【論文230】「−」は七つあり、そのうち一つは足し算を戻さない

要旨

引き算は、足し算を戻す操作である。だが同じ記号を着ているのに、足し算を戻していないものがある。本稿は七つの「$-$」を点呼し、三つの問いで分ける。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、自然数では約半分が失敗する。$200000$ 組で $a-b$ が自然数に留まったのは $\mathbf{50.0575\%}$ であった。負の数はこのために作られた(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。集合の差は和を戻さない。$(A\cup B)\setminus B$ が $A$ に戻ったのは $200000$ 組のうち $\mathbf{44.0115\%}$ であり、戻るのは互いに素なときに限る(反例 $\mathbf{0}$ 件)(第3節)。

第三に、点から点を引くと型が変わる。重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外は無意味である。$P+Q$ は珍しいのではなく、定義されていない(第4節)。

第四に、$\infty-\infty$ は道に依る。同じ形の四つの式が、$0$、$-1.667\times10^{-7}$、$+3.333\times10^{-7}$、そして発散を返した(第5節)。

第五に、発散を引く操作は流儀に依る。同じ発散を三通りに引くと、残る有限部分が $0$、$-0.6931471806$、$+0.6931471806$ と$\ln2$ だけずれた(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。アフィン空間と重心座標、集合差、不定形、くりこみの処方依存性、単項の逆元は、いずれも標準的である。網羅を主張しない。扱うのは七つであり、これで尽きているとは言わない。くりこみの理論を作らない。発散の除去そのものは扱わず、残る有限部分が一つに決まらないことだけを示す。「正しい処方」を選ばない。代数の教科書を書かない。群・環・アフィン空間の一般論は扱わない。既刊との関係:論文16(等号に六)・227(不等号に二)・228(「+」に八)・229(「$\div$」に五)に続く記号の分類の五本目である。228 は「足せるかどうかを訊く前に、どの変数で足すのかを訊け」と結んだ。本稿の答はその裏返しであり、引く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊けである。論文170 は「約分すると $+1$ ではなく $-1$ が出る」を示した。記法の中に潜む符号という点で同じ家系である。論文226 は「符号が向きそのもの」である場合を扱った。加えたのは自然数で引けない割合を測ったこと、集合差が和を戻す割合と、その条件を反例ゼロで確かめたこと、重みの和で点・ベクトル・無意味の三つに分けたこと、不定形を四通りで比べたこと、処方の違いが $\ln2$ を残すことを出したことである。

1. 記法と位置づけ

引き算とは、足し算を戻す操作である。$a-b$ とは「$b$ に足して $a$ になるもの」を求めることである。本稿が問うのは三つ。(i) それは本当に足し算を戻しているか、(ii) 出てくるものは入れたものと同じ型か、(iii) 答は一意か。

位置づけ:論文16・227・228・229 に続く記号の分類の五本目である。228 の結び「どの変数で足すのかを訊け」の裏返しが、本稿の結びになる。

2. 自然数では、約半分が失敗する

検算 2.1:$0$ から $999$ の自然数の組を $200000$ 回作る。

測ったもの 値
試した組 $200000$
$a-b$ が自然数に留まった回数 $100115$
割合 $\mathbf{50.0575\%}$

観察 2.2 治し方は演算をいじることではなく、集合を広げることである。論文229 の割り算とまったく同じ形である。負の数は、このために作られたのであって、他の理由は無い。

3. 芯:集合の差は、和を戻さない

検算 3.1:$A=\{1,2\}$、$B=\{2,3\}$ とする。

式 値
$A\cup B$ $\{1,2,3\}$
$(A\cup B)\setminus B$ $\mathbf{\{1\}}$
$A$ $\{1,2\}$

要素 $2$ は $A$ にあったのに、$B$ を取り去ったときに一緒に捨てられた。

検算 3.2:小さな集合の組を $200000$ 回作る。

測ったもの 値
$(A\cup B)\setminus B=A$ となった回数 $88023$
割合 $\mathbf{44.0115\%}$
「互いに素であること」との食い違い $\mathbf{0}$ 件($20000$ 組で検査)

