要旨
フィッツの法則もヒックの法則も、時間が $\log_2$ に比例すると言う。本稿が問うのは、その二つは同じことを言っているのかである。答は、$\log_2$ の中身が別で、片方は無次元の比、もう片方は個数である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、フィッツの $\mathrm{ID}=\log_2(2D/W)$ は、$D$ と $W$ を同じ倍率にしても動かない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。$\log_2$ の中身が無次元だから、単位も画面の大きさも答に入らない(第3節)。
第三に、ヒックの $\log_2(n+1)$ には、そもそも動かせる単位が無い(第3節)。
第四に、だから選択肢を $32$ 倍にしても、時間は $\mathbf{2.7333}$ 倍にしかならない(第4節)。
第五に、$D$ だけを $2$ 倍にすると $\mathrm{ID}$ はちょうど $1$ 増え、$W$ だけを $2$ 倍にするとちょうど $1$ 減る(第2節)。
第六に、分離子は「無次元の比か、数え上げか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。フィッツの法則、ヒックの法則、シャノンの情報量の定義はいずれも標準的である。心理学を作らない。運動制御の機構や意思決定の内部過程には立ち入らない。触れるにとどめる。情報理論の解釈を裁定しない。両法則が「情報量」を測っているという解釈には争いがあり、本稿はその論争に入らない。式の形だけを見る。定数を予言しない。ヒックの $a$ と $b$ は本稿で $0.2$ 秒と $0.15$ 秒と置いた例示の値であり、測定値ではない。比の形だけが本稿の主張である。実験をしない。被験者も装置も持たない。式の代数的な性質だけを扱う。設計指針を出さない。使いやすい画面の作り方は主題にしない。既刊との関係:論文316 は同じ整数を三つの別の数え方が返すと示した。そこでは異なる数え方が同じ答に着いた。本稿では同じ記号 $\log_2$ の下で、数えているものが別である。向きが逆の対である。論文296 は言語の階層を決めているのが記憶の量ではなく型だと示した。そこでも「量か型か」が分離子だった。本稿では「比か個数か」である。論文306 は「基本」単位の個数が約束だと示した。ヒックの側には単位が無く、フィッツの側には単位があって消える。単位の有無そのものが両者を分けている。論文300 は同根か別根かは判定できると示した。二法則は、判定に掛ければ別根である。加えたのは同じ $\mathrm{ID}$ を返す二組を明示して尺度不変性を数で示したこと、$D$ と $W$ の一方だけを動かすと $\mathrm{ID}$ がちょうど $\pm1$ 動くことを確かめたこと、選択肢を $32$ 倍・$128$ 倍にしたときの時間比を出したこと、分離子を「無次元の比か、数え上げか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:二つの法則を並べる。
| 法則 | 式 | 何を予言するか |
|---|---|---|
| フィッツ | $T=a+b \mathrm{ID}$、$\mathrm{ID}=\log_2(2D/W)$ | 幅 $W$ の的に距離 $D$ を狙う時間 |
| ヒック | $T=a+b\log_2(n+1)$ | $n$ 個の選択肢から一つ選ぶ時間 |
観察 1.1 どちらも $\log_2$ で、どちらも「情報量」と説明される。時間がビット数に比例する、という同じ言い方をされる。同じ根から来ているように見える。
観察 1.2 だが $\log_2$ の中身が違う。フィッツは $2D/W$、ヒックは $n+1$ である。片方は二つの長さの比で、もう片方は個数である。
観察 1.3 本稿の測り方を先に固定する。ヒックの定数は $a=0.2$ 秒、$b=0.15$ 秒とする。これは例示のための値であり、測定値ではない。本稿が主張するのは比の形だけである。
問い:同じ $\log_2$ の下で、数えられているものは同じか。
2. $D$ と $W$ を同じ倍率にすると、$\mathrm{ID}$ は動かない
検算 2.1:距離と幅の組を変えて $\mathrm{ID}$ を出す(本稿で計算)。
| $D$ | $W$ | $2D/W$ | $\mathrm{ID}=\log_2(2D/W)$ |
|---|---|---|---|
| $100$ | $10$ | $20$ | $\mathbf{4.3219}$ |
| $400$ | $40$ | $20$ | $\mathbf{4.3219}$ |
| $1000$ | $100$ | $20$ | $\mathbf{4.3219}$ |
| $200$ | $10$ | $40$ | $5.3219$ |
