サンロレンツォの名前は、書類を出しに行った広場の聖人から付いた

メガヨット

川の船大工の村から、スワンを迎える会社になるまで

サンロレンツォは、イタリアの造船所です。注文に合わせて一隻ずつ仕立てる大きなモーターヨットで知られ、2024 年にはフィンランドのスワンをグループに迎えました。会社が株主に向けて出している年次の報告には、歴史の章があります。それによれば、始まりは 1958 年、フィレンツェに近い川沿いの村でした。名前の由来は、思いがけないほど小さな偶然です。会社の報告と公式サイトを読んでいきます。

CHAPTER 1川の船大工と、広場の名前

1-1 1958 年、アルノ川の村

年次の報告の歴史の章は、1958 年から始まります。ジャンフランコ・チェッキとジュリアーノ・ペッキアという二人が、遊びの船を造り始めました。場所は、リミテ・スッラルノという村です。フィレンツェの近くで、名前のとおりアルノ川のほとりにあります。

海の町ではありません。川の村です。けれど報告によれば、この川の岸では、18 世紀から造船所が仕事をしてきました。二人は、その伝統の中で船を造り始めた船大工でした。

名前の由来を、報告は一文で書いています。この名前は、偶然の結果である。二人の船大工が、書類を正式にするために出かけた広場が、同じ名前の聖人にささげられた広場だった。

つまり、サンロレンツォは創業者の名字でも、土地の名前でもありません。役所の手続きに行った広場の名前です。もし別の広場で手続きをしていたら、いまの名前は違っていたことになります。

1-2 川が細くなって、海の町へ

二人は、川の村に長くはいませんでした。報告は理由を二つ挙げています。1950 年代にアルノ川の水の流れが減ったこと。そして、ヨットが大きくなっていく流れが始まったこと。大きな船を造って海へ出すには、細くなった川では足りなくなったわけです。

船大工たちは、ヴィアレッジョへ移りました。トスカーナの海辺の町です。公式サイトは、ここを、イタリアのモーターヨット造りの歴史ある中心地と呼んでいます。1960 年、この町で、チェッキの名前を付けた会社が正式に作られました。

前に書いたドイツのデーラーは、海から遠い山あいの町で生まれ、半世紀たってから海のそばへ移りました。サンロレンツォは、始めて二年ほどで海へ出ています。造っていた船の大きさが違ったからだろうと思いますが、これは私の感想です。

1-3 1972 年、ジャンネッティ

1972 年、ジョヴァンニ・ジャンネッティが会社を引き継ぎ、ヴィアレッジョに新しい造船所を開きました。報告は、彼のもとでサンロレンツォの名前が、洗練と、細かな所への気配りと、ひと目で分かる外の線において、最高のものと同じ意味になった、と書いています。その時期の見出しは「伝説を作る」です。

ジャンネッティの時代は、三十年あまり続きました。そのあいだの出来事として、報告が挙げているのは三つです。

1985 年、この造船所で最初の樹脂の船が披露されました。フランスのベネトウやスウェーデンのハルベルグが樹脂の船を造り始めたのは、1963 年です。それより二十二年あとのことでした。大きなモーターヨットを一隻ずつ仕立てる造船所では、木から樹脂への切り替えが、量産の造船所よりずっと遅かったことになります。

1995 年には、最初の 30 メートルの船を進水させました。報告は、これでサンロレンツォは、とくに大きなヨットの分野に入った、と書いています。

そして 1999 年、会社はアメーリアへ移ります。ラ・スペツィアの近くで、川のほとりの、自然を守るための公園の中です。公園の中に造船所がある。会社は、造る工程で環境を大事にしていることを示す認証を取った、と書いています。川の村で始まった造船所は、海の町を経て、また川のほとりに戻りました。

TIMELINE始まりからジャンネッティの時代まで(公式の年次報告から)
  1. 1958チェッキとペッキアが、アルノ川の村で遊びの船を造り始める
  2. 1960ヴィアレッジョで会社が正式に作られる
  3. 1972ジョヴァンニ・ジャンネッティが引き継ぐ
  4. 1985最初の樹脂の船
  5. 1995最初の 30 メートルの船。とくに大きなヨットの分野に入る
  6. 1999自然の公園の中のアメーリアへ移る

CHAPTER 22005 年、持ち主が替わる

2-1 マッシモ・ペロッティ

2005 年、マッシモ・ペロッティが、ジャンネッティから会社の株の過半を買いました。会社の名前も改められます。報告は、ここから世界に向けた商売の新しい段階が始まった、と書いています。公式サイトも、2005 年からこの造船所は大きく育った、と書いています。

