要旨
地球の磁場を球面調和で展開すると、最低次は双極子($l=1$)である。単極子項が無いことを「地球の性質」と読みたくなる。本稿が問うのは、それが地球の事情か、電磁気の事情かである。答は、電磁気の事情である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、$l=0$ 項は恒等的にゼロである。$\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ から $\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ が従い、どんな天体でも単極子項は消える(第2節)。
第二に、実際の係数で双極子を測る。IGRF-13($2020$)から $B_1=\mathbf{29805.9244}$ nT、モーメント $m=\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$(第3節)。
第三に、これが本稿のもう一つの芯である。モーメントの式に $4\pi$ が二度立ち、そのまま約分されて消える。$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$ である(第3節)。
第四に、双極子軸は $9.4105^\circ$ 傾いている(第3節)。
第五に、「北」は三つある。地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289.1}$ km 離れており、別の場所である(第4節)。
第六に、分離子は「何が消しているか」である。単極子項を消しているのは地球ではなく、単磁極が見つかっていないという事実である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。球面調和展開、ガウス係数、IGRF モデル、双極子モーメントの式、三つの「北」の定義は、いずれも標準的である。地球物理学を作らない。使うのは一つの平方根と、一つの逆余弦と、一つの大円距離だけである。ダイナモを論じない。磁場の生成機構も、逆転も、外核の対流も一切扱わない。逆問題を扱わない。ガウス($1839$)は表面データだけから内部源と外部源を分離したが、本稿は順方向の展開に留める。単磁極の存在を否定しない。$l=0$ 項が消えるのは「地球の内部に正味の磁荷が無い」という条件からである。単磁極が存在しないことの証明ではない。IGRF の値を主張しない。ガウス係数は$5$ 年ごとに更新される観測値であり、$2020$ 年の値である。極位置も年単位で動く。磁北極の移動を予測しない。年 $55$ km は近年の速さであり、将来の外挿はしない。$4\pi$ の約分に意味を主張しない。第3節の約分はSI の $\mu_0$ の定義に由来するのであって、論文02 の幾何的な $4\pi$ とは身分が違う。既刊との関係:論文146・147・151 はディラックの単磁極量子化を扱った。本稿はその帰結の側であり、単極子が無いことが展開の形を決めるという一点だけを使う。論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。本稿の $4\pi$ は二度立って約分されるので、論文258 の条件(点源・三次元・等方)に照らせば、幾何の $4\pi$ ではない。論文99 は境界から内部を読む逆問題を扱った。本稿はその順方向である。論文112 は「同じ韻の別根」を数えた。本稿の三つの「北」も一語の下の三つの別定義である。加えたのは$l=0$ が消える理由を地球の外に置いたこと、$4\pi$ が二度立って約分されると確かめたこと、双極子軸の傾きを $9.4105^\circ$ と計算したこと、三つの「北」の相互距離を $1289.1$/$1034.1$/$389.2$ km と測ったことである。
1. 記法と問い
設定:地球表面の外側では磁場がポテンシャル $V$ を持ち、球面調和で展開される。
$$V=a\sum_{l=1}^{\infty}\sum_{m=0}^{l}\left(\frac{a}{r}\right)^{l+1}\left(g_l^m\cos m\phi+h_l^m\sin m\phi\right)P_l^m(\cos\theta)$$
和が $l=1$ から始まっていることに注意する。
問い:$l=0$ の項はどこへ行ったか。それは地球が持っていないのか、原理的に存在しえないのか。
観察 1.1 「地球の磁場は双極子である」という言い方は、地球の性質を述べているように聞こえる。本稿はそれを半分だけ正しいと見る。双極子が最低次であることは地球の性質ではない。
2. $l=0$ 項は、恒等的にゼロである
観察 2.1 $l=0$ の項は $1/r$ に比例するポテンシャル、すなわち磁気単極子に対応する。
観察 2.2 マクスウェル方程式の一つは $\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ である。発散定理により、任意の閉曲面で
$$\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$$
が成り立つ、正味の磁束は必ずゼロである。
観察 2.3 $l=0$ 項があれば、球面上で $\mathbf{B}$ の法線成分が一様に同符号になる。積分はゼロにならない。したがって $l=0$ 項は恒等的に消える。
観察 2.4 これが本稿の一つ目の芯である。地球の中を見なくても、この項が無いことが分かる。木星でも、太陽でも、実験室の電磁石でも同じである。消しているのは地球ではない。
観察 2.5 論文146・147・151 はディラックの単磁極量子化を扱った。そこでは単磁極が在るとしたら何が起きるかが問われた。本稿はその帰結の側である。在らないと置くことが、展開の第一項を決めている。
観察 2.6 正直に書くべき点、これは単磁極が存在しないことの証明ではない。使ったのは「考えている球面の内側に正味の磁荷が無い」という条件だけである。条件が成り立つかぎり、第一項は双極子である。
3. 双極子を測る:$4\pi$ が二度立って、約分される
検算 3.1:IGRF-13(元期 $2020$)の一次のガウス係数から、双極子の大きさを出す。
| 係数 | 値 [nT] |
|---|---|
| $g_1^0$ | $-29404.8$ |
