要旨
被写界深度は表に載っており、レンズの性質のように見える。本稿が問うのはその数がどこから来るかである。答えは機材からではなく、「これ以上ぼけたら分かる」という約束から来る。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、被写界深度の式には許容錯乱円 $c$ が入っており、$c$ は測定値ではない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。同じ 50 mm・F2.8 で、$c$ を $0.0300$ から $0.0043$ mm に変えると過焦点距離は $29.8119$ m から $\mathbf{207.6912}$ m へ、$\mathbf{6.9667}$ 倍になる(第3節)。
第三に、機材は一つも変わっていない(第3節)。
第四に、絞りを F8 にしても四通りの答は消えず、$10.4667$ から $72.7244$ m に並ぶ(第3節)。
第五に、伝統的な $c=0.030$ mm・F8 の答 $10.4667$ m は、通説の「10 m 前後」と合う(第4節)。
第六に、分離子は $c$ であって、レンズでも絞りでもない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。許容錯乱円・過焦点距離・被写界深度の公式はすべて既知である。光学を作らない。回折限界・収差・点像分布関数の理論には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。視覚を扱わない。人間の視力の限界や観察距離の心理物理には立ち入らない。$c$ の由来を四通り並べるだけである。機材を評価しない。特定のレンズやカメラの性能は主題ではない。撮影法を論じない。どの $c$ を選ぶべきかという実務上の助言はしない。回折を含めない。絞りを絞ったときの回折ぼけは数値に入れていない。幾何光学の近似の上での計算である。既刊との関係:論文352 は転移温度が測定の時間尺度で動くことを示した。そこでは動かすのが観測時間だった。ここでは「見分けられる限界」という約束である。論文355 は反発係数が材料の定数でないことを示した。そこでは条件が衝突速度だった。論文354 は長さが曲線を測る量でなくなることを示した。そこでも物差しの取り方が答を決めた。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。焦点距離と許容錯乱円は、その基準で別根である。前者は測れるが、後者は決めるものである。加えたのは、$c$ の由来を四通り並べて過焦点距離を数に出したこと、同じ機材で答が $6.9667$ 倍に開くことを示したこと、絞りを変えても四通りが消えないことを示したこと、伝統的な値が通説と合うことで式が正しいことを確かめたこと、分離子を $c$ に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:焦点距離 $f$、絞り値 $N$、許容錯乱円 $c$ に対して、過焦点距離 $H$ を次の式で計算する。
$$H=\frac{f^2}{Nc}+f$$
$f=50$ mm とする。$H$ に合焦させると、$H/2$ から無限遠までが被写界深度に入る。
観察 1.1 $f$ と $N$ は機材が決める。レンズに刻印されている。測ることができ、誰が測っても同じ値になる。
観察 1.2 $c$ はそうではない。「これ以上ぼけたら、ぼけていると分かる」という限界の値である。どこで分かるかは、見る大きさ・見る距離・見る人によって変わる。
観察 1.3 つまり $c$ は約束である。機材の性質ではなく、鑑賞の条件についての取り決めである。それが式の分母に入っている。
問い:被写界深度の数は、機材の性質か。
2. $c$ の由来は一つではない
観察 2.1 $c=0.030$ mm は 35 mm 判の伝統的な値である。対角線 $43.2666$ mm を $1442$ で割った値に相当する。印画紙に伸ばして手に持って見る、という条件から来ている。
観察 2.2 $c=0.020$ mm は厳しめの基準である。より大きく伸ばす場合に使う。同じ機材でも、鑑賞条件が変われば約束を変える。
観察 2.3 $c=0.015$ mm は高画素機で使われる。画面上で拡大して見ることを想定している。「等倍で見る」という習慣が、約束を変えた例である。
観察 2.4 $c=0.0043$ mm は画素ピッチである。35 mm 判で約 $4700$ 万画素(実測 $46.7$ 百万画素)のときの一画素の大きさに相当する。これは機材由来だが、「一画素より小さいぼけは無意味」という判断が入っている。
観察 2.5 四つとも根拠がある。どれかが誤りというわけではない。だから「正しい $c$」を決める外部の基準は無い。
3. 同じ機材で、四通りの答
計算 3.1:$c$ に対する過焦点距離(本稿で計算・$f=50$ mm)。
| $c$ [mm] | 由来 | F2.8 での $H$ [m] | F8 での $H$ [m] |
|---|---|---|---|
| $0.0300$ | 35 mm 判の伝統的な値 | $\mathbf{29.8119}$ | $\mathbf{10.4667}$ |
