【論文885】ヒゲゼンマイの時計を温度で狂わせる主役は、伸び縮みではなく硬さの温度変化である

要旨

温度で時計が狂うのは、金属が熱で伸び縮みするからだ、と思いやすい。本稿は、てん輪とヒゲゼンマイの周期を温度で動かす三つの寄与を分けて数える。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、一日の狂いは三つの寄与の和である。鋼どうしの模型で $1$ K あたり一日 $\mathbf{-9.849600}$ 秒で、てん輪の膨張 $-1.036800$、硬さの変化 $\mathbf{-10.368000}$、ゼンマイの膨張 $+1.555200$ 秒の和である(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。主役は硬さの温度変化である。二つの膨張は向きが逆で打ち消し合い、差し引き $0.518400$ 秒しか残らない。硬さの寄与はその $\mathbf{20.000000}$ 倍ある(第2節)。

第三に、てん輪を黄銅に替えても、狂いはほとんど変わらない。鋼のゼンマイ・黄銅のてん輪で一日 $-10.454400$ 秒で、膨張の違いは硬さの寄与に比べて小さい(第2節)。

第四に、硬さの温度係数を選べば、狂いは消える。黄銅のてん輪と膨張 $0.8\times10^{-5}$ のゼンマイなら、硬さの温度係数を $+1.4\times10^{-5}$ にすると一日の狂いは $0$ になる(第3節)。

第五に、式は周期を出し直した値と合う。寸法と硬さを $0.001$ K 分変えて周期を出し直した傾きは、三つの組で式と一日 $1.9\times10^{-6}$ 秒以内で一致した(第2節)。

第六に、分離子は、てん輪やゼンマイの寸法を問うか、材料の硬さを問うかである。寸法の変化は打ち消し合って小さく残り、硬さの変化は打ち消す相手が無い(第4節)。

キーワード:ヒゲゼンマイ、てん輪、温度係数、縦弾性係数、時計の狂い。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。てん輪とヒゲゼンマイの周期の式、ばねの硬さが縦弾性係数と寸法で決まること、硬さの温度変化が時計の狂いの主な原因で、それを抑える合金が使われてきたことは、いずれも既知である。実在の値を主張しない。膨張係数と硬さの温度係数は模型の値で、どの時計にもどの合金にも対応しない。ほかの原因を入れない。磁気、姿勢による違い、油の粘り、ゼンマイの巻き方の形は入れない。設計しない。どの材料を使うべきかは述べない。既刊との関係:論文856 は、振り子を押して狂わせるのは押す強さより押す位置であることを示した。本稿はその隣に置く。あちらは脱進機の押し方が周期を狂わせることを数えた。ここでは温度が周期を狂わせる三つの寄与を分け、主役が寸法ではなく硬さであることを数える。加えたのは、三つの寄与を分けて一日の秒で並べたこと、硬さの寄与が膨張の差し引きの $20.000000$ 倍だと測ったこと、狂いを消す硬さの温度係数を出したこと、分離子を「寸法か、材料の硬さか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:慣性モーメント $I$ のてん輪が、ねじりの硬さ $\kappa$ のヒゲゼンマイで往復する。$I$ はてん輪の半径 $r$ の二乗に、$\kappa$ は縦弾性係数 $E$ と、ゼンマイの幅 $b$・厚さ $h$・長さ $L$ で決まる。

$$T=2\pi\sqrt{\frac{I}{\kappa}},\qquad
I\propto r^{2},\qquad
\kappa=\frac{E\,b\,h^{3}}{12L},\qquad
\frac{\Delta T}{T}=\frac12\bigl(2\alpha_{\text{輪}}-\alpha_E-3\alpha_{\text{ゼ}}\bigr)$$

$\alpha_{\text{輪}}$・$\alpha_{\text{ゼ}}$ はてん輪とゼンマイの膨張係数、$\alpha_E$ は硬さ(縦弾性係数)の温度係数である。一日の狂いは $-86400\times\Delta T/T$ 秒とする(負は遅れ)。

問い:温度で時計が狂う主な原因は、何か。

2. 三つの寄与

計算 2.1:三つの組み合わせで、$1$ K あたりの一日の狂いと、その内訳を出した。

組み合わせ 一日の狂い(秒/K) てん輪の膨張 硬さの変化 ゼンマイの膨張
鋼のゼンマイ・鋼のてん輪 $-9.849600$ $-1.036800$ $-10.368000$ $+1.555200$
鋼のゼンマイ・黄銅のてん輪 $-10.454400$ $-1.641600$ $-10.368000$ $+1.555200$
合金のゼンマイ・黄銅のてん輪 $0.000000$ $-1.641600$ $+0.604800$ $+1.036800$

鋼は膨張 $1.2\times10^{-5}$・硬さ $-2.4\times10^{-4}$、黄銅のてん輪は膨張 $1.9\times10^{-5}$、合金のゼンマイは膨張 $0.8\times10^{-5}$・硬さ $+1.4\times10^{-5}$(いずれも毎 K、模型の値)とした。

