要旨
振動の固有値を小さい順に数えると、その個数はべきで増える。本稿はそのべきが次元の半分であることを測り、先頭の項が何を聞き、何を聞かないかを数で分ける。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、べきは次元の半分である。箱のディリクレ固有値を数え、対数どうしを当てはめると、傾きは $0.500390$、$1.002513$、$1.516542$ であった(第2節)。
第二に、三次元での残りのずれは境界項である。上限を $3\times10^{3}$ から $3\times10^{5}$ へ上げると、傾きは $1.687516$、$1.602565$、$1.553497$、$1.529462$、$1.516542$ と単調に $1.5$ へ寄る(第3節)。
第三に、先頭の係数は体積を返す。一次元で $0.999916$、二次元で $0.998424$、三次元で $0.987066$ の比で復元でき、不足はつねに低い側であった(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。先頭項は面積しか聞いていない。面積が等しい四つの長方形で、先頭項はどれも $15915.5$ なのに、実際の個数は $15782$、$15745$、$15619$、$15309$ である。周長の項を引くと、四つの比が $1.000562$、$1.000473$、$1.000385$、$0.998162$ に揃う(第5節)。
第五に、このべきは論文199 のべきと同じものである。熱核のトレースを当てはめると傾きは $-0.498008$、$-0.994768$、$-1.506079$ であり、格子上の酔歩の帰還確率と同じ $d/2$である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ワイルの法則、その境界項、熱核の短時間展開は、いずれも標準的である。ワイルの法則を証明しない。本稿は指数と係数を測るだけである。形が聞こえるかを論じない。同じスペクトルを持つ別の形が在るかという逆問題は論文102 の主題であり、本稿はそこへ立ち入らない。箱しか扱わない。数値は長方形と直方体のディリクレ固有値のみで、一般の領域を論じない。三次元の傾きは $1.5$ に完全には届いていない。$1.516542$ であり、その残りが何であるかは第3節で測る。論文199 との関係:199 は格子上の酔歩が帰ってくるかを分母の指数で決めた。本稿はその指数が固有値の数え上げにも同じ形で現れることを測る。加えたのは数え上げ関数のべきを三つの次元で当てはめたこと、三次元の残差が上限とともに単調に閉じることを測ったこと、先頭の係数から体積を復元して不足の向きを見たこと、面積の等しい四つの箱を同じ高さで比べて差が周長であることを示したことである。
1. 記法と位置づけ
辺の長さ $L_1,\dots,L_d$ の箱の上で、境界で消える振動の固有値は $\lambda=\pi^2\sum(n_i/L_i)^2$($n_i\ge1$)である。$N(\lambda)$ を「$\lambda$ 以下の固有値の個数」とする。数値はすべて自前の計算であり、各箱についてその上限まで漏れなく列挙した。
位置づけ:論文102 はカッツの問い「太鼓の形は聞こえるか」を扱った。あれは逆問題であり、スペクトルから形が復元できるかを問う。本稿は逆問題に入らない:測るのは順方向であり、固有値を数えると何が出てくるかだけである。
2. べきは、次元の半分である
検算 2.1:単位の箱について $N(\lambda)$ を数え、$\log N$ を $\log\lambda$ に当てはめる。当てはめは上限の $1/30$ から上限までの範囲で行った。
| $d$ | 上限の $\lambda$ | 当てはめた傾き | $d/2$ | 差 |
|---|---|---|---|---|
| $1$ | $4\times10^{7}$ | $0.500390$ | $0.5$ | $3.90\times10^{-4}$ |
| $2$ | $4\times10^{6}$ | $1.002513$ | $1.0$ | $2.51\times10^{-3}$ |
| $3$ | $3\times10^{5}$ | $1.516542$ | $1.5$ | $1.65\times10^{-2}$ |
観察 2.2 三次元だけ差が一桁大きい。これを「合わなかった」と書いて済ませてはならない。次節で、その差が何であるかを測る。
3. 三次元の残りは、境界項である
数え上げ関数の第二項は $\lambda^{(d-1)/2}$ の大きさを持つ。先頭に対する相対的な大きさは $\lambda^{-1/2}$ であり、上限を上げれば薄れるはずである。
検算 3.1:三次元で上限を変えながら同じ当てはめを行う。
| 上限の $\lambda$ | 当てはめた傾き | $1.5$ との差 |
|---|---|---|
| $3\times10^{3}$ | $1.687516$ | $0.1875$ |
| $1\times10^{4}$ | $1.602565$ | $0.1026$ |
| $3\times10^{4}$ | $1.553497$ | $0.0535$ |
| $1\times10^{5}$ | $1.529462$ | $0.0295$ |
| $3\times10^{5}$ | $1.516542$ | $0.0165$ |
観察 3.2 差は単調に閉じ、上限を $100$ 倍にすると差はおよそ $1/11$ になった。邪魔をしていたのは誤差ではなく、一段ゆっくり育つもう一つの項である。そしてそれは第5節で正体を現す。
