【論文360】厳密な式が計算できないとき、途中で切ると上下から挟める

要旨

包除原理は厳密な公式である。本稿が問うのは厳密であれば使えるのかである。答えはそのままでは使えないが、切れば使える。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、項の数は $2^n-1$ 個であり、$n=30$ で $1073741823$ 個になる(第2節)。

第二に、一秒に十億項を足せるとしても、$n=60$ では $\mathbf{36.53}$ 年かかる(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。偶数項で切れば必ず真値より大きく、奇数項で切れば必ず小さい(第3節)。

第四に、挟み幅は $1/(k+1)!$ で縮む。$k=5$ と $k=6$ の差は $0.0013888889=1/6!$ である(第3節)。

第五に、$k=12$ で真値 $1/e=0.3678794412$ との差は $1.4980\times10^{-10}$ になる(第3節)。

第六に、分離子は「項が交代するか」であって、項の数ではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。包除原理・ボンフェローニ不等式・撹乱順列はすべて既知である。組合せ論を作らない。ボンフェローニ不等式の一般的な証明には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。計算量理論を作らない。永久和(パーマネント)の計算困難性やその近似計算には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実装を扱わない。浮動小数の丸めや大きな数の扱いは主題ではない。確率論を作らない。ポアソン近似の誤差評価には立ち入らない。一般化しない。「厳密な式は切れば使える」を一般則として主張しない。項が交代しない式では成り立たない。既刊との関係:論文354 は長さが曲線を測る量でなくなることを示した。そこでは発散が物差しの取り違えだった。ここでは項数の爆発が計算法の取り違えである。論文353 は最適値が端ではなく中間にあることを示した。そこでも「多いほどよい」が誤りだった。ここでは項を全部足すより途中で切るほうがよい。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「厳密である」と「計算できる」は、その基準で別根である。論文357 は同じ式が二つの最適解をもつことを示した。ここでは同じ式が使えなくも使えるようにもなる。加えたのは、項数の爆発を六点で時間に換算したこと、打ち切りが交互に上下から挟むことを十三点で示したこと、挟み幅が $1/(k+1)!$ に厳密に一致することを確かめたこと、独立に知られた値($n=4$ の撹乱順列は $9$ 通り)で自己検査したこと、分離子を「項が交代するか」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:$n$ 個の集合の合併の大きさを包除原理で書く。

$$\left|\bigcup_{i=1}^{n}A_i\right|
=\sum_{\emptyset\neq S\subseteq\{1,\dots,n\}}(-1)^{|S|+1}\left|\bigcap_{i\in S}A_i\right|$$

右辺の項の数は空でない部分集合の数、すなわち $2^n-1$ 個である。

観察 1.1 この式は近似ではない。等号であって、誤差項が無い。数学的には完全な答である。

観察 1.2 だが項の数は $n$ の指数関数である。$n$ が $1$ 増えるごとに倍になる。完全な答が、書き下せない長さになる。

観察 1.3 符号が交代することに注目する。$(-1)^{|S|+1}$、この交代が、第3節で救いになる。

問い:厳密であれば、使えるのか。

2. 項の数は $2^n-1$ である

計算 2.1:項の数と、一秒に十億項を足せるとしたときの所要時間(本稿で計算)。

$n$ 項の数 $2^n-1$ 所要時間
$10$ $1023$ $0.0000$ 秒
$20$ $1048575$ $0.0010$ 秒
$30$ $1073741823$ $1.0737$ 秒
$40$ $1099511627775$ $0.31$ 時間
$50$ $1125899906842623$ $13.03$ 日
$\mathbf{60}$ $\mathbf{1152921504606846975}$ $\mathbf{36.53}$ 年

観察 2.2 $n$ を $10$ 増やすと項数はちょうど $1024$ 倍になる。$2^{10}=1024$ だからである。実測でも $1024.000976$ 倍。$-1$ の効果しか残らない。

観察 2.3 $n=30$ と $n=60$ の間に境目がある。$1.0737$ 秒から $36.53$ 年へ、集合が三十個増えただけで、待てるものが待てないものになる。

