【論文353】雑音を足すと検出が良くなる場合がある

要旨

雑音は減らすものだと教わる。本稿が問うのは減らせば必ず良くなるかである。答えは閾値がある系では、そうならない。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、閾値 $1.0$ に対して振幅 $0.7$ の信号は、単独では絶対に閾値を超えない(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。雑音ゼロでは検出率が $\mathbf{0.0000}$、相関も $\mathbf{0.000000}$ である(第3節)。

第三に、雑音を足すと相関が上がり、$\sigma=0.50$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ に達する(第3節)。

第四に、さらに足すと下がり、$\sigma=4$ では $0.127152$ まで落ちる(第3節)。

第五に、振幅を閾値より大きくすれば、雑音なしで検出できる(第4節)。

第六に、分離子は「閾値があるかどうか」であって、雑音の性質ではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。確率共鳴・閾値検出器・信号対雑音比はすべて既知である。確率論を作らない。確率共鳴の解析的な理論(クラマース速度・線形応答理論)には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実験をしない。生体の感覚器や電子回路での実測は行わない。数値は明示した模型の上でのものである。雑音の種類を扱わない。白色ガウス雑音のみを使い、色つき雑音や非ガウス雑音は主題ではない。一般化しない。「雑音は役に立つ」を一般則として主張しない。閾値のない線形系では成り立たない。最適化の理論を作らない。最適な $\sigma$ の解析解は求めず、走査で出す。既刊との関係:論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「雑音」と「妨害」は、その基準で別根である。論文352 は転移温度が測定の時間尺度で動くことを示した。そこでも「閾値をどこに置くか」が数を決めた。論文313 は閾値をもつのが第五の意味だけであることを示した。閾値の有無が分類の軸になる形が同じである。論文182 は一語が複数を指すことを示した。「雑音」も同じ形をしている。加えたのは、雑音ゼロで検出率が厳密に $0$ になることを数で示したこと、相関が山形になり最適値が中間にあることを十点で出したこと、振幅を上げれば雑音が不要になることを対照として示したこと、分離子を「閾値の有無」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:閾値 $\theta=1.0$ の検出器に、振幅 $A=0.7$ の周期信号と標準偏差 $\sigma$ の白色ガウス雑音を入れる。

$$x(t)=A\sin(2\pi t)+\xi(t),\qquad \xi\sim\mathcal{N}(0,\sigma^2)$$

$x(t)>\theta$ となったとき検出とする。

観察 1.1 $A=0.7<\theta=1.0$ である。信号は最大でも $0.7$ にしか達しない。雑音がなければ、原理的に一度も検出されない。

観察 1.2 雑音は信号を上にも下にも押す。押し上げたときだけ閾値を越える。そして押し上げやすいのは、信号が既に高いところにいるときである。

観察 1.3 だから検出は信号の位相と相関する。雑音は無秩序だが、閾値との組み合わせが秩序を作る。この相関を指標に使う。

問い:雑音は少ないほどよいか。

2. 雑音ゼロでは、何も検出されない

観察 2.1 $\sigma=0$ での検出率は $\mathbf{0.0000}$ である。相関も $\mathbf{0.000000}$、「最も清浄な条件」が「最も何も見えない条件」になっている。

観察 2.2 これは近似ではなく厳密である。$0.7<1.0$ だから、雑音がゼロなら不等式は決して成り立たない。確率が小さいのではなく、事象が空である。

観察 2.3 ここで「雑音を減らす」という直観が破れる。通常の設計では雑音は敵である。閾値の下にある信号に対しては、雑音だけが閾値を越えさせる唯一の手段になる。

3. 相関は山形になる

計算 3.1:雑音の大きさに対する検出率と相関(本稿で計算)。

雑音 $\sigma$ 検出率 信号との相関
$0.00$ $\mathbf{0.0000}$ $\mathbf{0.000000}$
$0.10$ $0.0001$ $0.244618$
$0.20$ $0.0090$ $0.585053$
$0.30$ $0.0330$ $0.651566$
$0.40$ $0.0594$ $0.687057$
$\mathbf{0.50}$ $0.0803$ $\mathbf{0.687458}$
$0.70$ $0.1296$ $0.654218$
$1.00$ $0.1824$ $0.533744$
$2.00$ $0.3192$ $0.253630$
$4.00$ $0.4027$ $\mathbf{0.127152}$

