要旨
「正規分布はなぜ至るところに現れるのか」への答は、しばしば中心極限定理ひとつで済まされる。本稿は、互いに無関係な理由が四つあり、どれも押さえた条件が違うことを書く。新しい数学定理は主張しない。
第一に、有限分散は飾りではなく条件である。正規変数を $1000$ 個平均すると散らばりは $1.345$ から $0.0427$ へ縮むが、コーシー変数では $2.003$ から $2.017$ で何も起きない。四分位も一個のときと一致した(第2節)。
第二に、安定性だけでは正規は選ばれない。正規もコーシーも安定であり、相対誤差はいずれも $0.004$ 以下であった。安定性は族であって点ではない(第3節)。
第三に、最大エントロピーは何を固定したかで答が変わる。分散を固定すれば正規(実測 $1.418$、理論上限 $1.419$)だが、平均を固定すれば指数、範囲を固定すれば一様である(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。回転不変性と座標の独立性だけで正規が強制される。$45$ 度回しても積の密度が変わらないのは正規だけで、変化は $5.6\times10^{-17}$ であった。ここには和も極限も無い(第5節)。
第五に、第四の理由を確かめようとして最初の試験が失敗した。標本平均と標本分散の相関を測ると、正規も一様もラプラスもすべてゼロだった。対称な分布はどれも無相関だからである。平均の二乗と相関を取り直すと、正規だけが $+0.0006$、一様は $-0.300$、ラプラスは $+0.299$ であった(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。中心極限定理、安定則、最大エントロピー、ハーシェル=マクスウェルの議論、標本平均と標本分散の独立性による特徴づけは、いずれも標準的である。どの分布が「正しい」かも判定しない。論文139 との関係:139 は経験測度の収束率を扱った。本稿が問うのはなぜ極限が正規なのかであり、別の問いである。加えたのは四つの理由を「押さえた条件」で並べたこと、コーシーの平均が縮まないことを四分位で確かめたこと、回転不変性の強制を機械精度で測ったこと、そして無相関と独立が別であることを、自分の失敗した試験から取り出したことである。
1. 記法と位置づけ
標本はすべて自前の抽出であり、標本数を明記する。分布は平均 $0$ に取り、散らばりは分位で測る(コーシーには分散が無いため)。
位置づけ:論文164 は「確率」に四つの住所があると書いた。本稿はその隣で、一つの分布に四つの理由があることを書く。語ではなく対象のほうが、複数の入口を持っている場合である。
2. 有限分散は、飾りではなく条件である
検算 2.1:$20$ 万組で、$n$ 個の平均の四分位範囲を測る。
| $n$ | 正規:平均の四分位範囲 | コーシー:同じ量 |
|---|---|---|
| $1$ | $1.345$ | $2.003$ |
| $10$ | $0.425$ | $1.995$ |
| $100$ | $0.135$ | $2.003$ |
| $1000$ | $\mathbf{0.0427}$ | $\mathbf{2.017}$ |
(証明終)
検算 2.2:コーシーについて、$1$ 個のときと $1000$ 個の平均の分位を直接比べる。
| 分位 | $1$ 個 | $1000$ 個の平均 |
|---|---|---|
| $25\%$ | $-1.003$ | $-1.000$ |
| $50\%$ | $-0.0006$ | $-0.003$ |
| $75\%$ | $1.004$ | $0.996$ |
(証明終)
観察 2.3 正規では平均が $1/\sqrt{n}$ で縮み、コーシーでは何も起きない。$1000$ 個平均しても一個と同じ分布である。「たくさん集めれば平均は安定する」は、有限分散があるときにだけ正しい。
3. 安定性だけでは、正規は選ばれない
観察 3.1 独立な複製の和が、位置と尺度を除いて元と同じ法則になるとき、その法則を安定という。
検算 3.2:$100$ 万組で四分位範囲を比べる。
| 法則 | $k$ | 尺度 | 相対差 |
|---|---|---|---|
| 正規 | $2$ | $\sqrt{k}$ | $0.00075$ |
| 正規 | $100$ | $\sqrt{k}$ | $0.00060$ |
| コーシー | $2$ | $k$ | $0.00213$ |
| コーシー | $100$ | $k$ | $0.00244$ |
(証明終)
観察 3.3 どちらも安定である。ただし尺度の指数が違う。正規は $\sqrt{k}$、コーシーは $k$。安定性は族であって点ではなく、その中で正規を選び出しているのは有限分散という追加の条件である。
4. 最大エントロピー:答は、押さえた条件が決めている
検算 4.1:分散を $1$ に揃えた法則の微分エントロピーを、$200$ 万点のヒストグラムで測る。
| 法則 | 分散 | エントロピー |
|---|---|---|
| 正規 | $0.999$ | $\mathbf{1.4184}$ |
| ラプラス | $1.001$ | $1.3468$ |
| 一様 | $1.001$ | $1.2423$ |
| 二点分布 | $1.000$ | $-3.929$ |
分散 $1$ での理論上限は $1.4189$ である。(証明終)
観察 4.2 正規が勝つ、ただし分散を固定したからである。
| 何を固定するか | 勝つ法則 |
|---|---|
| 分散 | 正規 |
| 平均(正の半直線で) | 指数 |
| 範囲 | 一様 |
観察 4.3 「正規は最も無情報な分布である」は半分の文である。正しくは「分散を知っているとき最も無情報」であり、知っているものを変えれば答も変わる。
5. 芯:回転不変性と独立性だけで、正規が強制される
観察 5.1 ハーシェルとマクスウェルの議論。平面上の点の二座標が独立で、密度が原点からの距離だけで決まるなら、法則は正規でなければならない。ここには和も極限も現れない。
検算 5.2:積の密度 $f(x)f(y)$ を $45$ 度回して、変化の最大を測る($41\times41$ の格子)。
