【論文290】地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない

要旨

地球の磁場を球面調和で展開すると、最低次は双極子($l=1$)である。単極子項が無いことを「地球の性質」と読みたくなる。本稿が問うのは、それが地球の事情か、電磁気の事情かである。答は、電磁気の事情である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、$l=0$ 項は恒等的にゼロである。$\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ から $\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ が従い、どんな天体でも単極子項は消える(第2節)。

第二に、実際の係数で双極子を測る。IGRF-13($2020$)から $B_1=\mathbf{29805.9244}$ nT、モーメント $m=\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$(第3節)。

第三に、これが本稿のもう一つの芯である。モーメントの式に $4\pi$ が二度立ち、そのまま約分されて消える。$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$ である(第3節)。

第四に、双極子軸は $9.4105^\circ$ 傾いている(第3節)。

第五に、「北」は三つある。地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289.1}$ km 離れており、別の場所である(第4節)。

第六に、分離子は「何が消しているか」である。単極子項を消しているのは地球ではなく、単磁極が見つかっていないという事実である(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。球面調和展開、ガウス係数、IGRF モデル、双極子モーメントの式、三つの「北」の定義は、いずれも標準的である。地球物理学を作らない。使うのは一つの平方根と、一つの逆余弦と、一つの大円距離だけである。ダイナモを論じない。磁場の生成機構も、逆転も、外核の対流も一切扱わない。逆問題を扱わない。ガウス($1839$)は表面データだけから内部源と外部源を分離したが、本稿は順方向の展開に留める。単磁極の存在を否定しない。$l=0$ 項が消えるのは「地球の内部に正味の磁荷が無い」という条件からである。単磁極が存在しないことの証明ではない。IGRF の値を主張しない。ガウス係数は$5$ 年ごとに更新される観測値であり、$2020$ 年の値である。極位置も年単位で動く。磁北極の移動を予測しない。年 $55$ km は近年の速さであり、将来の外挿はしない。$4\pi$ の約分に意味を主張しない。第3節の約分はSI の $\mu_0$ の定義に由来するのであって、論文02 の幾何的な $4\pi$ とは身分が違う。既刊との関係:論文146・147・151 はディラックの単磁極量子化を扱った。本稿はその帰結の側であり、単極子が無いことが展開の形を決めるという一点だけを使う。論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。本稿の $4\pi$ は二度立って約分されるので、論文258 の条件(点源・三次元・等方)に照らせば、幾何の $4\pi$ ではない。論文99 は境界から内部を読む逆問題を扱った。本稿はその順方向である。論文112 は「同じ韻の別根」を数えた。本稿の三つの「北」も一語の下の三つの別定義である。加えたのは$l=0$ が消える理由を地球の外に置いたこと、$4\pi$ が二度立って約分されると確かめたこと、双極子軸の傾きを $9.4105^\circ$ と計算したこと、三つの「北」の相互距離を $1289.1$/$1034.1$/$389.2$ km と測ったことである。

1. 記法と問い

設定:地球表面の外側では磁場がポテンシャル $V$ を持ち、球面調和で展開される。

$$V=a\sum_{l=1}^{\infty}\sum_{m=0}^{l}\left(\frac{a}{r}\right)^{l+1}\left(g_l^m\cos m\phi+h_l^m\sin m\phi\right)P_l^m(\cos\theta)$$

和が $l=1$ から始まっていることに注意する。

問い:$l=0$ の項はどこへ行ったか。それは地球が持っていないのか、原理的に存在しえないのか。

観察 1.1 「地球の磁場は双極子である」という言い方は、地球の性質を述べているように聞こえる。本稿はそれを半分だけ正しいと見る。双極子が最低次であることは地球の性質ではない。

2. $l=0$ 項は、恒等的にゼロである

観察 2.1 $l=0$ の項は $1/r$ に比例するポテンシャル、すなわち磁気単極子に対応する。

観察 2.2 マクスウェル方程式の一つは $\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ である。発散定理により、任意の閉曲面で

$$\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$$

が成り立つ、正味の磁束は必ずゼロである。

観察 2.3 $l=0$ 項があれば、球面上で $\mathbf{B}$ の法線成分が一様に同符号になる。積分はゼロにならない。したがって $l=0$ 項は恒等的に消える。

観察 2.4 これが本稿の一つ目の芯である。地球の中を見なくても、この項が無いことが分かる。木星でも、太陽でも、実験室の電磁石でも同じである。消しているのは地球ではない。

