要旨
どの群で見ても A が勝つのに、併せると B が勝つ、この逆転は統計の奇癖として語られることが多い。本稿は、一語のもとに三つの別のものがあることを書く。新しい数学定理も新しい統計手法も主張しない。
第一に、これは算術であって統計ではない。$a/b<c/d$ かつ $e/f<g/h$ から $(a+e)/(b+f)<(c+g)/(d+h)$ は従わない。退化しない最小の反例は分母の和が $19$ で、$1/3<2/5$、$5/7<3/4$、しかし $3/5>5/9$ である(第2節)。
第二に、機構は重みの違いである。本稿で作った表では、両群とも A が勝ちながら、併合すると $0.54$ 対 $0.76$ で B が勝つ、どちらの群も $100$ 例ずつで、違うのは中身の混ざり方だけである(第3節)。
第三に、柵は割付の均等さである。両群の人数を揃えた表を $669124$ 通り全数調べて、逆転は一つも無かった。不均等にした途端 $1166$ 件現れる(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。同じ表が二つの正しい答を持つ。群を交絡因子と読めば調整した平均で $0.70$ 対 $0.60$ となり A が勝ち、媒介因子と読めば併合した平均で $0.54$ 対 $0.76$ となり B が勝つ、数字は一つも変えていない(第5節)。
第五に、答を変えるために動かすべきものは数ではなく矢印である。そして矢印は表の中に無い(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理も新しい統計手法も主張しない。ユール、シンプソン、ブライス、そして因果ダイアグラムによる調整の可否は、いずれも標準的である。表は本稿で構成したものであり、実データではない。医学的にも社会的にも、いかなる主張もしない。論文124 との関係:124 の「集約」は $N$ 体計算で遠方の源を少数の量に置き換える許可のことであり、部分集団の統計を併せる話ではない。語が同じで別物である。論文154 との関係:「二つの操作が交換しない」という型は 154 が持っている。本稿はそれを新しいとは言わない。加えるのは、ここではどちらの順序が正しいかが趣味でも規約でもなく、データに含まれない因果の事実で決まるという点である。加えたのは算術・機構・因果の三層に分けたこと、退化しない最小反例を全数探索で出したこと、均等割付なら逆転が起こりえないことを全数探索で確かめたこと、同じ表に二つの因果構造を当てて逆の答が出ることを厳密な分数で示したことである。
1. 記法と位置づけ
二つの処置を $A$、$B$ と書き、対象を二群 $G_1$、$G_2$ に分ける。成功数と試行数の比を成功率と呼ぶ。計算はすべて厳密な分数で行い、探索はすべて全数である。
位置づけ:論文164 は「確率」に四つの住所があると書いた。本稿はその隣で、データが決めないものを一つ示す。同じ表から二つの正しい答が出る。
2. これは算術であって、統計ではない
観察 2.1 分数について、$a/b<c/d$ かつ $e/f<g/h$ が成り立っても、$(a+e)/(b+f)<(c+g)/(d+h)$ は従わない。確率も標本も模型も要らない。分数の足し方の話である。
検算 2.2:すべての分数が $0$ と $1$ の間にあるものに限って全数探索すると、分母の和が最小の反例は次のとおりである。
| $A$ 側 | $B$ 側 | 向き | |
|---|---|---|---|
| 群 $G_1$ | $1/3$ | $2/5$ | $A<B$ |
| 群 $G_2$ | $5/7$ | $3/4$ | $A<B$ |
| 併合 | $\mathbf{3/5}$ | $\mathbf{5/9}$ | $\mathbf{A>B}$ |
分母の和は $19$ である。(証明終)
観察 2.3 したがって「統計は直感に反する」という言い方は、ここでは的を外している。反しているのは分数についての直感であり、統計はまだ何も始まっていない。
3. 機構:併合は重み付き平均であり、重みが両側で違う
検算 3.1:本稿で次の表を作る。実データではない。
| 群 $G_1$ | 群 $G_2$ | 併合 | |
|---|---|---|---|
| 処置 $A$ | $9/10=9/10$ | $45/90=1/2$ | $54/100=\mathbf{27/50}$ |
| 処置 $B$ | $72/90=4/5$ | $4/10=2/5$ | $76/100=\mathbf{19/25}$ |
| 向き | $A>B$ | $A>B$ | $\mathbf{A<B}$ |
どちらの処置も $100$ 例ちょうどである。片方が大きいから起きているのではない。(証明終)
検算 3.2:違うのは中身の混ざり方である。
| $G_1$ の割合 | $G_2$ の割合 | |
|---|---|---|
| 処置 $A$ | $\mathbf{1/10}$ | $\mathbf{9/10}$ |
| 処置 $B$ | $\mathbf{9/10}$ | $\mathbf{1/10}$ |
(証明終)
観察 3.3 併合した数は、それぞれの腕が自分の混ざり方で平均を取った値である。つまり「この腕に来るような対象を一つ引いたらどうなるか」に答えている。比べたい問いではない。
4. 柵は、割付の均等さである
観察 4.1 もし両群の人数が両側で同じなら、併合はどちらも同じ重みの平均になる。同じ重みの平均は順序を保つから、逆転は起こりえない。
検算 4.2:群の大きさを $12$ まで動かし、均等割付の表を全数調べる。
| 割付 | 調べた表の数 | 逆転の数 |
|---|---|---|
| 均等(両側で同じ人数) | $669124$ | $\mathbf{0}$ |
| 不均等 | $512120$ | $\mathbf{1166}$ |
(証明終)
観察 4.3 均等割付では一つも見つからない。これが、群の大きさを固定した割付が買っているものである。逆転を「起きにくくする」のではなく、論理的に不可能にする。
観察 4.4 ただしこの柵は、群が分かっているときにしか立てられない。分かっていない群については、割付を均等にすることも、後から調整することもできない。
5. 芯:同じ表が、二つの正しい答を持つ
観察 5.1 第3節の表をそのまま使う。数字は一つも変えない。群全体での割合は $G_1$ が $1/2$、$G_2$ が $1/2$ である。
検算 5.2:読み方その一、群が交絡因子である場合(群がどちらの処置を受けるかにも、結果にも効いている)。このとき効果は、各群を全体での割合で重み付けた平均である。
| 処置 | 調整した平均 | 判定 |
|---|---|---|
| $A$ | $7/10=\mathbf{0.7000}$ | |
| $B$ | $3/5=\mathbf{0.6000}$ | $\mathbf{A}$ が良い |
(証明終)
検算 5.3:読み方その二、群が媒介因子である場合(処置そのものが対象を群のあいだで動かし、その移動が効き方の一部である)。このとき調整は処置自身の効果を差し引いてしまうので、併合した数が効果である。
