要旨
大きい集団ほど変異が多く生まれるので、進化も速い、と思いやすい。本稿は、変異が集団全体に広がり切る速さを、集団の大きさと有利さを変えて数える。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、中立な変異の置き換わる速さは、変異の起きる速さに等しい。置き換わる速さを $\mu$ で割ると、集団の大きさ $10$・$50$・$200$ で $\mathbf{0.946667}$・$1.041667$・$0.983333$ である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。集団を $20$ 倍にしても、中立な置き換わりの速さは変わらない。集団 $200$ と $10$ の速さの比は $\mathbf{1.038732}$ である(第2節)。
第三に、有利な変異では、大きい集団ほど速い。選択係数 $+0.01$ では $\mu$ で割った速さが $1.121667$・$1.568333$・$3.914167$ で、$200$ と $10$ の比は $\mathbf{3.489599}$ である(第3節)。
第四に、不利な変異では、大きい集団ほど遅い。選択係数 $-0.01$ では $0.977500$・$0.598333$・$0.082500$ で、比は $\mathbf{0.084399}$ である(第3節)。
第五に、数え上げは式と合う。集団の大きさ $\times \mu \times$ 広がり切る確率の式は、中立で $1$、有利で $1.092371$・$1.566262$・$4.034153$、不利で $0.912425$・$0.587835$・$0.075381$ で、数え上げと同じ向きと大きさである(第3節)。
第六に、分離子は、一つの変異が広がり切る確率を問うか、世代あたりの置き換わりの数を問うかである。確率は集団が大きいほど小さいが、生まれる数が同じ割合で増えるので、数は変わらない(第4節)。
キーワード:中立な変異、置換の速さ、固定確率、集団の大きさ、遺伝的浮動。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。中立な変異の置換の速さが突然変異の速さに等しく集団の大きさに依らないこと、有利・不利な変異では固定の確率が集団の大きさと選択係数の積で変わることは、いずれも集団遺伝学で既知である。実在の値を主張しない。$\mu$、選択係数、集団の大きさは模型の値で、どの遺伝子にもどの種にも対応しない。模型を広げない。一組の遺伝子をもつ集団(半数体)で世代が重ならないとし、二倍体、世代の重なり、遺伝子どうしのつながりは入れない。年代を推定しない。置き換わりの数から分岐の年代を出すことは扱わない。既刊との関係:論文478 は、有利であることが効くかどうかは集団の大きさが決めていることを示した。本稿はその隣に置く。あちらは一つの有利な変異が広がり切る確率を数えた。ここでは世代あたりの置き換わりの数を数え、中立な変異ではそれが集団の大きさに依らないことを示す。加えたのは、三つの集団の大きさと三つの有利さで $60000$ 世代ずつ数え上げたこと、中立では $20$ 倍の集団で比 $1.038732$ だと測ったこと、有利と不利で比が $3.489599$ と $0.084399$ に分かれると測ったこと、分離子を「一つの確率か、世代あたりの数か」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:$N$ 個体の集団で、毎世代、平均 $N\mu$ 個の新しい変異がそれぞれ一個体に生まれる。変異をもつ個体の割合 $p$ は、選択係数 $s$ で $p(1+s)/(1+ps)$ に変わったあと、$N$ 個体を二項分布で選び直して次の世代へ渡る。集団全体に広がり切った変異を「置き換わった」と数える。
$$\text{置き換わりの速さ}\approx N\mu\times u(s,N),\qquad
u(0,N)=\frac{1}{N},\qquad
u(s,N)=\frac{1-e^{-2s}}{1-e^{-2Ns}}$$
$u$ は一つの変異が広がり切る確率である。$\mu=0.02$、$60000$ 世代とし、置き換わった数を世代数で割って速さとした。
問い:大きい集団では、置き換わりも速いのか。
2. 中立な変異
計算 2.1:$s=0$ で、集団の大きさを変えて置き換わった数を数えた。
| 集団の大きさ | 置き換わった数 | 速さ $\div \mu$ | 式 |
|---|---|---|---|
| $10$ | $1136$ | $0.946667$ | $1.000000$ |
| $50$ | $1250$ | $1.041667$ | $1.000000$ |
| $200$ | $1180$ | $0.983333$ | $1.000000$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。集団を $20$ 倍にしても、中立な置き換わりの速さは変わらない。速さを $\mu$ で割った値は三つとも $1$ の近くで、集団 $200$ と $10$ の比は $1.038732$ である。大きい集団では毎世代 $N\mu$ 個と多くの変異が生まれるが、一つが広がり切る確率は $1/N$ とちょうど同じ割合で小さくなる。掛けると $\mu$ が残る。
3. 有利な変異と不利な変異
計算 3.1:$s=+0.01$ と $s=-0.01$ で、同じように数えた。
| 選択係数 | 集団の大きさ | 速さ $\div \mu$ | 式 |
|---|---|---|---|
| $+0.01$ | $10$ | $1.121667$ | $1.092371$ |
| $+0.01$ | $50$ | $1.568333$ | $1.566262$ |
| $+0.01$ | $200$ | $3.914167$ | $4.034153$ |
| $-0.01$ | $10$ | $0.977500$ | $0.912425$ |
| $-0.01$ | $50$ | $0.598333$ | $0.587835$ |
| $-0.01$ | $200$ | $0.082500$ | $0.075381$ |
