【論文184】両立しなくなるのは、三つ目の選択肢からである

要旨

本体系はすでにいくつかの不可能性を運んでいる(論文25・163・178・179)。だがそれらはすべて「この対象は作れない」という形であった。本稿は別の形を加える。もっともらしい条件が同時には成り立たない、という不可能性である。新しい数学定理は主張しない。

第一に、選択肢が二つなら緊張は無い。多数決は匿名性・中立性・単調性を、投票者が $2$ 人から $5$ 人まですべての場合で満たした(第2節)。

第二に、三つになると多数決が既に壊れる。循環する意見の並びは $3$ 人で全体の $1/18$ を占める。ところが $4$ 人では一つも無く、$6$ 人で戻る。数え上げで説明がつく(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。独立性の仮定を使うと規則の空間が有限に落ちるので、最小の場合を機械で全数掃くことができる。$4096$ 通りを調べて、推移性と全員一致を同時に満たすものはちょうど二つ、どちらも独裁者であった(第4節)。

第四に、逃げ道は四つあり、どれも何かを差し出す。独立性を捨てればボルダ得点が使えるが、$4$ 人の例で誰の a 対 b の順位も変えずに社会の判定が反転した(第5節)。

第五に、柵は選択肢の個数である。二つならすべて成り立ち、三つなら独裁者しか残らない(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。コンドルセ、アロー、メイ、ブラックの結果はいずれも標準的である。また、いかなる政治的・制度的な主張もしない。扱うのは、条件の集合が両立するかどうかという数学だけである。論文25 との関係:25 は「解けない」を三つに分け、分離子を許した道具に置いた。本稿の分離子は諦める条件である。道具を増やす話ではなく、要求を減らす話である。加えたのは最小の場合でアローの定理を全数探索で確かめたこと(引用ではなく機械が掃いた)、循環が $4$ 人では起こりえないことを数え上げで示したこと、ボルダの独立性違反を探索で見つけ、厳密な反転が $3$ 人には無く $4$ 人に在ることを確かめたこと、四つの逃げ道を「何を差し出すか」で並べたことである。

1. 記法と位置づけ

選択肢を $a$、$b$、$c$ とし、各投票者はそれらに順位をつける。全員の順位の組を意見の並びと呼ぶ。社会の順位を返す規則に、次を要求する。全員一致(全員が $x$ を $y$ より上に置けば社会もそうする)、独立性($x$ と $y$ の社会的順位は、各人の $x$ と $y$ の順位だけで決まる)、推移性(社会の順位が循環しない)、非独裁(一人の順位がそのまま社会の順位になる、ということがない)。計算はすべて全数探索である。

位置づけ:論文179 は「構成できない」を三つに分けた。そこでの不可能性は対象についてであった。書き下せない、探せない、算法が無い。本稿の不可能性は要求の組についてである。対象はいくらでも作れるが、条件を全部は満たせない。

2. 選択肢が二つなら、緊張は無い

検算 2.1:選択肢を二つにして多数決を取り、すべての意見の並びについて条件を確かめる。

投票者数 並びの数 匿名性 中立性 単調性
$2$ $4$ 成立 成立 成立
$3$ $8$ 成立 成立 成立
$4$ $16$ 成立 成立 成立
$5$ $32$ 成立 成立 成立

(証明終)

観察 2.2 どの人数でも三条件が同時に成り立つ。選択肢が二つのあいだは、何も諦めなくてよい。多数決がそのまま働く。

3. 三つになると、多数決が既に壊れる

検算 3.1:三つの選択肢について、対ごとの多数決が循環する意見の並びを数える。

投票者数 並びの総数 循環する数 割合
$3$ $216$ $12$ $1/18$
$4$ $1296$ $\mathbf{0}$ $\mathbf{0}$
$5$ $7776$ $540$ $5/72$
$6$ $46656$ $180$ $5/1296$
$7$ $279936$ $21000$ $875/11664$

(証明終)