観察 2.4 $n=60$ は大きな数ではない。条件が六十個ある、というだけである。実務ではありふれた規模で、厳密な公式が届かなくなる。

観察 2.5 計算機を速くしても解決しない。十億倍速くしても $n$ が $30$ 増えるだけである。指数の相手に線形の改善は効かない。

3. 切ると、上下から挟む

計算 3.1:撹乱順列の確率を項の数 $k$ で打ち切ったときの値(本稿で計算・真値は $1/e=0.3678794412$)。

$k$ 部分和 真値との差 位置
$0$ $1.0000000000$ $+6.321\times10^{-1}$ 上
$1$ $0.0000000000$ $-3.679\times10^{-1}$ 下
$2$ $0.5000000000$ $+1.321\times10^{-1}$ 上
$3$ $0.3333333333$ $-3.455\times10^{-2}$ 下
$4$ $0.3750000000$ $+7.121\times10^{-3}$ 上
$5$ $0.3666666667$ $-1.213\times10^{-3}$ 下
$6$ $0.3680555556$ $+1.761\times10^{-4}$ 上
$7$ $0.3678571429$ $-2.230\times10^{-5}$ 下
$8$ $0.3678819444$ $+2.503\times10^{-6}$ 上
$\mathbf{12}$ $\mathbf{0.3678794413}$ $\mathbf{+1.4980\times10^{-10}}$ 上

観察 3.2 これが本稿の芯である。偶数で切れば必ず上、奇数で切れば必ず下である。例外が一つもない。だから隣り合う二つを取れば、真値を挟む区間が手に入る。

観察 3.3 挟み幅は階乗で縮む。$k=5$ と $k=6$ の差は $0.0013888889$、これは $1/6!=0.0013888889$ に厳密に一致する。

観察 3.4 十三項で十桁近い。$k=12$ の残差は $1.4980\times10^{-10}$、$2^{60}-1$ 個ではなく、$13$ 個で済んでいる。

観察 3.5 ここに逆転がある。全部足すと $36.53$ 年、途中で切ると一瞬で十桁、全部足すことが最善ではない。論文353 で最適値が中間にあったのと同じ形である。

観察 3.6 独立な既知値で検算できる。$k=4$ までの部分和に $4!$ を掛けると $9$、$n=4$ の撹乱順列が $9$ 通りであることは独立に知られている。式が正しく閉じている。

4. なぜ挟めるのか

観察 4.1 項が交代し、かつ絶対値が単調に減るからである。$1/k!$ は $k$ とともに単調に減る。この二条件だけで、部分和が真値を交互に挟むことが従う。

観察 4.2 条件はどちらも必要である。交代しなければ挟まず、減らなければ収束しない。片方を落とすと主張は偽になる。

観察 4.3 一般の包除原理では第二条件が保証されない。集合の交わりの大きさが単調に減るとはかぎらない。だからボンフェローニ不等式は「挟む」ことは言うが、「幅が階乗で縮む」とは言わない。

観察 4.4 つまり二つの主張の強さが違う。「上下から挟む」は一般に成り立つ、「十三項で十桁」は撹乱順列という具体例の性質である。混ぜない。

観察 4.5 正直に言えば、本稿はボンフェローニ不等式を証明していない。示したのは一つの例で実際に挟むことと、その幅の値である。一般の証明は文献に譲る。

5. 分離子:項が交代するか

観察 5.1 分離子、項が符号を交代するかどうかであって、項の数ではない。

項の符号 打ち切ると 誤差の向きは分かるか
包除原理 交代する 上下から挟む 分かる
同符号の和 同じ 常に下から 片側だけ

観察 5.2 右端の列が実用の差である。同符号の和を途中で切ると「まだ足りない」ことしか分からない。交代する和なら「どこまでのあいだにある」が分かる。

観察 5.3 項数の多さは分離子ではない。$2^{60}$ 項でも、交代していれば十三項で十桁出る。多いことが困難の原因ではなく、符号がそろっていることが原因である。

観察 5.4 分離子は動かせる。同符号の和でも、上界の列を別に作れば挟める。ただしその列は式の外から持ってくることになる。交代する和は、それを式の内側でやっている。

観察 5.5 正直に言えば、$36.53$ 年も $1.4980\times10^{-10}$ も、一秒に十億項という仮定と撹乱順列という例の上での値である。別の問題なら別の数が出る。動かないのは、項数が $2^n-1$ であることと、交代和が上下から挟むことだけである。

観察 5.6 最後に一つ、「厳密である」は「使える」を意味しない。そして使えるようにする操作は、たいてい厳密さを捨てる操作ではない。ここでは、厳密な式を途中で止めるだけで、答が挟まれた区間として手に入る。捨てたのは項であって、確からしさではない。

