【論文168】ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである

要旨

「積分」という一語が、少なくとも五つの別のものを指している。本稿はそれを点呼し、ルベーグ積分の利点は「積分できる関数が増えること」ではないことを数で示す。新しい数学定理は主張しない。いずれも標準的な内容である。

第一に、リーマンで決めているのは不連続点の稠密さではなく測度である。トマエ関数はすべての有理数で不連続でありながらリーマン可積分($q\le 1000$ の点 $304194$ 個を覆っても上積分の上界は $0.002$)、一方太いカントール集合は疎でありながら測度 $1/2$ を持ち、その指示関数は可積分でない(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。ルベーグは広義リーマンを含まない。$\sin x/x$ の積分は $1000\pi$ までで $1.57047801697$($\pi/2=1.57079632679$)に落ち着くのに、$|\sin x|/x$ は十進ごとに $1.465870064$ ずつ増え続ける。予測値 $(2/\pi)\log 10=1.465871198$ と5桁一致。分離子は絶対収束である(第3節)。

第三に、そのどちらもゲージ積分を含まない。$F(x)=x^2\sin(1/x^2)$ は至るところ微分可能で、$F(1)-F(\varepsilon)$ は $0.8414709848079=\sin 1$ に収まるのに、変動は $k=10^5$ までで $7.94274870532$ と発散し続ける。分離子は微分積分学の基本定理である(第4節)。

第四に、では何を買ったのか。有理数を $n$ 個ずつ拾う指示関数はどれもリーマン可積分で、その極限だけがクラスの外に出る。ルベーグのクラスは漏れない。買ったのは大きさではなく閉じていることである(第5節)。

第五に、収束定理の仮定は飾りではない。$g_n=n\cdot\mathbf{1}_{(0,1/n)}$ は各点で $0$ に収束し、積分は常に $1$ である(第5節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。リーマンの可積分条件、トマエ関数、太いカントール集合、$\sin x/x$ の広義可積分性、$x^2\sin(1/x^2)$ の導関数、ヘンストック=クルツヴァイル積分、収束定理は、いずれも標準的である。またどの積分が「正しい」かを判定しない。書けるのは、それぞれが何を要求しているかまでである。加えたのは「稠密か」と「測度」を二例で分離して並べたこと、$|\sin x|/x$ の十進ごとの増分を測って $(2/\pi)\log 10$ と一致させたこと、同じ表に符号付きの収束と絶対値の発散を並べたこと、五つの積分に「動かすと動くもの」を書いたことである。なお伊藤積分は第六の別根であり、論文132・論文148 で既に扱った。本稿では住所を指すにとどめる。

1. 記法と位置づけ

有界関数がリーマン可積分であるとは、上積分と下積分が一致することをいう。ルベーグ可積分であるとは、可測かつ $\int|f|<\infty$ であることをいう。この二つの定義は、要求している事柄が違う。前者は刻みの細かさについての要求であり、後者は絶対値についての要求である。

位置づけ:論文92 は微分形式の積分が向き付き鎖の上で定義されることを書き、論文94 は「次元」が一つでないことをハウスドルフ測度まで含めて点呼した。本稿はその隣で「積分」を点呼する。

2. リーマンで決めているのは、稠密さではなく測度である

観察 2.1 ディリクレ関数(有理数で $1$、それ以外で $0$)は、どの小区間にも有理数と無理数が入るから、どんな分割でも上和が $1$、下和が $0$ である。可積分でない。

検算 2.2:トマエ関数(既約分数 $p/q$ で $1/q$、無理数で $0$)はすべての有理数で不連続である。$\varepsilon=1/q_0$ より大きい値を取る点は有限個しかないから、それを細い区間で覆って上積分を評価する。

$\varepsilon=1/q_0$ $f>\varepsilon$ となる点の個数 覆いの幅 上積分の上界
$1/10$ $34$ $0.002941$ $0.2$
$1/100$ $3046$ $3.283\times10^{-6}$ $0.02$
$1/1000$ $304194$ $3.287\times10^{-9}$ $\mathbf{0.002}$

上界はいくらでも小さくなるから、トマエ関数はリーマン可積分で、積分は $0$ である。(証明終)

検算 2.3:太いカントール集合を作る。$[0,1]$ から、第 $n$ 段で各区間の真ん中の長さ $4^{-n}$ を取り除く。

段 区間の個数 残る測度 最長の区間
$1$ $2$ $0.75$ $0.375$
$2$ $4$ $0.625$ $0.15625$
$4$ $16$ $0.53125$ $0.0332031$
$8$ $256$ $0.501953125$ $0.00196075$
$12$ $4096$ $\mathbf{0.500122070313}$ $\mathbf{0.0001221}$

