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釧路に来たナウシカは、燃料電池をあとから積めるように造られていた

メガヨット

リュルセンの 114.2 メートル、ガラスの屋根と氷の海と、140 年前のレムス

2026 年 10 月 13 日、全長 114.2 メートルのヨット「ナウシカ」が、北海道の釧路港に入りました。持ち主は、ZOZO を始めた前澤友作さんです。造ったのは、ドイツのリュルセン。この読みもので前に取り上げた、世界で最初のモーターボートを造った造船所です。報道では「水素の燃料電池で動く船」と紹介されることがあります。けれど、リュルセンが自分で出した発表を、年ごとに並べて読むと、燃料電池の書き方は少しずつ変わっています。引き渡しのときの言葉は「将来の燃料電池のための備え」でした。ガラスの屋根、氷の海に出られる船体、そして燃料電池の話を、造船所の公式の発表から順にたどります。

CHAPTER 1釧路に来た 114.2 メートル

1-1 2026 年 10 月 13 日、釧路港に入る

乗りものニュースの記事によれば、ナウシカが釧路港に入ったのは 2026 年 10 月 13 日です。SNS では、暗がりで見て自衛隊の船が来たのかと思った、という声が出たそうです。記事は、海上自衛隊のあぶくま型護衛艦が全長 109 メートルなので、それより大きいと書いています。

日本に来たのは、これが初めてではありません。同じ記事と、ヨットの雑誌の KAZI によれば、ナウシカは 2026 年 9 月 5 日に初めて日本に来て、横浜港に入りました。そのあと神戸港に寄り、10 月 10 日に出たとされています。横浜、神戸、そして釧路。東京から遠い道東の港にまで、114 メートルのヨットが来たことになります。

持ち主の前澤友作さんは、2026 年 5 月 26 日に、自分の X で、このヨットの完成を知らせました。乗りものニュースは、そのときの言葉を伝えています。「これで世界中の海を冒険したいと思います」。同じ記事は、建造に 6 年かかったとも書いています。

ここから先は、造った側の言葉で読みます。リュルセンは、ナウシカについて、何本もの発表を自分のサイトに出しています。報道は、その発表を短くまとめたものが多いので、もとの文に戻ると、少し違う姿が見えてきます。

1-2 リュルセンの発表は、持ち主の名前を書いていない

リュルセンが引き渡しを発表したのは、2026 年 5 月 23 日です。題は「Lürssen delivers 114m NAUSICAÄ」。本文は、114.2 メートルのナウシカを引き渡した、と始まり、ヨットの新しい定義を打ち立てる船だ、と続きます。

発表の中に、前澤さんの名前はありません。リュルセンが書くのは「オーナー」や「とても創造的な依頼主」までです。持ち主の名前を出さないのは、この世界ではよくあることです。前澤さんの船だと分かるのは、前澤さん自身が X で知らせたからでした。

この発表で、私がいちばん目を留めたのは、四代目のペーター・リュルセンの言葉です。ナウシカを引き渡したことで、曽祖父フリードリヒ・リュルセンとの深いつながりを感じた、と彼は言います。フリードリヒは 1886 年に、世界で最初のモーターボートを造った人です。そして、140 年前の 6 メートルの「レムス」と同じように、ナウシカは新しい地を切り開いた、と続けています。

この読みものの前の記事で、リュルセンの社史を読みました。ダイムラーのエンジンを試すために造った、長さ 6 メートルのレムスです。いちばん新しい 114.2 メートルの船を渡すときに、造船所はいちばん古い一隻の名前を出しました。

1-3 計画の名前は COSMOS、設計はマーク・ニューソン

ナウシカは、造っているあいだ「COSMOS」という計画の名前で呼ばれていました。設計は、オーストラリア出身の工業デザイナー、マーク・ニューソンです。発表によれば、外の姿も、中も、そのあいだのすべても、ニューソンの設計です。

リュルセンの発表には、水に浮かべた日が二つ出てきます。一つ目は 2023 年の発表で、2023 年 3 月 8 日に、114.20 メートルの計画 Cosmos を水に浮かべた、とあります。リュルセンの自分のドックは、ほかの船で埋まっているか、改修の工事中なので、近くの施設で仕上げの工事を続ける、と書かれています。

二つ目は 2025 年の発表で、2025 年 8 月 9 日に COSMOS を水に浮かべた、とあります。ペーター・リュルセンは、創業 150 年に重なる特別な計画だと話しています。一隻の船について、水に浮かべた日が二回書かれている理由を、発表は説明していません。2023 年は船体を水に出して仕上げの場所へ移した日、2025 年は仕上がりに近い姿で改めて水に出した日だと私は読みましたが、ここは私の読みです。

