要旨
改良を重ねれば、有利になると思われている。本稿が示すのは、相手も同じだけ改良すれば、何も変わらないことである。そして、それでも走らなければ大きく落ちる。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、年 $2$ パーセントずつ改良すると、$100$ 年後の能力は $\mathbf{7.2446}$ 倍になる(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。両者が同じだけ改良すると、$100$ 年後の比はちょうど $\mathbf{1.000000000}$ のままである(第2節)。
第三に、勝率もちょうど $\mathbf{0.500000000}$ で動かない(第2節)。
第四に、改良率を $2$ から $10$ パーセントへ $5$ 倍にしても、双方同じなら比は $\mathbf{1}$ のままである(第2節)。
第五に、片方が止まると、$100$ 年で勝率が $0.5$ から $\mathbf{0.878803}$ へ、$\mathbf{0.378803}$ 動く(第3節)。
第六に、分離子は「絶対の能力か、相手との比か」である(第4節)。
キーワード:赤の女王仮説、共進化、軍拡競争、相対適応度。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。赤の女王仮説、共進化、相対適応度の考え方はすべて既知である($1973$ 年以来)。生物学の主張をしない。有性生殖の起源、寄生と宿主の共進化、絶滅率の一定性という具体的な仮説は主題ではない。改良率の値を主張しない。年 $2$ パーセントは説明のための代表値であり、どの分野の値でもない。勝敗の模型を一つに固定する。勝率を能力の比で書く形を使う。他の形なら数は変わるが、比が動かないという結論は変わらない。最適化を論じない。どれだけ投資すべきかという問いは主題ではない。時間の非対称を扱わない。追いつく側と逃げる側で改良の難しさが違う場合は扱わない。既刊との関係:論文437 は各自の最善が全体の最悪になることを示した。そこでは選択が互いに影響した。ここでは改良が互いに打ち消し合う。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「能力が上がった」と「有利になった」は、その基準で別根である。論文424 は割ると分母の動きが分子の出来事になることを示した。そこでは分母が動いた。ここでは分子と分母が同じだけ動いて商が動かない。論文434 は安くしているのが時間でなく累積であることを示した。そこでも、動いている量と効いている量が違った。加えたのは、四つの時点で能力と比を並べたこと、比と勝率がちょうど動かないことを $9$ 桁で示したこと、改良率を $5$ 倍にしても比が変わらないことを確かめたこと、片方が止まった場合の勝率の動きを $0.378803$ と出したこと、絶対の増加を $7.2446$ 倍と出して「走ってはいる」ことを示したこと、分離子を「絶対か比か」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:二者の能力を $a(t)$、$b(t)$ とし、年率 $r$ で改良するとする。
$$a(t)=a_0(1+r)^t,\qquad b(t)=b_0(1+r)^t$$
勝率は能力の比で決まるとし、次で書く。
$$p=\frac{a}{a+b}$$
以下 $a_0=b_0=1$、$r=0.02$ とする。
観察 1.1 改良を重ねれば有利になる、と思われている。速くなり、強くなり、上手くなる。努力が報われる形である。
観察 1.2 だが有利かどうかは、相手との比で決まる。絶対の能力ではない。相手も改良していれば、話が変わる。
問い:両者が同じだけ改良したら、何が残るのか。
2. 7.2446 倍になり、比は 1 のまま
計算 2.1:両者が年 $2$ パーセントで改良した場合の能力と比を出す。
| 年 | 甲の能力 | 乙の能力 | 比 | 甲の勝率 |
|---|---|---|---|---|
| $0$ | $1.0000$ | $1.0000$ | $1.000000$ | $0.500000$ |
| $10$ | $1.2190$ | $1.2190$ | $1.000000$ | $0.500000$ |
| $50$ | $2.6916$ | $2.6916$ | $1.000000$ | $0.500000$ |
| $100$ | $\mathbf{7.2446}$ | $\mathbf{7.2446}$ | $\mathbf{1.000000}$ | $\mathbf{0.500000}$ |
観察 2.2 能力は大きく増えている。$100$ 年で $\mathbf{7.2446}$ 倍、走ってはいる。
観察 2.3 それでも比はちょうど $\mathbf{1.000000000}$ である。$9$ 桁まで動かない。同じ因子を掛けているので、商から消える。
観察 2.4 勝率もちょうど $\mathbf{0.500000000}$ である。比が動かないので勝率も動かない。$100$ 年かけて、何も変わっていない。
計算 2.5:改良率を $5$ 倍の $10$ パーセントにする。
$100$ 年後の能力は $13780.6$ 倍になるが、比はやはりちょうど $\mathbf{1.000000000}$ である。
観察 2.6 速さを変えても、双方同じなら結果は同じである。どれだけ速く走っても、相対位置は動かない。これが「走り続けても同じ場所」という言い方の中身である。
3. 片方が止まると、大きく落ちる
計算 3.1:乙だけが改良をやめた場合の勝率を出す。
| 年 | 甲の能力 | 乙の能力 | 甲の勝率 |
|---|---|---|---|
| $10$ | $1.2190$ | $1.0000$ | $0.549291$ |
| $50$ | $2.6916$ | $1.0000$ | $0.729116$ |
| $100$ | $7.2446$ | $1.0000$ | $\mathbf{0.878803}$ |
観察 3.2 止まった側の勝率は $0.5$ から $0.121197$ へ落ちる。甲の側から見れば $\mathbf{0.878803}$、$\mathbf{0.378803}$ 動いた。
観察 3.3 つまり走ることには意味がある。走っても有利にならないが、止まれば不利になる。二つは別の主張である。
観察 3.4 $10$ 年ではまだ $0.549291$ である。差は小さい。止まったことの影響は、時間とともに複利で開く。
観察 3.5 だから短期で見ると、止まっても損に見えない。$10$ 年で $0.05$ しか動かない。ここが判断を誤らせる。
4. 分離子
分離子:絶対の能力か、相手との比か。
観察 4.1 絶対の能力は上がっている。$7.2446$ 倍、これは疑いようがない。
観察 4.2 相手との比は動いていない。ちょうど $1$、これも疑いようがない。
観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。どちらも「進歩した」と呼ばれる。一方は自分だけを見た量、一方は二者を見た量である。
