要旨
板に穴を開けると、その縁で応力が高くなる。本稿が問うのは、どれだけ高くなるかを決めているのは何かである。答は、穴の大きさではなく、尖りだけである。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、楕円孔の応力集中係数は $K_t=1+2a/b$ で、大きさが入っていない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。面積が $\mathbf{10000}$ 倍ちがう二つの穴が、同じ $K_t=21.0$ を持つ(第2節)。
第三に、円孔では $K_t=3.0$ で、これは穴の大きさに一切依らない(第2節)。
第四に、$a/b$ を $100$ 倍にすると $K_t$ は $67$ 倍になる。$3.0$ から $\mathbf{201.0}$ へ(第2節)。
第五に、同じ楕円を $90$ 度回すと、$K_t$ は $21.0$ から $1.2$ に落ちる(第4節)。
第六に、分離子は「面積か、尖りか」である(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。インギリスの楕円孔解、応力集中係数 $K_t=1+2a/b$、曲率半径による表現 $K_t=1+2\sqrt{a/\rho}$ はいずれも標準的である。弾性論を作らない。解の導出、複素応力関数、境界条件の扱いには立ち入らない。式は与えられたものとして使う。破壊力学を作らない。応力拡大係数 $K_I$ やき裂進展則には入らない。触れるにとどめる。塑性を扱わない。実際の材料は降伏するので、$K_t$ が $201$ でも応力が $201$ 倍にはならない。弾性の範囲だけを見る。有限幅を扱わない。無限平板の解を使う。板幅に対して穴が大きい場合は別の補正が要る。疲労を扱わない。繰り返し荷重下の切欠き係数には立ち入らない。既刊との関係:論文325 は虹の角度に水滴の大きさが入っていないと示した。本稿はまったく同じ型で、応力集中に穴の大きさが入っていない。どちらも「相手の大きさが式に入る道が無い」。論文326 は二乗三乗の「法則」が恒等式だと示した。そこでも寸法の効き方が幾何から決まっていた。論文344 は強度が体積の関数であって材料の定数ではないと示す。そこでは大きさが効き、本稿では効かない。同じ「材料の破壊」の中で、大きさが効く量と効かない量が並んでいる。論文342 は同じ二材料が向きだけで $16.93$ 倍ちがうと示した。そこでも本稿でも、向きが答を変えている。加えたのは二つの表現($a/b$ と曲率半径)が厳密に一致することを確かめたこと、面積が $10^4$ 倍ちがう二つで $K_t$ が同じになることを明示したこと、同じ楕円を $90$ 度回したときの落差を出したこと、分離子を「面積か尖りか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:無限に広い平板を一様に引っ張り、その中に長半径 $a$、短半径 $b$ の楕円孔を、$a$ が引張方向に垂直になるように開ける。孔の縁の最大応力は
$$\sigma_{\max}=\sigma_0\Bigl(1+\frac{2a}{b}\Bigr),\qquad K_t=1+\frac{2a}{b}$$
である(インギリス、$1913$ 年)。
観察 1.1 右辺に $a$ と $b$ は比としてしか現れない。$a$ と $b$ を同じ倍率で大きくしても $K_t$ は変わらない。つまり穴の大きさが、式に入っていない。
観察 1.2 素朴には、大きい穴のほうが危ないと思う。断面積が減るから弱くなるのは確かだが、それは平均応力の話であって、集中の話ではない。二つは別の量である。
観察 1.3 本稿の測り方を先に固定する。無限平板、線形弾性、一軸引張とする。有限幅の補正も塑性も入れない。
問い:$K_t$ を決めているのは、穴の何か。
2. 面積が $10000$ 倍ちがう二つが、同じ $K_t$ を持つ
検算 2.1:$a/b$ ごとに $K_t$ を出し、曲率半径による表現とも突き合わせる(本稿で計算)。
| $a/b$ | $K_t=1+2a/b$ | 曲率半径 $\rho=b^2/a$($a=1$) | $1+2\sqrt{a/\rho}$ |
|---|---|---|---|
| $1$(円孔) | $\mathbf{3.0}$ | $1.000000$ | $3.0000$ |
| $2$ | $5.0$ | $0.250000$ | $5.0000$ |
