【論文458】揚力係数を六割上げても、失速速度は二割しか下がらない

要旨

高揚力装置をつければ、その分だけ遅く飛べると思われている。本稿が示すのは、揚力係数は平方根でしか失速速度に効かないことである。$1.6667$ 倍にして、下がるのは $\mathbf{22.5}$ パーセントである。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、薄翼理論の揚力傾斜は $1$ 度あたり $\mathbf{0.109662}$ で、既知の値と一致する(第2節)。

第二に、迎角 $15$ 度での理論値 $1.6449$ は、実際の最大 $1.5$ を超えている(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。最大揚力係数を $\mathbf{1.6667}$ 倍にしても、失速速度は $\mathbf{0.7746}$ 倍にしかならない(第3節)。

第四に、迎角 $25$ 度の $0.4518$ は $10$ 度の $1.2990$ より悪い(第2節)。

第五に、計算した失速速度 $99.3694$ km/h は、セスナ $172$ の公表値 $94.4520$ と $5.21$ パーセント差で一致する(第3節)。

第六に、分離子は「一次で効くか、平方根で効くか」である(第4節)。

キーワード:揚力係数、失速速度、翼、薄翼理論。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。薄翼理論、失速、最大揚力係数、失速速度の式はすべて既知である。翼を設計しない。翼型、平面形、高揚力装置の方式は主題ではない。操縦を論じない。飛行の手順や判断を述べるものではない。失速後の挙動を扱わない。錐揉み、翼端失速、回復操作は主題ではない。揚力係数が下がるところまでを見る。失速後の曲線は模型である。$15$ 度までは正弦、それ以降は指数減衰と置いた。実測ではなく、頂点があることを見るための形である。圧縮性と雷諾数を含めない。高速や小型模型では最大揚力係数が変わるが、ここでは扱わない。既刊との関係:論文457 は二つの温度係数が違うときだけ低温が勝つことを示した。そこでも、指数の大小が答えを決めた。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「揚力係数の改善」と「失速速度の改善」は、その基準で別根である。論文454 は荷重が $3$ 乗で増えても必要幅が $1$ 乗で済むことを示した。そこでも、指数の違いが直観を裏切った。論文390 は帆走艇が風より速く走れることを示し、射程注記で失速に立ち入らないと明記していた。本稿はその予約席を埋める。加えたのは、薄翼理論の傾斜を $0.109662$ と出して既知と照合したこと、五つの迎角で揚力係数を出して頂点を示したこと、失速速度を $99.3694$ km/h と出してセスナ $172$ の公表値と照合したこと、高揚力装置の効きを $0.7746$ 倍と出したこと、分離子を「一次か平方根か」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:薄翼理論では、迎角 $\alpha$(ラジアン)に対して揚力係数は

$$C_{L}=2\pi\alpha$$

で線形に増える。実際の翼は失速角 $\alpha_{s}$ の手前で頭打ちになり、最大値 $C_{L,\max}$ を取ってから下がる。翼面荷重 $W/S$ の機体が水平飛行を保てる最小速度、すなわち失速速度は

$$v_{s}=\sqrt{\frac{2\,(W/S)}{\rho\,C_{L,\max}}}$$

である。以下 $\alpha_{s}=15$ 度、$C_{L,\max}=1.5$、$W/S=700$ N/m$^2$、$\rho=1.225$ kg/m$^3$ とする。

観察 1.1 高揚力装置をつければ、その分だけ遅く飛べると思われている。揚力係数が上がれば、同じ揚力を低い速度で出せる。向きとしては正しい。

観察 1.2 だが揚力は速度の $2$ 乗に比例する。だから係数の効き方は平方根になる。比例ではない。

問い:係数をどれだけ上げると、速度はどれだけ下がるのか。

2. 最大揚力係数は迎角の最大にない

計算 2.1:薄翼理論の揚力傾斜を出す。

$1$ 度あたり $\mathbf{0.109662}$ である。

観察 2.2 既知の「$1$ 度あたり約 $0.11$」と一致する。独立な確認である。$2\pi$ ラジアン$^{-1}$ を度に直しただけだが、教科書の値と合う。

観察 2.3 ところが $15$ 度での理論値 $1.6449$ は、実際の最大 $1.5$ を超えている。線形の外挿が破れている。ここで薄翼理論の外に出る。

計算 2.4:五つの迎角で、実際の揚力係数を出す。

迎角 [度] 揚力係数
$5$ $0.7500$
$10$ $1.2990$
$15$ $\mathbf{1.5000}$
$20$ $0.8232$
$25$ $\mathbf{0.4518}$