測度は $1/2$ に収束し、最長の区間は $0$ に落ちる。すなわちこの集合は疎でありながら測度 $1/2$ を持つ。その指示関数の不連続点は集合そのものだから、どんな分割でも上和と下和の差が $1/2$ 残り、リーマン可積分でない。(証明終)

観察 2.4 トマエは稠密に不連続で可積分、太いカントールは疎で不可積分である。したがって決めているのは稠密さではない。不連続点の測度である(ルベーグの判定条件)。「どこにでもある」と「どれだけある」は別の問いである。

3. 芯:ルベーグは広義リーマンを含まない

検算 3.1:$\sin x/x$ を半直線上で積分する。区間 $[k\pi,(k+1)\pi]$ ごとに求めて足し上げた。

上限 $\displaystyle\int \frac{\sin x}{x}\,dx$ $\displaystyle\int \frac{|\sin x|}{x}\,dx$
$10\pi$ $1.53902907958$ $1.45572998476$
$100\pi$ $1.56761329243$ $2.92148797826$
$1000\pi$ $\mathbf{1.57047801697}$ $\mathbf{4.38735804234}$
$\pi/2$(比較) $1.57079632679$ 、

検算 3.2:発散する側の、十進ごとの増分を測る。

$10\pi$ から $100\pi$ $1.465757993$
$100\pi$ から $1000\pi$ $\mathbf{1.465870064}$
予測値 $(2/\pi)\log 10$ $\mathbf{1.465871198}$

(証明終)

観察 3.3 符号付きの積分は $\pi/2$ に落ち着き、絶対値の積分は十進ごとに一定量を足し続ける。どこまでも、である。したがって $\sin x/x$ は広義リーマン可積分であって、ルベーグ可積分ではない。

観察 3.4 分離子は絶対収束である。ルベーグの定義が $\int|f|<\infty$ を要求している以上、符号の相殺で成り立っている収束は、はじめから対象外である。「ルベーグはリーマンの拡張である」という一文は、広義を除いたときにだけ正しい。

4. そのどちらもゲージ積分を含まない

事実 4.1:$F(x)=x^2\sin(1/x^2)$($F(0)=0$)は原点を含め至るところ微分可能である。したがって $F’$ は「或る関数の導関数」であり、基本定理はこれについて成り立ってほしい。

検算 4.2:符号付きの側は、基本定理そのままである。

$\varepsilon$ $F(1)-F(\varepsilon)$
$10^{-2}$ $0.84150154624679$
$10^{-4}$ $0.84147097549151$
$10^{-8}$ $0.8414709848079$
$10^{-16}$ $\mathbf{0.8414709848079}$
$\sin 1$(比較) $\mathbf{0.8414709848079}$

検算 4.3:絶対値の側はそうならない。$F$ は $\sin(1/x^2)=\pm1$ となる点 $x_k=1/\sqrt{\pi/2+k\pi}$ で $\pm x_k^2$ に達するから、変動はそれらの差の和以上である。

$k$ まで 変動は少なくとも $(2/\pi)\log k$
$10$ $2.10984075491$ $1.46587119776$
$1000$ $5.01132130405$ $4.39761359328$
$10^5$ $\mathbf{7.94274870532}$ $7.32935598879$

(証明終)

観察 4.4 変動は際限なく増えるから $\int|F’|=\infty$ であり、$F’$ はルベーグ可積分でない。ゲージ積分(ヘンストック=クルツヴァイル)はこれを積分し、$F(1)-F(0)$ を返す。

観察 4.5 分離子は微分積分学の基本定理である。「導関数はもとの関数から復元できる」を例外なく満たすのは、この積分だけである。刻みの幅を点ごとに変えてよい、という一点だけを緩めた結果である。

5. では、ルベーグは何を買ったのか

観察 5.1 $[0,1]$ の有理数を順に並べ、はじめの $n$ 個の指示関数を $f_n$ とする。

$n$ リーマン可積分か 積分
$1$ はい(有限個の点) $0$
$10$ はい $0$
$1000$ はい $0$
極限 いいえ(ディリクレ関数) ルベーグでは $0$