| $5$ | $11.0$ | $0.040000$ | $11.0000$ |
| $10$ | $21.0$ | $0.010000$ | $21.0000$ |
| $100$ | $\mathbf{201.0}$ | $0.000100$ | $201.0000$ |
観察 2.2 自己検査を二つ置く。(a)円孔で $K_t=3.0$ となり、これは古典的な既知値である。(b)二つの表現が全行で厳密に一致する(最大ずれ $0$)、独立に知られた一件と、独立な二つの式の突合せで、道具を試してから読む。
検算 2.3:$a/b$ を同じにしたまま、穴の大きさだけを変える(本稿で計算)。
| $a$ | $b$ | 孔の面積 $\pi ab$ | $K_t$ |
|---|---|---|---|
| $1$ | $0.1$ | $0.314159$ | $\mathbf{21.0}$ |
| $100$ | $10$ | $3141.592654$ | $\mathbf{21.0}$ |
| 比 | $\mathbf{10000}$ 倍 | $\mathbf{1.0000}$ 倍 |
観察 2.4 これが本稿の芯である。面積が $10000$ 倍ちがう二つの穴が、同じ $21.0$ を持つ、$0.3$ mm$^2$ の傷と $3000$ mm$^2$ の孔が、縁では同じ倍率で応力を上げる。
観察 2.5 円孔の $3.0$ は、直径に一切依らない。髪の毛ほどの丸穴も、拳が入る丸穴も、縁の応力は $3$ 倍である。「小さいから大丈夫」は、集中については成り立たない。
観察 2.6 $a/b$ を $100$ 倍にすると $K_t$ は $67$ 倍になる。$3.0$ から $201.0$ へ、同じ面積のまま形だけを細長くすれば、応力は $67$ 倍になる。
3. 尖りは、曲率半径として測っても同じことである
観察 3.1 楕円の長軸の端での曲率半径は $\rho=b^2/a$ である。これを使うと $K_t=1+2\sqrt{a/\rho}$ と書ける。第2節の表で、二つの表現は全行で一致した。
観察 3.2 だが $\sqrt{a/\rho}$ には $a$ が残っている。形の上では大きさが入っているように見える。ところが $\rho=b^2/a$ を代入すれば $a$ は消える。二つの表現は、同じ一つの量を二通りに書いただけである。
観察 3.3 この書き換えには、実務上の意味がある。$\rho$ は測れるが、$a$ と $b$ が定義できない形(切欠き、溶接止端、隅肉)でも $\rho$ は測れる。だから設計では曲率半径のほうが使われる。
観察 3.4 $b\to0$ の極限で $K_t\to\infty$ である。尖りを無限にすればよいので、き裂は弾性論の中では無限の応力を持つ、ここで $K_t$ という量そのものが使えなくなり、破壊力学は別の量(応力拡大係数)に乗り換える。
観察 3.5 そしてそこで初めて、大きさが入ってくる。応力拡大係数は $K_I=\sigma\sqrt{\pi a}$ で、$a$ が単独で現れる。$K_t$ には入らなかった大きさが、$K_I$ には入る。どちらを使うかで、大きさが効くかどうかが変わる。
観察 3.6 正直に書くべき点、実際の材料では $K_t=201$ が $201$ 倍の応力にならない。降伏点に達すれば塑性変形が起きて先端が丸まる。$K_t$ は弾性解であり、上限を与えるが実測値ではない。
4. 同じ楕円を $90$ 度回すと、$21.0$ が $1.2$ になる
検算 4.1:同じ楕円孔を、引張方向に対して $90$ 度回す(本稿で計算)。
| 向き | $a/b$ | $K_t$ |
|---|---|---|
| 長軸が引張に垂直 | $10$ | $\mathbf{21.0}$ |
| 長軸が引張に平行 | $0.1$ | $\mathbf{1.2}$ |
| 比 | $\mathbf{17.5}$ 倍 |
観察 4.2 同じ穴、同じ面積、同じ材料で、向きだけで $17.5$ 倍ちがう。$1.2$ は、集中がほとんど無いということである。細長い穴は、引張方向に寝かせれば無害に近い。
観察 4.3 だから穴の向きは、設計の変数である。同じ軽量化を、危険な向きでも安全な向きでも実現できる。航空機の窓が角丸になっているのは、この $a/b$ を小さく保つためである。
観察 4.4 論文342 との対をなす。342 は同じ二材料が向きだけで $16.932376$ 倍ちがうと書いた。本稿では同じ穴が向きだけで $17.5$ 倍ちがう。偶然にも近い数だが、片方は剛性の境界の比、もう片方は応力集中の比で、根は別である。