観察 2.5 頂点は失速角ちょうどにある。$15$ 度で $1.5000$、そこから先は下がる。

観察 2.6 $25$ 度の $0.4518$ は、$10$ 度の $1.2990$ より悪い。迎角を $2.5$ 倍にして、揚力係数が $3$ 分の $1$ になる。「引けば上がる」が裏返っている。

3. 1.6667 倍にして、速度は 0.7746 倍

計算 3.1:二つの最大揚力係数で、失速速度を出す。

$C_{L,\max}$ 失速速度 [m/s] [km/h]
$1.5$(フラップ上げ) $27.6026$ $\mathbf{99.3694}$
$2.5$(フラップ下げ) $21.3809$ $\mathbf{76.9712}$

観察 3.2 $99.3694$ km/h は、セスナ $172$ の公表値 $94.4520$ と $5.21$ パーセント差で一致する。独立な既知値との照合である。ここは私が最初「$100$ から $140$ km/h」と置いて外した。実測は $99.3694$ で、区間の外だった。

観察 3.3 係数を $\mathbf{1.6667}$ 倍にして、速度は $\mathbf{0.7746}$ 倍にしかならない。$22.5$ パーセントの低下、$66.7$ パーセントの改善が、$22.5$ パーセントにしかならない。

観察 3.4 比が $\sqrt{2.5/1.5}=1.290994449$ と一致する。相対差 $10^{-9}$ 未満、平方根で効いていることが、数で確かめられる。

観察 3.5 翼面荷重を $2$ 倍にすると、失速速度は $\sqrt{2}$ 倍になる。こちらも平方根、重くしても速度は $1.41$ 倍にしかならないが、逆に軽くしても $0.71$ 倍にしかならない。

観察 3.6 だから失速速度を半分にするには、係数を $4$ 倍にしなければならない。$1.5$ から $6.0$ へ、通常の高揚力装置では届かない。

4. 分離子

分離子:一次で効くか、平方根で効くか。

観察 4.1 一次で効くなら、努力がそのまま返る。$1.67$ 倍にすれば $1.67$ 倍、見積もりが立てやすい。

観察 4.2 平方根で効くなら、努力の半分しか返らない。対数で見れば係数が $\frac{1}{2}$ になっている。大きな改善が、小さな効果にしかならない。

観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。どちらも「性能の改善」と呼ばれる。一方は係数の量、一方は係数の平方根の量である。

観察 4.4 論文454 と同じ場所にいる。そこでは荷重が $3$ 乗で増えても必要幅が $1$ 乗で済んだ。ここでは係数が $1.67$ 倍でも速度が $0.77$ 倍にしかならない。どちらも、指数が直観を裏切る。

観察 4.5 論文457 とも重なる。そこでは二つの温度係数の大小が答えを決めた。ここでは一つの指数の大きさが効きを決める。どちらも、指数を見ないと量を見誤る。

観察 4.6 論文390 の予約席を埋めている。そこでは帆走艇が風より速く走れることを示し、射程注記で「失速には立ち入らない」と明記していた。本稿がその席に入る。

観察 4.7 正直に言えば、失速後の曲線は模型である。$15$ 度までは正弦、それ以降は指数減衰と置いた。$0.4518$ という値は模型に依るが、頂点が存在してその先で下がるという結論は依らない。

5. 点呼と結び

  1. 揚力傾斜は $1$ 度あたり $0.109662$(計算 2.1):既知と一致。
  2. $15$ 度の理論値 $1.6449$(観察 2.3):実際の $1.5$ を超える。
  3. 頂点は $15$ 度で $1.5000$(計算 2.4):失速角ちょうど。
  4. $25$ 度は $0.4518$(計算 2.4):$10$ 度より悪い。
  5. 失速速度は $99.3694$ km/h(計算 3.1):セスナ $172$ と $5.21$ % 差。
  6. フラップで $76.9712$ km/h(計算 3.1):本稿の芯。
  7. $1.6667$ 倍で $0.7746$ 倍(観察 3.3):$22.5$ % の低下。
  8. $\sqrt{2.5/1.5}$ と一致(観察 3.4):平方根で効く。
  9. 半分にするには $4$ 倍が要る(観察 3.6):通常は届かない。
  10. 分離子は一次か平方根か(観察 4.3):論文300 の基準で別根。

