要旨
雑音は減らすものだと教わる。本稿が問うのは減らせば必ず良くなるかである。答えは閾値がある系では、そうならない。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、閾値 $1.0$ に対して振幅 $0.7$ の信号は、単独では絶対に閾値を超えない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。雑音ゼロでは検出率が $\mathbf{0.0000}$、相関も $\mathbf{0.000000}$ である(第3節)。
第三に、雑音を足すと相関が上がり、$\sigma=0.50$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ に達する(第3節)。
第四に、さらに足すと下がり、$\sigma=4$ では $0.127152$ まで落ちる(第3節)。
第五に、振幅を閾値より大きくすれば、雑音なしで検出できる(第4節)。
第六に、分離子は「閾値があるかどうか」であって、雑音の性質ではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。確率共鳴・閾値検出器・信号対雑音比はすべて既知である。確率論を作らない。確率共鳴の解析的な理論(クラマース速度・線形応答理論)には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実験をしない。生体の感覚器や電子回路での実測は行わない。数値は明示した模型の上でのものである。雑音の種類を扱わない。白色ガウス雑音のみを使い、色つき雑音や非ガウス雑音は主題ではない。一般化しない。「雑音は役に立つ」を一般則として主張しない。閾値のない線形系では成り立たない。最適化の理論を作らない。最適な $\sigma$ の解析解は求めず、走査で出す。既刊との関係:論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「雑音」と「妨害」は、その基準で別根である。論文352 は転移温度が測定の時間尺度で動くことを示した。そこでも「閾値をどこに置くか」が数を決めた。論文313 は閾値をもつのが第五の意味だけであることを示した。閾値の有無が分類の軸になる形が同じである。論文182 は一語が複数を指すことを示した。「雑音」も同じ形をしている。加えたのは、雑音ゼロで検出率が厳密に $0$ になることを数で示したこと、相関が山形になり最適値が中間にあることを十点で出したこと、振幅を上げれば雑音が不要になることを対照として示したこと、分離子を「閾値の有無」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:閾値 $\theta=1.0$ の検出器に、振幅 $A=0.7$ の周期信号と標準偏差 $\sigma$ の白色ガウス雑音を入れる。
$$x(t)=A\sin(2\pi t)+\xi(t),\qquad \xi\sim\mathcal{N}(0,\sigma^2)$$
$x(t)>\theta$ となったとき検出とする。
観察 1.1 $A=0.7<\theta=1.0$ である。信号は最大でも $0.7$ にしか達しない。雑音がなければ、原理的に一度も検出されない。
観察 1.2 雑音は信号を上にも下にも押す。押し上げたときだけ閾値を越える。そして押し上げやすいのは、信号が既に高いところにいるときである。
観察 1.3 だから検出は信号の位相と相関する。雑音は無秩序だが、閾値との組み合わせが秩序を作る。この相関を指標に使う。
問い:雑音は少ないほどよいか。
2. 雑音ゼロでは、何も検出されない
観察 2.1 $\sigma=0$ での検出率は $\mathbf{0.0000}$ である。相関も $\mathbf{0.000000}$、「最も清浄な条件」が「最も何も見えない条件」になっている。
観察 2.2 これは近似ではなく厳密である。$0.7<1.0$ だから、雑音がゼロなら不等式は決して成り立たない。確率が小さいのではなく、事象が空である。
観察 2.3 ここで「雑音を減らす」という直観が破れる。通常の設計では雑音は敵である。閾値の下にある信号に対しては、雑音だけが閾値を越えさせる唯一の手段になる。
3. 相関は山形になる
計算 3.1:雑音の大きさに対する検出率と相関(本稿で計算)。
| 雑音 $\sigma$ | 検出率 | 信号との相関 |
|---|---|---|
| $0.00$ | $\mathbf{0.0000}$ | $\mathbf{0.000000}$ |
| $0.10$ | $0.0001$ | $0.244618$ |
| $0.20$ | $0.0090$ | $0.585053$ |
| $0.30$ | $0.0330$ | $0.651566$ |
| $0.40$ | $0.0594$ | $0.687057$ |
| $\mathbf{0.50}$ | $0.0803$ | $\mathbf{0.687458}$ |
| $0.70$ | $0.1296$ | $0.654218$ |
| $1.00$ | $0.1824$ | $0.533744$ |
| $2.00$ | $0.3192$ | $0.253630$ |
