要旨
引き算は、足し算を戻す操作である。だが同じ記号を着ているのに、足し算を戻していないものがある。本稿は七つの「$-$」を点呼し、三つの問いで分ける。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、自然数では約半分が失敗する。$200000$ 組で $a-b$ が自然数に留まったのは $\mathbf{50.0575\%}$ であった。負の数はこのために作られた(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。集合の差は和を戻さない。$(A\cup B)\setminus B$ が $A$ に戻ったのは $200000$ 組のうち $\mathbf{44.0115\%}$ であり、戻るのは互いに素なときに限る(反例 $\mathbf{0}$ 件)(第3節)。
第三に、点から点を引くと型が変わる。重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外は無意味である。$P+Q$ は珍しいのではなく、定義されていない(第4節)。
第四に、$\infty-\infty$ は道に依る。同じ形の四つの式が、$0$、$-1.667\times10^{-7}$、$+3.333\times10^{-7}$、そして発散を返した(第5節)。
第五に、発散を引く操作は流儀に依る。同じ発散を三通りに引くと、残る有限部分が $0$、$-0.6931471806$、$+0.6931471806$ と$\ln2$ だけずれた(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。アフィン空間と重心座標、集合差、不定形、くりこみの処方依存性、単項の逆元は、いずれも標準的である。網羅を主張しない。扱うのは七つであり、これで尽きているとは言わない。くりこみの理論を作らない。発散の除去そのものは扱わず、残る有限部分が一つに決まらないことだけを示す。「正しい処方」を選ばない。代数の教科書を書かない。群・環・アフィン空間の一般論は扱わない。既刊との関係:論文16(等号に六)・227(不等号に二)・228(「+」に八)・229(「$\div$」に五)に続く記号の分類の五本目である。228 は「足せるかどうかを訊く前に、どの変数で足すのかを訊け」と結んだ。本稿の答はその裏返しであり、引く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊けである。論文170 は「約分すると $+1$ ではなく $-1$ が出る」を示した。記法の中に潜む符号という点で同じ家系である。論文226 は「符号が向きそのもの」である場合を扱った。加えたのは自然数で引けない割合を測ったこと、集合差が和を戻す割合と、その条件を反例ゼロで確かめたこと、重みの和で点・ベクトル・無意味の三つに分けたこと、不定形を四通りで比べたこと、処方の違いが $\ln2$ を残すことを出したことである。
1. 記法と位置づけ
引き算とは、足し算を戻す操作である。$a-b$ とは「$b$ に足して $a$ になるもの」を求めることである。本稿が問うのは三つ。(i) それは本当に足し算を戻しているか、(ii) 出てくるものは入れたものと同じ型か、(iii) 答は一意か。
位置づけ:論文16・227・228・229 に続く記号の分類の五本目である。228 の結び「どの変数で足すのかを訊け」の裏返しが、本稿の結びになる。
2. 自然数では、約半分が失敗する
検算 2.1:$0$ から $999$ の自然数の組を $200000$ 回作る。
| 測ったもの | 値 |
|---|---|
| 試した組 | $200000$ |
| $a-b$ が自然数に留まった回数 | $100115$ |
| 割合 | $\mathbf{50.0575\%}$ |
観察 2.2 治し方は演算をいじることではなく、集合を広げることである。論文229 の割り算とまったく同じ形である。負の数は、このために作られたのであって、他の理由は無い。
3. 芯:集合の差は、和を戻さない
検算 3.1:$A=\{1,2\}$、$B=\{2,3\}$ とする。
| 式 | 値 |
|---|---|
| $A\cup B$ | $\{1,2,3\}$ |
| $(A\cup B)\setminus B$ | $\mathbf{\{1\}}$ |
| $A$ | $\{1,2\}$ |
要素 $2$ は $A$ にあったのに、$B$ を取り去ったときに一緒に捨てられた。
検算 3.2:小さな集合の組を $200000$ 回作る。
| 測ったもの | 値 |
|---|---|
| $(A\cup B)\setminus B=A$ となった回数 | $88023$ |
| 割合 | $\mathbf{44.0115\%}$ |
| 「互いに素であること」との食い違い | $\mathbf{0}$ 件($20000$ 組で検査) |
観察 3.3 集合差は、和を戻す操作ではない。戻すのは $A$ と $B$ が互いに素なときに限る。「引き算は足し算を戻す」という説明そのものが、ここで成り立たない。それでも記号は同じ「$-$」を使う。
4. 点から点を引くと、型が変わる
検算 4.1:$P=(3,1)$、$Q=(1,4)$、$R=(-2,2)$ とする。$(P-Q)+(Q-R)$ と $P-R$ のずれは $\mathbf{0}$ であった。差は矢のように繋がる。
検算 4.2(外れた検査):最初の版では、結果をすべて「点」として扱った。原点を動かすと点の座標は動き、ベクトルの座標は動かないので、二つには別の検査が要る。原点を $(10,-7)$ だけ動かして測り直す。
| 式 | 重みの和 | 点として | ベクトルとして | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| $P-Q$ | $0$ | いいえ | はい | ベクトル |
| $(P+Q)/2$ | $1$ | はい | いいえ | 点 |
| $2P-Q$ | $1$ | はい | いいえ | 点 |
