要旨
ドルーデ($1900$)は古典論だけで金属の熱伝導と電気伝導の比を出し、実測に近い値を得た。本稿が問うのは、なぜ当たったのかである。答は、前提が正しかったからではない。二つの前提が逆向きに大きく外れ、比を取ったときにほとんど打ち消し合ったからである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、二つの答を並べる。ドルーデは $L=\frac{3}{2}(k/e)^2=\mathbf{1.11388\times10^{-8}}$、ゾンマーフェルトは $L=\frac{\pi^2}{3}(k/e)^2=\mathbf{2.44300\times10^{-8}}$(第2節)。
第二に、実測は後者に近い。銅 $2.23\times10^{-8}$、銀 $2.31\times10^{-8}$、ドルーデは半分である(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。比熱について、古典論は $\mathbf{82.68}$ 倍過大である。$kT/E_F$ の割合の電子しか効かないのに、全部が効くとしたからである(第3節)。
第四に、もう一つは逆向きに外れる。速度の二乗について、古典論は $\mathbf{180.70}$ 倍過小である。実際に運ぶのは熱速度ではなくフェルミ速度だからである(第3節)。
第五に、積が残る。$180.70/82.68=\mathbf{2.1856}$、二つのローレンツ数の実際の比 $\mathbf{2.1932}$ と、$\mathbf{0.35\%}$ で一致する(第4節)。
第六に、分離子は「比を取ること」である。$\kappa$ だけ、$\sigma$ だけを見れば古典論は桁で外れる。比を取ったときにだけ、誤りが約分されて $2$ 倍程度に縮む(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ヴィーデマン=フランツ則、ドルーデ模型、ゾンマーフェルトのローレンツ数、フェルミ速度と電子比熱の表式は、いずれも標準的である。固体物理を作らない。使うのは二つの比と、一つの積だけである。ドルーデ模型を再導出しない。$L=\frac{3}{2}(k/e)^2$ を引くだけであり、緩和時間近似の中身に立ち入らない。ゾンマーフェルト展開を扱わない。$\pi^2/3$ の由来は引用である。ヴィーデマン=フランツ則の破れを扱わない。低温や非弾性散乱で破れることは扱わない。本稿は室温付近の一点だけを見る。実測値の精度を主張しない。銅と銀の値は代表値であり、温度や純度によって幅がある。$82.68$ と $180.70$ を精密な値として主張しない。フェルミ温度と速度に代表値を入れて出した桁を見るための数である。一致が $0.35\%$ に収まったのは、代表値がよく揃っていたためでもある。ゾンマーフェルトを別人と混同しない。既刊の「ゾンマーフェルト」$4$ 件はボーア=ゾンマーフェルト量子化(論文$180$)と信号速度(論文$210$)と伝記(論文$125$)であり、自由電子模型ではない。既刊との関係:論文265 は低温比熱で二つの模型を分けたのが状態密度だと示した。本稿も電子比熱を扱うが、問うのは誤りの打ち消しである。論文255 は「精度」が二つあり較正で消えるのは一方だけだと示した。本稿は二つの誤差が積で残る場合を扱う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿も外れ方を倍率で書く。論文271 は平均場の外れ方を次元ごとに数えた。本稿は外れ方が二つあって打ち消し合う場合を数える。論文232 は同じ等号の身分を数えた。本稿は「当たった」の身分を問う。加えたのは比熱の過大を $82.68$ 倍、速度の二乗の過小を $180.70$ 倍と数で出したこと、その積 $2.1856$ が実際のずれ $2.1932$ と $0.35\%$ で一致することを確かめたこと、比を取らなければ古典論が桁で外れると書いたことである。
1. 記法と位置づけ
設定:金属では、熱伝導率 $\kappa$ と電気伝導率 $\sigma$ の比が温度に比例する(ヴィーデマン=フランツ則)。比例定数をローレンツ数 $L=\kappa/(\sigma T)$ という。
問い:ドルーデは古典論だけでこの $L$ を出し、実測に近い値を得た。なぜ当たったのか。
答は、前提が正しかったからではない。二つの前提が逆向きに外れ、比で打ち消し合ったからである。
注意:本稿の「ゾンマーフェルト」は自由電子模型のものである。既刊の $4$ 件はボーア=ゾンマーフェルト量子化と信号速度と伝記であり、別の仕事である。混同しない。
2. 二つの答と、実測
設定:どちらの理論も $\kappa=\frac13 c_v v^2\tau$ と $\sigma=ne^2\tau/m$ から出発する。比を取ると $\tau$ が約分され、$c_v$ と $v^2$ だけが残る。
検算 2.1:$(k/e)^2=7.425843\times10^{-9}$ である。
| 表式 | $L$ $[\mathrm{W \Omega K^{-2}}]$ | |
|---|---|---|
| ドルーデ($1900$) | $\frac32(k/e)^2$ | $\mathbf{1.11388\times10^{-8}}$ |