観察 3.2 $4$ 人では一つも無い。これは「小さいから稀」ではなく、起こりえないのである。理由は数え上げで書ける。各投票者が三つの差($a$ 対 $b$、$b$ 対 $c$、$c$ 対 $a$)に与える寄与は、六通りの順位のどれでも和が $+1$ か $-1$ にしかならない。したがって $n$ 人での三つの差の和は絶対値が $n$ を超えない。ところが循環には三つの差が同符号であることが要り、$n$ が偶数なら各差は偶数だから大きさが $2$ 以上、和は $6$ 以上でなければならない。$n=4$ ではこれが満たせない。

検算 3.3:各順位の寄与。

順位 三つの寄与 和
$abc$ $(+1,+1,-1)$ $+1$
$acb$ $(+1,-1,-1)$ $-1$
$bac$ $(-1,+1,-1)$ $-1$
$bca$ $(-1,+1,+1)$ $+1$
$cab$ $(+1,-1,+1)$ $+1$
$cba$ $(-1,-1,+1)$ $-1$

和はどれも $\pm1$ である。(証明終)

観察 3.4 $6$ 人では戻る($180$ 通り)。和が $6$ 以上になりうるのは、全員が同じ符号の $+1$ を出し、三つの差がすべてちょうど $2$ のときだけである。ぎりぎりで通る。

4. 芯:最小の場合を、機械で全数掃く

観察 4.1 独立性は空間を有限に落とす。$x$ と $y$ の社会的順位が各人の $x$ 対 $y$ の順位だけで決まるなら、規則とは三つの対それぞれについての関数にすぎない。投票者が $2$ 人なら各関数は $2^{2^2}=16$ 通りであり、規則の全体は $16^3=4096$ 通りである。

検算 4.2:その $4096$ 通りを掃き、推移性(どの並びでも社会の順位が循環しない)と全員一致を同時に満たすものを数える。

数
掃いた規則 $4096$
推移性かつ全員一致を満たす $\mathbf{2}$
そのうち独裁者 $\mathbf{2}$
独裁者でない生き残り $\mathbf{0}$

(証明終)

観察 4.3 生き残りはすべて独裁者であった。これはアローの定理を引用したのではなく、最小の場合について機械が確かめたものである。「四つの条件は両立しない」は、ここでは $4096$ を数えた結果である。

観察 4.4 全数探索は定理の証明ではない。確かめたのは $2$ 人・$3$ 選択肢の場合だけである。一般の場合はアロー($1951$)による。

5. 逃げ道は四つあり、どれも何かを差し出す

検算 5.1:独立性を捨てる。ボルダ得点。$3$ 人と $4$ 人で、全員の $a$ 対 $b$ の順位が同じまま社会の判定がどこまで動くかを全数探索する。

投票者数 判定が変わるか 厳密に反転するか
$2$ する する
$3$ する しない
$4$ する する

(証明終)

検算 5.2:$4$ 人での反転の実例。

意見の並び 得点 判定
$abc\;|\;abc\;|\;bac\;|\;bca$ $a=5,\ b=6,\ c=1$ $b$ が勝つ
$abc\;|\;acb\;|\;bac\;|\;bac$ $a=6,\ b=5,\ c=1$ $\mathbf{a}$ が勝つ

どの投票者も $a$ と $b$ の順位を変えていない。動いたのは $c$ の位置だけである。(証明終)

観察 5.3 $a$ と $b$ について誰も何も変えていないのに、社会の判定が入れ替わった。これが独立性の禁じていることであり、ボルダ得点の代償である。そして $3$ 人では厳密な反転が起こらない。勝ちが引き分けになるまでである。循環と同じく、ここにも人数の偶奇が効いている。

観察 5.4 推移性を捨てる。多数決をそのまま使い、循環と付き合う(第3節)。

検算 5.5:定義域を捨てる。選択肢を直線 $a<b<c$ に並べ、山が一つだけの順位(単峰性)に限る。許される順位は $abc$、$bac$、$bca$、$cba$ の四つである。

投票者数 単峰な並びの数 循環する数
$3$ $64$ $\mathbf{0}$
$5$ $1024$ $\mathbf{0}$

(証明終)