観察 3.2 これが本稿の芯である。相関は $\sigma=0.50$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ になる。両端ではなく中間である。$\sigma=0$ で $0$、$\sigma=4$ で $0.127152$。

観察 3.3 検出率と相関は別物である。検出率は $\sigma$ とともに単調に増え、$\sigma=4$ で $0.4027$ に達する。だが相関は落ちている。たくさん検出しても、信号と無関係なら意味がない。

観察 3.4 この区別が「良くなる」の中身である。「よく検出する」と「信号を正しく写す」は違う。雑音が助けるのは後者であり、しかも中間の量だけである。

観察 3.5 最適点の近くは平らである。$\sigma=0.40$ で $0.687057$、$\sigma=0.50$ で $0.687458$、差は $0.000401$ しかない。最適値の位置は鋭くない。

観察 3.6 一方、$\sigma=0.10$ から $0.20$ への上りは急である。$0.244618$ から $0.585053$ へ、$2.39$ 倍、少しの雑音が大きく効く領域がある。

4. 雑音が要らなくなる条件

観察 4.1 振幅を閾値より大きくすれば話が変わる。$A>\theta$ とすれば、雑音ゼロでも周期の一部で閾値を超える。本稿の走査では 64 点中 17 点で超えた。

観察 4.2 これが対照実験である。「雑音が助ける」のは信号が閾値に届かないときだけである。届いているときに雑音を足せば、ただ悪くなる。

観察 4.3 だから主張の形に注意が要る。「雑音は役に立つ」ではなく、「閾値の下にある信号に対しては、適量の雑音が役に立つ」である。条件を落とすと偽になる。

観察 4.4 線形系では起きない。閾値がなければ出力は入力に比例し、雑音は単に加わるだけである。非線形性が、この現象の必要条件である。

観察 4.5 正直に言えば、本稿は確率共鳴が実在の系で起きることを示していない。示したのは、明示した模型の上で相関が山形になることだけである。生体での実測は文献に譲る。

5. 分離子:閾値があるか

観察 5.1 分離子、系に閾値があるかどうか。雑音の性質ではない。

雑音ゼロでの検出 最適な雑音 雑音を足すと
閾値あり・$A<\theta$ $0.0000$ $\sigma=0.50$ 良くなる(中間まで)
閾値あり・$A>\theta$ できる $\sigma=0$ 悪くなる
閾値なし(線形) できる $\sigma=0$ 悪くなる

観察 5.2 三行のうち一行だけが例外である。「雑音を減らせ」は残り二行では正しい。一般則が破れるのは、条件が一つ揃ったときだけである。

観察 5.3 分離子は動かせる。閾値を下げれば $A>\theta$ になり、雑音は不要になる。つまり「雑音を足す」は「閾値を下げる」の代用である。下げられるなら下げたほうがよい。

観察 5.4 下げられない場合がある。閾値が物理的に固定されている検出器では、雑音のほうが動かしやすい。確率共鳴が使われるのはそういう場面である。

観察 5.5 正直に言えば、$0.687458$ も $\sigma=0.50$ も、$\theta=1.0$・$A=0.7$ と明示した模型の上での値である。別の比なら別の数が出る。動かないのは、最適値が両端ではなく中間にあることだけである。

観察 5.6 最後に一つ、「多いほどよい」も「少ないほどよい」も、山形の関数の前では両方とも誤りである。最適値が端にあるか中間にあるかは、単調性の問題である。単調だと思い込んだまま端を目指すと、山の反対側へ行く。

6. 点呼と結び

  1. $A=0.7<\theta=1.0$(観察 1.1):信号単独では届かない。
  2. $\sigma=0$ で検出率 $0.0000$(計算 3.1):事象が空である。
  3. $\sigma=0.50$ で相関 $0.687458$(計算 3.1):最大。
  4. $\sigma=4$ で $0.127152$(計算 3.1):足しすぎると落ちる。
  5. 検出率は単調に $0.4027$ まで増える(観察 3.3):相関とは別物。
  6. $0.40$ と $0.50$ の差は $0.000401$(観察 3.5):最適点は鋭くない。
  7. $0.10\to0.20$ で $2.39$ 倍(観察 3.6):上りは急。
  8. $A>\theta$ なら 64 点中 17 点で超える(観察 4.1):雑音不要。
  9. 線形系では起きない(観察 4.4):非線形性が必要条件。
  10. 閾値を下げられるなら下げる(観察 5.3):雑音はその代用。