| ゾンマーフェルト($1928$) | $\frac{\pi^2}{3}(k/e)^2$ | $\mathbf{2.44300\times10^{-8}}$ |
| 実測(銅) | 、 | $2.23\times10^{-8}$ |
| 実測(銀) | 、 | $2.31\times10^{-8}$ |
観察 2.2 ドルーデの値は実測のおよそ半分である。$1900$ 年当時、実測の精度がまだ粗く、「桁が合っている」ことが大成功に見えた。そして実際、桁は合っている。
観察 2.3 二つの理論の比は $(\pi^2/3)/(3/2)=\mathbf{2.1932}$ である。この $2.1932$ が、本稿で説明すべき数である。
3. 芯:二つの誤りを別々に数える
設定:銅を取る。フェルミ温度 $T_F=8.16\times10^4$ K、フェルミ速度 $v_F=1.57\times10^6$ m/s、室温 $T=300$ K とする。
検算 3.1:第一の誤り、比熱。古典論は全電子が $\frac32k$ ずつ寄与するとするが、実際は $kT/E_F$ の割合の電子しか効かない。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 古典の電子比熱 | $\frac32nk$ |
| 実際(ゾンマーフェルト) | $\frac{\pi^2}{2}nk (T/T_F)$ |
| $T/T_F$ | $3.6765\times10^{-3}$ |
| 古典が過大な倍率 | $\mathbf{82.68}$ 倍 |
観察 3.2 古典論は電子比熱を $\mathbf{82.68}$ 倍大きく見積もっている。これは当時から知られていた困難で、金属の比熱に電子の寄与が見えないという問題であった。
検算 3.3:第二の誤り、速度の二乗。古典論は熱運動の速度 $v^2=3kT/m$ を使うが、実際に熱を運ぶのはフェルミ面上の電子で、速度は $v_F$ である。
| 量 | 値 $[\mathrm{m^2/s^2}]$ |
|---|---|
| 古典 $v^2=3kT/m$ | $1.3641\times10^{10}$ |
| 実際 $v_F^2$ | $2.4649\times10^{12}$ |
| 古典が過小な倍率 | $\mathbf{180.70}$ 倍 |
観察 3.4 向きが逆である。比熱では $82.68$ 倍過大、速度の二乗では $180.70$ 倍過小、どちらも二桁の誤りである。
観察 3.5 どちらの誤りも同じ一つの原因から出ている。電子がフェルミ統計に従うこと(パウリの排他律)を古典論が知らなかった。一つの見落としが、二つの量を逆向きに動かした。
4. 積が残る
検算 4.1:$\kappa\propto c_v v^2$ なので、二つの誤りは積で効く。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 比熱の過大 | $\div 82.68$ |
| 速度の二乗の過小 | $\times 180.70$ |
| 残る倍率 $180.70/82.68$ | $\mathbf{2.1856}$ |
| 実際のずれ $(\pi^2/3)/(3/2)$ | $\mathbf{2.1932}$ |
| 食い違い | $\mathbf{0.35\%}$ |
観察 4.2 二桁の誤りが二つあって、積を取ると $\mathbf{2.19}$ しか残らない。$82.68$ も $180.70$ も、比の中では大部分が消えている。
観察 4.3 $2.1856$ と $2.1932$ の食い違いは $0.35\%$ である。これは代表値の丸めの範囲内であり、二つの誤りが打ち消し合うという説明が、数として成立している。
観察 4.4 正直に書くべき点、$T_F$ と $v_F$ に代表値を入れているので、$0.35\%$ という一致の良さは偶然も含む。主張しているのは桁の構造であって、この小数ではない。
5. 分離子は「比を取ること」である
検算 5.1:比を取らずに、$\kappa$ と $\sigma$ を別々に見る。
| 量 | 古典論の外れ方 | 打ち消されるか |
|---|---|---|
| 電気伝導率 $\sigma$ | $\tau$ の見積もりに依存 | 、 |
| 熱伝導率 $\kappa$ | $c_v$ と $v^2$ の両方で外れる | されない |
| 電子比熱 $c_v$ 単独 | $\mathbf{82.68}$ 倍過大 | されない |
| 比 $\kappa/(\sigma T)$ | $\mathbf{2.19}$ 倍 | される |
観察 5.2 分離子、何を動かすと誤りが見えるか。比を取るのをやめることである。同じ理論、同じ前提のまま、見る量を変えるだけで誤りが $82.68$ 倍として現れる。
観察 5.3 だから「ドルーデは正しかった」とも「間違っていた」とも、一言では言えない。どの量について言うかで答が変わる。比については当たり、比熱については二桁外している。
観察 5.4 論文255 は、回数と較正が別々の量にしか繋がっていないことを書いた。本稿は逆に、二つの誤りが一つの量の中で出会って打ち消し合う場合である。誤差は独立とは限らない。
6. 点呼と結び
- 二つの答(検算2.1):$1.11388\times10^{-8}$ と $2.44300\times10^{-8}$。
