【論文289】予報の限界を決めているのは、たった一つの数である

要旨

天気予報がある日数より先を当てられないのは、方程式が足りないからでも、計算機が遅いからでもない。本稿が問うのは、何が限界を決めているかである。答は、誤差の二重時間 $\tau_d$ という一つの数である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、一日ごとの代償は一定倍率である。$\tau_d=1.5$ 日なら、一日延ばすたびに初期値の精度が $\mathbf{1.5874}$ 倍要る(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。$14$ 日を $21$ 日にするのに $\mathbf{25.40}$ 倍、$30$ 日にするのに $\mathbf{1625.5}$ 倍、$60$ 日にするのに $\mathbf{1.70\times10^{9}}$ 倍(第2節)。

第三に、逆から見ると見返りは対数的である。観測を $\mathbf{10}$ 倍精密にしても、延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日だけである(第3節)。

第四に、$10$ 億倍にしても $44.85$ 日である(第3節)。

第五に、約二週間という数がここから出る。初期誤差が飽和の $10^{-3}$ なら、予報可能な期間は $\mathbf{14.95}$ 日(第4節)。

第六に、分離子は「指数か多項式か」である。$\tau_d$ を $1.0$ 日にすると同じ延長に $\mathbf{65536}$ 倍要り、$2.5$ 日なら $\mathbf{84.4}$ 倍で済む、すべてが一つの数に乗っている(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。誤差の指数増大、二重時間、予測可能性の限界、$\tau_d\approx1.5$ 日という値は、いずれも標準的である。気象学を作らない。使うのは一つの指数関数と、その逆関数だけである。カオスを論じない。ローレンツ方程式も、アトラクタも、分岐も一切扱わない。数値予報を論じない。格子解像度も、パラメタリゼーションも、データ同化も扱わない。誤差が厳密に指数増大すると言わない。$e^{\lambda t}$ が成り立つのは誤差が小さいあいだだけであり、飽和に近づけば増大は止まる。本稿の計算は線形増大の領域に限る。$\tau_d$ の値を主張しない。$1.5$ 日は文献で広く用いられる代表値であり、季節・領域・変数によって $1$ 日から $2.5$ 日程度まで動く。第5節はこの依存の大きさそのものを示す。単一の指数だと言わない。実際の大気には尺度ごとに違う成長率があり、小さい渦ほど速く育つ。単一の $\tau_d$ は粗い近似である。予報の改善を否定しない。現に予報は延びてきた。本稿が言うのはその延び方が対数的であるということだけであり、改善が無意味だとは言わない。既刊との関係:論文253 は時間が一本なのが法則ではなく「予言できる」という要求だと示した。本稿はその要求が、どこまでなら満たせるかを数にする。論文195 は「安定」が六つの別の言葉だと分けた。あちらは安定性の分類、本稿は予測可能性の時間尺度であり、同じ双曲性を材料にして問いが違う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿の見返りも対数である。論文266 は標本化定理の前提が決して満たされないと示した。本稿の「初期値を正確に知る」も決して満たされない前提であり、構図が同じである。加えたのは一日あたりの代償を $1.5874$ 倍という一定倍率として書いたこと、$14\to21\to30\to60$ 日の必要精度を $25.40$/$1625.5$/$1.70\times10^{9}$ 倍と計算したこと、観測 $10$ 倍が $4.98$ 日にしかならないと逆から書いたこと、$\tau_d$ を $1.0$ から $2.5$ まで振って答が $65536$ 倍から $84.4$ 倍まで動くと示したことである。

1. 記法と、一つの数

設定:初期値のわずかな誤差 $\varepsilon_0$ は、時間とともに

$$\varepsilon(t)=\varepsilon_0\,e^{\lambda t}=\varepsilon_0\,2^{t/\tau_d}$$

と育つ。$\tau_d$ は誤差が二倍になる時間であり、大気ではおよそ $1.5$ 日とされる。

検算 1.1:

量 値
二重時間 $\tau_d$ $1.5$ 日
$\lambda=\ln2/\tau_d$ $\mathbf{0.462098}$ 毎日

問い:予報を延ばすには、何を、どれだけ良くせねばならないか。

観察 1.2 予報が当たる期間 $T$ は、誤差が使いものにならない大きさ $\varepsilon_{\max}$ に達するまでである。$\varepsilon_0 2^{T/\tau_d}=\varepsilon_{\max}$ を解けば

$$T=\tau_d\log_2\!\left(\frac{\varepsilon_{\max}}{\varepsilon_0}\right)$$

である。初期精度は対数の中にしか入らない。

2. 芯:一日ごとに $1.5874$ 倍

検算 2.1:$T$ を一日延ばすのに要る精度の倍率は $2^{1/\tau_d}$ である。

量 値
一日あたりの精度倍率 $2^{1/1.5}$ $\mathbf{1.5874}$ 倍

観察 2.2 一日ごとに $1.5874$ 倍であり、どこで一日延ばしても同じ倍率である。$14$ 日目の一日も、$60$ 日目の一日も、代償は同じ $1.5874$ 倍、ただし掛け算で積み上がる。

