要旨
シャノンの符号化定理は、通信路容量 $C$ より低い速度なら誤りを任意に小さくできると言う。本稿が問うのは、$C$ そのものは達成できるかである。答は、どんな有限の符号長でも達成できないである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、容量は誤り率から決まる。二元対称通信路で $C=1-h(p)$ であり、$p=0.5$ で $C=\mathbf{0}$ になる(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。符号長 $n=100$ では、容量の $\mathbf{41.68\%}$ しか使えない(第3節)。
第三に、$99\%$ に届くには $n=3.4\times10^{5}$ が要る。$99.99\%$ なら $\mathbf{3.4\times10^{9}}$ である(第3節)。
第四に、損失は $1/\sqrt{n}$ でしか減らない。$n$ を $\mathbf{100}$ 倍にして、損失は $10$ 分の一である(第4節)。
第五に、$C$ は最大値ではない。$R=C$ ちょうどはどの $n$ でも達成されず、$n\to\infty$ ではじめて $R\to C$ になる(第5節)。
第六に、分離子は「達成される最大値か、達成されない上限か」である(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。シャノンの符号化定理、二元対称通信路の容量、ガウス通信路の容量、有限長の正規近似は、いずれも標準的である。情報理論を作らない。使うのは一つの二値エントロピーと、一つの平方根だけである。符号化定理を証明しない。到達性も逆定理も引くだけである。符号を構成しない。どの符号が容量に近づくかは一切扱わない。論文163 の「存在と構成」の区別が、ここでも生きている。正規近似の精度を主張しない。$R(n,\varepsilon)\approx C-\sqrt{V/n} Q^{-1}(\varepsilon)$ は第二次の近似であり、$n$ が小さいところでは誤差が大きい。$n=100$ の $41.68\%$ は目安であって、厳密な達成可能速度ではない。実装を論じない。復号の手間も、遅延も、実際の符号の性能も扱わない。$C$ を批判しない。上限であることは欠陥ではない。達成されないことと、意味がないことは違う。通信路を一つに絞る。第3・4節はBSC$(p=0.11)$ という一つの通信路での数である。他の通信路では $V$ が変わり、必要な $n$ も変わる。既刊との関係:論文252 は「情報量」が四つあり要るものが違うと数えた。本稿の $C$ はそのうちの一つ(相互情報量の上限)であり、達成条件を問う。論文294 は分離が長さの平方根でしか良くならないと示した。本稿の $1/\sqrt{n}$ は同じ根(分散の加法性)から来る。論文163 は「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」を分けた。本稿は三つ目、「どれだけ長ければ良いか」を扱う。論文302 は存在が定量を教えないことを扱った。本稿は定量が答えられる場合であり、答が「無限」だった。加えたのは$n=100$ で容量の $41.68\%$ しか使えないと計算したこと、$99\%$/$99.99\%$ に要る $n$ を $3.4\times10^{5}$/$3.4\times10^{9}$ と出したこと、損失が $1/\sqrt{n}$ で減ると確かめたこと、$C$ が上限であって最大値でないと分離子に据えたことである。
1. 記法と問い
設定:二元対称通信路 BSC$(p)$ では、送ったビットが確率 $p$ で反転する。容量は
$$C=1-h(p),\qquad h(p)=-p\log_2p-(1-p)\log_2(1-p)$$
である。
シャノンの符号化定理:$R<C$ なら、誤り率を任意に小さくできる符号が存在する。
問い:では $R=C$ は達成できるか。そして $R<C$ は、どれだけの符号長で達成できるか。
観察 1.1 定理は「任意に小さくできる」と言う。「小さくなる」ではない。極限の言明であって、有限の言明ではない。
2. 容量は誤り率から決まる
検算 2.1:
| 誤り率 $p$ | $h(p)$ | $C=1-h(p)$ |
|---|---|---|
| $0.000$ | $0.000000$ | $1.000000$ |
| $0.010$ | $0.080793$ | $0.919207$ |
| $0.050$ | $0.286397$ | $0.713603$ |
| $0.110$ | $0.499916$ | $\mathbf{0.500084}$ |
| $0.250$ | $0.811278$ | $0.188722$ |
| $0.500$ | $1.000000$ | $\mathbf{0.000000}$ |
観察 2.2 $p=0.5$ で $C=\mathbf{0}$ である。ビットが半々で反転する通信路は何も運ばない。出力が入力と独立になるからである。
観察 2.3 $p=0.11$ で $C=0.500084$、すなわちほぼ半分である。以下ではこの通信路を使う。$C$ が切りのよい値に近く、比較しやすいからである。
観察 2.4 $p=0$ と $p=1$ では $C=1$ である。全部反転する通信路も、無誤りの通信路と同じ容量を持つ、受け手が反転を知っていればよい。容量は誤りの多さではなく、誤りの予測不能性で決まる。
3. 芯:符号長 $100$ では、容量の $41.68\%$
設定:有限の符号長 $n$ と、許す誤り率 $\varepsilon$ を決めたときに達成できる速度は、正規近似で
$$R(n,\varepsilon)\approx C-\sqrt{\frac{V}{n}}\,Q^{-1}(\varepsilon)$$
と書ける($V$ は通信路分散)。
検算 3.1:BSC$(p=0.11)$、$\varepsilon=10^{-3}$。