観察 3.3 集合差は、和を戻す操作ではない。戻すのは $A$ と $B$ が互いに素なときに限る。「引き算は足し算を戻す」という説明そのものが、ここで成り立たない。それでも記号は同じ「$-$」を使う。

4. 点から点を引くと、型が変わる

検算 4.1:$P=(3,1)$、$Q=(1,4)$、$R=(-2,2)$ とする。$(P-Q)+(Q-R)$ と $P-R$ のずれは $\mathbf{0}$ であった。差は矢のように繋がる。

検算 4.2(外れた検査):最初の版では、結果をすべて「点」として扱った。原点を動かすと点の座標は動き、ベクトルの座標は動かないので、二つには別の検査が要る。原点を $(10,-7)$ だけ動かして測り直す。

式 重みの和 点として ベクトルとして 判定
$P-Q$ $0$ いいえ はい ベクトル
$(P+Q)/2$ $1$ はい いいえ 点
$2P-Q$ $1$ はい いいえ 点
$3P-2Q$ $1$ はい いいえ 点
$P+Q$ $2$ いいえ いいえ 無意味
$2P+Q$ $3$ いいえ いいえ 無意味

観察 4.3 重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外は原点と一緒に動いてしまい、何も意味しない。ここで「$-$」は、「+」にはできないことをしている。二つの点を取って、別の型のものを返す。$P+Q$ は珍しいのではなく、定義されていない。二つの点は平均は取れるが、足せない。

5. $\infty-\infty$ は、道に依る

検算 5.1:どちらも発散する二つの量の差を、$x\to0$ で測る。

式 $x=10^{-2}$ $x=10^{-4}$ $x=10^{-6}$
$1/x-1/x$ $0$ $0$ $0$
$1/x-1/\sin x$ $-0.00166669$ $-1.66667\times10^{-5}$ $-1.66707\times10^{-7}$
$1/x-1/\tan x$ $+0.00333336$ $+3.33333\times10^{-5}$ $+3.33297\times10^{-7}$
$1/x^2-1/x$ $+9900$ $+9.999\times10^{7}$ $\mathbf{+9.99999\times10^{11}}$

観察 5.2 見た目は同じ「無限大引く無限大」で、答は零・下から零・上から零・発散の四通りである。記号は、この四つを区別していない。

6. 発散を引く操作は、流儀に依る

検算 6.1:発散する積分を $L$ で切り、三通りの引き方をする。

処方 残る有限部分
$\ln L$ を引く $+0.0000000000$
$\ln(2L)$ を引く $\mathbf{-0.6931471806}$
$\ln(L/2)$ を引く $\mathbf{+0.6931471806}$

$\ln2=0.6931471806$ である。

観察 6.2 三つとも同じ発散を除いている。それでも残るものが $\ln2$ だけ違う。そして処方の内側のどんな計算も、どれが正しいかを決められない。論文227 で「上限が到達されるか」を記号が決めなかったのと同じ形である。

7. 単項の「$-$」は、引き算ではない

観察 7.1 

式 引数の数 何をしているか
$a-b$ 二つ 操作:足し算を戻す
$-a$ 一つ 名前:足すと $0$ になる元
$a^{-1}$ 一つ 同じ考えを、積について書いたもの
$A\setminus B$ 二つ 操作。ただし何も戻さない

観察 7.2 $-a+a=0$ は定義であって、計算ではない。一つの記号が、二項の仕事と単項の仕事を兼ねている。「マイナス」と読むとき、我々はどちらの意味かを言っていない。

8. 点呼と分離子

検算 8.1:

どの「$-$」か 足し算を戻すか 出てくる型 答は一意か
整数の $a-b$ 戻す 同じ はい
自然数の $a-b$ $a\ge b$ のときだけ 同じ はい(定義される限り)
点から点 戻す ベクトル はい
集合の差 戻さない 同じ はい
単項の $-a$ 操作ではない 同じ はい
$\infty-\infty$ そのような足し算が無い どれでも いいえ(道)
くりこみの引き算 発散は除く 同じ いいえ(処方)