観察 5.2 各項はリーマンのクラスの中にあり、極限だけが外へ出る。ルベーグのクラスは漏れない。買ったのはクラスの大きさではなく、極限で閉じていることである。単調収束定理・優収束定理・フビニは、その閉性の別名にすぎない。

検算 5.3:ただし収束定理の仮定は飾りではない。$g_n=n\cdot\mathbf{1}_{(0,1/n)}$ を取る。

$n$ $\int g_n$ 固定した $x=0.001$ での $g_n(x)$
$10$ $1$ $10$
$1000$ $1$ $1000$
$10^6$ $1$ $\mathbf{0}$

各点で $0$ に収束し、積分は常に $1$ である。(証明終)

観察 5.4 単調でもなく、可積分な優関数もないから、どちらの定理も使えない。そして結論も成り立たない。これは積分の欠陥ではない。定理は言っていることだけを言っており、仮定は名指しで要求されていたのである(論文16 の「=」の取り違えと同じ形)。

6. 点呼

観察 6.1 

積分 何を刻むか 動かすと動くもの 注
リーマン 定義域を刻む 不連続点の測度 極限で閉じない
ルベーグ 値域を刻む 絶対可積分性 極限で閉じる
広義リーマン 極限として定義する 符号の相殺 ルベーグに含まれない
ゲージ(HK) 刻みを点ごとに変える 基本定理 上の三つを含む
微分形式 向き付き鎖の上で 向き 測度ではない(論文92)
伊藤 道の粗さで 道の粗さ 別根(論文132・148)

観察 6.2 六つは強さの階段ではない。ルベーグはリーマンより「広い」が広義リーマンを含まず、ゲージは三つを含むが値域を刻んではいない。どれを使うかは、何を要求するかで決まる。

7. 結論

  1. リーマンで決めるのは測度であって稠密さではない(検算2.2・2.3):トマエは稠密で可積分、太いカントールは疎で不可積分。
  2. ルベーグは広義リーマンを含まない(検算3.1・3.2):増分 $1.465870064$ 対 $(2/\pi)\log 10=1.465871198$。
  3. どちらもゲージ積分を含まない(検算4.2・4.3):$\sin 1$ に収まる符号付きと、$7.94$ を超えて伸びる変動。
  4. 買ったのは大きさではなく閉性(観察5.2)。
  5. 収束定理の仮定は飾りではない(検算5.3):各点 $0$、積分は常に $1$。

結び:「ルベーグ積分はリーマン積分より強い」という一文は、強さの向きを一つしか見ていない。増えたのは関数ではなく、定理である。極限と積分を交換してよい、という一文を手に入れるために、絶対収束という代金が支払われた。

参考文献

  1. Riemann, B. (1854). Über die Darstellbarkeit einer Function durch eine trigonometrische Reihe. Habilitationsschrift, Göttingen.
  2. Lebesgue, H. (1902). Intégrale, longueur, aire. Annali di Matematica Pura ed Applicata, 7.
  3. Thomae, J. (1875). Einleitung in die Theorie der bestimmten Integrale. Halle: Nebert.
  4. Volterra, V. (1881). Alcune osservazioni sulle funzioni punteggiate discontinue. Giornale di Matematiche, 19.
  5. Henstock, R. (1955). Definitions of Riemann type of the variational integrals. Proceedings of the London Mathematical Society, 11.
  6. Kurzweil, J. (1957). Generalized ordinary differential equations and continuous dependence on a parameter. Czechoslovak Mathematical Journal, 7.
  7. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  8. 山岸勇輝 (2026). 最小作用の原理 [論文84]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21741231
  9. 山岸勇輝 (2026). 共通のアルファベット [論文92]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758486
  10. 山岸勇輝 (2026). 「次元」は一つではない [論文94]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758581
  11. 山岸勇輝 (2026). 伊藤の $2$ は、次元ではない [論文132]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080358
  12. 山岸勇輝 (2026). $\varepsilon^2=0$ は環の定義であり、$(dW)^2=dt$ は道の事実である [論文148]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22083237
  13. 山岸勇輝 (2026). 「不適切」は一語ではない [論文159]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092229
  14. 山岸勇輝 (2026). 一意化が与えるのは「一つの形」ではなく、「一つの模型と、一つの径数」である [論文167]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093172

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである」[論文168]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22093320

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである [論文168]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/168 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22093320

Yamagishi, Y. (2026). What Lebesgue Bought Was Not a Bigger Class but Closure under Limits [Paper 168]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/168; DOI: 10.5281/zenodo.22093320

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