| 量 | 値 |
|---|---|
| 容量 $C$ | $0.500084$ |
| 通信路分散 $V$ | $0.890702$ |
| $Q^{-1}(10^{-3})$ | $3.090232$ |
検算 3.2:
| 符号長 $n$ | 達成可能 $R$ | $C$ の何 $\%$ | 損失 $C-R$ |
|---|---|---|---|
| $100$ | $0.208437$ | $\mathbf{41.68\%}$ | $0.291647$ |
| $1000$ | $0.407857$ | $81.56\%$ | $0.092227$ |
| $10^{4}$ | $0.470919$ | $94.17\%$ | $0.029165$ |
| $10^{5}$ | $0.490861$ | $98.16\%$ | $0.009223$ |
| $10^{6}$ | $0.497168$ | $99.42\%$ | $0.002916$ |
| $10^{8}$ | $0.499792$ | $99.94\%$ | $0.000292$ |
観察 3.3 これが本稿の芯である。符号長 $100$ では容量の $\mathbf{41.68\%}$ しか使えない。$C$ という数は、短い符号にとってはほとんど意味を持たない。
検算 3.4:逆に、$C$ の何割かに届くのに要る $n$ を出す。
| $C$ の | 要る符号長 $n$ |
|---|---|
| $99.00\%$ | $3.401\times10^{5}$ |
| $99.90\%$ | $3.401\times10^{7}$ |
| $99.99\%$ | $\mathbf{3.401\times10^{9}}$ |
観察 3.5 $99.99\%$ に届くには $\mathbf{34}$ 億ビットの符号語が要る。一つの符号語がそれだけ長い。一割ごとに $100$ 倍ずつ長くなる。
観察 3.6 正直に書くべき点、正規近似は $n$ が小さいところで誤差が大きい。$n=100$ の $41.68\%$ は目安であって、厳密な達成可能速度ではない。示せるのは「短い符号では容量の半分も使えない」という桁の事実である。
4. 損失は $1/\sqrt{n}$ でしか減らない
検算 4.1:
| $n$ の変化 | 損失(前) | 損失(後) | 倍率 |
|---|---|---|---|
| $100\to10^{4}$ | $0.291647$ | $0.029165$ | $\mathbf{0.1000}$ |
| $10^{4}\to10^{6}$ | $0.029165$ | $0.002916$ | $\mathbf{0.1000}$ |
観察 4.2 $n$ を $\mathbf{100}$ 倍にして、損失はちょうど $10$ 分の一になる。$1/\sqrt{n}$ である。論文294 が示した「分離度は長さの平方根でしか良くならない」と同じ根(分散の加法性)から来ている。
観察 4.3 したがって代償は求める改善の二乗である。損失を $10$ 分の一にするのに符号長 $100$ 倍、論文294 の表と同じ数が、まったく別の分野に立っている。
観察 4.4 そしてどこまで行っても $0$ にならない。$\sqrt{V/n} Q^{-1}(\varepsilon)$ は正の量であり、有限の $n$ では必ず残る。これが第5節の芯につながる。
5. $C$ は最大値ではなく、上限である
観察 5.1 損失 $\sqrt{V/n} Q^{-1}(\varepsilon)$ は、どんな有限の $n$ でも正である。したがって $R<C$ が常に厳密な不等号である。$R=C$ は達成されない。
検算 5.2:身分を書き分ける。
| 定義 | 達成されるか | |
|---|---|---|
| 最大値(maximum) | 集合に属する最大の元 | される |
| 上限(supremum) | 上界のうち最小のもの | されるとは限らない |
観察 5.3 $C$ は達成可能な速度の集合の上限であって、その最大値ではない。集合に属していない。開区間 $[0,C)$ の右端と同じ身分である。
観察 5.4 この区別は言葉の上のことではない。「容量 $C$ の通信路」と言ったとき、$C$ ビット送れる装置は存在しない。$C$ に近い装置がいくらでも作れる、というだけである。
観察 5.5 ガウス通信路でも同じである。
| $S/N$ [dB] | $C=\frac12\log_2(1+S/N)$ |
|---|---|
| $0$ | $0.500000$ |
| $3$ | $0.791341$ |
| $10$ | $1.729716$ |
| $20$ | $3.329106$ |
| $30$ | $4.983613$ |
観察 5.6 こちらも達成には無限長のガウス符号語が要る。通信路が変わっても身分は変わらない。$C$ はどの通信路でも上限である。
6. 分離子:達成される最大値か、達成されない上限か
観察 6.1 分離子、何を動かすと、$C$ が達成されるようになるか。符号長を無限にすることである。有限のままでは、どんな符号でも届かない。
観察 6.2 これは論文266 と同じ構図である。標本化定理は正しく、その前提(帯域制限)は決して満たされない。本稿では定理は正しく、その極限(無限長)は決して実現されない。
| 定理 | 満たされないもの | |
|---|---|---|
| 論文266(標本化) | 正しい | 前提(帯域制限) |
| 本稿(符号化) | 正しい | 極限(無限長) |
観察 6.3 二つは別の場所で届かない。前提は入口、極限は出口にある。どちらも「定理は正しい」という一語では区別できない。
観察 6.4 論文163 は「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」を分けた。本稿は三つ目の文を置く。「良い符号は、どれだけ長ければ良いか」。答は$3.4\times10^{9}$($C$ の $99.99\%$、BSC$(0.11)$、$\varepsilon=10^{-3}$)である。