観察 8.2 (分離子) 「$-$」を分けているのは三つの問いである。(i) 本当に足し算を戻しているか、(ii) 出てくるものは同じ型か、(iii) 答は一意か。記号は、この三つのどれにも答えていない。

観察 8.3 (柵) 「これは引ける」という言い方を囲っている柵は、何が戻ってくるはずなのかを決めていることである。柵の外では、この文は偽ですらなく、空である。229 の「これは割れる」、228 の「これらは足せる」と同じ形である。

観察 8.4 228 の結びは「足せるかどうかを訊く前に、どの変数で足すのかを訊け」であった。本稿の答はその裏返しである。引く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊け。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 自然数では約半分が失敗(検算2.1):$50.0575\%$。
  2. 集合差は和を戻さない(検算3.2):$44.0115\%$、条件は互いに素、反例 $0$ 件。
  3. 最初の検査が外れた(検算4.2):点とベクトルには別の検査が要る。
  4. 重みの和で三分類(検算4.2):$1$ なら点、$0$ ならベクトル、他は無意味。
  5. $\infty-\infty$ は四通り(検算5.1):零・下から・上から・発散。
  6. 処方は $\ln2$ を残す(検算6.1):$\pm0.6931471806$。
  7. 単項の $-a$ は操作ではない(観察7.1):名前である。

結び:引き算は足し算を戻す、と我々は教わる。ところが集合では、戻らない。$A$ と $B$ を合わせてから $B$ を取り去っても、$A$ には戻らない。もともと $A$ にあった要素が、一緒に捨てられるからである。$200000$ 組のうち戻ったのは $44.0115\%$ で、戻るのは互いに素なときに限られた。そして点から点を引くと、点ではないものが出る。重みの和が $1$ なら点、$0$ ならベクトル、それ以外なら原点と一緒に動いてしまい、何も意味しない。二つの点は平均は取れるのに、足せない。$\infty-\infty$ は道に依り、発散の引き算は処方に依って $\ln2$ だけずれる。そして「$-a$」は、そもそも引き算ですらない。それは名前であり、$-a+a=0$ は定義であって計算ではない。一つの記号が、戻す仕事・型を変える仕事・名づける仕事を兼ねていた。だから引けるかどうかを訊く前に、何が戻ってくるはずなのかを訊かねばならない。そして「戻ってくるはずのもの」が入れたものと同じ型だと決まっているわけではない。

参考文献

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  3. Cantor, G. (1895). Beiträge zur Begründung der transfiniten Mengenlehre. Mathematische Annalen, 46(4), 481–512.
  4. Bogoliubov, N. N., Parasiuk, O. S. (1957). Über die Multiplikation der Kausalfunktionen in der Quantentheorie der Felder. Acta Mathematica, 97, 227–266.
  5. Hepp, K. (1966). Proof of the Bogoliubov–Parasiuk theorem on renormalization. Communications in Mathematical Physics, 2(1), 301–326.
  6. ‘t Hooft, G. (1973). Dimensional regularization and the renormalization group. Nuclear Physics B, 61, 455–468.
  7. Berger, M. (1987). Geometry I. Berlin: Springer.
  8. 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
  9. 山岸勇輝 (2026). 約分すると、$+1$ ではなく $-1$ が出る [論文170]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093731
  10. 山岸勇輝 (2026). 裏返して戻ってくる面にも、面積はある [論文226]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22121247
  11. 山岸勇輝 (2026). 同じ「$\le$」が、触れる壁と触れない壁を指している [論文227]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22123129
  12. 山岸勇輝 (2026). 「+」は八つあり、そのうち七つは座標を変えれば本当の足し算になる [論文228]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126254
  13. 山岸勇輝 (2026). 「÷」は五つあり、割れない理由がそれぞれ違う [論文229]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22126445

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「−」は七つあり、そのうち一つは足し算を戻さない」[論文230]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22126779

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「-」は七つあり、そのうち一つは足し算を戻さない [論文230]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22126779

Yamagishi, Y. (2026). There Are Seven Minus Signs, and One of Them Undoes No Addition [Paper 230]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/230; DOI: 10.5281/zenodo.22126779

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