TIMELINEナウシカの歩み(リュルセンの発表と報道から)
  1. 20233 月 8 日、計画 Cosmos を水に浮かべる(リュルセン)
  2. 20258 月 9 日、COSMOS を水に浮かべる。創業 150 年の年(リュルセン)
  3. 20265 月 23 日、ナウシカとして引き渡しを発表(リュルセン)
  4. 20265 月 26 日、前澤さんが X で完成を知らせる(報道)
  5. 20269 月 5 日、横浜港に初めて入る(報道)
  6. 202610 月 13 日、釧路港に入る(報道)

CHAPTER 2ガラスの屋根と、氷の海

2-1 屋根の 7 枚のガラスは、自分の重さで曲げた

ナウシカのいちばん上には、「スカイドーム」と呼ばれるガラスの部屋があります。報道の写真で、船のてっぺんに丸い頭のように見える所です。リュルセンの発表は、このガラスの数字をくわしく書いています。

ガラスは 7 枚です。一枚の大きさは 3,000 × 2,800 ミリ、厚さは 62 ミリ、重さは 1,050 キロです。一枚で、乗用車ほどの重さがあります。その中にあるのは、広さ 56 平方メートルの、オーナーのための書斎です。天井の高さは 3.15 メートル。日の光は、丸いレールの上を滑るブロンズのよろい戸で加減します。書斎には、外の空の見えるテラスも続いています。

私がおもしろいと思ったのは、ガラスの曲げ方です。発表によれば、どのガラスも、厳しく管理した熱の中で、ガラス自身の重さで曲げています。そして、本番のガラスを一枚も作る前に、原寸と同じ大きさの見本で、曲げる試しと張り合わせる試しを何度もくり返した、と書かれています。重いガラスほど、自分の重さで曲げるのはむずかしいはずです。見本を作り直しながら形を決めていく、昔ながらのやり方が、いちばん新しい船にも使われています。

2-2 船をぐるりと巻く、ガラスの帯

ガラスは屋根だけではありません。上の階のまわりを、ガラスの帯がぐるりと一周しています。発表によれば、窓だけでなく、手すりや扉や機械の場所も同じ見た目で仕上げてあり、切れ目のないガラスのリボンのように見えるそうです。帯は前へ行くほど広がり、幅 19 メートルの見晴らしの部屋で終わります。その部屋の真上が、ヘリコプターの降りる場所です。

ペーター・リュルセンは、ガラスの技術はずっとリュルセンの持ち味だった、と言います。ライジング・サンからキスメット、そしてナウシカへ、ガラスの大きさと組み立ての難しさの限りを押し広げてきた、と。新しいリュルセンのヨットで、ガラスの技術に新しい一歩が無いものは珍しい、とまで話しています。

船の形そのものも、平らな面がほとんどありません。発表は、曲面とよろい戸のような細部でできた船だと書いています。大きな円筒の形を鋼で作り、どれも同じ大きさで、左右の鏡写しにそろえるのは、たやすいことではなかったそうです。その形は、後ろの甲板や入口の枠、外の扉、そして排気の柱にまで続いています。

2-3 氷の海にも出られる船体

見た目の奥にあるのは、氷に備えた船体です。リュルセンは、ナウシカの船体を「アイスクラス 1D」と書いています。薄い氷の浮かぶ海なら安全に走れる強さで、熱帯の海にも、極地の海にもなじむ船だそうです。2025 年の発表は、6 つの階を持ち、遠くの人のいない海を長く走るために造られ、五つの大洋と七つの大陸のすべてを訪ねる力がある、と書いています。

後ろの甲板は、船の幅いっぱいの 18 メートルに広がっています。真ん中にあるのは、往復して泳げる長さと、飛び込める深さのプールです。そのさらに後ろには、船の中に小さな船をしまう「ドライドック」があります。しまうのは、長さ 12.5 メートルの釣りのための船です。船は、そりのような台に載って、後ろの泳ぐための台の上を通って水へ出ます。台が支えられる重さは 16 トンです。

中に入ると、ふつうの大きなヨットにある広い居間がありません。代わりに、二階まで吹き抜けた広間があり、下の階は美術の展示室になっています。上の階には、すしのカウンターや卓球の場所があり、どれもニューソンの設計だと発表は書いています。

TABLEリュルセンの発表に書かれているナウシカの数
何の数か 数
全長 114.2 メートル
屋根のガラス 7 枚
ガラス一枚の大きさ 3,000 × 2,800 ミリ
ガラス一枚の厚さと重さ 62 ミリ・1,050 キロ
オーナーの書斎 56 平方メートル・天井 3.15 メートル
見晴らしの部屋の幅 19 メートル
後ろの甲板の幅 18 メートル
しまう釣りの船 12.5 メートル