観察 6.5 正直に書くべき点、上限であることは欠陥ではない。$C$ は超えられない線を与えており、それだけで十分に有用である。本稿が言うのは、$C$ を「達成できる値」と読むと数を間違えるということだけである。
7. 点呼と結び
- $p=0.5$ で $C=0$(検算2.1):出力が入力と独立。
- $p=0$ と $p=1$ で同じ $C=1$(観察2.4):予測不能性が効く。
- $n=100$ で $41.68\%$(検算3.2):半分も使えない。
- $99\%$ に $3.401\times10^{5}$(検算3.4):$99.99\%$ には $3.4\times10^{9}$。
- 一割ごとに $100$ 倍(観察3.5):$34$ 億ビットの符号語。
- $n$ が $100$ 倍で損失 $1/10$(検算4.1):$1/\sqrt{n}$。
- 論文294 と同じ根(観察4.2):分散の加法性。
- 損失は有限 $n$ で必ず正(観察4.4):$0$ にならない。
- $C$ は上限であって最大値でない(観察5.3):集合に属さない。
- 論文266 と壊れる場所が違う(観察6.3):前提か、極限か。
結び:シャノンの符号化定理は「$R<C$ なら誤りを任意に小さくできる」と言う。だが $C$ そのものは、どんな有限の符号長でも達成されない。BSC$(p=0.11)$、誤り率 $10^{-3}$ で数えれば、符号長 $100$ では容量の $\mathbf{41.68\%}$ しか使えない。$99\%$ に届くには $3.401\times10^{5}$、$99.99\%$ には $\mathbf{3.4\times10^{9}}$、すなわち $34$ 億ビットの符号語が要る。損失は $\mathbf{1/\sqrt{n}}$ でしか減らない。$n$ を $\mathbf{100}$ 倍にして損失は $10$ 分の一であり、論文294 が分離度について示したのと同じ根(分散の加法性)から来ている。そしてどんな有限の $n$ でも損失は正である。$C$ は達成可能な速度の集合の最大値ではなく、上限である。分けるものは一つ、その数が集合に属するか、属さないか。「容量 $C$ の通信路」と言っても、$C$ ビット送れる装置は存在しない。存在するのは、$C$ に近い装置がいくらでも作れるという事実だけである。
参考文献
- Shannon, C. E. (1948). A Mathematical Theory of Communication. Bell System Technical Journal, 27(3-4).
- Polyanskiy, Y., Poor, H. V. and Verdu, S. (2010). Channel Coding Rate in the Finite Blocklength Regime. IEEE Transactions on Information Theory, 56(5).
- Strassen, V. (1962). Asymptotische Abschatzungen in Shannons Informationstheorie. In Transactions of the Third Prague Conference on Information Theory.
- Cover, T. M. and Thomas, J. A. (2006). Elements of Information Theory. Hoboken: Wiley.
- Gallager, R. G. (1968). Information Theory and Reliable Communication. New York: Wiley.
- 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
- 山岸勇輝 (2026). 「情報量」は四つあり、要るものが違う [論文252]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22161148
- 山岸勇輝 (2026). 標本化定理は正しく、その前提は決して満たされない [論文266]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22169765
- 山岸勇輝 (2026). 分離は、長さの平方根でしか良くならない [論文294]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171603
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「容量」は、無限長でしか達成できない数である」[論文304]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22172081
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「容量」は、無限長でしか達成できない数である [論文304]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/304 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22172081
Yamagishi, Y. (2026). “Capacity” Is a Number Attainable Only at Infinite Length [Paper 304]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/304; DOI: 10.5281/zenodo.22172081
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