検算 2.3:$14$ 日を起点にして積み上げる。

延長 倍加回数 $(T-14)/\tau_d$ 要る精度倍率
$14\to16$ 日 $1.3333$ $2.5198$ 倍
$14\to18$ 日 $2.6667$ $6.3496$ 倍
$14\to21$ 日 $4.6667$ $\mathbf{25.398}$ 倍
$14\to24$ 日 $6.6667$ $101.59$ 倍
$14\to28$ 日 $9.3333$ $645.08$ 倍
$14\to30$ 日 $10.6667$ $\mathbf{1625.5}$ 倍
$14\to45$ 日 $20.6667$ $1.6645\times10^{6}$ 倍
$14\to60$ 日 $30.6667$ $\mathbf{1.7045\times10^{9}}$ 倍
$14\to90$ 日 $50.6667$ $1.7873\times10^{15}$ 倍

観察 2.4 これが本稿の芯である。一週間延ばすのに $\mathbf{25.4}$ 倍、二週間で $\mathbf{645}$ 倍、一か月半で $\mathbf{17}$ 億倍、延長は足し算だが、代償は掛け算である。

観察 2.5 $14\to16$ 日はわずか $2.52$ 倍で済む。同じ「二日延ばす」でも、$88\to90$ 日ならもとの精度がすでに $10^{15}$ 倍要る。代償の倍率は一定だが、出発点が違う。

3. 逆から見る:観測 $10$ 倍で $4.98$ 日

設定:実務では逆向きに問う。観測網を $N$ 倍精密にしたら、予報は何日延びるか。答は $\tau_d\log_2 N$ である。

検算 3.1:

精度倍率 $N$ 延びる日数 $\tau_d\log_2N$
$2$ $\mathbf{1.5000}$ 日
$10$ $\mathbf{4.9829}$ 日
$100$ $9.9658$ 日
$1000$ $14.9487$ 日
$10^{6}$ $29.8974$ 日
$10^{9}$ $\mathbf{44.8460}$ 日

観察 3.2 観測を $10$ 倍精密にしても、延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日だけである。誤差を半分にして稼げるのはちょうど $\tau_d=1.5$ 日、定義そのものである。

観察 3.3 $10$ 億倍にしても $\mathbf{44.85}$ 日である。地球上のあらゆる立方メートルに測器を置いても、二か月に届かない。見返りが対数だからである。

観察 3.4 論文190 は「稀」を対数の目盛りで測ると書いた。本稿では資源と成果の関係そのものが対数である。投入は掛け算で、成果は足し算にしかならない。

観察 3.5 正直に書くべき点、予報は現に延びてきた。本稿が言うのはその延び方の形であって、改善が無意味だということではない。$5$ 日ぶんの改善は、精度の $\mathbf{10}$ 倍という巨大な努力の成果である。

4. 約二週間という数が、ここから出る

設定:初期誤差 $\varepsilon_0$ が、飽和誤差 $\varepsilon_{\max}$ に対してどれだけ小さいかで、予報可能な期間が決まる。

検算 4.1:

$\varepsilon_0/\varepsilon_{\max}$ 予報可能な期間 $\tau_d\log_2(\varepsilon_{\max}/\varepsilon_0)$
$10^{-2}$ $9.9658$ 日
$\mathbf{10^{-3}}$ $\mathbf{14.9487}$ 日
$10^{-4}$ $19.9316$ 日
$10^{-6}$ $29.8974$ 日

観察 4.2 初期誤差が飽和の $\mathbf{10^{-3}}$ なら、予報可能な期間は $\mathbf{14.95}$ 日である。よく言われる「予報の限界は約二週間」という数が、この一行から出ている。二週間という数は、$\tau_d$ と初期精度の二つだけで決まる。

観察 4.3 ここで効いているのは方程式の複雑さではない。ナビエ=ストークス方程式を完璧に解いても、初期値が $10^{-3}$ の精度なら $14.95$ 日で尽きる。限界は解法の側ではなく、入力の側にある。

観察 4.4 論文266 は標本化定理の前提が決して満たされないと示した。本稿の「初期値を正確に知る」も決して満たされない前提である。定理は正しく、前提が届かないという同じ構図である。

5. 分離子:すべてが $\tau_d$ に乗っている

観察 5.1 分離子、何を動かすと、答が変わるか。$\tau_d$ だけである。

検算 5.2:$\tau_d$ を振って、同じ問いへの答を見る。

$\tau_d$ [日] $14\to30$ 日に要る精度倍率 観測 $10$ 倍で延びる日数
$1.0$ $\mathbf{6.5536\times10^{4}}$ 倍 $3.3219$ 日
$1.5$ $1.6255\times10^{3}$ 倍 $4.9829$ 日
$2.0$ $2.5600\times10^{2}$ 倍 $6.6439$ 日
$2.5$ $\mathbf{8.4449\times10^{1}}$ 倍 $8.3048$ 日