| $3P-2Q$ | $1$ | はい | いいえ | 点 |
| $P+Q$ | $2$ | いいえ | いいえ | 無意味 |
| $2P+Q$ | $3$ | いいえ | いいえ | 無意味 |
観察 4.3 重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外は原点と一緒に動いてしまい、何も意味しない。ここで「$-$」は、「+」にはできないことをしている。二つの点を取って、別の型のものを返す。$P+Q$ は珍しいのではなく、定義されていない。二つの点は平均は取れるが、足せない。
5. $\infty-\infty$ は、道に依る
検算 5.1:どちらも発散する二つの量の差を、$x\to0$ で測る。
| 式 | $x=10^{-2}$ | $x=10^{-4}$ | $x=10^{-6}$ |
|---|---|---|---|
| $1/x-1/x$ | $0$ | $0$ | $0$ |
| $1/x-1/\sin x$ | $-0.00166669$ | $-1.66667\times10^{-5}$ | $-1.66707\times10^{-7}$ |
| $1/x-1/\tan x$ | $+0.00333336$ | $+3.33333\times10^{-5}$ | $+3.33297\times10^{-7}$ |
| $1/x^2-1/x$ | $+9900$ | $+9.999\times10^{7}$ | $\mathbf{+9.99999\times10^{11}}$ |
観察 5.2 見た目は同じ「無限大引く無限大」で、答は零・下から零・上から零・発散の四通りである。記号は、この四つを区別していない。
6. 発散を引く操作は、流儀に依る
検算 6.1:発散する積分を $L$ で切り、三通りの引き方をする。
| 処方 | 残る有限部分 |
|---|---|
| $\ln L$ を引く | $+0.0000000000$ |
| $\ln(2L)$ を引く | $\mathbf{-0.6931471806}$ |
| $\ln(L/2)$ を引く | $\mathbf{+0.6931471806}$ |
$\ln2=0.6931471806$ である。
観察 6.2 三つとも同じ発散を除いている。それでも残るものが $\ln2$ だけ違う。そして処方の内側のどんな計算も、どれが正しいかを決められない。論文227 で「上限が到達されるか」を記号が決めなかったのと同じ形である。
7. 単項の「$-$」は、引き算ではない
観察 7.1
| 式 | 引数の数 | 何をしているか |
|---|---|---|
| $a-b$ | 二つ | 操作:足し算を戻す |
| $-a$ | 一つ | 名前:足すと $0$ になる元 |
| $a^{-1}$ | 一つ | 同じ考えを、積について書いたもの |
| $A\setminus B$ | 二つ | 操作。ただし何も戻さない |
観察 7.2 $-a+a=0$ は定義であって、計算ではない。一つの記号が、二項の仕事と単項の仕事を兼ねている。「マイナス」と読むとき、我々はどちらの意味かを言っていない。
8. 点呼と分離子
検算 8.1:
| どの「$-$」か | 足し算を戻すか | 出てくる型 | 答は一意か |
|---|---|---|---|
| 整数の $a-b$ | 戻す | 同じ | はい |
| 自然数の $a-b$ | $a\ge b$ のときだけ | 同じ | はい(定義される限り) |
| 点から点 | 戻す | ベクトル | はい |
| 集合の差 | 戻さない | 同じ | はい |
| 単項の $-a$ | 操作ではない | 同じ | はい |
| $\infty-\infty$ | そのような足し算が無い | どれでも | いいえ(道) |
| くりこみの引き算 | 発散は除く | 同じ | いいえ(処方) |
観察 8.2 (分離子) 「$-$」を分けているのは三つの問いである。(i) 本当に足し算を戻しているか、(ii) 出てくるものは同じ型か、(iii) 答は一意か。記号は、この三つのどれにも答えていない。
観察 8.3 (柵) 「これは引ける」という言い方を囲っている柵は、何が戻ってくるはずなのかを決めていることである。柵の外では、この文は偽ですらなく、空である。229 の「これは割れる」、228 の「これらは足せる」と同じ形である。
観察 8.4 228 の結びは「足せるかどうかを訊く前に、どの変数で足すのかを訊け」であった。本稿の答はその裏返しである。引く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊け。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 自然数では約半分が失敗(検算2.1):$50.0575\%$。
- 集合差は和を戻さない(検算3.2):$44.0115\%$、条件は互いに素、反例 $0$ 件。
- 最初の検査が外れた(検算4.2):点とベクトルには別の検査が要る。
- 重みの和で三分類(検算4.2):$1$ なら点、$0$ ならベクトル、他は無意味。
- $\infty-\infty$ は四通り(検算5.1):零・下から・上から・発散。
- 処方は $\ln2$ を残す(検算6.1):$\pm0.6931471806$。
- 単項の $-a$ は操作ではない(観察7.1):名前である。
結び:引き算は足し算を戻す、と我々は教わる。ところが集合では、戻らない。$A$ と $B$ を合わせてから $B$ を取り去っても、$A$ には戻らない。もともと $A$ にあった要素が、一緒に捨てられるからである。$200000$ 組のうち戻ったのは $44.0115\%$ で、戻るのは互いに素なときに限られた。そして点から点を引くと、点ではないものが出る。重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外なら原点と一緒に動いてしまい、何も意味しない。二つの点は平均は取れるのに、足せない。$\infty-\infty$ は道に依り、発散の引き算は処方に依って $\ln2$ だけずれる。そして「$-a$」は、そもそも引き算ですらない。それは名前であり、$-a+a=0$ は定義であって計算ではない。一つの記号が、戻す仕事・型を変える仕事・名づける仕事を兼ねていた。だから引けるかどうかを訊く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊かねばならない。そして「戻ってくるはずのもの」が入れたものと同じ型だと決まっているわけではない。