4. 先頭の係数は、体積を返す
先頭項は $N(\lambda)\approx \omega_d\,V\,\lambda^{d/2}/(2\pi)^d$ と書ける($\omega_d$ は単位球の体積)。これを $V$ について解けば、固有値の個数から体積が読めるはずである。
検算 4.1:
| 箱 | 本当の体積 | 復元した値 | 比 |
|---|---|---|---|
| $1.0$ | $1.000000$ | $0.999916$ | $0.999916$ |
| $1.0\times1.7$ | $1.700000$ | $1.697321$ | $0.998424$ |
| $1.0\times1.3\times0.8$ | $1.040000$ | $1.026549$ | $0.987066$ |
観察 4.2 三つとも低い側に外れている。偶然の誤差なら向きは揃わない。向きが揃っているということは、引かれているものがあるということである。
5. 芯:先頭項は、面積しか聞いていない
検算 5.1:面積がちょうど $1$の長方形を四つ用意し、同じ $\lambda=2\times10^{5}$で数える。先頭項はどれも同じ値になるはずである。
| 箱 | 面積 | $N(\lambda)$ | 先頭項 | 比 |
|---|---|---|---|---|
| $1.000\times1.000$ | $1$ | $15782$ | $15915.5$ | $0.991612$ |
| $2.000\times0.500$ | $1$ | $15745$ | $15915.5$ | $0.989288$ |
| $4.000\times0.250$ | $1$ | $15619$ | $15915.5$ | $0.981371$ |
| $8.000\times0.125$ | $1$ | $15309$ | $15915.5$ | $0.961893$ |
先頭項は四つとも $15915.5$ で同じであり、実際の個数は $15782$ から $15309$ まで、$3.0\%$ の幅で違う。
検算 5.2:四つの周長は $4$、$5$、$8.5$、$16.25$ である。先頭項から周長の項 $\dfrac{P\sqrt\lambda}{4\pi}$ を引いて、もう一度比べる。
| 箱 | 周長 | $N(\lambda)$ | 先頭項$-$境界項 | 比 |
|---|---|---|---|---|
| $1.000\times1.000$ | $4.000$ | $15782$ | $15773.1$ | $1.000562$ |
| $2.000\times0.500$ | $5.000$ | $15745$ | $15737.6$ | $1.000473$ |
| $4.000\times0.250$ | $8.500$ | $15619$ | $15613.0$ | $1.000385$ |
| $8.000\times0.125$ | $16.250$ | $15309$ | $15337.2$ | $0.998162$ |
観察 5.3 比のばらつきが $3.0\%$ から $0.24\%$ に縮んだ。四つの箱を分けていたのは周長であり、面積ではなかった。そして第3節で三次元の傾きを邪魔していたものも、これである。同じ一つの項が、二つの場所で顔を出している。
観察 5.4 ゆえに「固有値から幾何が読める」は段階的である:先頭項は体積を聞き、次の項は境界の大きさを聞く。その先に形そのものが聞こえるかどうかは、本稿の問いではない。それは論文102 が扱ったカッツの問いである。
6. このべきは、論文199 のべきと同じものである
検算 6.1:熱核のトレース $Z(t)=\sum e^{-\lambda t}$ を当てはめる。
| $d$ | 当てはめた傾き | $-d/2$ | 差 |
|---|---|---|---|
| $1$ | $-0.498008$ | $-0.5$ | $1.99\times10^{-3}$ |
| $2$ | $-0.994768$ | $-1.0$ | $5.23\times10^{-3}$ |
| $3$ | $-1.506079$ | $-1.5$ | $6.08\times10^{-3}$ |
観察 6.2 三つの問いが、同じ一つの指数を返す。
| 問い | べき | 測った値 |
|---|---|---|
| 格子の酔歩が原点に戻る確率(論文199) | $-d/2$ | $-0.4986$、$-0.9971$、$-1.4957$ |
| 熱核のトレース(本稿・検算6.1) | $-d/2$ | $-0.4980$、$-0.9948$、$-1.5061$ |
| 固有値の数え上げ(本稿・検算2.1) | $+d/2$ | $+0.5004$、$+1.0025$、$+1.5165$ |
観察 6.3 見た目には別の問いである。一つは酔歩、一つは熱、一つは振動の音程。それでも同じ数が出るのは、三つが同じ一つの対象を別の角度から見ているからである。本稿はその同一性を導かない。標準的な事実であり、ここで示したのは三つの測定値が並ぶということだけである。
7. 分離子と柵
観察 7.1 (分離子) 何が読めるかを分けているのは、展開のどの項を見ているかである。先頭項は体積まで、次の項は境界の大きさまで、項を一つ増やすごとに、聞こえる幾何が一段細かくなる。そして本稿が測ったとおり、項の順序は「粗いものから」である。
観察 7.2 (柵) 「固有値のべきが次元を教える」という言い方を囲っている柵は、十分高いところで見ることである。$\lambda=3\times10^{3}$ では傾きは $1.69$ であり、$1.5$ とは言えない。柵の内側に入るには、境界項が薄れるだけの高さが要る。そしてその高さは、次元が上がるほど遠い。