| $100$ | $5$ | $40$ | $5.3219$ |
観察 2.2 上の三行は、距離が $10$ 倍ちがうのに $\mathrm{ID}$ が同じである。$100$ と $1000$ で、どちらも $4.3219$、比 $2D/W$ が同じだからである。
観察 2.3 下の二行は、動かした量が別なのに $\mathrm{ID}$ が同じである。$D$ を $2$ 倍にしても、$W$ を半分にしても、同じ $5.3219$ になる。式は、遠くすることと的を小さくすることを、区別しない。
観察 2.4 $D$ だけを $2$ 倍にすると $\mathrm{ID}$ はちょうど $1$ 増える。$4.3219$ から $5.3219$ へ、$\log_2$ だから、$2$ 倍がちょうど $1$ ビットである。
観察 2.5 $W$ だけを $2$ 倍にすると、ちょうど $1$ 減る。$5.3219$ から $4.3219$ へ、符号が逆で、大きさが同じである。
3. 芯:フィッツの $\log_2$ の中身は無次元で、ヒックのそれは個数である
観察 3.1 これが本稿の芯である。$2D/W$ は長さを長さで割った量なので、無次元である。ミリメートルで測っても、インチで測っても、画素で測っても、同じ数になる。
観察 3.2 だからフィッツの法則は、単位を持たない。画面を大きくしても、的も距離も同じだけ大きくなるなら、時間は変わらない。第2節の $100/10$ と $1000/100$ が同じ $4.3219$ になったのは、そのことである。
観察 3.3 ヒックの $n+1$ は、そもそも単位を持ちようがない。個数は無次元だが、無次元になった理由が違う。フィッツは割り算で単位が消えた。ヒックははじめから単位が無い。
観察 3.4 この違いは、動かせるものの違いとして現れる。フィッツでは $D$ と $W$ を独立に動かせるので、同じ $\mathrm{ID}$ を作る組が無限にある。ヒックでは動かせる量が $n$ 一つしかなく、同じ時間を作る別の組は存在しない。
観察 3.5 論文306 の言葉で言えば、片方には約束があり、もう片方には無い。長さの単位はミリでもインチでも約束で選べる。ところがフィッツの $\mathrm{ID}$ はその約束から独立である。ヒックには選ぶべき約束が最初から無い。
観察 3.6 論文300 の基準に当てる。
| 基準 | 結果 |
|---|---|
| 恒等式を保つ対応があるか | 無い。比と個数の間に対応が引けない |
| 同じ量が現れるか | 現れない。$2D/W$ と $n+1$ |
| 変数を動かして一致し続けるか | しない。$D$ と $W$ を同倍率にすると片方だけ不変 |
観察 3.7 三行とも別根を指している。同じ $\log_2$ が二つの式に現れるのは、どちらも「倍にすると一定量だけ増える」量を扱っているからである。その一致は $\log$ の性質であって、現象の共通性ではない。
4. 選択肢を $32$ 倍にしても、時間は $2.7333$ 倍にしかならない
検算 4.1:ヒックの法則で、選択肢を増やしたときの時間を出す(本稿で計算。$a=0.2$、$b=0.15$ 秒)。
| 選択肢 $n$ | 時間 [秒] | $n=1$ からの倍率 |
|---|---|---|
| $1$ | $0.3500$ | $1.0000$ |
| $2$ | $0.4377$ | $1.2507$ |
| $4$ | $0.5483$ | $1.5665$ |
| $8$ | $0.6755$ | $1.9300$ |
| $\mathbf{32}$ | $\mathbf{0.9567}$ | $\mathbf{2.7333}$ |
| $64$ | $1.1034$ | $3.1524$ |
| $128$ | $1.2517$ | $\mathbf{3.5762}$ |
観察 4.2 選択肢を $32$ 倍にしても、時間は $2.7333$ 倍にしかならない。$128$ 倍にしても $3.5762$ 倍である。選択肢を $32$ から $128$ へ四倍にしても、時間は $1.3084$ 倍にしかならない。
観察 4.3 これが $\log$ の効き方である。選択肢を倍にするごとに、時間は一定の $b$ ずつしか増えない。メニューを長くする代償が、思ったより小さい。
観察 4.4 ところがフィッツの側では、同じ「倍にする」が別の意味を持つ。$D$ を倍にすることと $W$ を半分にすることが、同じ $1$ ビットになる。ヒックには、$n$ を倍にすること以外に $1$ ビットを作る方法が無い。
観察 4.5 正直に書くべき点、本稿の $2.7333$ は $a=0.2$、$b=0.15$ という置き方に依存している。$a$ が大きければ倍率は $1$ に近づき、$a=0$ なら $32$ 倍で $\log_2(33)/\log_2(2)=5.0444$ 倍になる。倍率そのものは定数の取り方で動く。動かないのは「時間が $\log$ でしか増えない」という形のほうである。