参考文献
- Grassmann, H. (1844). Die lineale Ausdehnungslehre. Leipzig: Wigand.
- Möbius, A. F. (1827). Der barycentrische Calcul. Leipzig: Barth.
- Cantor, G. (1895). Beiträge zur Begründung der transfiniten Mengenlehre. Mathematische Annalen, 46(4), 481–512.
- Bogoliubov, N. N., Parasiuk, O. S. (1957). Über die Multiplikation der Kausalfunktionen in der Quantentheorie der Felder. Acta Mathematica, 97, 227–266.
- Hepp, K. (1966). Proof of the Bogoliubov–Parasiuk theorem on renormalization. Communications in Mathematical Physics, 2(1), 301–326.
- ‘t Hooft, G. (1973). Dimensional regularization and the renormalization group. Nuclear Physics B, 61, 455–468.
- Berger, M. (1987). Geometry I. Berlin: Springer.
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). 約分すると、$+1$ ではなく $-1$ が出る [論文170]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093731
- 山岸勇輝 (2026). 裏返して戻ってくる面にも、面積はある [論文226]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22121247
- 山岸勇輝 (2026). 同じ「$\le$」が、触れる壁と触れない壁を指している [論文227]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22123129
- 山岸勇輝 (2026). 「+」は八つあり、そのうち七つは座標を変えれば本当の足し算になる [論文228]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126254
- 山岸勇輝 (2026). 「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う [論文229]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126445
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「−」は七つあり、そのうち一つは足し算を戻さない」[論文230]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22126779
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230・DOI 10.5281/zenodo.22126779・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「-」は七つあり、そのうち一つは足し算を戻さない [論文230]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22126779
Yamagishi, Y. (2026). There Are Seven Minus Signs, and One of Them Undoes No Addition [Paper 230]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230; DOI: 10.5281/zenodo.22126779
@misc{yamagishi2026yoi230,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {There Are Seven Minus Signs, and One of Them Undoes No Addition},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230},
doi = {10.5281/zenodo.22126779},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
69a671a51039b353d08c4315d97de791bd6b6ff93eb68daefa729f1e59813bdd yamagishi_yoi230_v1_jp.pdf936a25219ef9ec28c5fcc5e4dc2ce885e2b10e5f894c5ca177603a2a098a34dd yamagishi_yoi230_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。