育ち方は、まず場所に表れました。2007 年、会社はヴィアレッジョにもう一つの拠点を置いて、二つ目の部門を作ります。1999 年に離れた町に、戻ったことになります。アメーリアでは昔からの系列を造り続け、ヴィアレッジョでは新しい系列を造る。そういう分け方でした。

報告は、こう念を押しています。新しい系列でも、中も外も注文に合わせて仕立てるという考えは、守り続けた。

2-2 昔の客船の形と、金属の船

2007 年に出た新しい系列は、二つあります。

一つは、走っても水の上に浮き上がらない形の船体を持つ系列です。報告によれば、1930 年代の大西洋の客船から着想を得ました。燃料を足さずに、遠い行き先まで行けるのが持ち味です。昔からの系列は、水の上を滑って走る船でした。それを補う系列だ、と報告は書いています。

もう一つは、金属の船です。同じ 2007 年、最初の金属の大きなヨットが出ました。アルミニウムの船の系列の、最初の一隻です。この船は、設計の賞を一つと、大きなヨットの世界の賞を二つ取っています。2010 年には、最初の鋼の船も進水しました。

それまで金属の船を出していなかった造船所が、持ち主が替わって五年のうちに、アルミニウムと鋼の船まで造るようになりました。2016 年には、ラ・スペツィアに、金属の大きなヨットだけを造る造船所を開いています。

2008 年には、アメリカに子会社も作りました。南北アメリカでの商売と、客への世話を固めるためです。

2-3 世界で三番目、そして二番目

結果は、順位に出ました。報告は、外の雑誌が毎年出している注文の一覧を出典に挙げて、こう書いています。2011 年、サンロレンツォは、24 メートルを超えるヨットを造る造船所として、世界で三番目になった。一つの名前だけで造っている造船所としては、一番だった。2014 年には、二番目に上がった。

「一つの名前だけで」という断りは、大事なところです。前に書いたフェレッティは、いくつもの造船所の名前を集めて大きくなりました。サンロレンツォは、長いあいだ、一つの名前で大きくなる道を選んでいたことになります。

新しい形も続きました。2017 年には、二つの種類の良い所を合わせた新しい系列が出ます。2018 年には、左右が同じでないヨットが出ました。報告によれば、設計者クリス・バングルの考えから生まれたものです。ヨットの決まりきった間取りをひっくり返して、中の広さと、海にじかに触れる場所を増やした、と報告は書いています。

同じ 2018 年、会社は初めて、別の名前を買いました。ブルーゲームです。もっと小さい、樹脂の遊びの船の名前で、これが三つ目の部門になりました。

TABLE2005 年からの十三年(公式の年次報告から)
年 出来事
2005 マッシモ・ペロッティが株の過半を買う
2007 ヴィアレッジョに二つ目の部門。客船に着想を得た系列と、最初の金属の船
2010 最初の鋼の船
2011 24 メートルを超えるヨットの造船所として、世界で三番目
2016 ラ・スペツィアに、金属の大きなヨットの造船所
2018 左右が同じでないヨット。ブルーゲームを買う

CHAPTER 3一年に、決まった数だけ

3-1 「五十人の客」

公式サイトの造船所の紹介には、目を引く一文があります。サンロレンツォを一隻造るには、時間と情熱が要る。だからこの造船所は、一年に 50 人の客にしか応えられない。

同じページは、こうも書いています。半世紀あまりのあいだに造ったヨットは、およそ 1,000 隻。その一隻一隻が、ほかのどれとも違う。会社は自分のことを、数を限って寸法を取って仕立てる、小さな専門店のような造船所だと言っています。

いまの会社案内のページも、同じことを別の言葉で書いています。仕立ては、まず聞くことから始まる。材料も仕上げも、流行で選ぶのではなく、筋が通っているか、質が高いか、長もちするかで選ぶ。本当の様式は押し付けるものではなく、持ち主の世界から生まれる、と。

ただし、数字は少し動いています。年次の報告によれば、2021 年に渡したヨットは、サンロレンツォの名前のものが 61 隻でした。内わけは、樹脂の船の部門が 54 隻、金属の大きな船の部門が 7 隻です。「50 人」と書いたページがいつの時点のものかは、ページには書かれていません。会社が大きくなるにつれて、五十という数は超えていったようです。

3-2 2019 年、株を公開する

2019 年 12 月 10 日、会社はミラノの取引所に株を上場しました。同じ年、新しい旗艦が進水しています。この造船所で最初の、64 メートルの船でした。

報告は、外の調べを出典にして、会社の位置をこう書いています。2009 年から 2019 年のあいだに渡した、30 メートルから 40 メートルのヨットの数では、世界で一番。造船のグループとしては世界で二番目。24 メートルを超えるヨットを一つの名前で造る造船所としては、いちばん大きい。