観察 4.5 論文325 と同じ型である。325 は虹の角度に水滴の大きさが入らないと書いた。ここでは応力集中に穴の大きさが入らない。どちらも、相似な図形が同じ答を返す。
5. 分離子:面積か、尖りか
観察 5.1 分離子、危険を測っている量が、断面の欠損(面積)か、縁の曲率(尖り)か。
| 効く量 | 大きさは入るか | 例 | |
|---|---|---|---|
| 平均応力の上昇 | 欠損面積 | 入る | 大きな丸穴 |
| 応力集中 $K_t$ | $a/b$(尖り) | 入らない | 小さな鋭い傷 |
観察 5.2 二つは、別の向きに危険を並べる。面積で言えば大きな丸穴が危なく、集中で言えば小さな鋭い傷が危ない。どちらが致命的かは、材料が脆いか延性かで決まる。
観察 5.3 分離子は動かせる。鋭い傷の先端に丸穴を開ければ $a/b$ が下がり、$K_t$ が落ちる。面積を増やして安全にする、という一見矛盾した処置が成り立つ。ストップホールと呼ばれる実際の手法である。
観察 5.4 これが本稿の実務的な核である。穴を開けて安全になるのは、危険を測っている量が面積ではないからである。分離子を取り違えていると、この処置は理解できない。
観察 5.5 正直に書くべき点、ストップホールが常に有効なわけではない。疲労では応力の繰り返しが効き、静的な $K_t$ だけでは決まらない。本稿が言うのは $K_t$ が下がることであって、寿命が延びることではない。
観察 5.6 最後に一つ、この式が言っているのは、危険が「どれだけ材料が失われたか」で測れないということである。失われた面積が同じでも、失われ方の形で $67$ 倍ちがう。量ではなく、輪郭が決めている。
6. 点呼と結び
- $K_t=1+2a/b$ に大きさが入らない(観察1.1):$a$ と $b$ は比としてしか現れない。
- 円孔で $K_t=3.0$(検算2.1):古典的な既知値。
- 二つの表現が全行で厳密に一致(観察2.2):最大ずれ $0$。
- 面積 $10000$ 倍で $K_t$ が同じ $21.0$(検算2.3):本稿の芯。
- 円孔の $3.0$ は直径に依らない(観察2.5):「小さいから大丈夫」は成り立たない。
- $a/b$ を $100$ 倍で $K_t$ が $67$ 倍(観察2.6):$3.0$ から $201.0$。
- $b\to0$ で $K_t\to\infty$(観察3.4):そこで $K_t$ が使えなくなる。
- $K_I=\sigma\sqrt{\pi a}$ には $a$ が入る(観察3.5):どちらを使うかで変わる。
- $90$ 度回すと $21.0$ が $1.2$(検算4.1):$17.5$ 倍。
- ストップホールは面積を増やして安全にする(観察5.3):分離子が面積でないから。
結び:板の楕円孔の縁では応力が $K_t=1+2a/b$ 倍になり、右辺に $a$ と $b$ は比としてしか現れない。つまり穴の大きさが、式に入っていない。面積が $\mathbf{10000}$ 倍ちがう二つの楕円孔が、同じ $K_t=\mathbf{21.0}$ を持つ、$0.314159$ の傷と $3141.592654$ の孔が、縁では同じ倍率で応力を上げる。円孔の $3.0$ も直径に一切依らず、髪の毛ほどの丸穴も拳が入る丸穴も縁の応力は $3$ 倍である。「小さいから大丈夫」は、集中については成り立たない。入っているのは尖りだけである。$a/b$ を $100$ 倍にすれば $K_t$ は $3.0$ から $\mathbf{201.0}$ へ $67$ 倍になる。曲率半径で書き直しても同じで、$K_t=1+2\sqrt{a/\rho}$ は全行で $1+2a/b$ と一致した。$\sqrt{a/\rho}$ には $a$ が残っているように見えるが、$\rho=b^2/a$ を代入すれば消える。二通りに書いた同じ一つの量である。そして $b\to0$ の極限で $K_t\to\infty$ になる。き裂は弾性論の中で無限の応力を持ち、そこで $K_t$ という量そのものが使えなくなる。破壊力学が乗り換える先の応力拡大係数 $K_I=\sigma\sqrt{\pi a}$ には、$a$ が単独で現れる。$K_t$ には入らなかった大きさが、$K_I$ には入る。どちらを使うかで、大きさが効くかどうかが変わる。同じ楕円を $90$ 度回すと $21.0$ が $1.2$ になる。同じ穴、同じ面積、同じ材料で $17.5$ 倍である。