要旨
天気予報がある日数より先を当てられないのは、方程式が足りないからでも、計算機が遅いからでもない。本稿が問うのは、何が限界を決めているかである。答は、誤差の二重時間 $\tau_d$ という一つの数である。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、一日ごとの代償は一定倍率である。$\tau_d=1.5$ 日なら、一日延ばすたびに初期値の精度が $\mathbf{1.5874}$ 倍要る(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。$14$ 日を $21$ 日にするのに $\mathbf{25.40}$ 倍、$30$ 日にするのに $\mathbf{1625.5}$ 倍、$60$ 日にするのに $\mathbf{1.70\times10^{9}}$ 倍(第2節)。
第三に、逆から見ると見返りは対数的である。観測を $\mathbf{10}$ 倍精密にしても、延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日だけである(第3節)。
第四に、$10$ 億倍にしても $44.85$ 日である(第3節)。
第五に、約二週間という数がここから出る。初期誤差が飽和の $10^{-3}$ なら、予報可能な期間は $\mathbf{14.95}$ 日(第4節)。
第六に、分離子は「指数か多項式か」である。$\tau_d$ を $1.0$ 日にすると同じ延長に $\mathbf{65536}$ 倍要り、$2.5$ 日なら $\mathbf{84.4}$ 倍で済む、すべてが一つの数に乗っている(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。誤差の指数増大、二重時間、予測可能性の限界、$\tau_d\approx1.5$ 日という値は、いずれも標準的である。気象学を作らない。使うのは一つの指数関数と、その逆関数だけである。カオスを論じない。ローレンツ方程式も、アトラクタも、分岐も一切扱わない。数値予報を論じない。格子解像度も、パラメタリゼーションも、データ同化も扱わない。誤差が厳密に指数増大すると言わない。$e^{\lambda t}$ が成り立つのは誤差が小さいあいだだけであり、飽和に近づけば増大は止まる。本稿の計算は線形増大の領域に限る。$\tau_d$ の値を主張しない。$1.5$ 日は文献で広く用いられる代表値であり、季節・領域・変数によって $1$ 日から $2.5$ 日程度まで動く。第5節はこの依存の大きさそのものを示す。単一の指数だと言わない。実際の大気には尺度ごとに違う成長率があり、小さい渦ほど速く育つ。単一の $\tau_d$ は粗い近似である。予報の改善を否定しない。現に予報は延びてきた。本稿が言うのはその延び方が対数的であるということだけであり、改善が無意味だとは言わない。既刊との関係:論文253 は時間が一本なのが法則ではなく「予言できる」という要求だと示した。本稿はその要求が、どこまでなら満たせるかを数にする。論文195 は「安定」が六つの別の言葉だと分けた。あちらは安定性の分類、本稿は予測可能性の時間尺度であり、同じ双曲性を材料にして問いが違う。論文190 は「稀」を対数の目盛りで測った。本稿の見返りも対数である。論文266 は標本化定理の前提が決して満たされないと示した。本稿の「初期値を正確に知る」も決して満たされない前提であり、構図が同じである。加えたのは一日あたりの代償を $1.5874$ 倍という一定倍率として書いたこと、$14\to21\to30\to60$ 日の必要精度を $25.40$/$1625.5$/$1.70\times10^{9}$ 倍と計算したこと、観測 $10$ 倍が $4.98$ 日にしかならないと逆から書いたこと、$\tau_d$ を $1.0$ から $2.5$ まで振って答が $65536$ 倍から $84.4$ 倍まで動くと示したことである。
1. 記法と、一つの数
設定:初期値のわずかな誤差 $\varepsilon_0$ は、時間とともに
$$\varepsilon(t)=\varepsilon_0\,e^{\lambda t}=\varepsilon_0\,2^{t/\tau_d}$$
と育つ。$\tau_d$ は誤差が二倍になる時間であり、大気ではおよそ $1.5$ 日とされる。
検算 1.1:
| 量 | 値 |
|---|---|
| 二重時間 $\tau_d$ | $1.5$ 日 |
| $\lambda=\ln2/\tau_d$ | $\mathbf{0.462098}$ 毎日 |
問い:予報を延ばすには、何を、どれだけ良くせねばならないか。
観察 1.2 予報が当たる期間 $T$ は、誤差が使いものにならない大きさ $\varepsilon_{\max}$ に達するまでである。$\varepsilon_0 2^{T/\tau_d}=\varepsilon_{\max}$ を解けば
$$T=\tau_d\log_2\!\left(\frac{\varepsilon_{\max}}{\varepsilon_0}\right)$$
である。初期精度は対数の中にしか入らない。
2. 芯:一日ごとに $1.5874$ 倍
検算 2.1:$T$ を一日延ばすのに要る精度の倍率は $2^{1/\tau_d}$ である。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 一日あたりの精度倍率 $2^{1/1.5}$ | $\mathbf{1.5874}$ 倍 |
観察 2.2 一日ごとに $1.5874$ 倍であり、どこで一日延ばしても同じ倍率である。$14$ 日目の一日も、$60$ 日目の一日も、代償は同じ $1.5874$ 倍、ただし掛け算で積み上がる。
検算 2.3:$14$ 日を起点にして積み上げる。
| 延長 | 倍加回数 $(T-14)/\tau_d$ | 要る精度倍率 |
|---|---|---|
| $14\to16$ 日 | $1.3333$ | $2.5198$ 倍 |
| $14\to18$ 日 | $2.6667$ | $6.3496$ 倍 |