結び:雑音は減らすものだと教わる。そして多くの場面でそれは正しい。だが閾値のある系では、そうならないことがある。閾値 $1.0$ に対して振幅 $0.7$ の信号は、雑音がなければ原理的に一度も検出されない。$\sigma=0$ での検出率は $\mathbf{0.0000}$、相関も $\mathbf{0.000000}$ であり、これは確率が小さいのではなく事象が空だからである。「最も清浄な条件」が「最も何も見えない条件」になっている。雑音を足すと相関は上がる。$\sigma=0.10$ で $0.244618$、$0.20$ で $0.585053$($2.39$ 倍)、そして $\sigma=\mathbf{0.50}$ で最大 $\mathbf{0.687458}$ に達する。さらに足すと下がり、$\sigma=4$ では $0.127152$ まで落ちる。最適値は両端ではなく中間にある。ただし「検出する」と「正しく写す」は別物である。検出率は $\sigma$ とともに単調に増え $\sigma=4$ で $0.4027$ に達するが、相関はそこで落ちている。たくさん検出しても、信号と無関係なら意味がない。雑音が助けるのは後者であり、しかも中間の量だけである。条件を落とすと主張は偽になる。振幅を閾値より大きくすれば雑音ゼロでも 64 点中 17 点で超え、そのときに雑音を足せばただ悪くなる。だから言えるのは「雑音は役に立つ」ではなく「閾値の下にある信号に対しては、適量の雑音が役に立つ」である。閾値がなければ出力は入力に比例し、非線形性がこの現象の必要条件である。分けているものは一つ、系に閾値があるかどうかであって、雑音の性質ではない。そして分離子は動かせる。閾値を下げれば $A>\theta$ になり雑音は不要になるから、「雑音を足す」は「閾値を下げる」の代用である。下げられるなら下げたほうがよく、閾値が物理的に固定されている検出器でだけ、雑音のほうが動かしやすい。正直に言えば、本稿は確率共鳴が実在の系で起きることを示していない。示したのは、明示した模型の上で相関が山形になることだけである。$0.687458$ も $\sigma=0.50$ も $\theta=1.0$・$A=0.7$ の上での値であって、動かないのは最適値が中間にあることだけである。最後に一つ、「多いほどよい」も「少ないほどよい」も、山形の関数の前では両方とも誤りである。単調だと思い込んだまま端を目指すと、山の反対側へ行く。

参考文献

  1. Benzi, R., Sutera, A., Vulpiani, A. (1981). The mechanism of stochastic resonance. Journal of Physics A.
  2. Gammaitoni, L., Hänggi, P., Jung, P., Marchesoni, F. (1998). Stochastic resonance. Reviews of Modern Physics.
  3. Douglass, J. K., Wilkens, L., Pantazelou, E., Moss, F. (1993). Noise enhancement of information transfer in crayfish mechanoreceptors by stochastic resonance. Nature.
  4. McDonnell, M. D., Abbott, D. (2009). What Is Stochastic Resonance? PLoS Computational Biology.
  5. Wiesenfeld, K., Moss, F. (1995). Stochastic resonance and the benefits of noise. Nature.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『「次元の呪い」は一つの呪いではない』[論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
  7. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  8. 山岸勇輝 (2026). 『本体系は「同期」を四つの意味で使ってきた。閾値をもつのは第五の意味だけである』[論文313]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22174953
  9. 山岸勇輝 (2026). 『ガラス転移温度は、測る速さで動く』[論文352]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695723

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「雑音を足すと検出が良くなる場合がある」[論文353]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22696835

YOI 353第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 雑音を足すと検出が良くなる場合がある:ただし「多いほどよい」ではない [論文353]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/353 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22696835

Yamagishi, Y. (2026). Adding Noise Can Improve Detection — But “More Is Better” Is Not the Rule [Paper 353]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/353; DOI: 10.5281/zenodo.22696835

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