| 処置 | 併合した平均 | 判定 |
|---|---|---|
| $A$ | $27/50=\mathbf{0.5400}$ | |
| $B$ | $19/25=\mathbf{0.7600}$ | $\mathbf{B}$ が良い |
(証明終)
観察 5.4 同じ数から逆の答が出た。表は両方の場合でまったく同一であり、表をいくら眺めても、どちらの読み方が正しいかは決まらない。
6. 動かすべきものは、数ではなく矢印である
観察 6.1
| 因果の構造 | 計算すべきもの | 答 |
|---|---|---|
| 群 $\to$ 処置(交絡因子) | 調整した平均 | $A$ |
| 処置 $\to$ 群(媒介因子) | 併合した平均 | $B$ |
| 処置 $\to$ 群 $\leftarrow$ 結果(合流点) | 併合(条件付けない) | $B$ |
観察 6.2 媒介因子と合流点は答が同じだが、理由は正反対である。媒介因子では調整が本当にある効果を消し、合流点では調整が無い関連を作り出す。三つの構造に対して、計算は二種類しかない。
観察 6.3 分離子は矢印の向きであり、矢印は表の欄ではない。論文95 が「規約と事実」を分けたとき、規約は数であって配置ではないと書いた。ここではその逆側が要る。答を決めているのは数ではなく、数の外にある構造である。
7. 点呼
観察 7.1
| 層 | 何についての言明か | 決まるか |
|---|---|---|
| 算術 | 分数の足し方 | 決まる(検算2.2) |
| 機構 | 重みの違い | 決まる(検算3.2) |
| 因果 | どちらを計算すべきか | 表からは決まらない |
観察 7.2 「二つの操作が交換しない」という型は、論文154 が既に持っている(極限には順序が要る)。本稿はそれを新しいとは言わない。加えるのは、どちらの順序が正しいかの決まり方である。154 では順序は問いの側が決めるが、ここではデータに含まれない因果の事実が決める。
8. 結論
- 逆転は算術である(検算2.2):最小反例は分母の和 $19$、$3/5>5/9$。
- 機構は重みの違い(検算3.2):両腕とも $100$ 例で、混ざり方が $1/10$ 対 $9/10$。
- 均等割付なら逆転は起こりえない(検算4.2):$669124$ 通りで $0$ 件。
- 不均等にすれば戻る(検算4.2):$1166$ 件。
- 同じ表が二つの正しい答を持つ(検算5.2・5.3):$0.70$ 対 $0.60$ で $A$、$0.54$ 対 $0.76$ で $B$。
- 三つの構造に対し計算は二種類(観察6.2)。
結び:「群ごとに見るべきか、併せて見るべきか」は、データを丁寧に見れば決まる種類の問いではない。どちらの平均が答かは、その群が処置より前にあるのか後にあるのかで決まり、それは表の欄には書かれていない。数字が足りないのではなく、数字では足りないのである。
参考文献
- Yule, G. U. (1903). Notes on the Theory of Association of Attributes in Statistics. Biometrika, 2(2).
- Fisher, R. A. (1935). The Design of Experiments. Edinburgh: Oliver and Boyd.
- Simpson, E. H. (1951). The Interpretation of Interaction in Contingency Tables. Journal of the Royal Statistical Society, Series B, 13(2).
- Blyth, C. R. (1972). On Simpson’s Paradox and the Sure-Thing Principle. Journal of the American Statistical Association, 67(338).
- Pearl, J. (1995). Causal Diagrams for Empirical Research. Biometrika, 82(4).
- Pearl, J. (2009). Causality: Models, Reasoning, and Inference. Second edition. Cambridge: Cambridge University Press.
- 山岸勇輝 (2026). 規約と事実 [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
- 山岸勇輝 (2026). 集約の三つの別根 [論文124]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22057728
- 山岸勇輝 (2026). カルバック=ライブラーは距離ではない [論文137]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081369
- 山岸勇輝 (2026). 極限には順序が要る [論文154]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084647
- 山岸勇輝 (2026). 「確率」は四つの住所を持つ [論文164]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092815
- 山岸勇輝 (2026). 柵は線形性である [論文171]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094287
- 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「同じ表が、二つの正しい答を持つ」[論文183]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22104230
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 同じ表が、二つの正しい答を持つ [論文183]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/183 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22104230
Yamagishi, Y. (2026). One Table, Two Correct Answers [Paper 183]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/183; DOI: 10.5281/zenodo.22104230
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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