観察 3.2 有利・不利な変異では、集団の大きさで速さが大きく変わる。集団 $200$ と $10$ の比は、有利で $3.489599$、不利で $0.084399$ である。有利な変異は大きい集団で偶然に失われにくくなり、不利な変異は大きい集団で偶然に広がり切ることがほとんどなくなる。数え上げは式と同じ向きと大きさだった。
4. 分離子
観察 4.1 分離子は、一つの変異が広がり切る確率を問うか、世代あたりの置き換わりの数を問うかである。一つの中立な変異が広がり切る確率は、集団が大きいほど $1/N$ で小さくなる。世代あたりの数は、生まれる数 $N\mu$ との積なので $N$ が消える。確率を問えば集団の大きさが効き、数を問えば効かない。
観察 4.2 論文478 の隣に置く。478 は、有利であることが効くかどうかを集団の大きさが決めていることを示した。あちらは一つの有利な変異が広がり切る確率を数えた。ここでは世代あたりの数を数え、中立な変異でだけ集団の大きさが消えることを示した。有利・不利の変異では、478 の確率の違いがそのまま速さの違いに出る。
観察 4.3 言わないこと。実在の遺伝子や種の進化の速さも、二倍体や世代の重なりも、年代の推定も扱わない。示したのは、中立な変異の置き換わる速さが集団の大きさに依らないということである。
5. 点呼と結び
- 速さ $\approx N\mu\times u$(第1節):生まれる数と確率の積。
- 中立の $u=1/N$(第1節):大きいほど小さい。
- 中立で $\mathbf{0.946667}$・$1.041667$・$0.983333$(計算 2.1):$\mu$ で割って。
- $20$ 倍の集団で比 $\mathbf{1.038732}$(観察 2.2):本稿の芯。
- 有利で $3.914167$(計算 3.1):集団 $200$。
- 有利の比 $\mathbf{3.489599}$(観察 3.2):大きいほど速い。
- 不利で $0.082500$(計算 3.1):集団 $200$。
- 不利の比 $\mathbf{0.084399}$(観察 3.2):大きいほど遅い。
- 数え上げと式が同じ向き(観察 3.2):別々の出し方。
- 一つの確率か、世代あたりの数か(観察 4.1):分離子・論文478。
結び:中立な変異が置き換わる速さは、集団の大きさに依らず、変異の起きる速さに等しい。$60000$ 世代を数えると、速さを $\mu$ で割った値は集団 $10$・$50$・$200$ で $0.946667$・$1.041667$・$0.983333$ で、$20$ 倍の集団でも比は $1.038732$ である。大きい集団では変異が多く生まれるが、一つが広がり切る確率がちょうど同じ割合で小さくなるからである。有利な変異では比が $3.489599$、不利な変異では $0.084399$ になり、集団の大きさで大きく変わる。集団の大きさが消えるのは、中立な変異だけである。既刊との位置:論文478 が数えた一つの変異の確率の隣に、世代あたりの置き換わりの数を置いた。正直に言えば、半数体で世代の重ならない模型で、$\mu$ と選択係数は模型の値である。
参考文献
- Gillespie, J. H. (2004). Population Genetics: A Concise Guide (2nd ed.). Johns Hopkins University Press.
- Hartl, D. L., & Clark, A. G. (2007). Principles of Population Genetics (4th ed.). Sinauer.
- 山岸勇輝 (2026). 『有利であることが効くかどうかは、集団の大きさが決めている』[論文478]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/478 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22733726
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「中立な変異が置き換わる速さは、集団の大きさに依らず、変異の起きる速さに等しい」[論文879]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 中立な変異が置き換わる速さは、集団の大きさに依らず、変異の起きる速さに等しい [論文879]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879
Yamagishi, Y. (2026). Neutral Mutations Are Substituted at the Rate They Arise, Whatever the Size of the Population [Paper 879]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879
@misc{yamagishi2026yoi879,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Neutral Mutations Are Substituted at the Rate They Arise, Whatever the Size of the Population},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/879},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
25bb72c569be3424272481585819bc482ea5255f0f774e54f280d18bbbd773a1 yamagishi_yoi879_v1_jp.pdf3053f4de7b2fefe57bf8115b2e9f009d91fcf6a1d4076e09a23b6f3ed38c8128 yamagishi_yoi879_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。