要旨
「作用は対称なのに、答が対称でない」という同じ見かけが、三つの別々の場所から来ている。本稿はそれを点呼し、それぞれについて何を動かすと破れが動くかを書く。新しい物理法則は主張しない。いずれも標準的な内容である。
第一に、自発的破れでは作用が対称で、真空が対称でない。メキシコ帽型の $V=(|\phi|^2-1)^2$ の真空 $(1,0)$ でヘッセ行列の固有値は $\mathbf{0.0000000008}$ と $8.0000000008$、零がちょうど一つあり、それがゴールドストーン方向である(第2節)。
第二に、その個数は選べない。$O(N)\to O(N-1)$ で零固有値は $N=2,3,4,5$ に対し $1,2,3,4$ 個、つねに $N-1$ である(第3節)。
第三に、明示的破れでは動かすものが違う。対称でない項 $-\varepsilon x$ をラグランジアンに入れると平坦方向が持ち上がり、その量は $\varepsilon$ に比例する(固有値/$\varepsilon$ が $0.999996$ から $0.987876$)(第4節)。
第四に、これが本稿の芯であり、ブレーキである。有限系では自発的破れは起こらない。二重井戸を解くと分裂は $1.5837$ から $0.0385$ へ落ちるが決して零にならず、基底状態は障壁がどれだけ高くても偶関数のままである(非対称性 $5.4\times10^{-14}$)(第5節)。
第五に、量子異常では作用も真空も対称で、測度が対称でない。同じ変換・同じ被積分関数で、$dx$ なら積分が $0.1$ 倍になり、$dx/x$ なら $1.0$ 倍のままである(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい物理法則は主張しない。南部=ゴールドストーンの定理、明示的破れ、アドラー=ベル=ジャッキーの異常、藤川の測度による定式化、有限系に自発的破れが無いことは、いずれも標準的である。また第6節は類推であって導出ではない。カイラル異常を導いてはおらず、示すのは「被積分関数の対称性と測度の対称性は独立である」という構造だけである。加えたのは三つを同じ検算の上に並べたこと、$N-1$ という個数を数値で確かめたこと、擬ゴールドストーンの質量が $\varepsilon$ に比例することを測ったこと、そして有限系では破れないことを、自前で解いた固有値と波動関数で示したことである。
1. 記法と位置づけ
場の理論の言葉は使わず、必要な構造だけを最小の模型で扱う。固有値は自前の実装(小行列はヤコビ回転、三重対角はスターム列の二分法)で求めた。
位置づけ:論文85 は対称性が「可能なこと」の裁定者であると書き、論文107 はネーターの二つの定理を分けた。本稿はその裏側を扱う。対称性が効かなくなるときの、三つの別々の理由である。
2. 自発的:作用は対称で、真空が対称でない
観察 2.1 $V(\phi)=(|\phi|^2-1)^2$ は $\phi\to e^{i\alpha}\phi$ で不変である。ところが最小点は円をなすから、どの一点も不変ではない。
検算 2.2:真空 $(1,0)$ でヘッセ行列の固有値を求める。
| 固有値 | 向き |
|---|---|
| $\mathbf{0.000000000800}$ | 円に沿う平坦方向(ゴールドストーン) |
| $8.000000000816$ | 半径方向 |
(証明終)
検算 2.3:対称変換が真空をどこへ運ぶか。
| 回転角 | 行き先 | そこでの $V$ | もとの真空との距離 |
|---|---|---|---|
| $0.3$ | $(0.9553,\,0.2955)$ | $0$ | $0.2989$ |
| $1.1$ | $(0.4536,\,0.8912)$ | $0$ | $1.0454$ |
(証明終)
観察 2.4 同じエネルギー、違う点である。対称性は消えていない。真空を別の真空へ移しただけである。そして、どの真空も対称性で固定されない。
3. 個数は選べない
検算 3.1:$O(N)$ 対称な $V=(\sum x_i^2-1)^2$ の真空でヘッセ行列を対角化する。
| $N$ | 固有値 | 零の個数 | $N-1$ |
|---|---|---|---|
| $2$ | $0,\ 8$ | $1$ | $1$ |
| $3$ | $0,\ 0,\ 8$ | $2$ | $2$ |
| $4$ | $0,\ 0,\ 0,\ 8$ | $3$ | $3$ |
| $5$ | $0,\ 0,\ 0,\ 0,\ 8$ | $\mathbf{4}$ | $\mathbf{4}$ |
(証明終)
観察 3.2 つねに $N-1$ である。この数は選択ではなく、群の次元から、真空をまだ固定している部分群の次元を引いたものである(論文86 が「必然性の四つの根」で対称性を挙げたのと同じ場所である)。
4. 明示的:動かすのはラグランジアンである
