【論文275】半導体と絶縁体のあいだに、自然の境目は無い

要旨

物質は半導体と絶縁体に分けられている。本稿が問うのは、その境目はどこにあるのかである。答は、どこにも無い。真性キャリア濃度は $\exp(-E_g/2kT)$ で連続に変わり、跳ぶ場所が一つも無い。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、室温で七つの物質を並べる。Ge が $\mathbf{2.3564\times10^{-6}}$、SiO$_2$ が $\mathbf{2.5312\times10^{-76}}$、開きは $\mathbf{9.31\times10^{69}}$ 倍である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。$\mathbf{10^{70}}$ の開きの中に、切れ目が一つも無い。$E_g$ を連続に動かせば、値も連続に動く(第2節)。

第三に、「$3$ eV 以上は絶縁体」は約束である。その線を引くと SiC($3.26$ eV)と GaN($3.40$ eV)が絶縁体になる。どちらも実務ではパワー半導体と呼ばれている(第3節)。

第四に、温度で境界が動く。ダイヤモンドは $300$ K で $1.1325\times10^{-46}$、$1000$ K で $\mathbf{1.6452\times10^{-14}}$、同じ物質が $\mathbf{1.45\times10^{32}}$ 倍上がる(第4節)。

第五に、順序が入れ替わる。$1000$ K のダイヤモンド(絶縁体)は、$300$ K の SiC(半導体)より $\mathbf{3.97\times10^{13}}$ 倍上に来る(第4節)。

第六に、分類は物質の性質ではない。ダイヤモンドは $\mathbf{1465.2}$ K でシリコンの室温値に並ぶ、何度で見るかを書かなければ、分類は決まらない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。真性キャリア濃度が $\exp(-E_g/2kT)$ に比例すること、各物質のバンドギャップの値、半導体と絶縁体の慣用的な区別は、いずれも標準的である。固体物理を作らない。使うのは一つの指数関数だけである。バンド理論を扱わない。バンドギャップがなぜ生じるかは一切扱わない。絶対値を主張しない。$\exp(-E_g/2kT)$ は前因子を落とした比較用の量であり、実際のキャリア濃度ではない。有効質量も温度依存も入れていない。ドーピングを扱わない。真性(不純物の無い)場合だけを見る。実務の半導体は不純物が支配するので、本稿の量は実際の伝導度ではない。バンドギャップの温度依存を入れていない。実際には $E_g$ が温度とともに縮む。第4節はそれを無視した下限側の見積もりである。バンドギャップの値を測定しない。すべて引用の代表値であり、文献によって幅がある。分類を改めよと言わない。慣用が便利であることは認める。本稿が言うのは、それが約束であって発見ではないという一点だけである。既刊との関係:論文265 は結晶の状態密度を扱った。本稿は同じ結晶を、分類の側から見る。論文269 は結晶が禁じているのが周期性だと書いた。本稿は分類の境目が約束であることを書く。どちらも何が決めているかを取り違えないという同じ規律である。論文273 は同じ単位が四つの別の量を書いていることを数えた。本稿は一つの連続量を二つの名前で切っていることを書く。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿は $10^{70}$ という開きを桁で書く。論文201 は「完備」が四つの別の主張であることを数えた。本稿は逆に、二つの名前が一つの連続量を指していることを書く。加えたのは七つの物質で $\exp(-E_g/2kT)$ を計算して $10^{70}$ の開きを出したこと、$3$ eV の線が SiC と GaN を絶縁体にしてしまうと見たこと、ダイヤモンドが $1000$ K で $1.45\times10^{32}$ 倍上がることを計算したこと、$1000$ K のダイヤモンドが $300$ K の SiC を $3.97\times10^{13}$ 倍上回ると出したこと、ダイヤモンドがシリコンの室温値に並ぶ温度を $1465.2$ K と出したことである。

