要旨
割り算は、掛け算を戻す操作である。だが戻すのを邪魔するものは一種類ではない。本稿は五つの妨げを点呼し、それぞれで何が起きるかを数で示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、同じ $12\div3=4$ が三つの別の $4$である。$12\,\mathrm{m}\div3$ は長さ、$12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{m}$ はただの個数、$12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{s}$ は速さ、分けているのは単位である(第2節)。
第二に、整数ではほとんど割れない。$200000$ 組の乱数で、商が整数に戻ったのは $1404$ 回、すなわち $\mathbf{0.7020\%}$ であった(第3節)。
第三に、割る側に逆元が無いことがある。$\mathbb{Z}/12$ で $6x=1$ の解は一つも無く、$6x=0$ の解は $\mathbf{6}$ 個ある。存在しないだけでなく、一意でもない(第4節)。
第四に、掛け算が交換しないと、商は二つになる。$19977$ 組の乱数行列で、左商と右商が一致したのは $\mathbf{0}$ 件であった(第5節)。
第五に、これが本稿の芯である。$S_3$ ではどの部分群でも指数は整数なのに、商が群になるのは正規なときだけである。数はいつでも割れ、ものは割れない(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ラグランジュの定理、正規部分群と商群、リーマン球、IEEE 754、ホイール代数、非可換の左右の商、等分除と包含除の区別は、いずれも標準的である。網羅を主張しない。扱うのは五つの妨げであり、これで尽きているとは言わない。ゼロ除算の「正しい」定義を選ばない。どの流儀が優れているかは論じない。代数の教科書を書かない。局所化も商環の一般論も扱わない。算数教育の是非を論じない。等分除・包含除は既に名前のある区別として引くだけである。既刊との関係:論文16 は等号に六つの別根、論文227 は不等号に二種、論文228 は「+」に八つを数えた。本稿はその四本目である。論文228 は「交換しないことだけが座標で直せない」と結んだ。本稿の第5節はその割り算側の現れであり、同じ障害が二度現れている。論文181 は「掛け算は二つ目を決めない」を示した。割り算はその掛け算を戻す操作なので、曖昧さをそのまま相続する。加えたのは三つの $4$ を単位で分けたこと、整数で割り切れる割合を測ったこと、$\mathbb{Z}/12$ で逆元の非存在と非一意性を同時に示したこと、左右の商の一致回数を $19977$ 組で数えたこと、$S_3$ の全部分群で指数と商群の可否を並べたことである。
1. 記法と位置づけ
割り算とは、掛け算を戻す操作である。$a\div b$ とは「$b$ に掛けて $a$ になるもの」を求めることである。本稿が問うのは、その「戻す」を何が邪魔しているかである。
位置づけ:論文16(等号)・227(不等号)・228(「+」)に続く記号の分類の四本目である。228 が「交換しないことだけが直せない」と結んだ障害が、ここで二度目に現れる。
2. 同じ $4$ が、三つの別のものである
検算 2.1:
| 何を訊いているか | 式 | 答 | 分子の単位は残るか |
|---|---|---|---|
| $12$ m を $3$ 人で分ける | $12\,\mathrm{m}\div3$ | $4$ m | 残る |
| $12$ m に $3$ m はいくつ | $12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{m}$ | $4$ | 消える(ただの個数) |
| $3$ 秒で $12$ m | $12\,\mathrm{m}\div3\,\mathrm{s}$ | $4$ m/s | 別の単位が生まれる |
観察 2.2 数はどれも $4$ であり、ものは三つとも違う。一つは長さ、一つは無次元の個数、一つは速さである。分けているのは計算ではなく、単位である。算数ではこれを等分除と包含除と呼び分けており、既に名前がある。
3. 答が、集合を出ていく
検算 3.1:$1$ から $999$ の整数の組を $200000$ 回作り、商が整数に戻る回数を数える。
| 測ったもの | 値 |
|---|---|
| 試した組 | $200000$ |
| 商が整数だった回数 | $1404$ |
| 割合 | $\mathbf{0.7020\%}$ |
観察 3.2 整数の世界では、割り算はほとんどの場合そもそも定義されていない。治し方は演算をいじることではなく、集合を広げることである。$\mathbb{Z}$ から $\mathbb{Q}$ へ移る、というのはそういう操作であった。
4. 割る側に、逆元が無い
検算 4.1:$1\div0$ は、どこに立つかで答が変わる。
| どこに立つか | $1\div0$ は何か |
|---|---|
| 実数 | 定義されない(そのような数が無い) |
| リーマン球 | 無限遠という一点 |
| IEEE 754 | 符号つきの無限大、そして $0/0$ は数でない |
| ホイール代数 | 定義された元(ただし法則は弱くなる) |
| 極限 | たどる道に依る |