検算 4.1:対称でない項 $-\varepsilon x$ を加える。円をなしていた最小点は孤立点に潰れる。
| $\varepsilon$ | 持ち上がった固有値 | 固有値 $/\varepsilon$ |
|---|---|---|
| $0$ | $8\times10^{-10}$(=零) | 、 |
| $10^{-4}$ | $0.0000999996$ | $\mathbf{0.999996}$ |
| $10^{-3}$ | $0.0009998762$ | $0.999876$ |
| $10^{-2}$ | $0.0099875403$ | $0.998754$ |
| $10^{-1}$ | $0.0987875753$ | $\mathbf{0.987876}$ |
(証明終)
観察 4.2 $\varepsilon=0$ では平坦方向は厳密に平坦である。どんなに小さい $\varepsilon$ でもそれは持ち上がり、持ち上がりは $\varepsilon$ に比例する。ゴールドストーンになりそこねた粒子(擬ゴールドストーン)である。
観察 4.3 動いたのはラグランジアンであって、真空ではない。自発的破れと明示的破れは、見かけが似ていても、手を触れた場所が違う。
5. 芯:有限系では、何も破れない
観察 5.1 同じ二重井戸を量子力学の問題として解く。$H=-d^2/dx^2+a(x^2-1)^2$ とし、三重対角行列のスターム列を自前で書いて固有値を求めた。
検算 5.2
| 障壁 $a$ | $E_0$ | $E_1$ | 分裂 $E_1-E_0$ | 前段との比 |
|---|---|---|---|---|
| $2$ | $1.739159929$ | $3.322848832$ | $1.5836889027$ | 、 |
| $5$ | $3.285153786$ | $4.547352639$ | $1.2621988524$ | $0.7970$ |
| $10$ | $5.331804619$ | $6.074031419$ | $0.7422267997$ | $0.5880$ |
| $20$ | $8.227161060$ | $8.477402611$ | $0.2502415507$ | $0.3371$ |
| $40$ | $12.072664043$ | $12.111168325$ | $\mathbf{0.0385042815}$ | $\mathbf{0.1539}$ |
検算 5.3:基底状態のパリティを、逆反復で波動関数を出して測る。
| 障壁 $a$ | $\max_x|\psi(x)-\psi(-x)|$ |
|---|---|
| $5$ | $3.6\times10^{-15}$ |
| $20$ | $\mathbf{5.4\times10^{-14}}$ |
(証明終)
観察 5.4 分裂は加速しながら小さくなるが、決して零にならない。障壁が有限であるかぎり、二つの井戸は互いに話し続けている。
観察 5.5 そして基底状態は、障壁がどれだけ高くても偶関数のままである。すなわち有限系に自発的対称性の破れは無い。それは無限体積の極限についての主張であり、上の分裂こそが、その極限で消えなければならない量である(論文113 が「モジュールは壁ではなく極限である」と書いたのと同じ構造で、極限を取る前と後で言えることが違う)。
観察 5.6 したがって「対称性が破れている」という文には、暗黙の極限が入っている。有限の系を指してそう言うとき、正確には「分裂が観測にかからないほど小さい」と言っている。
6. 量子異常:動かすのは測度である
観察 6.1 三つ目は、作用も真空も対称なのに破れる場合である。異常とはヤコビアンであり、対称でないのは積分の測度である(藤川 $1979$)。
検算 6.2:その構造だけを一次元で見る。$f(x)=e^{-(\log x)^2}$ を取り、$x\to Lx$ に対する積分を二つの測度で比べる。
| $L$ | $\int f(Lx)\,dx$ | $\int f(Lx)\,dx/x$ |
|---|---|---|
| $1$ | $2.27587579447$ | $1.77245385091$ |
| $2$ | $1.13793789723$ | $1.77245385091$ |
| $10$ | $0.227587579447$ | $1.77245385091$ |
| $L=10$ での比 | $\mathbf{0.1}$ | $\mathbf{1.0}$ |
(証明終)
観察 6.3 同じ変換、同じ被積分関数、違う測度、一方の積分は動かず、他方は動く。「積分されるもの」の対称性と「それが積分される先」の対称性は、独立である。
観察 6.4 これは類推であって、カイラル異常の導出ではない。示したのは住所だけである。作用も真空も動いていない。動いたのは測度である。論文117 が異常次元を「次元解析の反例」として挙げたのと、同じ場所を別の角度から見ている。
7. 点呼
観察 7.1