観察 2.5 論文146・147・151 はディラックの単磁極量子化を扱った。そこでは単磁極が在るとしたら何が起きるかが問われた。本稿はその帰結の側である。在らないと置くことが、展開の第一項を決めている。

観察 2.6 正直に書くべき点、これは単磁極が存在しないことの証明ではない。使ったのは「考えている球面の内側に正味の磁荷が無い」という条件だけである。条件が成り立つかぎり、第一項は双極子である。

3. 双極子を測る:$4\pi$ が二度立って、約分される

検算 3.1:IGRF-13(元期 $2020$)の一次のガウス係数から、双極子の大きさを出す。

係数 値 [nT]
$g_1^0$ $-29404.8$
$g_1^1$ $-1450.9$
$h_1^1$ $+4652.5$
$B_1=\sqrt{(g_1^0)^2+(g_1^1)^2+(h_1^1)^2}$ $\mathbf{29805.9244}$

検算 3.2:双極子モーメント $m=(4\pi a^3/\mu_0)B_1$ を出す($a=6371.2$ km)。

量 値
$\mu_0=4\pi\times10^{-7}$ $1.2566371\times10^{-6}$
$4\pi a^3/\mu_0$ $\mathbf{2.5862\times10^{27}}$
$m$ $\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$

観察 3.3 これが本稿のもう一つの芯である。式の中に $4\pi$ が二度立っている。分子の $4\pi a^3$ と、分母の $\mu_0=4\pi\times10^{-7}$ である。そして

$$\frac{4\pi a^3}{\mu_0}=\frac{4\pi a^3}{4\pi\times10^{-7}}=a^3\times10^{7}$$

と、そのまま約分されて消える。

観察 3.4 したがって双極子モーメントの式に $4\pi$ は残らない。$m=a^3\times10^{7}\times B_1$ である。$4\pi$ が二つ見えるのは、SI の書き方の産物である。

観察 3.5 論文258 は $4\pi$ が出るのは源が点のときだけだと書いた。ここでは源は点ではなく、逆二乗でもない。だから論文02 の幾何的な $4\pi$ とは身分が違う。約分されるという事実そのものが、規約由来であることの証拠である。

検算 3.6:双極子軸の傾き。

量 値
$|g_1^0|/B_1$ $0.986542$
傾き $\arccos(|g_1^0|/B_1)$ $\mathbf{9.4105}$ 度

検算 3.7:双極子がどれだけ支配的かを、二次の項と比べる。

量 値 [nT]
一次(双極子)$B_1$ $29805.9$
二次(四重極)$B_2$ $5238.5$
比 $B_1/B_2$ $\mathbf{5.6898}$ 倍

観察 3.8 双極子は四重極の $\mathbf{5.69}$ 倍にすぎない。「地球の磁場は双極子だ」という近似は、$15\%$ ほどの誤りを含んでいる。最低次であることと、支配的であることは別である。

4. 「北」は三つあり、二つは $1289$ km 離れている

検算 4.1:$2020$ 年の三つの「北」。

名前 定義 位置
地理北極 自転軸 $90.0^\circ$N
地磁気北極 双極子軸の交点 $80.7^\circ$N, $72.7^\circ$W
磁北極 伏角が $90^\circ$ の点 $86.5^\circ$N, $164.0^\circ$E

検算 4.2:大円距離を測る。

組 距離
地磁気北極 $-$ 磁北極 $\mathbf{1289.1}$ km
地理北極 $-$ 地磁気北極 $1034.1$ km
地理北極 $-$ 磁北極 $389.2$ km

観察 4.3 地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289}$ km 離れている。東京と札幌の距離より遠い。「磁石の北」と言ったとき、どちらを指しているかで答が変わる。

観察 4.4 意外なことに、磁北極のほうが地理北極に近い($389$ km 対 $1034$ km)。双極子軸のほうがずれが大きい。高次の項が、伏角 $90^\circ$ の点を極のほうへ引き戻しているからである。

観察 4.5 磁北極は動いている。$1900$ から $2020$ の $120$ 年で約 $2300$ km、平均 $19.17$ km/年、現在は年 $55$ km で、平均の $\mathbf{2.87}$ 倍である。

観察 4.6 分離子、どの「北」かを書かなければ、偏角の符号すら決まらない。地磁気北極を基準に取るか磁北極を取るかで、同じ地点の偏角が数度違う。定義を書かない「北」は、量ではない。

5. 分離子:消しているのは何か

観察 5.1 分離子、何を動かすと、$l=0$ 項が現れるか。単磁極が存在することである。

展開の第一項 理由
重力場 $l=0$(単極子) 質量に負が無い
静電場(正味電荷あり) $l=0$(単極子) 電荷は分離できる
磁場 $l=1$(双極子) 正味の磁荷が無い

