要旨
各自が自分にとって最善を選べば、全体もよくなると思われている。本稿が示すのは、そうならない場合があることである。誰も間違えていないのに、合計が最小のところへ落ち着く。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、相手が協調なら裏切りが $5$ 対 $3$ で得である(第2節)。
第二に、相手が裏切りでも裏切りが $1$ 対 $0$ で得である。どちらの場合も裏切りが得=支配戦略である(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。落ち着く先の合計は $\mathbf{2}$ で、三つの組のうち最小である(第3節)。
第四に、協調どうしの合計 $\mathbf{6}$ とは、ちょうど $\mathbf{3}$ 倍の開きがある(第3節)。
第五に、$2R>T+S$ が成り立っているので、協調どうしが合計で最大である(第2節)。
第六に、分離子は「一人ずつ見るか、二人まとめて見るか」である(第4節)。
キーワード:囚人のジレンマ、ゲーム理論、支配戦略、ナッシュ均衡、パレート効率。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。囚人のジレンマ、支配戦略、ナッシュ均衡、パレート効率はすべて既知である($1950$ 年以来)。定理を証明しない。均衡の存在も一意性も証明しない。一つの利得表に数を入れるだけである。繰り返しを扱わない。何度も繰り返す場合には協調が保てることが知られている。本稿は一回限りの場合だけを扱う。現実の場面に当てはめない。軍拡、環境、価格競争などへの適用は主題ではない。道徳を論じない。裏切りが悪いとも、協調が善いとも言わない。利得表の数だけを見る。利得の値を主張しない。$5$・$3$・$1$・$0$ は説明のための代表値であり、順序 $T>R>P>S$ と $2R>T+S$ を満たす任意の数で結論は同じである。既刊との関係:論文436 は支払額の決め方を変えると正直が最適になることを示した。そこでは規則を変えて誘因を直した。ここでは規則が誘因を悪い側へ揃える。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「各自の最善」と「全体の最善」は、その基準で別根である。論文435 は各項が一定でも合計が決まらないことを示した。そこでも、部分の性質が全体の性質にならなかった。論文417 は段数の上限が生き物の都合でないことを示した。ここでも、当事者の性質ではなく構造が結果を決める。加えたのは、四つの利得を並べて支配戦略を数で確かめたこと、三つの組の合計を出したこと、落ち着く先が合計最小であることを示したこと、協調どうしとの比を $3$ 倍と出したこと、$T$ を下げると支配戦略でなくなることを境目の反対側に置いたこと、分離子を「一人ずつか、まとめてか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:二人が同時に、協調か裏切りかを選ぶ。利得を次で書く。
| 自分\相手 | 協調 | 裏切り |
|---|---|---|
| 協調 | $R=3$ | $S=0$ |
| 裏切り | $T=5$ | $P=1$ |
囚人のジレンマの条件は $T>R>P>S$ かつ $2R>T+S$ である。 $5>3>1>0$ と $6>5$ で、どちらも満たしている。
観察 1.1 各自が自分にとって最善を選べば、全体もよくなると思われている。めいめいが得を追えば、和も大きくなる。よく語られる考え方である。
観察 1.2 だがそれは、選択が互いに影響しない場合の話である。相手の選択が自分の利得を変えるなら、別の話になる。ここでは変える。
問い:各自が最善を選ぶと、二人はどこへ着くのか。
2. どちらの場合も、裏切りが得である
計算 2.1:相手の選択ごとに、自分の二つの手を比べる。
| 相手 | 協調すると | 裏切ると | 得なのは |
|---|---|---|---|
| 協調 | $3$ | $\mathbf{5}$ | 裏切り |
| 裏切り | $0$ | $\mathbf{1}$ | 裏切り |
観察 2.2 相手が何を選んでも、裏切りが得である。$5>3$ かつ $1>0$、これを支配戦略という。
観察 2.3 だから相手の出方を読む必要が無い。読まなくても答が決まる。論文436 の二位価格と同じ形だが、向きが逆である。
計算 2.4:$2R$ と $T+S$ を比べる。
$2R=6>T+S=5$ である。協調どうしが合計で最大である。
観察 2.5 この条件が無ければ、ジレンマにならない。$2R<T+S$ なら、交互に裏切る方が合計は大きい。条件が二つ揃って初めて「全員が協調すべきなのに、誰も協調しない」が成り立つ。
3. 落ち着く先が、合計最小である
計算 3.1:三つの組で合計を出す。
| 組 | 合計 |
|---|---|
| 協調・協調 | $\mathbf{6}$ |
| 協調・裏切り | $5$ |
| 裏切り・裏切り | $\mathbf{2}$ |
観察 3.2 協調どうしが最大の $\mathbf{6}$ である。全体として最も良い。だがそこには誰も行かない。
観察 3.3 裏切りどうしが最小の $\mathbf{2}$ である。そして各自の最善を追うと、そこへ着く。これが本稿の芯である。
観察 3.4 開きは $\mathbf{3}$ 倍である。$6$ 対 $2$、小さくない差が、誰の誤りもなく生じる。
観察 3.5 誰も間違えていない。二人とも、与えられた状況で最も得な手を選んだ。それぞれの計算は正しい。
観察 3.6 だから「愚かだから」では説明できない。賢いほど確実に $2$ へ行く。賢さが結果を悪くしている。
4. 分離子
分離子:一人ずつ見るか、二人まとめて見るか。
観察 4.1 一人ずつ見れば、裏切りが正しい。相手を固定して比べる。どちらの場合も裏切りが上である。
観察 4.2 二人まとめて見れば、協調が正しい。合計を比べる。$6$ が最大である。
観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。どちらも「最善」と呼ばれる。一方は相手を固定した比較、一方は組全体の比較である。
観察 4.4 そして二つは、同じ表の中で両立しない。どちらかを選ぶしかない。矛盾ではなく、二つの違う問いに二つの違う答が出ているだけである。
計算 4.5:境目の反対側を置く。$T$ を $R$ より小さく、たとえば $2.5$ にする。
$T<R$ となり、相手が協調なら協調が得になる。裏切りは支配戦略でなくなる。
観察 4.6 つまり、裏切りを支配戦略にしているのは $T>R$ という一つの不等式である。人でも文化でもない。利得表の一箇所を動かせば消える。
