間の変化 $\mathbf{-156.12}$ が丸めの範囲で一致し、点数の増分も $990-975$ と $61-46$ がどちらも $15$ である。そして向きは予想できない。同じ日に、同じ出所から、同じ手続きで埋めたもう一つの穴は、逆向きに切った。$+4.2$ から $\mathbf{+106.8}$ へ、補われた分は $\mathbf{+102.6}$ である。一方は下へ、他方は上へ動いた。重なっている部分では二つの出所は一致しており、共通する $46$ 点の差の中央値は $\mathbf{0.00}$ である。つまり出所の違いでも計算の違いでもなく、欠けていた点そのものが動かした。分けているものは一つ、偏りがあるかではなく、埋められるか。作り物で $60$ 点から無作為に $15$ 点を落とすと、平均は $\mathbf{+0.3299}$ から $\mathbf{+0.6643}$ へ動く。落とし方に偏りは無い。推定量が不偏であることと、この標本の値が動かないことは別であり、論文300 の基準で別根である。符号まで反転するのは平均が $0$ に近いときで、区間平均 $+0.45$ は $0$ の近くにいたが、全体平均 $+10.19$ は遠かったので反転しなかった。正直に言えば、埋めた側が正しいと言うだけの根拠を本稿は持たない。補完元にも誤りはありうる。示したのは「埋めると動く」ことだけで、「埋めた値が真である」ことではない。最後に一つ、穴の存在を報告するだけでは足りない。「三割が欠けている」と書いても、読者は向きも大きさも分からない。埋められる穴は埋めて、埋める前後の両方を並べ、点数を必ず併記する。
参考文献
- Rubin, D. B. (1976). Inference and Missing Data. Biometrika.
- Little, R. J. A., & Rubin, D. B. (2019). Statistical Analysis with Missing Data (3rd ed.). Hoboken: Wiley.
- Rubin, D. B. (1987). Multiple Imputation for Nonresponse in Surveys. New York: Wiley.
- Schafer, J. L., & Graham, J. W. (2002). Missing Data: Our View of the State of the Art. Psychological Methods.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『選別だけで平均は $\mathbf{1.52}$ 標準偏差上がり、ばらつきは $\mathbf{0.45}$ に縮む』[論文364]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697530
- 山岸勇輝 (2026). 『「一番近い」は、距離を決めるまで決まらない』[論文412]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699661
- 山岸勇輝 (2026). 『同じ材料・同じ形でも、置いた向きで強度が変わる』[論文419]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699940
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「偏りを生まない欠測でも、符号は動く」[論文420]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699994
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 偏りを生まない欠測でも、符号は動く [論文420]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/420 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699994
Yamagishi, Y. (2026). A Gap That Creates No Bias Still Moves the Sign [Paper 420]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/420; DOI: 10.5281/zenodo.22699994
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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指紋(SHA-256)と確かめ方
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