観察 4.6 フィッツの側にも同じ注意がある。$\mathrm{ID}$ は定数に依らないが、時間 $T=a+b \mathrm{ID}$ は依る。本稿が定数から独立だと言えるのは $\mathrm{ID}$ についてであって、時間についてではない。
5. 分離子:無次元の比か、数え上げか
観察 5.1 分離子、$\log_2$ の中身が、二つの量の比なのか、ものの個数なのか。
| $\log_2$ の中身 | 単位 | 同じ値を作る別の組 | |
|---|---|---|---|
| フィッツ | $2D/W$(比) | 割り算で消える | 無限にある |
| ヒック | $n+1$(個数) | はじめから無い | 無い |
観察 5.2 右端の列が、実務を分ける。フィッツでは的を大きくするか近づけるかを選べる。ヒックでは選択肢を減らす以外に手が無い。設計の自由度そのものが違う。
観察 5.3 $n$ は整数でしかありえない。$2D/W$ は連続に動かせるが、選択肢の数は $3.7$ 個にはできない。片方は連続、もう片方は離散である。同じ $\log_2$ の中で、定義域が別である。
観察 5.4 論文316 との対をなす。316 は同じ整数を三つの別の数え方が返すと書いた。そこでは道が違って答が同じだった。本稿では記号が同じで中身が違う。同じ記号を見て同根と判断してはいけない、という側の例である。
観察 5.5 正直に書くべき点、両法則が「情報量を測っている」という解釈には争いがある。本稿はその論争に入らない。本稿が言うのは、仮に両方が情報量だとしても、数えている対象が別だということである。解釈の当否とは独立に成り立つ。
観察 5.6 最後に一つ、$\log_2$ という記号が、二つを同じものに見せていた。同じ関数が現れるのは、どちらも「倍にすると一定量だけ増える」量だからである。その性質を共有していることと、同じものを測っていることは、別である。
6. 点呼と結び
- $100/10$ も $1000/100$ も $\mathrm{ID}=4.3219$(検算2.1):距離が $10$ 倍ちがう。
- $D$ を $2$ 倍でも $W$ を半分でも $5.3219$(観察2.3):式が区別しない。
- $D$ だけ $2$ 倍で $\mathrm{ID}$ が $+1$(観察2.4):$2$ 倍がちょうど $1$ ビット。
- $W$ だけ $2$ 倍で $-1$(観察2.5):符号が逆で大きさが同じ。
- $2D/W$ は無次元(観察3.1):単位を替えても同じ数。
- ヒックには消すべき単位が無い(観察3.3):無次元になった理由が別。
- 論文300 の三基準とも別根(観察3.6):比と個数に対応が引けない。
- 選択肢 $32$ 倍で時間 $2.7333$ 倍(検算4.1):$128$ 倍でも $3.5762$ 倍。
- 同じ値を作る別の組がフィッツには無限、ヒックには無い(観察5.1):設計の自由度が違う。
- $n$ は $3.7$ 個にはできない(観察5.3):連続と離散。
結び:フィッツの法則もヒックの法則も時間が $\log_2$ に比例すると言い、どちらも「情報量」と説明される。だが $\log_2$ の中身が違う。フィッツは $2D/W$、ヒックは $n+1$ で、片方は二つの長さの比、もう片方は個数である。フィッツの中身は無次元である。長さを長さで割っているので、ミリでもインチでも画素でも同じ数になる。だから $D=100,W=10$ と $D=1000,W=100$ が、距離が $10$ 倍ちがうのに同じ $\mathbf{4.3219}$ になる。$D$ を $2$ 倍にしても $W$ を半分にしても同じ $5.3219$ になり、式は遠くすることと的を小さくすることを区別しない。$D$ だけを $2$ 倍にすれば $\mathrm{ID}$ はちょうど $1$ 増え、$W$ だけを $2$ 倍にすればちょうど $1$ 減る。ヒックの $n+1$ は、そもそも単位を持ちようがない。個数は無次元だが、無次元になった理由が違う。フィッツは割り算で単位が消え、ヒックにははじめから単位が無い。だからフィッツでは同じ $\mathrm{ID}$ を作る組が無限にあり、ヒックでは同じ時間を作る別の組が存在しない。そして $\log$ の効き方はどちらも緩い。選択肢を $32$ 倍にしても時間は $\mathbf{2.7333}$ 倍、$128$ 倍にしても $3.5762$ 倍にしかならない。メニューを長くする代償は、思ったより小さい。ただしこの倍率は $a=0.2$、$b=0.15$ という置き方に依存しており、$a=0$ なら $32$ 倍で $5.0444$ 倍になる。動かないのは「時間が $\log$ でしか増えない」という形のほうである。