実測:$1/0=\infty$、$-1/0=-\infty$、$0/0=\mathrm{NaN}$。また $x/x^2$ は $x=10^{-6}$ で $+10^{6}$、$x=-10^{-6}$ で $-10^{6}$ である。
検算 4.2:$\mathbb{Z}/12$ で $6$ を割る。
| 問い | 解 |
|---|---|
| $6x=1 \pmod{12}$ | 一つも無い |
| $6x=0 \pmod{12}$ | $\mathbf{0,2,4,6,8,10}$($6$ 個) |
逆元を持つ数の割合は、法 $7$ で $1.0000$、法 $12$ で $0.3636$、法 $30$ で $0.2759$ である。
観察 4.3 逆元は存在しないだけでなく、一意でもない。$6x=0$ の解が $6$ 個あるということは、「$0$ を $6$ で割る」に答が $6$ 個あるということである。割り算が壊れる第三の型である。
5. 掛け算が交換しないと、商は二つになる
検算 5.1:$A$ を第一行 $(1,2)$、第二行 $(3,4)$ の行列、$B$ を第一行 $(0,1)$、第二行 $(1,1)$ の行列とする。
| どちらの商か | 値 |
|---|---|
| $B^{-1}A$ | 第一行 $(2,2)$、第二行 $(1,2)$ |
| $AB^{-1}$ | 第一行 $(1,1)$、第二行 $(1,3)$ |
| 最大の差 | $\mathbf{1.000000}$ |
$19977$ 組の乱数行列で、左商と右商が一致したのは $\mathbf{0}$ 件であった。
観察 5.2 「$A$ を $B$ で割る」という単一の対象は無い。左から割ったものと右から割ったものがあり、別のものである。論文228 で「交換しないことだけが座標で直せない」と結んだ障害が、ここで二度目に現れている。
6. 芯:数はいつでも割れ、ものは割れない
検算 6.1:$6$ 個の元をもつ群 $S_3$ の、すべての部分群について。
| 部分群 $H$ | $|H|$ | 指数 $|S_3|/|H|$ | 正規か | $S_3/H$ は群か |
|---|---|---|---|---|
| 単位元だけ | $1$ | $6$ | はい | はい |
| $A_3$(回転) | $3$ | $2$ | はい | はい |
| $\{e,(0\,1)\}$ | $2$ | $\mathbf{3}$ | いいえ | いいえ |
| $\{e,(0\,2)\}$ | $2$ | $\mathbf{3}$ | いいえ | いいえ |
| $S_3$ 自身 | $6$ | $1$ | はい | はい |
観察 6.2 指数 $|G|/|H|$ はどの部分群でも整数である(ラグランジュ)。ところが商が群になるのは、$H$ が正規なときだけである。指数 $3$ の二つでは、数は割れているのに、剰余類が掛け算を持たない。
観察 6.3 ここでは、そもそも何も逆にしていない。「$S_3$ を $A_3$ で割る」は、掛け算を戻しているのではなく、ものを潰しているのである。同じ「割る」で、答が数になるか、ものになるかが違う。
7. 点呼:五つの妨げ
検算 7.1:
| 何が戻すのを邪魔しているか | 例 | 何が得られるか |
|---|---|---|
| 何も(体である) | 有理数での $12\div3$ | 数 |
| 答が集合を出る | 整数での $3\div2$ | 何も(広げるまで) |
| 割る側に逆元が無い | $1\div0$、$\mathbb{Z}/12$ の $1\div6$ | 最大五通りの答 |
| 掛け算が交換しない | 行列の $A\div B$ | 左と右、二つの答 |
| 何も逆にしていない | $S_3\div A_3$ | 数ではなく、もの |
観察 7.2 五つの「$\div$」は、記号が同じだけである。一つ目は普通の割り算、二つ目は定義されていない、三つ目は答が複数、四つ目は答が二つ、五つ目はそもそも別の操作である。
8. 分離子と柵
観察 8.1 (分離子) 「$\div$」を分けているのは、掛け算を戻すのを何が邪魔しているかである。記号ではない。
観察 8.2 (柵) 「これは割れる」という言い方を囲っている柵は、どの集合の中で、何を戻そうとしているかである。柵の外では、この文は偽ですらなく、空である。228 の「これらは足せる」、227 の「この量には上限がある」と同じ形である。
観察 8.3 228 では、八つのうち七つが座標で救えた。本稿では救える型が一つも無い。割り算の妨げは変数の付け替えでは消えない。集合を広げるか、答が複数であることを認めるか、左右を区別するか、そもそも別の操作だと認めるかのいずれかである。
観察 8.4 記号の分類は、これで四本目になった。等号に六、不等号に二、「+」に八、「$\div$」に五。そしてまだ終わっていない。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 三つの $4$(検算2.1):長さ・個数・速さ。
- 整数ではほとんど割れない(検算3.1):$0.7020\%$。
- ゼロ除算に五つの答(検算4.1):$1/0=\infty$、$0/0=\mathrm{NaN}$、道に依る。
- 逆元は無く、しかも一意でない(検算4.2):$6x=0$ の解が $6$ 個。
- 左商と右商(検算5.1):$19977$ 組で一致 $0$ 件。
- 数は割れ、ものは割れない(検算6.1):指数 $3$ で商群が無い。
- 五つの妨げ(検算7.1)。