1. 記法と位置づけ

設定:真性半導体のキャリア濃度は

$$n_i \propto \exp\!\left(-\frac{E_g}{2kT}\right)$$

に従う。以下、前因子を落とした $\exp(-E_g/2kT)$ を比較のための量として使う。室温では $kT=0.025852$ eV である。

問い:半導体と絶縁体の境目は、どこにあるのか。

答は、どこにも無い。$E_g$ を連続に動かせば、この量も連続に動く。跳ぶ場所が一つも無い。

注意:本稿の量は真性の場合である。実務の半導体は不純物が支配するので、実際の伝導度ではない。混同しない。

2. 芯:$10^{70}$ の開きの中に、切れ目が一つも無い

検算 2.1:室温($300$ K)で七つの物質を並べる。

物質 $E_g$ [eV] $\exp(-E_g/2kT)$
Ge $0.67$ $\mathbf{2.3564\times10^{-6}}$
Si $1.12$ $3.9121\times10^{-10}$
GaAs $1.42$ $1.1817\times10^{-12}$
SiC $3.26$ $4.1420\times10^{-28}$
GaN $3.40$ $2.7622\times10^{-29}$
ダイヤモンド $5.47$ $1.1325\times10^{-46}$
SiO$_2$ $9.00$ $\mathbf{2.5312\times10^{-76}}$

観察 2.2 最大と最小で $\mathbf{9.31\times10^{69}}$ 倍、およそ $\mathbf{10^{70}}$ の開きがある。これは物理量の並びとしては極端に広い。

観察 2.3 それでも切れ目が一つも無い。$E_g$ は連続な量であり、指数関数も連続である。$10^{70}$ の道のりのどこにも、跳びが無い。

観察 2.4 分離子、何を動かすと値が変わるか。$E_g$ と $T$ の二つだけである。そしてどちらも連続に動く。離散な量が一つも入っていない。

3. 「$3$ eV 以上は絶縁体」は約束である

検算 3.1:よく使われる目安の線($3$ eV)を、上の表に当てる。

物質 $E_g$ $3$ eV の線では 実務での呼び名
Ge $0.67$ 半導体 半導体
Si $1.12$ 半導体 半導体
GaAs $1.42$ 半導体 半導体
SiC $3.26$ 絶縁体 パワー半導体
GaN $3.40$ 絶縁体 パワー半導体
ダイヤモンド $5.47$ 絶縁体 絶縁体(ただし研究対象は半導体)

観察 3.2 $3$ eV の線を引くと、SiC と GaN が絶縁体に入ってしまう。どちらも実際にはパワー半導体として使われている。約束の線が、用途と食い違っている。

観察 3.3 別の線を引けば別の分類になる。$4$ eV に引けば SiC も GaN も半導体側に来る。どこに引くかを決めているのは物質ではなく、引く人である。

観察 3.4 正直に書くべき点、慣用の分類が役に立たないとは言わない。実務では有用である。本稿が言うのは、それが約束であって発見ではないという一点だけである。

4. 温度で、境界が動く

検算 4.1:ダイヤモンドを、温度を変えて見る。$1000$ K では $kT=0.086173$ eV である。

物質 温度 $\exp(-E_g/2kT)$
ダイヤモンド $300$ K $1.1325\times10^{-46}$
ダイヤモンド $1000$ K $\mathbf{1.6452\times10^{-14}}$
上がった倍率 、 $\mathbf{1.4527\times10^{32}}$

観察 4.2 同じ物質が、温度を上げるだけで $\mathbf{1.45\times10^{32}}$ 倍上がる。$E_g$ は一つも動かしていない。動かしたのは $T$ だけである。

検算 4.3:$1000$ K のダイヤモンドを、$300$ K の物質と並べる。

物質 温度 値 呼び名
GaAs $300$ K $1.1817\times10^{-12}$ 半導体
ダイヤモンド $\mathbf{1000}$ K $\mathbf{1.6452\times10^{-14}}$ 絶縁体
SiC $300$ K $4.1420\times10^{-28}$ 半導体
GaN $300$ K $2.7622\times10^{-29}$ 半導体

観察 4.4 $1000$ K のダイヤモンドは、$300$ K の SiC より $\mathbf{3.97\times10^{13}}$ 倍上にある。それでも一方は「絶縁体」、他方は「半導体」と呼ばれている。名前の順序と、量の順序が食い違っている。

観察 4.5 正直に書くべき点、実際には $E_g$ が温度とともに縮むので、$1000$ K の値はここで出したものより大きくなる。つまり食い違いはもっと広がる。本稿の見積もりは食い違いを小さく見る側である。

5. 分類は、何度で見るかを書かなければ決まらない

検算 5.1:各物質が、シリコンの室温値($3.9121\times10^{-10}$)に並ぶ温度を求める。

物質 $E_g$ 並ぶ温度
Si $1.12$ $300.0$ K(定義)
SiC $3.26$ $\mathbf{873.2}$ K
ダイヤモンド $5.47$ $\mathbf{1465.2}$ K
SiO$_2$ $9.00$ $\mathbf{2410.7}$ K