観察 5.2 三行を並べると分かる。最低次を決めているのは、場の源に正味の量が残せるかどうかである。天体の性質ではない。

観察 5.3 論文02 は逆二乗場に純粋立体角 $4\pi$ が現れることを示した。重力の $l=0$ 項こそが、その $4\pi$ の住所である。磁場にはその項が無いので、$4\pi$ の身分も違う(第3節で約分された)。

観察 5.4 論文99 は境界のデータから内部を読む逆問題を扱った。ガウスは $1839$ 年に、表面の磁場データだけから内部源と外部源を分離した。本稿は順方向に留めるが、$l=0$ が無いという制約は、その逆問題の解を一つ減らしている。

6. 点呼と結び

  1. $l=0$ は恒等的にゼロ(観察2.3):$\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ から。
  2. 地球を見なくても分かる(観察2.4):木星でも電磁石でも同じ。
  3. $B_1=29805.9244$ nT(検算3.1):IGRF-13、$2020$。
  4. $4\pi$ が二度立って約分(観察3.3):$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$。
  5. $m=7.7084\times10^{22}$ A$\cdot$m$^2$(検算3.2):$4\pi$ は残らない。
  6. 傾き $9.4105^\circ$(検算3.6):双極子軸。
  7. $B_1/B_2=5.6898$(検算3.7):最低次と支配的は別。
  8. 地磁気北極 $-$ 磁北極 $=1289.1$ km(検算4.2):別の場所。
  9. 磁北極のほうが近い($389.2$ km)(観察4.4):高次項が引き戻す。
  10. 年 $55$ km、平均の $2.87$ 倍(観察4.5):今は速い。

結び:地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない。$\nabla\cdot\mathbf{B}=0$ が $\oint\mathbf{B}\cdot d\mathbf{A}=0$ を強いるので、$l=0$ 項はどんな天体でも恒等的に消える。木星でも、太陽でも、実験室の電磁石でも同じである。消しているのは、単磁極が見つかっていないという電磁気の側の事実である。実際の値も測った。IGRF-13($2020$)から $B_1=\mathbf{29805.9244}$ nT、$m=\mathbf{7.7084\times10^{22}}$ A$\cdot$m$^2$、双極子軸の傾き $\mathbf{9.4105^\circ}$。そのモーメントの式には $4\pi$ が二度立つが、$4\pi a^3/\mu_0=a^3\times10^{7}$ とそのまま約分されて消える。約分されること自体が、この $4\pi$ が規約由来だという証拠である。そして「北」は三つある。地磁気北極と磁北極は $\mathbf{1289.1}$ km 離れており、別の場所である。分けるものは一つ、場の源に、正味の量を残せるかどうか。残せる重力は $l=0$ から始まり、残せない磁場は $l=1$ から始まる。天体を調べても、この違いは出てこない。

参考文献

  1. Gauss, C. F. (1839). Allgemeine Theorie des Erdmagnetismus. Leipzig: Weidmann.
  2. Alken, P. et al. (2021). International Geomagnetic Reference Field: the Thirteenth Generation. Earth, Planets and Space, 73(1).
  3. Merrill, R. T., McElhinny, M. W. and McFadden, P. L. (1996). The Magnetic Field of the Earth. San Diego: Academic Press.
  4. Backus, G., Parker, R. and Constable, C. (1996). Foundations of Geomagnetism. Cambridge: Cambridge University Press.
  5. Livermore, P. W., Finlay, C. C. and Bayliff, M. (2020). Recent North Magnetic Pole Acceleration Towards Siberia Caused by Flux Lobe Elongation. Nature Geoscience, 13(6).
  6. 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ 質量相殺定理、逆二乗場における純粋立体角の出現と無摩擦平衡(Zero-Tension)の数理構造 [論文02]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21403931
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  8. 山岸勇輝 (2026). ディラックの弦は、一枚の紙で書こうとした跡である [論文146]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22082868
  9. 山岸勇輝 (2026). 二枚の被覆は、円周について間違った答を返す [論文151]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084096
  10. 山岸勇輝 (2026). $4\pi$ が出るのは、源が点のときだけである [論文258]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169011

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない」[論文290]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171410

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 地球の磁場が双極子から始まるのは、地球の性質ではない [論文290]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/290 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171410

Yamagishi, Y. (2026). That the Earth’s Field Begins at the Dipole Is Not a Property of the Earth [Paper 290]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/290; DOI: 10.5281/zenodo.22171410

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