観察 4.4 そして測る量が違えば、答も違う。どちらも正しい。「進歩したのに何も変わらない」は矛盾ではなく、二つの物差しの併記である。
観察 4.5 論文424 と同じ形が出ている。そこでは分母だけが動いて商が動いた。ここでは分子と分母が同じだけ動いて商が動かない。どちらも、割った量が二つの独立な量の関数だからである。
観察 4.6 正直に言えば、勝率を能力の比で書く形を一つ固定した。他の形なら数は変わる。変わらないのは、双方が同じ因子で改良すれば比が動かないという点である。
観察 4.7 最後に一つ、「努力が無駄だ」とは言っていない。走っても有利にならないが、止まれば $0.378803$ 落ちる。走る理由は、追い越すためではなく、落ちないためである。
5. 点呼と結び
- $100$ 年で能力は $7.2446$ 倍(計算 2.1):走ってはいる。
- 比はちょうど $1.000000000$(観察 2.3):$9$ 桁まで。
- 勝率もちょうど $0.500000000$(観察 2.4):何も変わらない。
- 改良率 $5$ 倍でも比は $1$(計算 2.5):速さは効かない。
- その場合の能力は $13780.6$ 倍(計算 2.5):絶対値だけ増える。
- 片方が止まると勝率 $0.878803$(計算 3.1):$100$ 年で。
- 動いた幅は $0.378803$(観察 3.2):大きい。
- $10$ 年では $0.549291$(計算 3.1):まだ小さい。
- 影響は複利で開く(観察 3.4):短期では見えない。
- 分離子は絶対か比か(観察 4.3):論文300 の基準で別根。
結び:改良を重ねれば有利になる、と思われている。速くなり、強くなり、上手くなる。だが有利かどうかは絶対の能力ではなく相手との比で決まるので、相手も改良していれば話が変わる。両者が同じだけ改良すると、何も変わらない。年 $2$ パーセントで $100$ 年走ると能力は $\mathbf{7.2446}$ 倍になるのに、比はちょうど $\mathbf{1.000000000}$、勝率もちょうど $\mathbf{0.500000000}$ のままである。$9$ 桁まで動かないのは、同じ因子を掛けているので商から消えるからである。改良率を $5$ 倍の $10$ パーセントにすれば $100$ 年後の能力は $13780.6$ 倍になるが、比はやはりちょうど $\mathbf{1}$ である。どれだけ速く走っても、双方同じなら相対位置は動かない。それでも、止まれば落ちる。片方だけが改良をやめると、$100$ 年で勝率は $0.5$ から $\mathbf{0.878803}$ へ、$\mathbf{0.378803}$ 動く。走っても有利にならないが、止まれば不利になる。この二つは別の主張である。ただし $10$ 年ではまだ $0.549291$ で差は小さく、影響は複利で開くので、短期で見ると止まっても損に見えない。ここが判断を誤らせる。分けているものは一つ、絶対の能力か、相手との比か。絶対の能力は $7.2446$ 倍に上がっており、相手との比はちょうど $1$ のまま動いていない。どちらも疑いようがない。論文300 の基準で別根であり、どちらも「進歩した」と呼ばれるが、一方は自分だけを見た量、一方は二者を見た量である。測る量が違えば答も違うので、「進歩したのに何も変わらない」は矛盾ではなく、二つの物差しの併記である。論文424 と同じ形で、そこでは分母だけが動いて商が動き、ここでは分子と分母が同じだけ動いて商が動かない。どちらも、割った量が二つの独立な量の関数だからである。正直に言えば、勝率を能力の比で書く形を一つ固定した。他の形なら数は変わるが、双方が同じ因子で改良すれば比が動かないという点は変わらない。最後に一つ、「努力が無駄だ」とは言っていない。走っても有利にならないが、止まれば $\mathbf{0.378803}$ 落ちる。走る理由は、追い越すためではなく、落ちないためである。
参考文献
- Van Valen, L. (1973). A New Evolutionary Law. Evolutionary Theory.
- Dawkins, R., & Krebs, J. R. (1979). Arms Races Between and Within Species. Proceedings of the Royal Society B.
- Hamilton, W. D., Axelrod, R., & Tanese, R. (1990). Sexual Reproduction as an Adaptation to Resist Parasites. PNAS.
- Liow, L. H., Van Valen, L., & Stenseth, N. C. (2011). Red Queen: From Populations to Taxa and Communities. Trends in Ecology & Evolution.
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『割ると、分母の動きが分子の出来事になる』[論文424]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22700141
- 山岸勇輝 (2026). 『安くしているのは、時間ではなく累積である』[論文434]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22708735
- 山岸勇輝 (2026). 『各自が最善を選ぶと、二人とも最悪に着く』[論文437]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22709472
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「どちらも 7.2446 倍になり、比は動かなかった」[論文438]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22732350
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). どちらも 7.2446 倍になり、比は動かなかった [論文438]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/438 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22732350
Yamagishi, Y. (2026). Both Improved 7.2446-Fold and the Ratio Never Moved [Paper 438]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/438; DOI: 10.5281/zenodo.22732350
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