2020 年には、アメーリアの造船所の中に、屋根のある 10,000 平方メートルの新しい区画を開きました。2021 年には、造船所の隣の土地と建物を三つ買い足しています。造る力を増やすためです。

2021 年の末の時点で、グループは三つの部門に分かれていました。24 メートルから 38 メートルの樹脂のヨット。40 メートルから 72 メートルの、アルミニウムと鋼のヨット。そして、ブルーゲームの名前の 13 メートルから 23 メートルの船。2021 年に三つの部門が渡した船は、合わせて 83 隻でした。前の年は 69 隻です。

環境についても、報告は一つの動きを書いています。2021 年の 9 月、会社は、シーメンス・エナジーという会社と取り決めを結びました。燃料電池という仕組みを、24 メートルから 80 メートルのヨットに組み入れる方法を、一緒に開発するためです。同じ年、72 メートルの、ディーゼルと電気を組み合わせて進む船が売れました。この造船所が造る中で、いちばん大きい船です。

3-3 2024 年、スワンを迎える

年次の報告は 2021 年の末までのものです。そのあとの大きな出来事は、別の造船所の社史に出てきます。

フィンランドのナウター・スワンの社史は、こう書いています。2024 年 8 月、ナウター・スワンはサンロレンツォ・グループに加わった。

スワンは、帆で走るヨットの造船所です。サンロレンツォは、創業からずっと、エンジンで走るヨットを造ってきました。長いあいだ一つの名前で造り続けた会社が、2018 年に小さな遊びの船の名前を買い、2024 年には、帆のヨットの名前を迎えたことになります。スワンの社史によれば、スワンのほうも 2021 年に、エンジンで走るヨットを造り始めていました。両方が、少しずつ相手の側へ寄っていたところでした。

スワンの記事に書いたとおり、スワンの船は、いまもフィンランドのピエタルサーリで造られています。持ち主が替わっても、造る町は替わっていません。サンロレンツォのほうは、川の村から海の町へ、海の町から川のほとりの公園へ、そしてまた海の町にも拠点を置く、と場所を動かしてきました。動かなかったのは、一隻ずつ仕立てるという造り方のほうです。

書類を出しに行った広場の名前が、いまは 72 メートルの船に付いています。

FIGURE年次報告に出てくる船の長さ(メートル)
ブルーゲームのいちばん小さい船13
最初の、とくに大きなヨット(1995 年)30
新しい旗艦(2019 年)64
ディーゼルと電気の船(2021 年)72

SOURCES出典

  1. Sanlorenzo S.p.A. 公式の年次報告(2021 年 12 月 31 日の時点)の「Key events in Sanlorenzo’s history」と「The Group today」
    https://www.sanlorenzoyacht.com/hubfs/Investors/Financial-results-and-financial-documents/EN/2021/3251-Annual%20financial%20report%20as%20at%2031%20December%202021.pdf(2026-10-02 確認)
  2. Sanlorenzo 公式サイト「Shipyard」
    https://israel.sanlorenzoyacht.com/uk/shipyard/shipyard.asp(2026-10-02 確認)
  3. Sanlorenzo 公式サイト「About」
    https://www.sanlorenzoyacht.com/en/about(2026-10-02 確認)
  4. Nautor Swan 公式サイト「Heritage」(2024 年 8 月にサンロレンツォ・グループに加わったこと)
    https://www.nautorswan.com/company/heritage/(2026-10-02 確認)
  5. Ferretti Group 公式サイト「Our history」(造船所の名前を集めて大きくなったこと)
    https://www.ferrettigroup.com/en-us/Corporate/Our-history(2026-10-02 確認)
  6. BENETEAU 公式サイト「History」(1963 年の樹脂の小舟)
    https://www.beneteau.com/history(2026-10-02 確認)
  7. Hallberg-Rassy 公式サイト「Company history」(1963 年の樹脂の量産)
    https://www.hallberg-rassy.com/company/company-history(2026-10-02 確認)

この記事は、上の資料の原文を確かめたうえで書いています。年や長さなどの数は、資料に書かれているものだけを使いました。資料どうしで書き方が違う所は、本文でそのように断っています。記事の中の社名と艇名は、各社の商標です。

WRITTEN BY山岸 勇輝Yuuki YAMAGISHI

独立研究者(Independent Researcher)。公式の資料や統計など、一次の資料にあたって書くことを続けている。船が好きで、とくにアルベマーレに思い入れがある。