| 破れ方 | 動かすもの | 何が対称でないか | 残る痕跡 |
|---|---|---|---|
| 明示的 | ラグランジアン | 対称性が最初から無い | 擬ゴールドストーン(質量 $\propto\varepsilon$) |
| 自発的 | 真空の選び方 | 作用は対称・真空が非対称 | ゴールドストーン $N-1$ 個 |
| 量子異常 | 積分測度 | 作用も真空も対称 | 古典的保存則が量子で破れる |
観察 7.2 さらに、自発的破れには第四の柵がある。
| 有限系 | 自発的破れは起きない(基底状態は対称) |
|---|---|
| 無限体積 | 分裂が消えて、はじめて破れる |
観察 7.3 三つは強さの階段ではない。どれが起きているかを決めるのは、どこに手を触れたかである。
8. 結論
- 自発的破れの平坦方向は厳密に平坦(検算2.2):固有値 $8\times10^{-10}$ と $8.0$。
- ゴールドストーンの個数は $N-1$(検算3.1):$N=5$ で $4$ 個。
- 明示的破れの持ち上がりは $\varepsilon$ に比例(検算4.1):$0.999996$ から $0.987876$。
- 有限系では破れない(検算5.2・5.3):分裂は $0.0385$ まで落ちても零にならず、基底状態は偶関数($5.4\times10^{-14}$)。
- 異常が動かすのは測度(検算6.2):$dx$ で $0.1$ 倍、$dx/x$ で $1.0$ 倍。
結び:「対称性が破れている」と聞いたら、次に問うべきはどこに手を触れたかである。式を書き換えたのか、答を一つ選んだのか、それとも数え方を変えたのか。三つとも同じ言葉で呼ばれ、同じ見かけをしていて、直し方はそれぞれ違う。
参考文献
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- Goldstone, J., Salam, A., & Weinberg, S. (1962). Broken symmetries. Physical Review, 127(3).
- Adler, S. L. (1969). Axial-vector vertex in spinor electrodynamics. Physical Review, 177(5).
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- 山岸勇輝 (2026). ゲージという原理 [論文96]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758671
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- 山岸勇輝 (2026). モジュールは壁ではなく、極限である [論文113]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962996
- 山岸勇輝 (2026). スケール不変性は、四通りに指数を選ぶ [論文117]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22005515
- 山岸勇輝 (2026). 最小エントロピー生成は、原理ではなく柵つきの定理である [論文143]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082367
- 山岸勇輝 (2026). その特異点は、どちらの持ち物か [論文174]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094572
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書誌
山岸勇輝(2026)「「対称性の破れ」は一語ではない」[論文175]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22097873
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「対称性の破れ」は一語ではない [論文175]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/175 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22097873
Yamagishi, Y. (2026). “Symmetry Breaking” Is Not One Word [Paper 175]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/175; DOI: 10.5281/zenodo.22097873
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