観察 5.3 $\tau_d$ が $1.0$ から $2.5$ に変わるだけで、必要精度は $\mathbf{65536}$ 倍から $\mathbf{84.4}$ 倍へ、$776$ 倍も違う。予報という営みの全体が、この一つの数に乗っている。だから $\tau_d$ を測ることが、予報を延ばすことと同じくらい重要である。

観察 5.4 正直に書くべき点、実際の大気に単一の $\tau_d$ は無い。尺度ごとに成長率が違い、小さい渦ほど速く育つ、本稿の単一 $\tau_d$ は粗い近似であり、示せるのは構造であって値ではない。

観察 5.5 論文195 は「安定」が六つの別の言葉だと分けた。$\tau_d$ が有限であるのは双曲的な不安定性のためだが、本稿はその分類には入らない。あちらは何を揺らすかで分け、本稿は揺れが育つ速さだけを数にする。

観察 5.6 論文253 は、時間が一本なのが法則ではなく「予言できる」という要求だと示した。本稿はその続きである。その要求は、$14.95$ 日までしか満たされない。

6. 点呼と結び

  1. $\lambda=0.462098$ 毎日(検算1.1):$\tau_d=1.5$ 日から。
  2. 一日あたり $1.5874$ 倍(検算2.1):どこで延ばしても同じ倍率。
  3. $14\to21$ 日で $25.398$ 倍(検算2.3):一週間の代償。
  4. $14\to30$ 日で $1625.5$ 倍(検算2.3):二週間半。
  5. $14\to60$ 日で $1.70\times10^{9}$ 倍(検算2.3):一か月半で $17$ 億倍。
  6. 観測 $10$ 倍で $4.9829$ 日(検算3.1):見返りは対数。
  7. $10$ 億倍でも $44.846$ 日(検算3.1):二か月に届かない。
  8. $10^{-3}$ なら $14.9487$ 日(検算4.1):「約二週間」の出どころ。
  9. $\tau_d$ が $1.0$ なら $65536$ 倍(検算5.2):$2.5$ なら $84.4$ 倍。
  10. 差は $776$ 倍(観察5.3):一つの数に全部が乗る。

結び:予報の限界を決めているのは、方程式でも計算機でもなく、誤差の二重時間 $\tau_d$ という一つの数である。$\tau_d=1.5$ 日なら、一日延ばすたびに初期値の精度が $\mathbf{1.5874}$ 倍要る。どこで延ばしても倍率は同じだが、延長は足し算で、代償は掛け算なので、一週間で $\mathbf{25.4}$ 倍、二週間で $\mathbf{645}$ 倍、一か月半で $\mathbf{17}$ 億倍になる。逆から見れば、観測を $\mathbf{10}$ 倍精密にしても延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日であり、$10$ 億倍にしても $\mathbf{44.85}$ 日である。よく言われる「約二週間」も、この一行から出る。初期誤差が飽和の $10^{-3}$ なら $\mathbf{14.95}$ 日。分けるものは一つ、$\tau_d$ そのもの。$1.0$ 日なら同じ延長に $\mathbf{65536}$ 倍要り、$2.5$ 日なら $\mathbf{84.4}$ 倍で済む。$776$ 倍の違いが、たった一つの数から生まれる。だから予報を延ばす仕事と、$\tau_d$ を測る仕事は、同じ重さを持っている。

参考文献

  1. Lorenz, E. N. (1963). Deterministic Nonperiodic Flow. Journal of the Atmospheric Sciences, 20(2).
  2. Lorenz, E. N. (1969). The Predictability of a Flow Which Possesses Many Scales of Motion. Tellus, 21(3).
  3. Palmer, T. N. and Hagedorn, R. (eds.) (2006). Predictability of Weather and Climate. Cambridge: Cambridge University Press.
  4. Zhang, F. et al. (2019). What Is the Predictability Limit of Midlatitude Weather? Journal of the Atmospheric Sciences, 76(4).
  5. Bauer, P., Thorpe, A. and Brunet, G. (2015). The Quiet Revolution of Numerical Weather Prediction. Nature, 525(7567).
  6. 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
  7. 山岸勇輝 (2026). 「安定」は六つの別の言葉であり、分けているのは何を揺らすかである [論文195]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107170
  8. 山岸勇輝 (2026). 時間が一本なのは、法則ではなく「予言できる」という要求である [論文253]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161926
  9. 山岸勇輝 (2026). 標本化定理は正しく、その前提は決して満たされない [論文266]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169765

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「予報の限界を決めているのは、たった一つの数である」[論文289]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171367

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 予報の限界を決めているのは、たった一つの数である [論文289]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/289 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171367

Yamagishi, Y. (2026). One Number Sets the Limit of Forecasting [Paper 289]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/289; DOI: 10.5281/zenodo.22171367

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