| $14\to21$ 日 | $4.6667$ | $\mathbf{25.398}$ 倍 |
| $14\to24$ 日 | $6.6667$ | $101.59$ 倍 |
| $14\to28$ 日 | $9.3333$ | $645.08$ 倍 |
| $14\to30$ 日 | $10.6667$ | $\mathbf{1625.5}$ 倍 |
| $14\to45$ 日 | $20.6667$ | $1.6645\times10^{6}$ 倍 |
| $14\to60$ 日 | $30.6667$ | $\mathbf{1.7045\times10^{9}}$ 倍 |
| $14\to90$ 日 | $50.6667$ | $1.7873\times10^{15}$ 倍 |
観察 2.4 これが本稿の芯である。一週間延ばすのに $\mathbf{25.4}$ 倍、二週間で $\mathbf{645}$ 倍、一か月半で $\mathbf{17}$ 億倍、延長は足し算だが、代償は掛け算である。
観察 2.5 $14\to16$ 日はわずか $2.52$ 倍で済む。同じ「二日延ばす」でも、$88\to90$ 日ならもとの精度がすでに $10^{15}$ 倍要る。代償の倍率は一定だが、出発点が違う。
3. 逆から見る:観測 $10$ 倍で $4.98$ 日
設定:実務では逆向きに問う。観測網を $N$ 倍精密にしたら、予報は何日延びるか。答は $\tau_d\log_2 N$ である。
検算 3.1:
| 精度倍率 $N$ | 延びる日数 $\tau_d\log_2N$ |
|---|---|
| $2$ | $\mathbf{1.5000}$ 日 |
| $10$ | $\mathbf{4.9829}$ 日 |
| $100$ | $9.9658$ 日 |
| $1000$ | $14.9487$ 日 |
| $10^{6}$ | $29.8974$ 日 |
| $10^{9}$ | $\mathbf{44.8460}$ 日 |
観察 3.2 観測を $10$ 倍精密にしても、延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日だけである。誤差を半分にして稼げるのはちょうど $\tau_d=1.5$ 日、定義そのものである。
観察 3.3 $10$ 億倍にしても $\mathbf{44.85}$ 日である。地球上のあらゆる立方メートルに測器を置いても、二か月に届かない。見返りが対数だからである。
観察 3.4 論文190 は「稀」を対数の目盛りで測ると書いた。本稿では資源と成果の関係そのものが対数である。投入は掛け算で、成果は足し算にしかならない。
観察 3.5 正直に書くべき点、予報は現に延びてきた。本稿が言うのはその延び方の形であって、改善が無意味だということではない。$5$ 日ぶんの改善は、精度の $\mathbf{10}$ 倍という巨大な努力の成果である。
4. 約二週間という数が、ここから出る
設定:初期誤差 $\varepsilon_0$ が、飽和誤差 $\varepsilon_{\max}$ に対してどれだけ小さいかで、予報可能な期間が決まる。
検算 4.1:
| $\varepsilon_0/\varepsilon_{\max}$ | 予報可能な期間 $\tau_d\log_2(\varepsilon_{\max}/\varepsilon_0)$ |
|---|---|
| $10^{-2}$ | $9.9658$ 日 |
| $\mathbf{10^{-3}}$ | $\mathbf{14.9487}$ 日 |
| $10^{-4}$ | $19.9316$ 日 |
| $10^{-6}$ | $29.8974$ 日 |
観察 4.2 初期誤差が飽和の $\mathbf{10^{-3}}$ なら、予報可能な期間は $\mathbf{14.95}$ 日である。よく言われる「予報の限界は約二週間」という数が、この一行から出ている。二週間という数は、$\tau_d$ と初期精度の二つだけで決まる。
観察 4.3 ここで効いているのは方程式の複雑さではない。ナビエ=ストークス方程式を完璧に解いても、初期値が $10^{-3}$ の精度なら $14.95$ 日で尽きる。限界は解法の側ではなく、入力の側にある。
観察 4.4 論文266 は標本化定理の前提が決して満たされないと示した。本稿の「初期値を正確に知る」も決して満たされない前提である。定理は正しく、前提が届かないという同じ構図である。
5. 分離子:すべてが $\tau_d$ に乗っている
観察 5.1 分離子、何を動かすと、答が変わるか。$\tau_d$ だけである。
検算 5.2:$\tau_d$ を振って、同じ問いへの答を見る。
| $\tau_d$ [日] | $14\to30$ 日に要る精度倍率 | 観測 $10$ 倍で延びる日数 |
|---|---|---|
| $1.0$ | $\mathbf{6.5536\times10^{4}}$ 倍 | $3.3219$ 日 |
| $1.5$ | $1.6255\times10^{3}$ 倍 | $4.9829$ 日 |
| $2.0$ | $2.5600\times10^{2}$ 倍 | $6.6439$ 日 |
| $2.5$ | $\mathbf{8.4449\times10^{1}}$ 倍 | $8.3048$ 日 |
観察 5.3 $\tau_d$ が $1.0$ から $2.5$ に変わるだけで、必要精度は $\mathbf{65536}$ 倍から $\mathbf{84.4}$ 倍へ、$776$ 倍も違う。予報という営みの全体が、この一つの数に乗っている。だから $\tau_d$ を測ることが、予報を延ばすことと同じくらい重要である。
観察 5.4 正直に書くべき点、実際の大気に単一の $\tau_d$ は無い。尺度ごとに成長率が違い、小さい渦ほど速く育つ、本稿の単一 $\tau_d$ は粗い近似であり、示せるのは構造であって値ではない。
観察 5.5 論文195 は「安定」が六つの別の言葉だと分けた。$\tau_d$ が有限であるのは双曲的な不安定性のためだが、本稿はその分類には入らない。あちらは何を揺らすかで分け、本稿は揺れが育つ速さだけを数にする。