| $g_1^1$ | $-1450.9$ |
| $h_1^1$ | $+4652.5$ |
| $B_1=\sqrt{(g_1^0)^2+(g_1^1)^2+(h_1^1)^2}$ | $\mathbf{29805.9244}$ |
検算 3.2:双極子モーメント $m=(4\pi a^3/\mu_0)B_1$ を出す($a=6371.2$ km)。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $\mu_0=4\pi\times10^{-7}$ | $1.2566371\times10^{-6}$ |
| $4\pi a^3/\mu_0$ | $\mathbf{2.5862\times10^{27}}$ |
| $m$ | $\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$ |
観察 3.3 これが本稿のもう一つの芯である。式の中に $4\pi$ が二度立っている。分子の $4\pi a^3$ と、分母の $\mu_0=4\pi\times10^{-7}$ である。そして
$$\frac{4\pi a^3}{\mu_0}=\frac{4\pi a^3}{4\pi\times10^{-7}}=a^3\times10^{7}$$
と、そのまま約分されて消える。
観察 3.4 したがって双極子モーメントの式に $4\pi$ は残らない。$m=a^3\times10^{7}\times B_1$ である。$4\pi$ が二つ見えるのは、SI の書き方の産物である。
観察 3.5 論文258 は $4\pi$ が出るのは源が点のときだけだと書いた。ここでは源は点ではなく、逆二乗でもない。だから論文02 の幾何的な $4\pi$ とは身分が違う。約分されるという事実そのものが、規約由来であることの証拠である。
検算 3.6:双極子軸の傾き。
| 量 | 値 |
|---|---|
| $|g_1^0|/B_1$ | $0.986542$ |
| 傾き $\arccos(|g_1^0|/B_1)$ | $\mathbf{9.4105}$ 度 |
検算 3.7:双極子がどれだけ支配的かを、二次の項と比べる。
| 量 | 値 [nT] |
|---|---|
| 一次(双極子)$B_1$ | $29805.9$ |
| 二次(四重極)$B_2$ | $5238.5$ |
| 比 $B_1/B_2$ | $\mathbf{5.6898}$ 倍 |
観察 3.8 双極子は四重極の $\mathbf{5.69}$ 倍にすぎない。「地球の磁場は双極子だ」という近似は、$15\%$ ほどの誤りを含んでいる。最低次であることと、支配的であることは別である。
4. 「北」は三つあり、二つは $1289$ km 離れている
検算 4.1:$2020$ 年の三つの「北」。
| 名前 | 定義 | 位置 |
|---|---|---|
| 地理北極 | 自転軸 | $90.0^\circ$N |
| 地磁気北極 | 双極子軸の交点 | $80.7^\circ$N, $72.7^\circ$W |
| 磁北極 | 伏角が $90^\circ$ の点 | $86.5^\circ$N, $164.0^\circ$E |
検算 4.2:大円距離を測る。
| 組 | 距離 |
|---|---|
| 地磁気北極 $-$ 磁北極 | $\mathbf{1289.1}$ km |
| 地理北極 $-$ 地磁気北極 | $1034.1$ km |
| 地理北極 $-$ 磁北極 | $389.2$ km |
観察 4.3 地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289}$ km 離れている。東京と札幌の距離より遠い。「磁石の北」と言ったとき、どちらを指しているかで答が変わる。
観察 4.4 意外なことに、磁北極のほうが地理北極に近い($389$ km 対 $1034$ km)。双極子軸のほうがずれが大きい。高次の項が、伏角 $90^\circ$ の点を極のほうへ引き戻しているからである。
観察 4.5 磁北極は動いている。$1900$ から $2020$ の $120$ 年で約 $2300$ km、平均 $19.17$ km/年、現在は年 $55$ km で、平均の $\mathbf{2.87}$ 倍である。
観察 4.6 分離子、どの「北」かを書かなければ、偏角の符号すら決まらない。地磁気北極を基準に取るか磁北極を取るかで、同じ地点の偏角が数度違う。定義を書かない「北」は、量ではない。
5. 分離子:消しているのは何か
観察 5.1 分離子、何を動かすと、$l=0$ 項が現れるか。単磁極が存在することである。
| 展開の第一項 | 理由 | |
|---|---|---|
| 重力場 | $l=0$(単極子) | 質量に負が無い |
| 静電場(正味電荷あり) | $l=0$(単極子) | 電荷は分離できる |
| 磁場 | $l=1$(双極子) | 正味の磁荷が無い |
観察 5.2 三行を並べると分かる。最低次を決めているのは、場の源に正味の量が残せるかどうかである。天体の性質ではない。
観察 5.3 論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。重力の $l=0$ 項こそが、その $4\pi$ の住所である。磁場にはその項が無いので、$4\pi$ の身分も違う(第3節で約分された)。
観察 5.4 論文99 は境界のデータから内部を読む逆問題を扱った。ガウスは $1839$ 年に、表面の磁場データだけから内部源と外部源を分離した。本稿は順方向に留めるが、$l=0$ が無いという制約は、その逆問題の解を一つ減らしている。
6. 点呼と結び
- $l=0$ は恒等的にゼロ(観察2.3):$\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ から。
- 地球を見なくても分かる(観察2.4):木星でも電磁石でも同じ。
- $B_1=29805.9244$ nT(検算3.1):IGRF-13、$2020$。
- $4\pi$ が二度立って約分(観察3.3):$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$。