| 法則 | 回転による変化の最大 |
|---|---|
| 正規 | $\mathbf{5.6\times10^{-17}}$ |
| コーシー | $9.1\times10^{-3}$ |
| ラプラス | $6.3\times10^{-2}$ |
| 一様 | $8.3\times10^{-2}$ |
(証明終)
観察 5.3 変わらないのは正規だけであり、しかも機械精度で変わらない。ここで正規を選んでいるのは対称性である。何も足していないし、極限も取っていない。第2節の理由とは、要求している事柄がまるで違う。
6. 無相関と独立は、別である
観察 6.1 第四の特徴づけがある。標本平均と標本分散が独立になるのは正規だけである。これを確かめようとして、最初の試験は失敗した。
検算 6.2:$40$ 万組、$n=8$ で相関を測る。
| 法則 | 平均と分散の相関 |
|---|---|
| 正規 | $-0.003$ |
| 一様 | $-0.0007$ |
| ラプラス | $+0.003$ |
| 指数 | $+0.694$ |
一様もラプラスも、正規と同じくゼロを返した。(証明終)
観察 6.3 これは正規の特徴づけを否定しない。測る道具が違っていたのである。対称な法則ではこの相関を支配する三次の中心モーメントが消えるので、どれもゼロになる。相関がゼロであることと独立であることは、別の言明である。
検算 6.4:そこで平均の二乗と分散の相関を測る。独立なら、これもゼロでなければならない。
| 法則 | 平均の二乗と分散の相関 |
|---|---|
| 正規 | $\mathbf{+0.0006}$ |
| 一様 | $\mathbf{-0.300}$ |
| ラプラス | $\mathbf{+0.299}$ |
| 指数 | $+0.714$ |
(証明終)
検算 6.5:直接見る。平均が小さかった組と大きかった組で、分散の散らばりを比べる。
| 法則 | 分散の散らばりの比(大/小) |
|---|---|
| 正規 | $\mathbf{1.002}$ |
| 一様 | $0.935$ |
| ラプラス | $1.496$ |
| 指数 | $7.482$ |
(証明終)
観察 6.6 正規だけがゼロのままである。一様とラプラスは無相関でありながら独立ではなかった。そしてこの特徴づけは、和にも、エントロピーにも、対称性にも触れていない。第四の、独立した理由である。
7. 点呼
観察 7.1
| 正規を選ぶ理由 | 押さえた条件 | 外すとどうなるか |
|---|---|---|
| 和の極限 | 有限分散 | 別の安定則(コーシー等) |
| 安定性だけ | なし | 族全体が残り、選ばれない |
| 最大エントロピー | 分散 | 平均なら指数、範囲なら一様 |
| 回転不変+独立 | 対称性のみ | 和も極限も要らない |
| 平均と分散の独立 | 標本の性質 | 他のどれとも無関係 |
観察 7.2 五行は強さの階段ではない。和の極限は過程についての言明、最大エントロピーは知識についての言明、回転不変性は対称性についての言明、独立性は標本についての言明である。同じ分布に、まるで違う四つの入口がある。
観察 7.3 したがって「正規を仮定する」と言うとき、何を仮定したのかは一意でない。有限分散を仮定したのか、分散だけを知っていると言ったのか、対称性を要求したのか、外れたときに壊れる場所が、それぞれ違う。
8. 結論
- コーシーは平均しても縮まない(検算2.1):$2.003$ から $2.017$。
- 安定性は族である(検算3.2):コーシーも安定、尺度は $k$。
- 最大エントロピーは固定したものが決める(検算4.1):実測 $1.4184$、上限 $1.4189$。
- 対称性だけで正規が強制される(検算5.2):回転による変化 $5.6\times10^{-17}$。
- 無相関と独立は別(検算6.2・6.4):相関はどれもゼロ、二乗との相関は $-0.300$ と $+0.299$。
結び:「正規分布はなぜ至るところに現れるのか」に、一つの答は無い。和を取ったのか、知識が分散だけだったのか、対称性を課したのか、入口が四つあり、それぞれ違う条件を押さえている。そして押さえた条件を外したとき、出てくる分布も、壊れ方も、四つとも違う。
参考文献
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- 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
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- 山岸勇輝 (2026). 同じ表が、二つの正しい答を持つ [論文183]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104230
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「正規分布が特別である理由は、一つではない」[論文187]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22105639
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 正規分布が特別である理由は、一つではない [論文187]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/187 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22105639
Yamagishi, Y. (2026). The Gaussian Is Special for More Than One Reason [Paper 187]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/187; DOI: 10.5281/zenodo.22105639
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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