観察 4.7 正直に言えば、本稿は一回限りの場合だけを扱った。何度も繰り返す場合には協調が保てることが知られている。だから「協調は不可能である」とは言っていない。
観察 4.8 最後に一つ、利得の値そのものは代表値である。$T>R>P>S$ と $2R>T+S$ を満たす任意の数で結論は同じ、効いているのは数ではなく、二つの不等式である。
5. 点呼と結び
- 相手が協調なら $5>3$(計算 2.1):裏切りが得。
- 相手が裏切りでも $1>0$(計算 2.1):裏切りが得。
- どちらの場合も裏切り(観察 2.2):支配戦略。
- $2R=6>T+S=5$(計算 2.4):協調どうしが合計最大。
- 協調・協調の合計は $6$(計算 3.1):最大。
- 裏切り・裏切りの合計は $2$(計算 3.1):最小。
- そこへ落ち着く(観察 3.3):本稿の芯。
- 開きは $3$ 倍(観察 3.4):誰の誤りもなく。
- $T$ を $2.5$ にすると支配戦略でなくなる(計算 4.5):境目の反対側。
- 分離子は一人ずつか、まとめてか(観察 4.3):論文300 の基準で別根。
結び:各自が自分にとって最善を選べば全体もよくなる、と思われている。だがそれは選択が互いに影響しない場合の話で、相手の選択が自分の利得を変えるなら別の話になる。各自の最善は、確かに裏切りである。相手が協調なら $5>3$、相手が裏切りでも $1>0$ で、相手が何を選んでも裏切りが得である。これを支配戦略といい、相手の出方を読む必要すら無い。同時に $2R=6>T+S=5$ が成り立っているので、協調どうしが合計で最大である。この条件が無ければジレンマにならず、$2R<T+S$ なら交互に裏切る方が合計は大きい。ところが落ち着く先は、合計最小である。三つの組の合計は、協調・協調が $\mathbf{6}$、協調・裏切りが $5$、裏切り・裏切りが $\mathbf{2}$ で、各自の最善を追うと最小の $2$ へ着く。開きは $\mathbf{3}$ 倍で、小さくない差が誰の誤りもなく生じる。二人とも与えられた状況で最も得な手を選んでおり、それぞれの計算は正しい。だから「愚かだから」では説明できない。賢いほど確実に $2$ へ行き、賢さが結果を悪くしている。分けているものは一つ、一人ずつ見るか、二人まとめて見るか。相手を固定して比べれば裏切りが上であり、合計を比べれば協調が上である。論文300 の基準で別根であり、どちらも「最善」と呼ばれるが、一方は相手を固定した比較、一方は組全体の比較である。二つは同じ表の中で両立しないが、矛盾ではない。二つの違う問いに、二つの違う答が出ているだけである。そして裏切りを支配戦略にしているのは $T>R$ という一つの不等式で、$T$ を $2.5$ に下げれば相手が協調なら協調が得になり、支配戦略でなくなる。人でも文化でもなく、利得表の一箇所である。正直に言えば、本稿は一回限りの場合だけを扱った。何度も繰り返す場合には協調が保てることが知られているので、「協調は不可能である」とは言っていない。最後に一つ、利得の値そのものは代表値である。$T>R>P>S$ と $2R>T+S$ を満たす任意の数で結論は同じで、効いているのは数ではなく二つの不等式である。
参考文献
- Flood, M. M. (1958). Some Experimental Games. Management Science.
- Nash, J. F. (1951). Non-Cooperative Games. Annals of Mathematics.
- Axelrod, R. (1984). The Evolution of Cooperation. New York: Basic Books.
- Rapoport, A., & Chammah, A. M. (1965). Prisoner’s Dilemma. Ann Arbor: University of Michigan Press.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『食物連鎖の段数に上限があるのは、生き物の都合ではない』[論文417]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699882
- 山岸勇輝 (2026). 『どの順位でも一定なのに、合計は決まらない』[論文435]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22709070
- 山岸勇輝 (2026). 『支払う額の決め方を変えるだけで、正直が最適になる』[論文436]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22709288
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「各自が最善を選ぶと、二人とも最悪に着く」[論文437]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22709472
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 各自が最善を選ぶと、二人とも最悪に着く [論文437]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/437 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22709472
Yamagishi, Y. (2026). Each Choosing Best Lands Both on the Worst [Paper 437]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/437; DOI: 10.5281/zenodo.22709472
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author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Each Choosing Best Lands Both on the Worst},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/437},
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note = {Preprint, edition 1}
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指紋(SHA-256)と確かめ方
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