結び:$12\div3=4$。この式は、少なくとも三つの違うことを言っている。$4$ メートルか、ただの $4$ か、毎秒 $4$ メートルか。そして整数の中では、千組のうち七組しか割り切れない。$0$ で割ろうとすれば答は五通りに分かれ、$\mathbb{Z}/12$ で $6$ で割ろうとすれば一つも無いか、六つある。行列なら左と右で別の答が出て、乱数を二万組近く試しても一度も一致しなかった。そして最後の一つは、割り算ですらない。$S_3$ をその部分群で割るとき、数はどの部分群でもきれいに割れる。ラグランジュがそれを保証している。それなのに、剰余類が掛け算を持てないことがある。指数はちゃんと $3$ なのに、商という「もの」は存在しない。「割る」という一つの言葉が、数を求めることと、ものを潰すことの両方を指していた。だから割れるかどうかを訊く前に、何を戻そうとしているのかを訊かねばならない。
参考文献
- Lagrange, J.-L. (1771). Réflexions sur la résolution algébrique des équations. Nouveaux Mémoires de l’Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Berlin.
- Riemann, B. (1851). Grundlagen für eine allgemeine Theorie der Functionen einer veränderlichen complexen Grösse. Göttingen.
- Ore, O. (1931). Linear equations in non-commutative fields. Annals of Mathematics, 32(3), 463–477.
- Fischbein, E., Deri, M., Nello, M. S., Marino, M. S. (1985). The role of implicit models in solving verbal problems in multiplication and division. Journal for Research in Mathematics Education, 16(1), 3–17.
- Greer, B. (1992). Multiplication and division as models of situations. In: Grouws, D. A. (ed.), Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning. New York: Macmillan.
- Carlström, J. (2004). Wheels: on division by zero. Mathematical Structures in Computer Science, 14(1), 143–184.
- IEEE (2019). IEEE Standard for Floating-Point Arithmetic. IEEE Std 754-2019.
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). 掛け算は「二つ目」を決めない [論文181]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104155
- 山岸勇輝 (2026). 四つの平均は一つの族であり、等号の柵は一つしかない [論文194]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106809
- 山岸勇輝 (2026). 太陽は、緑にも橙にも赤外にも輝いている [論文222]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22120199
- 山岸勇輝 (2026). 同じ「$\le$」が、触れる壁と触れない壁を指している [論文227]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22123129
- 山岸勇輝 (2026). 「+」は八つあり、そのうち七つは座標を変えれば本当の足し算になる [論文228]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126254
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う」[論文229]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22126445
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う [論文229]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/229 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22126445
Yamagishi, Y. (2026). There Are Five Divisions, and Each One Fails for a Different Reason [Paper 229]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/229; DOI: 10.5281/zenodo.22126445
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