| $4.00$ | $0.4027$ | $\mathbf{0.127152}$ |
観察 3.2 これが本稿の芯である。相関は $\sigma=0.50$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ になる。両端ではなく中間である。$\sigma=0$ で $0$、$\sigma=4$ で $0.127152$。
観察 3.3 検出率と相関は別物である。検出率は $\sigma$ とともに単調に増え、$\sigma=4$ で $0.4027$ に達する。だが相関は落ちている。たくさん検出しても、信号と無関係なら意味がない。
観察 3.4 この区別が「良くなる」の中身である。「よく検出する」と「信号を正しく写す」は違う。雑音が助けるのは後者であり、しかも中間の量だけである。
観察 3.5 最適点の近くは平らである。$\sigma=0.40$ で $0.687057$、$\sigma=0.50$ で $0.687458$、差は $0.000401$ しかない。最適値の位置は鋭くない。
観察 3.6 一方、$\sigma=0.10$ から $0.20$ への上りは急である。$0.244618$ から $0.585053$ へ、$2.39$ 倍、少しの雑音が大きく効く領域がある。
4. 雑音が要らなくなる条件
観察 4.1 振幅を閾値より大きくすれば話が変わる。$A>\theta$ とすれば、雑音ゼロでも周期の一部で閾値を超える。本稿の走査では 64 点中 17 点で超えた。
観察 4.2 これが対照実験である。「雑音が助ける」のは信号が閾値に届かないときだけである。届いているときに雑音を足せば、ただ悪くなる。
観察 4.3 だから主張の形に注意が要る。「雑音は役に立つ」ではなく、「閾値の下にある信号に対しては、適量の雑音が役に立つ」である。条件を落とすと偽になる。
観察 4.4 線形系では起きない。閾値がなければ出力は入力に比例し、雑音は単に加わるだけである。非線形性が、この現象の必要条件である。
観察 4.5 正直に言えば、本稿は確率共鳴が実在の系で起きることを示していない。示したのは、明示した模型の上で相関が山形になることだけである。生体での実測は文献に譲る。
5. 分離子:閾値があるか
観察 5.1 分離子、系に閾値があるかどうか。雑音の性質ではない。
| 雑音ゼロでの検出 | 最適な雑音 | 雑音を足すと | |
|---|---|---|---|
| 閾値あり・$A<\theta$ | $0.0000$ | $\sigma=0.50$ | 良くなる(中間まで) |
| 閾値あり・$A>\theta$ | できる | $\sigma=0$ | 悪くなる |
| 閾値なし(線形) | できる | $\sigma=0$ | 悪くなる |
観察 5.2 三行のうち一行だけが例外である。「雑音を減らせ」は残り二行では正しい。一般則が破れるのは、条件が一つ揃ったときだけである。
観察 5.3 分離子は動かせる。閾値を下げれば $A>\theta$ になり、雑音は不要になる。つまり「雑音を足す」は「閾値を下げる」の代用である。下げられるなら下げたほうがよい。
観察 5.4 下げられない場合がある。閾値が物理的に固定されている検出器では、雑音のほうが動かしやすい。確率共鳴が使われるのはそういう場面である。
観察 5.5 正直に言えば、$0.687458$ も $\sigma=0.50$ も、$\theta=1.0$・$A=0.7$ と明示した模型の上での値である。別の比なら別の数が出る。動かないのは、最適値が両端ではなく中間にあることだけである。
観察 5.6 最後に一つ、「多いほどよい」も「少ないほどよい」も、山形の関数の前では両方とも誤りである。最適値が端にあるか中間にあるかは、単調性の問題である。単調だと思い込んだまま端を目指すと、山の反対側へ行く。
6. 点呼と結び
- $A=0.7<\theta=1.0$(観察 1.1):信号単独では届かない。
- $\sigma=0$ で検出率 $0.0000$(計算 3.1):事象が空である。
- $\sigma=0.50$ で相関 $0.687458$(計算 3.1):最大。
- $\sigma=4$ で $0.127152$(計算 3.1):足しすぎると落ちる。
- 検出率は単調に $0.4027$ まで増える(観察 3.3):相関とは別物。
- $0.40$ と $0.50$ の差は $0.000401$(観察 3.5):最適点は鋭くない。
- $0.10\to0.20$ で $2.39$ 倍(観察 3.6):上りは急。
- $A>\theta$ なら 64 点中 17 点で超える(観察 4.1):雑音不要。
- 線形系では起きない(観察 4.4):非線形性が必要条件。
- 閾値を下げられるなら下げる(観察 5.3):雑音はその代用。