観察 5.2 どの物質にも「シリコンの室温と同じくらい」になる温度がある。絶縁体だから永遠に届かない、ということはない。温度を書かなければ、分類は決まらない。

観察 5.3 分離子、何を動かすと分類が変わるか。見る温度である。物質も、$E_g$ も、一つも動かしていない。

観察 5.4 論文273 は同じ単位が四つの別の量を書いていることを数えた。本稿は逆で、二つの名前が一つの連続量を切っている。名前の数と量の数が、どちらの向きにも食い違いうる。

6. 点呼と結び

  1. 開きは $10^{70}$(検算2.1):$2.3564\times10^{-6}$ から $2.5312\times10^{-76}$。
  2. 切れ目が一つも無い(観察2.3):$E_g$ も指数関数も連続。
  3. 離散な量が入っていない(観察2.4):動くのは $E_g$ と $T$ だけ。
  4. $3$ eV の線は用途と食い違う(検算3.1):SiC と GaN が絶縁体側に。
  5. 線を引くのは人(観察3.3):$4$ eV なら分類が変わる。
  6. 温度で $1.45\times10^{32}$ 倍(検算4.1):ダイヤモンド、$300\to1000$ K。
  7. 順序が入れ替わる(観察4.4):$1000$ K のダイヤが $300$ K の SiC の $3.97\times10^{13}$ 倍上。
  8. 見積もりは控えめ(観察4.5):$E_g$ の温度依存を入れれば差はもっと開く。
  9. 並ぶ温度がある(検算5.1):ダイヤモンドで $1465.2$ K。

結び:半導体と絶縁体のあいだに、自然の境目は無かった。室温での値は Ge の $2.3564\times10^{-6}$ から SiO$_2$ の $2.5312\times10^{-76}$ まで $\mathbf{10^{70}}$ 開いているのに、その道のりのどこにも跳びが無い。「$3$ eV 以上は絶縁体」という線は約束であり、その線を引くと SiC と GaN が絶縁体になってしまう。どちらも実際にはパワー半導体である。そして温度を動かせば境界そのものが動く。ダイヤモンドは $1000$ K で $\mathbf{1.45\times10^{32}}$ 倍上がり、$300$ K の SiC より $3.97\times10^{13}$ 倍上に来る。「絶縁体」が「半導体」を追い越している。分けるものは一つ、何度で見ているのかを書き出すこと。書き出せば、物質の性質と、引いた線が分かれる。書き出さなければ、$10^{70}$ の連続な並びの上に、自然が引いた境目があると読んでしまう。

参考文献

  1. Ashcroft, N. W. and Mermin, N. D. (1976). Solid State Physics. New York: Holt, Rinehart and Winston.
  2. Sze, S. M. and Ng, K. K. (2007). Physics of Semiconductor Devices, 3rd edition. Hoboken: Wiley.
  3. Kittel, C. (2005). Introduction to Solid State Physics, 8th edition. New York: Wiley.
  4. Varshni, Y. P. (1967). Temperature Dependence of the Energy Gap in Semiconductors. Physica, 34(1).
  5. Baliga, B. J. (2008). Fundamentals of Power Semiconductor Devices. New York: Springer.
  6. Wort, C. J. H. and Balmer, R. S. (2008). Diamond as an Electronic Material. Materials Today, 11(1–2).
  7. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  8. 山岸勇輝 (2026). 「完備」は四つの別の主張である [論文201]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109052
  9. 山岸勇輝 (2026). 低温比熱で二つの模型を分けたのは、量子化ではなく状態密度である [論文265]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169749
  10. 山岸勇輝 (2026). 結晶が禁じているのは対称性ではなく、周期性である [論文269]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169855
  11. 山岸勇輝 (2026). 同じ $\mathrm{J/kg}$ で書かれた、四つの別の量 [論文273]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169983

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「半導体と絶縁体のあいだに、自然の境目は無い」[論文275]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22170039

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 半導体と絶縁体のあいだに、自然の境目は無い [論文275]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/275 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22170039

Yamagishi, Y. (2026). There Is No Natural Boundary between a Semiconductor and an Insulator [Paper 275]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/275; DOI: 10.5281/zenodo.22170039

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