観察 2.2 これが本稿の芯である。主役は硬さの温度変化である。鋼どうしでは、てん輪の膨張は周期を延ばし、ゼンマイの膨張は硬さを増して周期を縮めるので、二つは打ち消し合って差し引き $0.518400$ 秒しか残らない。硬さの寄与 $-10.368000$ 秒はその $20.000000$ 倍で、一日の狂い $-9.849600$ 秒のほとんどを占める。

観察 2.3 式は周期を出し直した値と合う。寸法と硬さを $0.001$ K 分変えて周期を出し直した傾きは、$-9.849602$・$-10.454402$・$-0.000000$ 秒だった。式との差は $1.9\times10^{-6}$ 秒以内である。$1$ K まるごと変えて比べると、鋼どうしで一次の式との差は $1.809\times10^{-3}$ 秒になり、これは二次の項の大きさである。

3. 狂いを消す

計算 3.1:黄銅のてん輪と膨張 $0.8\times10^{-5}$ のゼンマイで、一日の狂いが $0$ になる硬さの温度係数を出した。

観察 3.2 硬さの温度係数を選べば、狂いは消える。$\alpha_E=2\alpha_{\text{輪}}-3\alpha_{\text{ゼ}}=+1.4\times10^{-5}$ で、一日の狂いは差 $10^{-9}$ 未満で $0$ になった。鋼のように温まると柔らかくなる材料では消せず、わずかに硬くなる材料を選ぶと、てん輪とゼンマイの膨張の差し引きをちょうど打ち消せる。

4. 分離子

観察 4.1 分離子は、てん輪やゼンマイの寸法を問うか、材料の硬さを問うかである。寸法の変化は、てん輪とゼンマイで逆向きに効いて打ち消し合う。硬さの変化には打ち消す相手が無く、そのまま一日 $10.368000$ 秒の狂いになる。伸び縮みの差し引きは、硬さの寄与の二十分の一しかない。

観察 4.2 論文856 の隣に置く。856 は、振り子を押して狂わせるのが押す強さより押す位置であることを示した。あちらは脱進機の押し方で周期が狂った。ここでは温度で周期が狂い、その主役は寸法ではなく硬さだった。どちらも、目立つ量ではなく別の量が狂いを決める。

観察 4.3 言わないこと。実在の時計や合金の値も、磁気・姿勢差・油も、どの材料を使うべきかも扱わない。示したのは、温度による狂いの主役が硬さの温度変化だということである。

5. 点呼と結び

  1. $\Delta T/T=\frac12(2\alpha_{\text{輪}}-\alpha_E-3\alpha_{\text{ゼ}})$(第1節):三つの寄与。
  2. 鋼どうしで一日 $\mathbf{-9.849600}$ 秒/K(計算 2.1):遅れる。
  3. 硬さの寄与 $\mathbf{-10.368000}$ 秒(計算 2.1):ほとんど全部。
  4. 膨張の差し引き $0.518400$ 秒(観察 2.2):打ち消し合う。
  5. 硬さは差し引きの $\mathbf{20.000000}$ 倍(観察 2.2):本稿の芯。
  6. 黄銅のてん輪で $-10.454400$ 秒(計算 2.1):ほとんど変わらない。
  7. $\alpha_E=+1.4\times10^{-5}$ で $0$(観察 3.2):狂いが消える。
  8. 出し直した傾きが式と一致(観察 2.3):$1.9\times10^{-6}$ 秒以内。
  9. 1 K まるごとでは二次の項が見える(観察 2.3):測り方の注意。
  10. 寸法か、材料の硬さか(観察 4.1):分離子・論文856。

結び:ヒゲゼンマイの時計を温度で狂わせる主役は、伸び縮みではなく硬さの温度変化である。鋼どうしの模型で $1$ K あたり一日 $-9.849600$ 秒の狂いのうち、硬さの変化が $-10.368000$ 秒を占め、てん輪とゼンマイの膨張は打ち消し合って差し引き $0.518400$ 秒しか残らない。寸法の変化は逆向きに効く相手を持つが、硬さの変化には打ち消す相手が無いからである。硬さの寄与は膨張の差し引きの $20.000000$ 倍で、硬さの温度係数を $+1.4\times10^{-5}$ にした合金なら黄銅のてん輪と組んで狂いは $0$ になる。狂いを消す鍵は、寸法ではなく材料の硬さの温度変化にある。既刊との位置:論文856 の「押す強さより押す位置」の隣に、温度で狂う主役が寸法でなく硬さであることを置いた。正直に言えば、係数は模型の値で、磁気や姿勢差や油は入れていない。

参考文献

  1. Halliday, D., Resnick, R., & Walker, J. (2014). Fundamentals of Physics (10th ed.). Wiley.
  2. 山岸勇輝 (2026). 『振り子を押して狂わせるのは、押す強さより押す位置である』[論文856]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/856

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「ヒゲゼンマイの時計を温度で狂わせる主役は、伸び縮みではなく硬さの温度変化である」[論文885]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/885

YOI 885第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). ヒゲゼンマイの時計を温度で狂わせる主役は、伸び縮みではなく硬さの温度変化である [論文885]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/885

Yamagishi, Y. (2026). What Makes a Hairspring Clock Drift with Temperature Is Not Expansion but the Change in Stiffness [Paper 885]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/885

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