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【論文520】消せる周波数がいくつあるかは、係数の個数が決めている

要旨

「この周波数を消したい」という要求は、いくつまでなら叶うのか。本稿が示すのは、その上限が係数の個数から決まり、足りなければ一つだけ諦めるのではなく全部が壊れることである。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、二つの周波数に零を置くと係数は $\mathbf{5}$ 個になり、応答は $\mathbf{2.217\times10^{-16}}$ と $\mathbf{3.608\times10^{-16}}$ である(第2節)。

第二に、指定していない周波数では消えない。$w=1.35$ で $\mathbf{1.036220}$ であり、検査は「どこでも消える」と言っているのではない(第2節)。

第三に、零を一つ足すと係数は $\mathbf{7}$ 個に増える。実の周波数一つにつき共役の対が要るので、増えるのは $\mathbf{2}$ 個ずつである(第3節)。

第四に、これが本稿の芯である。係数を $\mathbf{5}$ 個へ切り詰めると、応答は $\mathbf{1.811720}$、$\mathbf{1.144454}$、$\mathbf{0.527118}$ となり、三つとも零でなくなる(第3節)。

第五に、切り詰める前は三つとも $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$ より小さかった。境目である(第3節)。

第六に、分離子は係数の個数である。どの周波数を選ぶかを変えても上限は動かず、個数を変えたときだけ動く(第4節)。

キーワード:FIR フィルタ、零点、代数学の基本定理、周波数の除去、ディジタル信号処理。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。代数学の基本定理も、有限インパルス応答フィルタの零点配置も標準的である。フィルタを設計しない。通過域の平坦さ、遷移幅、群遅延といった設計上の要求には入らない。零をどこに置けるかだけを見る。最適性を主張しない。切り詰め方には窓関数を掛けるなど別の方法があり、本稿の素朴な切り詰めが最良だとは言わない。無限インパルス応答に広げない。極を持つ場合には別の勘定が要る。実装の精度を扱わない。係数を有限語長で表したときに零がどれだけ動くかは主題ではない。近似的な減衰を零と呼ばない。本稿の零は $10^{-15}$ の桁で消えることを指し、$20$ デシベル落ちたことを指さない。既刊との関係:論文347 は「作図できない」が図形ではなく道具の性質だと示した。本稿の「消せない」も道具の性質であり、道具は係数の個数である。論文128 は指数の総和が零点の個数ではないと示した。あちらでは数え上げが証書にならなかった。こちらでは重複度込みの数え上げがそのまま証書になる。同じ「数える」でも効く場合と効かない場合がある。論文519 は四つの逆理が四つの別の道具に落ちると示した。本稿の四つ目の要求は、道具を増やさない限り落ちない。論文300 は同根か別根かが判定できると示した。「消せない」には別根がある。周波数が悪いのか、係数が足りないのか。論文481 は分離子が無いと反証の行き先が決まらないと示した。本稿はその分離子を係数の個数に置く。加えたのは、零を指定して係数を組み立て、応答を $10^{-16}$ の桁で確かめたこと、指定していない周波数で消えないことを対照に置いたこと、零を一つ足すと係数が $2$ 個増えることを数えたこと、切り詰めたときに三つとも壊れることを測ったこと、分離子を係数の個数に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:係数 $h_{0},\dots,h_{N}$ を持つ有限インパルス応答フィルタの周波数応答は

$$H(w)=\sum_{i=0}^{N} h_{i}\,e^{-\mathrm{i}wi}$$

である。$|H(w)|=0$ となる $w$ を、消せる周波数と呼ぶ。

零の置き方:実の係数で角周波数 $w$ に零を置くには、

$$1-2\cos(w)\,z^{-1}+z^{-2}$$

を掛ける。これは単位円上の共役な二点に根を持つ。

観察 1.1 応答は係数の多項式である。$z^{-1}$ の多項式と見れば、次数は係数の個数から $1$ を引いた数、代数学の基本定理により、根の個数は重複度を込めてちょうど次数に等しい。

観察 1.2 だから消せる周波数の数には上限がある。根が足りなければ置けない。これは要求の側の事情ではなく、道具の側の事情である。

問い:上限を超えて要求すると、何が起きるか。

2. 二つまでなら、消える

計算 2.1:$w=0.8$ と $w=1.9$ に零を置く。係数は $\mathbf{5}$ 個になる。

量 値
係数 $1.000000$、$-0.746834$、$1.099048$、$-0.746834$、$1.000000$
$w=0.80$ での応答 $\mathbf{2.217\times10^{-16}}$
$w=1.90$ での応答 $\mathbf{3.608\times10^{-16}}$

観察 2.2 係数が対称に並ぶ。$1.000000$、$-0.746834$、$1.099048$、$-0.746834$、$1.000000$、実の係数で共役の対に根を置いたので、両端から見て同じ並びになる。目で確かめられる性質である。

観察 2.3 指定した二つの周波数で応答が消える。$10^{-16}$ の桁、丸めの範囲であって、近似的に小さいのではない。

観察 2.4 指定していない周波数では消えない。$w=1.35$ で $\mathbf{1.036220}$、境目。検査が「どこでも消える」と言っているのではないことを確かめた。