| $0.0200$ | 厳しめの基準 | $44.6929$ | $15.6750$ |
| $0.0150$ | 高画素機で使う値 | $59.5738$ | $20.8833$ |
| $0.0043$ | 画素ピッチ(約 4700 万画素) | $\mathbf{207.6912}$ | $\mathbf{72.7244}$ |
観察 3.2 これが本稿の芯である。同じレンズ・同じ絞りで、答が $29.8119$ m から $207.6912$ m まで開く。$\mathbf{6.9667}$ 倍である。機材は一つも変わっていない。
観察 3.3 比は $c$ の比にほぼ等しい。$c$ の比は $0.0300/0.0043=6.9767$、$H$ の比は $6.9667$、$H$ が $1/c$ にほぼ比例するからである。差は $+f$ の項から出ている。
観察 3.4 絞っても四通りは消えない。F8 にすると $10.4667$ から $72.7244$ m になる。全部が短くなるだけで、開きの比は変わらない。絞りは約束の代わりにならない。
観察 3.5 実用上の帰結は大きい。風景写真で「どこにピントを置くか」の答が $29.8$ m と $207.7$ m では別の撮り方になる。同じ機材の同じ設定に対して、二つの正しい答がある。
4. 式そのものは正しい
観察 4.1 伝統的な値で通説と合う。$c=0.030$ mm・50 mm・F8 で $H=10.4667$ m、通説の「10 m 前後」と一致する。式も計算も正しい。
観察 4.2 向きも正しい。$c$ を小さくすれば $H$ は伸びる。厳しい基準ほど深度は浅くなる、という直観に合う。
観察 4.3 絞りの効き方も正しい。F2.8 から F8 にすると $H$ は $29.8119$ から $10.4667$ m へ、比は $2.8483$ で、絞り値の比 $8/2.8=2.8571$ にわずかに足りない($+f$ の項のためである)。
観察 4.4 だから問題は式ではない。式は与えられた $c$ に対して正しく答える。問題は、$c$ が式の外から来ることである。
観察 4.5 正直に言えば、本稿は「被写界深度は無意味だ」とは言っていない。$c$ を明記すれば、数は完全に確定する。言っているのは、$c$ を書かずに深度の数だけを報告してはいけない、ということである。
5. 分離子:$c$
観察 5.1 分離子、許容錯乱円であって、レンズでも絞りでもない。
| 量 | 出所 | 測れるか | 動かすと $H$ は |
|---|---|---|---|
| 焦点距離 $f$ | レンズ | 測れる | 二乗で効く |
| 絞り値 $N$ | レンズ | 測れる | 反比例 |
| 許容錯乱円 $c$ | 約束 | 測れない | 反比例 |
観察 5.2 三行目だけが性格が違う。$H$ への効き方は $N$ と同じ反比例だが、出所が違う。式の中では同格に見えて、外では同格ではない。
観察 5.3 論文300 の基準で別根である。同じ形で式に入ることは、同じ種類の量であることを意味しない。片方は測定量、他方は規約である。
観察 5.4 分離子は動かせる。$c$ を鑑賞条件から計算する規則(画面の対角線・観察距離・視力)を固定すれば、$c$ は測定量に近づく。ただし「視力をいくつにするか」という約束は残る。約束は場所を変えるだけで消えない。
観察 5.5 正直に言えば、$207.6912$ m も $6.9667$ 倍も、四つの $c$ を明示して選んだ上での値である。別の四つを選べば別の数が出る。動かないのは、$H$ が $c$ に反比例することと、$c$ が式の外から来ることだけである。
観察 5.6 最後に一つ、式の中に一つでも約束が入っていれば、出てくる数は約束の関数である。被写界深度は $f$ と $N$ で決まるように見えて、実は $c$ で決まっている。どの量が測定でどの量が規約かを分けておかないと、規約を測定と取り違える。
6. 点呼と結び
- $H=f^2/(Nc)+f$(第1節):$c$ が分母にいる。
- $f$ と $N$ は測れる(観察 1.1):レンズに刻印されている。
- $c$ は測れない(観察 1.2):見る条件についての約束。
- F2.8 で $29.8119$ m から $207.6912$ m(計算 3.1):同じ機材で四通り。
- 開きは $6.9667$ 倍(観察 3.2):$c$ の比 $6.9767$ にほぼ等しい。
- F8 でも $10.4667$ から $72.7244$ m(計算 3.1):絞っても消えない。
- $c=0.030$・F8 で $10.4667$ m(観察 4.1):通説と一致する。
- 絞りの比 $2.8483$(観察 4.3):$8/2.8=2.8571$ にわずかに足りない。
- 式は正しい(観察 4.4):問題は $c$ が外から来ること。
- 約束は場所を変えるだけ(観察 5.4):視力の規約が残る。