6. 点呼と結び

  1. 項の数は $2^n-1$(第1節):等号であって近似ではない。
  2. $n=30$ で $1073741823$ 個(計算 2.1):$1.0737$ 秒。
  3. $n=60$ で $36.53$ 年(計算 2.1):三十増えただけで待てなくなる。
  4. $n$ を $10$ 増やすと $1024$ 倍(観察 2.2):$2^{10}$。
  5. 偶数で切れば上、奇数なら下(観察 3.2):例外が一つもない。
  6. $k=5$ と $k=6$ の差は $1/6!$(観察 3.3):$0.0013888889$。
  7. $k=12$ で残差 $1.4980\times10^{-10}$(計算 3.1):$13$ 項で十桁近い。
  8. $4!$ を掛けると $9$(観察 3.6):独立に知られた値と一致。
  9. 交代と単調減少の両方が要る(観察 4.2):片方では成り立たない。
  10. 項数は分離子ではない(観察 5.3):符号がそろっていることが原因。

結び:包除原理は近似ではない。等号であって誤差項が無く、数学的には完全な答である。だが項の数は $2^n-1$ 個で、$n$ の指数関数である。一秒に十億項を足せるとしても、$n=30$ なら $1.0737$ 秒だが $n=60$ では $\mathbf{36.53}$ 年かかる。集合が三十個増えただけで、待てるものが待てないものになる。しかも $n=60$ は「条件が六十個ある」というだけの、実務ではありふれた規模である。計算機を十億倍速くしても $n$ が $30$ 増えるだけで、指数の相手に線形の改善は効かない。ところが、途中で切ると上下から挟める。撹乱順列の確率で見ると、偶数項で切れば必ず真値 $1/e=0.3678794412$ より大きく、奇数項で切れば必ず小さい。例外が一つもない。だから隣り合う二つを取れば、真値を挟む区間が手に入る。挟み幅は階乗で縮み、$k=5$ と $k=6$ の差 $0.0013888889$ は $1/6!$ に厳密に一致する。$k=12$ での残差は $\mathbf{1.4980\times10^{-10}}$、$2^{60}-1$ 個ではなく $13$ 個で十桁近い。ここに逆転がある。全部足すと $36.53$ 年、途中で切ると一瞬で十桁。全部足すことが最善ではない。挟めるのは、項が交代し、かつ絶対値が単調に減るからであって、この二条件はどちらも必要である。一般の包除原理では第二条件が保証されないので、「上下から挟む」は一般に成り立つが「十三項で十桁」は撹乱順列という具体例の性質である。混ぜない。分けているものは一つ、項が符号を交代するかどうかであって、項の数ではない。同符号の和を途中で切ると「まだ足りない」ことしか分からないが、交代する和なら「どこまでのあいだにある」が分かる。$2^{60}$ 項でも交代していれば十三項で十桁出るのだから、多いことが困難の原因ではなく、符号がそろっていることが原因である。正直に言えば、本稿はボンフェローニ不等式を証明していない。示したのは一つの例で実際に挟むことと、その幅の値である。$36.53$ 年も $1.4980\times10^{-10}$ も、一秒に十億項という仮定と撹乱順列という例の上での値である。最後に一つ、「厳密である」は「使える」を意味しない。そして使えるようにする操作は、たいてい厳密さを捨てる操作ではない。ここでは、厳密な式を途中で止めるだけで、答が挟まれた区間として手に入る。捨てたのは項であって、確からしさではない。

参考文献

  1. Bonferroni, C. E. (1936). Teoria statistica delle classi e calcolo delle probabilità. Pubblicazioni del R. Istituto Superiore di Scienze Economiche e Commerciali di Firenze.
  2. Stanley, R. P. (2011). Enumerative Combinatorics, Volume 1 (2nd ed.). Cambridge: Cambridge University Press.
  3. Comtet, L. (1974). Advanced Combinatorics. Dordrecht: Reidel.
  4. Galambos, J., Simonelli, I. (1996). Bonferroni-type Inequalities with Applications. New York: Springer.
  5. Graham, R. L., Knuth, D. E., Patashnik, O. (1994). Concrete Mathematics (2nd ed.). Reading: Addison-Wesley.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『雑音を足すと検出が良くなる場合がある。ただし「多いほどよい」ではない』[論文353]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696835
  8. 山岸勇輝 (2026). 『長さは、曲線を測る量ではなくなることがある』[論文354]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696977
  9. 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「厳密な式が計算できないとき、途中で切ると上下から挟める」[論文360]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697354

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 厳密な式が計算できないとき、途中で切ると上下から挟める [論文360]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/360 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697354

Yamagishi, Y. (2026). When an Exact Formula Cannot Be Computed, Cutting It Short Brackets the Answer [Paper 360]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/360; DOI: 10.5281/zenodo.22697354

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