観察 5.6 論文253 は、時間が一本なのが法則ではなく「予言できる」という要求だと示した。本稿はその続きである。その要求は、$14.95$ 日までしか満たされない。
6. 点呼と結び
- $\lambda=0.462098$ 毎日(検算1.1):$\tau_d=1.5$ 日から。
- 一日あたり $1.5874$ 倍(検算2.1):どこで延ばしても同じ倍率。
- $14\to21$ 日で $25.398$ 倍(検算2.3):一週間の代償。
- $14\to30$ 日で $1625.5$ 倍(検算2.3):二週間半。
- $14\to60$ 日で $1.70\times10^{9}$ 倍(検算2.3):一か月半で $17$ 億倍。
- 観測 $10$ 倍で $4.9829$ 日(検算3.1):見返りは対数。
- $10$ 億倍でも $44.846$ 日(検算3.1):二か月に届かない。
- $10^{-3}$ なら $14.9487$ 日(検算4.1):「約二週間」の出どころ。
- $\tau_d$ が $1.0$ なら $65536$ 倍(検算5.2):$2.5$ なら $84.4$ 倍。
- 差は $776$ 倍(観察5.3):一つの数に全部が乗る。
結び:予報の限界を決めているのは、方程式でも計算機でもなく、誤差の二重時間 $\tau_d$ という一つの数である。$\tau_d=1.5$ 日なら、一日延ばすたびに初期値の精度が $\mathbf{1.5874}$ 倍要る。どこで延ばしても倍率は同じだが、延長は足し算で、代償は掛け算なので、一週間で $\mathbf{25.4}$ 倍、二週間で $\mathbf{645}$ 倍、一か月半で $\mathbf{17}$ 億倍になる。逆から見れば、観測を $\mathbf{10}$ 倍精密にしても延びるのは $\mathbf{4.98}$ 日であり、$10$ 億倍にしても $\mathbf{44.85}$ 日である。よく言われる「約二週間」も、この一行から出る。初期誤差が飽和の $10^{-3}$ なら $\mathbf{14.95}$ 日。分けるものは一つ、$\tau_d$ そのもの。$1.0$ 日なら同じ延長に $\mathbf{65536}$ 倍要り、$2.5$ 日なら $\mathbf{84.4}$ 倍で済む。$776$ 倍の違いが、たった一つの数から生まれる。だから予報を延ばす仕事と、$\tau_d$ を測る仕事は、同じ重さを持っている。
参考文献
- Lorenz, E. N. (1963). Deterministic Nonperiodic Flow. Journal of the Atmospheric Sciences, 20(2).
- Lorenz, E. N. (1969). The Predictability of a Flow Which Possesses Many Scales of Motion. Tellus, 21(3).
- Palmer, T. N. and Hagedorn, R. (eds.) (2006). Predictability of Weather and Climate. Cambridge: Cambridge University Press.
- Zhang, F. et al. (2019). What Is the Predictability Limit of Midlatitude Weather? Journal of the Atmospheric Sciences, 76(4).
- Bauer, P., Thorpe, A. and Brunet, G. (2015). The Quiet Revolution of Numerical Weather Prediction. Nature, 525(7567).
- 山岸勇輝 (2026). 「稀」は、対数の目盛りで測る [論文190]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22106182
- 山岸勇輝 (2026). 「安定」は六つの別の言葉であり、分けているのは何を揺らすかである [論文195]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107170
- 山岸勇輝 (2026). 時間が一本なのは、法則ではなく「予言できる」という要求である [論文253]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161926
- 山岸勇輝 (2026). 標本化定理は正しく、その前提は決して満たされない [論文266]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169765
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「予報の限界を決めているのは、たった一つの数である」[論文289]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22171367
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 予報の限界を決めているのは、たった一つの数である [論文289]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/289 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22171367
Yamagishi, Y. (2026). One Number Sets the Limit of Forecasting [Paper 289]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/289; DOI: 10.5281/zenodo.22171367
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