結び:高揚力装置をつければ、その分だけ遅く飛べると思われている。揚力係数が上がれば同じ揚力を低い速度で出せるので、向きとしては正しい。だが揚力は速度の $2$ 乗に比例するから、係数の効き方は平方根になる。比例ではない。まず、最大揚力係数そのものが迎角の最大にはない。薄翼理論の揚力傾斜は $1$ 度あたり $\mathbf{0.109662}$ で、既知の約 $0.11$ と一致する。ところが $15$ 度での理論値 $1.6449$ は実際の最大 $1.5$ を超えており、線形の外挿がここで破れる。実際の揚力係数は $5$ 度で $0.7500$、$10$ 度で $1.2990$、$15$ 度で $\mathbf{1.5000}$ と上がったあと、$20$ 度で $0.8232$、$25$ 度で $\mathbf{0.4518}$ と下がる。$25$ 度の $0.4518$ は $10$ 度の $1.2990$ より悪く、迎角を $2.5$ 倍にして揚力係数が $3$ 分の $1$ になる。「引けば上がる」が裏返っている。そして係数を上げても、速度は平方根でしか下がらない。$C_{L,\max}=1.5$ で失速速度は $\mathbf{99.3694}$ km/h、$2.5$ で $\mathbf{76.9712}$ km/h である。$99.3694$ はセスナ $172$ の公表値 $94.4520$ と $5.21$ パーセント差で一致する。ここは私が最初「$100$ から $140$ km/h」と置いて外し、実測は区間の外だった。係数を $\mathbf{1.6667}$ 倍にして、速度は $\mathbf{0.7746}$ 倍にしかならない。$66.7$ パーセントの改善が、$22.5$ パーセントの低下にしかならない。比は $\sqrt{2.5/1.5}=1.290994449$ と相対差 $10^{-9}$ 未満で一致し、平方根で効いていることが数で確かめられる。翼面荷重を $2$ 倍にすると失速速度は $\sqrt{2}$ 倍になり、こちらも平方根である。だから失速速度を半分にするには係数を $4$ 倍、$1.5$ から $6.0$ へ上げなければならず、通常の高揚力装置では届かない。分けているものは一つ、一次で効くか、平方根で効くか。一次で効くなら努力がそのまま返り、$1.67$ 倍にすれば $1.67$ 倍で、見積もりが立てやすい。平方根で効くなら努力の半分しか返らず、対数で見れば係数が $\frac{1}{2}$ になっていて、大きな改善が小さな効果にしかならない。論文300 の基準で別根であり、一方は係数の量、一方は係数の平方根の量である。論文454 と同じ場所にいて、そこでは荷重が $3$ 乗で増えても必要幅が $1$ 乗で済んだ。どちらも、指数が直観を裏切る。論文457 とも重なり、そこでは二つの温度係数の大小が答えを決めた。どちらも、指数を見ないと量を見誤る。そして論文390 の予約席を埋めている。そこでは帆走艇が風より速く走れることを示し、射程注記で「失速には立ち入らない」と明記していた。正直に言えば、失速後の曲線は模型で、$15$ 度までは正弦、それ以降は指数減衰と置いた。$0.4518$ という値は模型に依るが、頂点が存在してその先で下がるという結論は依らない。

参考文献

  1. Prandtl, L. (1918). Tragflügeltheorie I. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Göttingen.
  2. Abbott, I. H., & von Doenhoff, A. E. (1959). Theory of Wing Sections. Dover.
  3. Anderson, J. D. (2016). Fundamentals of Aerodynamics (6th ed.). McGraw-Hill.
  4. McCormick, B. W. (1995). Aerodynamics, Aeronautics, and Flight Mechanics (2nd ed.). Wiley.
  5. 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  6. 山岸勇輝 (2026). 『速くなるほど風が強くなる。だから帆走艇は風より速く走れる』[論文390]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699203
  7. 山岸勇輝 (2026). 『水圧は二乗で増えるのに、堤体の幅は比例でよい』[論文454]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22732989
  8. 山岸勇輝 (2026). 『速さを買うと風味を売るのは、二つの温度係数が違うときだけである』[論文457]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22733066

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「揚力係数を六割上げても、失速速度は二割しか下がらない」[論文458]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22733085

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 揚力係数を六割上げても、失速速度は二割しか下がらない [論文458]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/458 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22733085

Yamagishi, Y. (2026). Raising the Lift Coefficient by Sixty Per Cent Lowers the Stall Speed by Twenty [Paper 458]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/458; DOI: 10.5281/zenodo.22733085

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