観察 7.3 ゆえに「べきを測れば次元が分かる」は、実測としては条件つきである。論文199 の格子でも同じ注意が要った。あちらでも残差は $1/n$ の補正であった。二つの場面で同じ形の補正が同じ邪魔をしている。
8. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- べきは次元の半分(検算2.1):$0.500390$、$1.002513$、$1.516542$。
- 三次元の残りは境界項(検算3.1):上限を $100$ 倍にすると差は $1/11$ に。
- 先頭の係数は体積を返す(検算4.1):不足はつねに低い側。
- 先頭項は面積しか聞いていない(検算5.1):同じ $15915.5$ に対し $15782$ から $15309$。
- 差は周長である(検算5.2):ばらつきが $3.0\%$ から $0.24\%$ へ。
- 論文199 と同じ指数(検算6.1)。
- 柵は「十分高いところで見ること」(観察7.2)。
結び:固有値を小さい順に数えるという、ただそれだけの操作から、まず次元が出て、次に体積が出て、その次に境界の大きさが出る。出てくる順序は粗いものからであり、細かいものほど深い項に隠れている。面積の等しい四つの箱は、先頭項では見分けがつかない。$15915.5$ という同じ数を返す。見分けたければ、一段深い項を見なければならない。そしてどこまで深く見れば形そのものに届くのか、それが、論文102 が扱ったカッツの問いであった。本稿が測ったのは、その問いが始まる場所である。
参考文献
- Weyl, H. (1911). Ueber die asymptotische Verteilung der Eigenwerte. Nachrichten der Koeniglichen Gesellschaft der Wissenschaften zu Goettingen.
- Kac, M. (1966). Can One Hear the Shape of a Drum? The American Mathematical Monthly, 73(4).
- Ivrii, V. (1980). Second Term of the Spectral Asymptotic Expansion of the Laplace–Beltrami Operator. Functional Analysis and Its Applications, 14(2).
- McKean, H. P., Singer, I. M. (1967). Curvature and the Eigenvalues of the Laplacian. Journal of Differential Geometry, 1(1).
- Gordon, C., Webb, D., Wolpert, S. (1992). One Cannot Hear the Shape of a Drum. Bulletin of the American Mathematical Society, 27(1).
- 山岸勇輝 (2026). カルツァ=クライン再入口 [論文57]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21597608
- 山岸勇輝 (2026). 「次元」は一つではない [論文94]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758581
- 山岸勇輝 (2026). スペクトルから形を聴く [論文102]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836735
- 山岸勇輝 (2026). 帰ってこられるかを決めているのは、分母の指数である [論文199]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108396
- 山岸勇輝 (2026). 二百本目の点呼 [論文200]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108829
- 山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109443
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「固有値を数えたときのべきは、次元の半分である」[論文204]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22110032
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 固有値を数えたときのべきは、次元の半分である [論文204]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/204 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22110032
Yamagishi, Y. (2026). The Power in the Eigenvalue Count Is Half the Dimension [Paper 204]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/204; DOI: 10.5281/zenodo.22110032
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