- $m=7.7084\times10^{22}$ A$\cdot$m$^2$(検算3.2):$4\pi$ は残らない。
- 傾き $9.4105^\circ$(検算3.6):双極子軸。
- $B_1/B_2=5.6898$(検算3.7):最低次と支配的は別。
- 地磁気北極 $-$ 磁北極 $=1289.1$ km(検算4.2):別の場所。
- 磁北極のほうが近い($389.2$ km)(観察4.4):高次項が引き戻す。
- 年 $55$ km、平均の $2.87$ 倍(観察4.5):今は速い。
結び:地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない。$\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ が $\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ を強いるので、$l=0$ 項はどんな天体でも恒等的に消える。木星でも、太陽でも、実験室の電磁石でも同じである。消しているのは、単磁極が見つかっていないという電磁気の側の事実である。実際の値も測った。IGRF-13($2020$)から $B_1=\mathbf{29805.9244}$ nT、$m=\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$、双極子軸の傾き $\mathbf{9.4105^\circ}$。そのモーメントの式には $4\pi$ が二度立つが、$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$ とそのまま約分されて消える。約分されること自体が、この $4\pi$ が規約由来だという証拠である。そして「北」は三つある。地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289.1}$ km 離れており、別の場所である。分けるものは一つ、場の源に、正味の量を残せるかどうか。残せる重力は $l=0$ から始まり、残せない磁場は $l=1$ から始まる。天体を調べても、この違いは出てこない。
参考文献
- Gauss, C. F. (1839). Allgemeine Theorie des Erdmagnetismus. Leipzig: Weidmann.
- Alken, P. et al. (2021). International Geomagnetic Reference Field: the Thirteenth Generation. Earth, Planets and Space, 73(1).
- Merrill, R. T., McElhinny, M. W. and McFadden, P. L. (1996). The Magnetic Field of the Earth. San Diego: Academic Press.
- Backus, G., Parker, R. and Constable, C. (1996). Foundations of Geomagnetism. Cambridge: Cambridge University Press.
- Livermore, P. W., Finlay, C. C. and Bayliff, M. (2020). Recent North Magnetic Pole Acceleration Towards Siberia Caused by Flux Lobe Elongation. Nature Geoscience, 13(6).
- 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ 質量相殺定理、逆二乗場における純粋立体角の出現と無摩擦平衡(Zero-Tension)の数理構造 [論文02]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21403931
- 山岸勇輝 (2026). 境界から内部を読む、カルデロン問題・電気インピーダンス断層法(EIT)と、逆問題という構え [論文99]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758790
- 山岸勇輝 (2026). ディラックの弦は、一枚の紙で書こうとした跡である [論文146]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082868
- 山岸勇輝 (2026). 二枚の被覆は、円周について間違った答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096
- 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ が出るのは、源が点のときだけである [論文258]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169011
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書誌
山岸勇輝(2026)「地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない」[論文290]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない [論文290]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/290 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171410
Yamagishi, Y. (2026). That the Earth’s Field Begins at the Dipole Is Not a Property of the Earth [Paper 290]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/290; DOI: 10.5281/zenodo.22171410
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