観察 2.5 勘定が合う。零は共役の対で $\mathbf{4}$ 個、係数は $\mathbf{5}$ 個、次数は $\mathbf{4}$、根の個数がちょうど次数に等しい。代数学の基本定理がそのまま勘定になっている。

3. 三つ目を足すと、切り詰めた瞬間に全部壊れる

計算 3.1:$w=2.6$ にも零を置く。係数は $\mathbf{7}$ 個に増える。

周波数 応答(係数 $7$ 個)
$w=0.80$ $\mathbf{2.822\times10^{-16}}$
$w=1.90$ $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$
$w=2.60$ $\mathbf{8.887\times10^{-16}}$

観察 3.2 増えたのは $\mathbf{2}$ 個である。$\mathbf{5}$ から $\mathbf{7}$ へ、実の周波数一つにつき共役な二根が要るので、係数は二つずつ増える。$1$ 個ずつではない。

計算 3.3:係数を $\mathbf{5}$ 個へ切り詰め、同じ三つの周波数で応答を測る。

周波数 係数 $7$ 個 係数 $5$ 個へ切り詰め
$w=0.80$ $\mathbf{2.822\times10^{-16}}$ $\mathbf{1.811720}$
$w=1.90$ $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$ $\mathbf{1.144454}$
$w=2.60$ $\mathbf{8.887\times10^{-16}}$ $\mathbf{0.527118}$

観察 3.4 三つとも零でなくなる。最小でも $\mathbf{0.527118}$、私は書く前に「二つは残って一つだけ壊れる」と予想したが、外れた。切り詰めは根を一つ捨てるのではなく、多項式そのものを別の多項式に変える。

観察 3.5 切り詰める前は三つとも消えていた。最大でも $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$、境目の反対側。壊れたのは切り詰めのせいであって、三つ目の周波数が悪かったからではない。

観察 3.6 なぜ全部壊れるかは、根の側から見れば分かる。係数を落とすと多項式の次数が下がり、根の位置は全部まとめて動く。根は係数に対して一つずつ対応してはいない。どれか一つを削るという操作が、そもそも存在しない。

観察 3.7 これは「妥協すれば近い答が得られる」型の問題ではない。要求を一つ諦めれば残りが叶う、という形にならない。叶えたい二つを選び直して係数 $\mathbf{5}$ 個で組み直すなら叶うが、それは切り詰めではなく設計のやり直しである。

4. 分離子

観察 4.1 分離子は係数の個数である。周波数の選び方を変えても上限は動かない。$0.8$ と $1.9$ でも、$0.3$ と $2.9$ でも、係数 $\mathbf{5}$ 個で消せるのは二つである。

観察 4.2 個数を変えたときだけ上限が動く。$\mathbf{5}$ 個で二つ、$\mathbf{7}$ 個で三つ、動かすと別物になるものが、はっきり一つに定まっている。

観察 4.3 「消せない」には別根がある。論文300 の判定でいえば、周波数の組が悪いから消せないのと、係数が足りないから消せないのは別、前者は選び直せば解けるが、後者は選び直しても解けない。

観察 4.4 論文347 と同じ形である。あちらは「作図できない」が図形ではなく道具の性質だった。こちらは「消せない」が周波数ではなく係数の個数の性質である。禁止しているのは対象ではなく、持ち物のほうである。

観察 4.5 論文128 とは、数え上げの効き方が逆である。あちらでは指数の総和が零点の個数にならず、数え上げが証書にならなかった。こちらでは重複度を込めた根の数がちょうど次数に等しく、数え上げがそのまま証書になる。同じ「数える」でも、証書になる場合とならない場合がある。

観察 4.6 論文519 と並べると、要求の側と道具の側が対になる。あちらは四つの逆理に四つの道具が要った。こちらは四つ目の要求に道具の追加が要る。どちらも「一つの解決で足りるか」を問うている。

観察 4.7 どこまで消せば十分かは言わない。実務では $10^{-16}$ まで消す必要はなく、十分に小さければよい。言えるのは、厳密な零の個数には上限があり、その上限が係数の個数で決まる、そこまでである。

5. 点呼と結び

  1. 係数 $\mathbf{5}$ 個で応答 $\mathbf{2.217\times10^{-16}}$ と $\mathbf{3.608\times10^{-16}}$(計算 2.1):二つまでは消える。
  2. 係数が対称に並ぶ(観察 2.2):共役の対に置いたから。
  3. $w=1.35$ では $\mathbf{1.036220}$(観察 2.4):どこでも消えるのではない。
  4. 零 $\mathbf{4}$ 個、係数 $\mathbf{5}$ 個、次数 $\mathbf{4}$(観察 2.5):基本定理がそのまま勘定。
  5. 三つ目を足すと係数は $\mathbf{7}$ 個(観察 3.2):増えるのは $2$ 個ずつ。
  6. 切り詰めると $\mathbf{1.811720}$、$\mathbf{1.144454}$、$\mathbf{0.527118}$(計算 3.3):本稿の芯。
  7. 三つとも壊れる(観察 3.4):「一つだけ壊れる」という予想は外れた。
  8. 切り詰める前は最大 $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$(観察 3.5):境目の反対側。
  9. 分離子は係数の個数(観察 4.1):周波数の選び方ではない。
  10. どこまで消せば十分かは言わない(観察 4.7):厳密な零の個数まで。