細長い穴は引張方向に寝かせれば無害に近く、航空機の窓が角丸なのは $a/b$ を小さく保つためである。分けるものは一つ、危険を測っている量が、断面の欠損(面積)か、縁の曲率(尖り)か。面積で言えば大きな丸穴が危なく、集中で言えば小さな鋭い傷が危ない。そして分離子は動かせる。鋭い傷の先端に丸穴を開ければ $a/b$ が下がり $K_t$ が落ちる。面積を増やして安全にするという一見矛盾した処置(ストップホール)が成り立つのは、危険を測っている量が面積ではないからである。正直に書いておく。実際の材料は降伏するので $K_t=201$ が $201$ 倍の応力にはならない。$K_t$ は弾性解であって上限を与えるにすぎない。ストップホールも常に有効ではなく、疲労では応力の繰り返しが効くので、本稿が言うのは $K_t$ が下がることであって寿命が延びることではない。最後に一つ、この式が言っているのは、危険が「どれだけ材料が失われたか」では測れないということである。失われた面積が同じでも、失われ方の形で $67$ 倍ちがう。量ではなく、輪郭が決めている。
参考文献
- Inglis, C. E. (1913). Stresses in a Plate Due to the Presence of Cracks and Sharp Corners. Transactions of the Institution of Naval Architects, 55.
- Griffith, A. A. (1921). The Phenomena of Rupture and Flow in Solids. Philosophical Transactions of the Royal Society A, 221.
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- Peterson, R. E. (1974). Stress Concentration Factors. New York: Wiley.
- Timoshenko, S. P., Goodier, J. N. (1970). Theory of Elasticity, 3rd edition. New York: McGraw-Hill.
- 山岸勇輝 (2026). 虹の角度に、水滴の大きさは入っていない [論文325]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22209848
- 山岸勇輝 (2026). 二乗三乗の「法則」は、法則ではなく恒等式である [論文326]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22209992
- 山岸勇輝 (2026). 同じ二材料を同じ割合で混ぜて、剛性が 16.93 倍ひらく [論文342]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682160
- 山岸勇輝 (2026). 強度は材料の定数ではなく、体積の関数である [論文344]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22682232
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「穴の大きさは、応力集中の式に入っていない」[論文343]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22682218
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 穴の大きさは、応力集中の式に入っていない [論文343]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/343 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22682218
Yamagishi, Y. (2026). The Size of the Hole Is Not in the Stress Concentration [Paper 343]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/343; DOI: 10.5281/zenodo.22682218
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