観察 5.6 循環が消える。ただし代償は誰がどう考えてよいかを先に制限することである。$acb$ と $cab$ という二つの意見は、初めから受け付けない。

検算 5.7:全員一致を捨てる。社会の順位を常に $a>b>c$ とする定数の規則。これは独立で(誰の意見も見ない)、推移的で、独裁者もいない。全員一致に反する並びは $27$ 通り見つかった。(証明終)

観察 5.8 四つ目の逃げ道は確かに存在する。そして誰も選ばない。条件の一覧が長いのは、この種の逃げ道を塞ぐためである。

6. 点呼

観察 6.1 

捨てるもの 得られるもの 代償
独立性 ボルダ得点 無関係な三つ目の位置で判定が反転する
推移性 多数決 社会の順位が循環する
定義域 単峰性・中位投票者 ある意見を初めから認めない
全員一致 定数の規則 誰の意見も効かない

観察 6.2 柵は選択肢の個数である。

選択肢 何が起きるか
$2$ つ すべての条件が成り立つ(検算2.1)
$3$ つ 独裁者しか残らない(検算4.2)

観察 6.3 体系の柵の並びに加わる。論文171 の線形性、論文173 の整数性、論文177 のコンパクト性、そしてここでは選択肢が二つであること。いずれも「あと一つ増やすと壊れる」場所に立っている。

観察 6.4 論文25 との違いを書いておく。25 の分離子は許した道具であり、道具を増やせば解けるようになった。本稿の分離子は諦める条件であり、増やす側には何も無い。減らすしかない。

7. 結論

  1. 二択なら緊張が無い(検算2.1):三条件が全人数で成立。
  2. 三択で循環が現れる(検算3.1):$3$ 人で $1/18$。
  3. $4$ 人では循環が起こりえない(観察3.2):寄与の和が $\pm1$ だから。
  4. $4096$ 通りの生き残りは $2$、どちらも独裁者(検算4.2)。
  5. ボルダは独立性を破る(検算5.2):$c$ を動かしただけで $a$ 対 $b$ が反転。
  6. 単峰性は循環を消す(検算5.5):$0$ 件。
  7. 柵は選択肢の個数(観察6.2)。

結び:「どの決め方が正しいか」という問いには、条件をすべて満たす答が無い。答があるのは「何を諦めるか」という問いのほうである。そして諦めるものを選ぶのは数学ではない。数学が言えるのは、何かは必ず諦めねばならない、というところまでである。

参考文献

  1. Condorcet, M. J. A. N. de C. (1785). Essai sur l’application de l’analyse à la probabilité des décisions rendues à la pluralité des voix. Paris: Imprimerie Royale.
  2. Black, D. (1948). On the Rationale of Group Decision-making. Journal of Political Economy, 56(1).
  3. Arrow, K. J. (1951). Social Choice and Individual Values. New York: Wiley.
  4. May, K. O. (1952). A Set of Independent Necessary and Sufficient Conditions for Simple Majority Decision. Econometrica, 20(4).
  5. Gibbard, A. (1973). Manipulation of Voting Schemes: A General Result. Econometrica, 41(4).
  6. Satterthwaite, M. A. (1975). Strategy-proofness and Arrow’s Conditions. Journal of Economic Theory, 10(2).
  7. 山岸勇輝 (2026). 「解けない」は三つの別根を持つ [論文25]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090297
  8. 山岸勇輝 (2026). 同じ表で、同型でない [論文152]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084202
  9. 山岸勇輝 (2026). 不動点は一つの定理ではない [論文161]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092530
  10. 山岸勇輝 (2026). 存在と構成は別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
  11. 山岸勇輝 (2026). 柵は線形性である [論文171]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094287
  12. 山岸勇輝 (2026). 柵は整数性である [論文173]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094507
  13. 山岸勇輝 (2026). 量化子の順序が中身のすべてである [論文177]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098103
  14. 山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098419
  15. 山岸勇輝 (2026). 「次元の呪い」は一つの呪いではない [論文182]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22104170

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「両立しなくなるのは、三つ目の選択肢からである」[論文184]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22105459

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 両立しなくなるのは、三つ目の選択肢からである [論文184]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/184 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22105459

Yamagishi, Y. (2026). Incompatibility Begins with the Third Option [Paper 184]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/184; DOI: 10.5281/zenodo.22105459

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