結び:「この周波数を消したい」という要求は、いくつまでなら叶うのか。上限は道具の側にある。$w=0.8$ と $w=1.9$ に零を置くと係数は $\mathbf{5}$ 個になり、応答は $\mathbf{2.217\times10^{-16}}$ と $\mathbf{3.608\times10^{-16}}$ で、$10^{-16}$ の桁まで消える。係数は $1.000000$、$-0.746834$、$1.099048$、$-0.746834$、$1.000000$ と対称に並ぶ。実の係数で共役の対に根を置いたからで、目で確かめられる。指定していない $w=1.35$ では $\mathbf{1.036220}$ が残り、検査が「どこでも消える」と言っているのではないことが分かる。零は共役の対で $\mathbf{4}$ 個、係数は $\mathbf{5}$ 個、次数は $\mathbf{4}$ で、根の個数がちょうど次数に等しい。代数学の基本定理がそのまま勘定になっている。上限を超えると、一つではなく全部が壊れる。$w=2.6$ にも零を置くと係数は $\mathbf{7}$ 個に増える。実の周波数一つにつき共役な二根が要るので、増えるのは二つずつである。そこから $\mathbf{5}$ 個へ切り詰めると、応答は $\mathbf{1.811720}$、$\mathbf{1.144454}$、$\mathbf{0.527118}$ となり、最小でも $\mathbf{0.527118}$、三つとも零でなくなる。私は書く前に「二つは残って一つだけ壊れる」と予想したが、外れた。切り詰める前は最大でも $\mathbf{1.335\times10^{-15}}$ だったので、壊れたのは切り詰めのせいであって、三つ目の周波数が悪かったからではない。理由は根の側から見える。係数を落とすと次数が下がり、根の位置は全部まとめて動く。根は係数に一つずつ対応してはおらず、どれか一つを削るという操作がそもそも無い。だから「一つ諦めれば残りが叶う」という形にはならない。叶えたい二つを選び直して係数 $\mathbf{5}$ 個で組み直すなら叶うが、それは切り詰めではなく設計のやり直しである。分離子は個数である。周波数の選び方を変えても上限は動かず、$\mathbf{5}$ 個なら二つ、$\mathbf{7}$ 個なら三つと、個数を変えたときだけ動く。論文300 の判定でいえば、「消せない」には別根がある。周波数の組が悪いなら選び直せば解けるが、係数が足りないなら選び直しても解けない。論文347 と同じ形で、あちらの「作図できない」が図形ではなく道具の性質だったように、こちらの「消せない」は周波数ではなく係数の個数の性質である。論文128 とは数え上げの効き方が逆で、あちらでは指数の総和が零点の個数にならず数え上げが証書にならなかったが、こちらでは重複度込みの根の数が次数に等しく、そのまま証書になる。論文519 と並べれば、あちらは四つの逆理に四つの道具が要り、こちらは四つ目の要求に道具の追加が要る。正直に言えば、扱ったのは厳密な零だけである。実務では $10^{-16}$ まで消す必要はなく、十分に小さければよい。切り詰め方にも窓関数を掛けるなど別の方法があり、本稿の素朴な切り詰めが最良だとは言っていない。極を持つ場合の勘定も、有限語長で係数を表したときに零がどれだけ動くかも扱っていない。言えるのは、厳密な零の個数には上限があり、その上限が係数の個数で決まる、そこまでである。

参考文献

  1. Fine, B., & Rosenberger, G. (1997). The Fundamental Theorem of Algebra. Springer.
  2. Gauss, C. F. (1799). Demonstratio nova theorematis omnem functionem algebraicam rationalem integram unius variabilis in factores reales primi vel secundi gradus resolvi posse. Helmstedt.
  3. Oppenheim, A. V., & Schafer, R. W. (2010). Discrete-Time Signal Processing (3rd ed.). Prentice Hall.
  4. 山岸勇輝 (2026). 『$4\pi=2\pi\chi$ が成り立つのは、三次元だけである』[論文128]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079576
  5. 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  6. 山岸勇輝 (2026). 『「作図できない」は図形の性質ではなく、道具の性質である』[論文347]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682365
  7. 山岸勇輝 (2026). 『「法則が破れた」は、どの仮定へも落とせる』[論文481]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22733927
  8. 山岸勇輝 (2026). 『ゼノンの四つの逆理は、一つの解決を共有していない』[論文519]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22862469

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「消せる周波数がいくつあるかは、係数の個数が決めている」[論文520]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22862501

YOI 520第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

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住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/520・DOI 10.5281/zenodo.22862501・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 消せる周波数がいくつあるかは、係数の個数が決めている [論文520]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/520 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22862501

Yamagishi, Y. (2026). How Many Frequencies Can Be Nulled Is Fixed by the Number of Coefficients [Paper 520]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/520; DOI: 10.5281/zenodo.22862501

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