結び:被写界深度は表に載っており、レンズの性質のように見える。だがその数は、機材からだけでは決まらない。式 $H=f^2/(Nc)+f$ の分母には許容錯乱円 $c$ が入っている。$f$ と $N$ はレンズに刻印されていて誰が測っても同じ値になるが、$c$ は「これ以上ぼけたら、ぼけていると分かる」という限界であり、どこで分かるかは見る大きさ・見る距離・見る人によって変わる。つまり $c$ は機材の性質ではなく、鑑賞の条件についての約束である。そして約束は一つではない。35 mm 判の伝統的な $0.030$ mm、厳しめの $0.020$ mm、高画素機の $0.015$ mm、画素ピッチの $0.0043$ mm。四つとも根拠があり、どれかが誤りというわけではない。だから同じ機材が四通りの答をもつ、$f=50$ mm・F2.8 で、過焦点距離は $\mathbf{29.8119}$ m・$44.6929$ m・$59.5738$ m・$\mathbf{207.6912}$ m。開きは $\mathbf{6.9667}$ 倍で、機材は一つも変わっていない。絞って F8 にしても $10.4667$ から $72.7244$ m へ全部が短くなるだけで、開きの比は変わらない。絞りは約束の代わりにならない。風景写真でどこにピントを置くかの答が $29.8$ m と $207.7$ m では、別の撮り方になる。式そのものは正しい。伝統的な $c=0.030$ mm・F8 で $H=10.4667$ m となり、通説の「10 m 前後」と一致する。$c$ を小さくすれば $H$ は伸び、F2.8 から F8 への比 $2.8483$ は絞り値の比 $8/2.8=2.8571$ にわずかに足りない。問題は式ではなく、$c$ が式の外から来ることである。分けているものは一つ、許容錯乱円であって、レンズでも絞りでもない。$c$ は $H$ に対して $N$ と同じ反比例で効くので式の中では同格に見えるが、片方は測定量で他方は規約である。鑑賞条件から $c$ を計算する規則を固定すれば測定量に近づくが、「視力をいくつにするか」という約束は残る。約束は場所を変えるだけで消えない。正直に言えば、本稿は「被写界深度は無意味だ」とは言っていない。$c$ を明記すれば数は完全に確定する。言っているのは、$c$ を書かずに深度の数だけを報告してはいけない、ということである。最後に一つ、式の中に一つでも約束が入っていれば、出てくる数は約束の関数である。被写界深度は $f$ と $N$ で決まるように見えて、実は $c$ で決まっている。どの量が測定でどの量が規約かを分けておかないと、規約を測定と取り違える。
参考文献
- Ray, S. F. (2002). Applied Photographic Optics (3rd ed.). Oxford: Focal Press.
- Kingslake, R. (1992). Optics in Photography. Bellingham: SPIE Press.
- Smith, W. J. (2007). Modern Optical Engineering (4th ed.). New York: McGraw-Hill.
- Merklinger, H. M. (1992). The INs and OUTs of FOCUS. Bedford: Seaboard Printing.
- Hecht, E. (2016). Optics (5th ed.). Boston: Pearson.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『ガラス転移温度は、測る速さで動く』[論文352]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695723
- 山岸勇輝 (2026). 『長さは、曲線を測る量ではなくなることがある』[論文354]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696977
- 山岸勇輝 (2026). 『反発係数は材料の定数ではない。そして経験則は、自分が破れる速度を自分で指す』[論文355]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697011
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書誌
山岸勇輝(2026)「被写界深度の「深さ」は、測定値ではなく約束である」[論文358]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697216
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 被写界深度の「深さ」は、測定値ではなく約束である [論文358]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/358 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697216
Yamagishi, Y. (2026). The “Depth” of Depth of Field Is a Convention, Not a Measurement [Paper 358]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/358; DOI: 10.5281/zenodo.22697216
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