CHAPTER 3燃料電池は、あとから積む

3-1 いま動かしているのは、ディーゼルの電気と電池

報道では、ナウシカは「水素の燃料電池の船」と紹介されることがあります。けれど、2026 年の引き渡しの発表を読むと、いま船を動かしているのは別の仕組みです。

発表によれば、ナウシカの動力は、ディーゼルで電気を作り、その電気で進む形です。エンジンは 5 基あり、2 基が主で、3 基が補いです。その電気で、向きを変えられるプロペラの入った「ポッド」を回します。もう一つの柱は電池で、最大 2 メガワットを出せます。発表は、ホテルとしての設備を、いちばん使うときに全部同時に動かせる大きさだと書いています。そのため、長いあいだ、静かに、その場では排気を出さずに過ごせるそうです。

港に止まっているあいだ、エンジンを回さずに電池で照明や空調をまかなえる、ということだと私は読みました。釧路のような港の近くに住む人にとっても、うるさくない、煙を出さない船のほうがうれしいはずです。

3-2 発表ごとに変わる、燃料電池の書き方

燃料電池の話は、リュルセンの発表を年の順に並べると、書き方が少しずつ変わっています。

公式サイトのお知らせの一覧には、2021 年に「リュルセンが、ヨットに初めて燃料電池を取り付ける」という題が出ています。2022 年の発表では、ブレーメンの造船所に「イノベーション・ラボ」を作り、メタノールから取り出した水素で動く燃料電池を、実際の条件で試していると書いています。組んだ相手は、船の燃料電池にくわしいフロイデンベルクで、世界の 60 か国で約 50,000 人が働く会社だそうです。その仕組みは、メタノールを中で作り変える船の燃料電池として、世界で初めて船級協会 RINA の型式の承認を受けた、とあります。

2023 年の発表は、計画 Cosmos が、燃料電池を積む初めてのリュルセンのヨットになると書いていました。2025 年の発表では、オーナーが、研究のためのメタノール燃料電池の取り付けに同意した、と書き方が変わります。そして 2026 年の引き渡しの発表では、「将来のメタノール燃料電池のための備え」です。

TIMELINEリュルセンの発表の中の、燃料電池の書き方
  1. 2021「ヨットに初めて燃料電池を取り付ける」(お知らせの題)
  2. 2022ブレーメンのラボで、メタノールの燃料電池を試す
  3. 2023Cosmos は、燃料電池を積む初めてのリュルセンのヨットになる
  4. 2025オーナーが、研究のための取り付けに同意した
  5. 2026引き渡しの発表では「将来の燃料電池のための備え」

3-3 メタノールから水素を取り出して、電気にする

リュルセンが説明する燃料電池の仕組みは、こうです。燃料として積むのはメタノールです。それを船の上で水素に変え、その水素から電気を作ります。2025 年の発表は、技術として難しく、込み入った手順だと書いています。

2026 年の発表は、ヨットの世界ではまだ育ち始めた技術だと認めたうえで、それは起きつつあると書いています。そして、燃料電池が組み込まれるときには、大きなヨットの動力が昔からの化石の燃料から離れる、大きな一歩になる、と続けています。引き渡しの時点で燃料電池が動いている、とは書いていません。あとから積めるように、場所と仕組みを用意して渡した、と読むのが、発表の言葉にいちばん近いと私は思います。

1886 年のレムスは、ダイムラーの新しいエンジンを水の上で試すための船でした。140 年後のナウシカは、まだ育ちきっていない燃料電池を、あとから積むための場所を持って海に出ました。新しい動力のために船を用意する、という点で、二隻は同じことをしていると私は読みました。リュルセンの公式の YouTube には、建造のようすの動画「114.2m NAUSICAÄ | Construction」も出ています。

SOURCES出典

  1. Lürssen 公式サイト「Press Releases」(発表の本文)
    https://www.lurssen.com/en/news-media-friends/press-releases/(2026-10-20 確認)
  2. Lürssen 公式サイト「NAUSICAÄ」
    https://www.lurssen.com/en/new-build/yachts/nausicaae/(2026-10-20 確認)
  3. Lürssen 公式サイト「News / Social Media」
    https://www.lurssen.com/en/news-media-friends/news-and-social-media/(2026-10-20 確認)
  4. Lürssen 公式サイト「History」
    https://www.lurssen.com/en/about/history/(2026-10-02 確認)
  5. 乗りものニュース(2026 年 5 月 27 日)
    https://trafficnews.jp/post/670233(2026-10-20 確認)
  6. 乗りものニュース(Yahoo!ニュース・2026 年 10 月 15 日)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/ad2d6d63ad031c0ced8f3e062c4ba6301f6f5f27(2026-10-20 確認)
  7. KAZI online(2026 年 9 月 26 日)
    https://www.kazi-online.com/articles/nausicaa_yokohama_2026/(2026-10-20 確認)

この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や長さなどの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と艇名は、各社の商標です。

WRITTEN BY山岸 勇輝Yuuki YAMAGISHI

独立研究者(Independent Researcher)。公式の資料や統計など、一次の資料にあたって書くことを続けている。船が好きで、とくにアルベマーレに思い入れがある。