結び:雑音は減らすものだと教わる。そして多くの場面でそれは正しい。だが閾値のある系では、そうならないことがある。閾値 $1.0$ に対して振幅 $0.7$ の信号は、雑音がなければ原理的に一度も検出されない。$\sigma=0$ での検出率は $\mathbf{0.0000}$、相関も $\mathbf{0.000000}$ であり、これは確率が小さいのではなく事象が空だからである。「最も清浄な条件」が「最も何も見えない条件」になっている。雑音を足すと相関は上がる。$\sigma=0.10$ で $0.244618$、$0.20$ で $0.585053$($2.39$ 倍)、そして $\sigma=\mathbf{0.50}$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ に達する。さらに足すと下がり、$\sigma=4$ では $0.127152$ まで落ちる。最適値は両端ではなく中間にある。ただし「検出する」と「正しく写す」は別物である。検出率は $\sigma$ とともに単調に増え $\sigma=4$ で $0.4027$ に達するが、相関はそこで落ちている。たくさん検出しても、信号と無関係なら意味がない。雑音が助けるのは後者であり、しかも中間の量だけである。条件を落とすと主張は偽になる。振幅を閾値より大きくすれば雑音ゼロでも 64 点中 17 点で超え、そのときに雑音を足せばただ悪くなる。だから言えるのは「雑音は役に立つ」ではなく「閾値の下にある信号に対しては、適量の雑音が役に立つ」である。閾値がなければ出力は入力に比例し、非線形性がこの現象の必要条件である。分けているものは一つ、系に閾値があるかどうかであって、雑音の性質ではない。そして分離子は動かせる。閾値を下げれば $A>\theta$ になり雑音は不要になるから、「雑音を足す」は「閾値を下げる」の代用である。下げられるなら下げたほうがよく、閾値が物理的に固定されている検出器でだけ、雑音のほうが動かしやすい。正直に言えば、本稿は確率共鳴が実在の系で起きることを示していない。示したのは、明示した模型の上で相関が山形になることだけである。$0.687458$ も $\sigma=0.50$ も $\theta=1.0$・$A=0.7$ の上での値であって、動かないのは最適値が中間にあることだけである。最後に一つ、「多いほどよい」も「少ないほどよい」も、山形の関数の前では両方とも誤りである。単調だと思い込んだまま端を目指すと、山の反対側へ行く。
参考文献
- Benzi, R., Sutera, A., Vulpiani, A. (1981). The mechanism of stochastic resonance. Journal of Physics A.
- Gammaitoni, L., Hänggi, P., Jung, P., Marchesoni, F. (1998). Stochastic resonance. Reviews of Modern Physics.
- Douglass, J. K., Wilkens, L., Pantazelou, E., Moss, F. (1993). Noise enhancement of information transfer in crayfish mechanoreceptors by stochastic resonance. Nature.
- McDonnell, M. D., Abbott, D. (2009). What Is Stochastic Resonance? PLoS Computational Biology.
- Wiesenfeld, K., Moss, F. (1995). Stochastic resonance and the benefits of noise. Nature.
- 山岸勇輝 (2026). 『「次元の呪い」は一つの呪いではない』[論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『本体系は「同期」を四つの意味で使ってきた。閾値をもつのは第五の意味だけである』[論文313]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22174953
- 山岸勇輝 (2026). 『ガラス転移温度は、測る速さで動く』[論文352]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695723
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「雑音を足すと検出が良くなる場合がある」[論文353]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22696835
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 雑音を足すと検出が良くなる場合がある:ただし「多いほどよい」ではない [論文353]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/353 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22696835
Yamagishi, Y. (2026). Adding Noise Can Improve Detection — But “More Is Better” Is Not the Rule [Paper 353]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/353; DOI: 10.5281/zenodo.22696835
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