論文300 の三基準はどれも別根を指す。比と個数の間に対応が引けず、同じ量も現れず、$D$ と $W$ を同倍率にすると片方だけが不変になる。分けるものは一つ、$\log_2$ の中身が、二つの量の比なのか、ものの個数なのか。そして実務を分けるのは、同じ値を作る別の組があるかどうかである。フィッツでは的を大きくするか近づけるかを選べ、ヒックでは選択肢を減らす以外に手が無い。さらに $2D/W$ は連続に動かせるが、選択肢の数は $3.7$ 個にはできない。同じ $\log_2$ の中で定義域が別である。正直に書いておく。両法則が「情報量を測っている」という解釈には争いがあり、本稿はその論争に入らない。本稿が言うのは、仮に両方が情報量だとしても数えている対象が別だということであり、解釈の当否とは独立に成り立つ。最後に一つ、$\log_2$ という記号が、二つを同じものに見せていた。同じ関数が現れるのは、どちらも「倍にすると一定量だけ増える」量だからである。その性質を共有していることと、同じものを測っていることは、別である。
参考文献
- Fitts, P. M. (1954). The Information Capacity of the Human Motor System in Controlling the Amplitude of Movement. Journal of Experimental Psychology, 47(6).
- Hick, W. E. (1952). On the Rate of Gain of Information. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 4(1).
- Hyman, R. (1953). Stimulus Information as a Determinant of Reaction Time. Journal of Experimental Psychology, 45(3).
- Shannon, C. E. (1948). A Mathematical Theory of Communication. Bell System Technical Journal, 27.
- MacKenzie, I. S. (1992). Fitts’ Law as a Research and Design Tool in Human-Computer Interaction. Human-Computer Interaction, 7(1).
- 山岸勇輝 (2026). 言語の階層を決めているのは、記憶の量ではなく型である [論文296]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171705
- 山岸勇輝 (2026). 三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる [論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 「基本」単位の個数は、約束である [論文306]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22172149
- 山岸勇輝 (2026). 同じ整数を、三つの別の数え方が返す [論文316]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22208229
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「同じ _2 が、片方では比を、もう片方では個数を数えている」[論文345]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22682287
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 同じ log₂ が、片方では比を、もう片方では個数を数えている [論文345]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/345 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22682287
Yamagishi, Y. (2026). One and the Same log₂ Counts a Ratio in One Law and Items in the Other [Paper 345]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/345; DOI: 10.5281/zenodo.22682287
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