- 実測は後者に近い(検算2.1):銅 $2.23$、銀 $2.31$。
- 比熱は $82.68$ 倍過大(検算3.1):$T/T_F=3.6765\times10^{-3}$。
- 速度の二乗は $180.70$ 倍過小(検算3.3):熱速度対フェルミ速度。
- 向きが逆(観察3.4):どちらも二桁。
- 原因は一つ(観察3.5):フェルミ統計を知らなかった。
- 積は $2.1856$(検算4.1):実際のずれ $2.1932$。
- 食い違いは $0.35\%$(観察4.3):説明が数として成立。
- 比を取らなければ見える(検算5.1):比熱単独で $82.68$ 倍。
結び:ドルーデが当たったのは、前提が正しかったからではなかった。二つの前提が逆向きに二桁ずつ外れ、比を取ったときに打ち消し合ったからである。比熱は $\mathbf{82.68}$ 倍過大、速度の二乗は $\mathbf{180.70}$ 倍過小で、積は $\mathbf{2.1856}$。二つのローレンツ数の実際の比 $\mathbf{2.1932}$ と、$\mathbf{0.35\%}$ で一致する。そして二つの誤りは同じ一つの見落としから出ていた。電子がフェルミ統計に従うことである。一つの見落としが、二つの量を逆向きに動かし、比の中で出会って消えた。分離子は比を取ることである。比を取るのをやめれば、同じ理論のまま誤りが $82.68$ 倍として現れる。分けるものは一つ、どの量について「当たった」と言っているのかを書き出すこと。書き出せば、比については当たり、比熱については二桁外していることが分かる。書き出さなければ、打ち消し合った偶然を、前提の正しさの証拠だと読んでしまう。
参考文献
- Drude, P. (1900). Zur Elektronentheorie der Metalle. Annalen der Physik, 306(3).
- Sommerfeld, A. (1928). Zur Elektronentheorie der Metalle auf Grund der Fermischen Statistik. Zeitschrift fuer Physik, 47(1).
- Wiedemann, G. and Franz, R. (1853). Ueber die Waerme-Leitungsfaehigkeit der Metalle. Annalen der Physik, 165(8).
- Ashcroft, N. W. and Mermin, N. D. (1976). Solid State Physics. New York: Holt, Rinehart and Winston.
- Kittel, C. (2005). Introduction to Solid State Physics, 8th edition. New York: Wiley.
- Ziman, J. M. (1960). Electrons and Phonons. Oxford: Clarendon Press.
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 証明を落とした本から学ぶと、等号の身分も一緒に落ちる [論文232]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22127528
- 山岸勇輝 (2026). 「精度」は二つあり、較正で消えるのは一方だけ [論文255]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22168883
- 山岸勇輝 (2026). 低温比熱で二つの模型を分けたのは、量子化ではなく状態密度である [論文265]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169749
- 山岸勇輝 (2026). 平均場は次元を見ないが、外れ方は次元だけで決まる [論文271]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169925
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書誌
山岸勇輝(2026)「ドルーデが当たったのは、二つの間違いが打ち消し合った結果である」[論文274]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). ドルーデが当たったのは、二つの間違いが打ち消し合った結果である [論文274]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/274 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22170012
Yamagishi, Y. (2026). Drude Was Right Because Two Errors Cancelled [Paper 274]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/274; DOI: 10.5281/zenodo.22170012
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