【論文367】感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる

要旨

制御を強くすれば外乱に強くなる、と考えたくなる。本稿が問うのは強くした分だけ得をするかである。答えは得た分と失った分が、面積として釣り合う。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、感度関数 $S=1/(1+L)$ の対数の積分は、$K$ を変えても $0$ のままである(第2節)。

第二に、実測で $K=0.5$・$1.0$・$2.0$ に対して $-0.006114$・$-0.006239$・$-0.006489$ である(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。$|S|<1$ の側の面積 $\mathbf{0.822619}$ と $|S|>1$ の側の面積 $\mathbf{0.854584}$ が釣り合う(第3節)。

第四に、どの $K$ でも $1$ を超える山が立ち、$K=2.0$ では $\mathbf{1.785405}$ になる(第3節)。

第五に、制約のない関数で同じ積分を取ると $-724.161025$ になり、$0$ から大きく外れる(第4節)。

第六に、分離子は「相対次数と不安定極」であって、制御則の巧拙ではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。ボードの感度積分・感度関数・ウォーターベッド効果はすべて既知である。制御理論を作らない。ボードの積分定理の証明(複素解析による)には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。不安定極を扱わない。右半平面の極があるときの一般形($2\pi\sum\mathrm{Re} p_i$)は名前を挙げるにとどめる。本稿は極が右半面に無い場合だけを計算する。設計法を与えない。どこに山を置くべきかという設計指針は与えない。離散を扱わない。標本化した系の対応する制約は主題ではない。実装を扱わない。数値積分の打ち切り誤差は明示するが、精度の理論は与えない。既刊との関係:論文350 はむだ時間が位相だけを食うことを示した。そこでも制御の限界が主題だった。ここでは限界が保存則の形をとる。論文357 は最大電力と最大効率が同じ点にないことを示した。そこでも二つを同時に取れなかった。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「制御が下手だから山が立つ」と「原理的に立つ」は、その基準で別根である。論文353 は最適値が端ではなく中間にあることを示した。ここでは総量が固定され、配分だけが選べる。加えたのは、三つの $K$ で積分値を数に出したこと、下げた面積と上げた面積を別々に出して釣り合いを見たこと、山の高さが $K$ とともに上がることを示したこと、制約のない関数を対照に置いて検査が効くことを確かめたこと、分離子を「相対次数と不安定極」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:一巡伝達関数を $L(s)=K/(s(s+1))$ とし、感度関数を次で定める。

$$S(s)=\frac{1}{1+L(s)},\qquad
\int_0^\infty\ln|S(j\omega)|\,d\omega=0$$

右半平面に極が無く、相対次数が $2$ 以上のときの、ボードの積分定理である。

観察 1.1 $|S|$ が小さいほど外乱に強い。$S$ は外乱から出力への伝達だからである。低周波で $|S|$ を下げるのが、制御の目的である。

観察 1.2 だが積分が $0$ に固定されている。$\ln|S|$ の積分、どこかを負にすれば、どこかを正にしなければならない。

観察 1.3 これは制御則の巧拙とは関係がない。$L$ の形によらず、相対次数と極の位置だけで決まる。上手に設計しても回避できない。

問い:制御を強くした分だけ、得をするか。

2. 積分は $K$ を変えても $0$ である

計算 2.1:$K$ に対する感度積分と山の高さ(本稿で計算・$\omega$ は $0$ から $4000$ まで、$4\times10^{6}$ 分割)。

$K$ $\int\ln|S| d\omega$ 最大の $|S|$ その周波数
$0.5$ $\mathbf{-0.006114}$ $1.272019$ $0.899$
$1.0$ $\mathbf{-0.006239}$ $1.467890$ $1.169$
$2.0$ $\mathbf{-0.006489}$ $\mathbf{1.785405}$ $1.554$

観察 2.2 三つとも $0$ に近い。$-0.006$ 前後、$K$ を四倍にしても積分は動かない。

観察 2.3 正直に言えば、残っている $-0.006$ は打ち切り誤差である。定理が言うのは無限区間の積分だが、本稿は $\omega=4000$ で切っている。$0$ ちょうどでない理由を、模型の粗さとして明示しておく。

観察 2.4 だが山の高さは $K$ とともに上がる。$1.272019$ から $1.785405$ へ、積分は動かないのに、配分は動いている。

観察 2.5 山の位置も動く。$\omega=0.899$ から $1.554$ へ、強くするほど、山が高周波側へ移る。

3. 下げた面積と上げた面積が釣り合う

計算 3.1:$K=1.0$ で、$|S|$ が $1$ より小さい側と大きい側の面積を別々に出す(本稿で計算)。

量 値
$|S|<1$ の側の面積(得たぶん) $\mathbf{0.822619}$
$|S|>1$ の側の面積(失ったぶん) $\mathbf{0.854584}$
差 $0.031965$(面積の $3.89$ パーセント)

観察 3.2 これが本稿の芯である。二つの面積が $3.89$ パーセント以内で一致する。低周波で下げた分は、高周波で上がった分とほぼ同じである。

観察 3.3 正直に言えば、この $3.89$ パーセントも数値積分の粗さである。面積の計算は分割を粗くしてある。細かくした計算 2.1 では差が $0.006$ まで縮む。

観察 3.4 つまり制御の改善は移動である。どこかで良くすることは、どこかで悪くすることと同義である。「全周波数で良くする」は、この定理の下では不可能である。

観察 3.5 $|S|>1$ は「外乱が増幅される」ことを意味する。何もしないより悪い帯域が、必ずできる。制御をかけたせいで振動が出る、という現場の経験は、これである。

観察 3.6 論文357 と同じ形である。論文357 では最大電力と最大効率が同じ点になかった。ここでは、低周波の性能と高周波の性能が同じ設計で取れない。

4. 制約のない関数と比べる

計算 4.1:対照として、感度関数でない関数の対数積分を取る(本稿で計算)。

対象 $\int\ln(\cdot) d\omega$
感度関数 $S$($K=1.0$) $\mathbf{-0.006239}$
$1/(1+\omega^2)$(制約なし) $\mathbf{-724.161025}$

観察 4.2 対照は $0$ から大きく外れる。$-724.161025$、「積分が $0$ になった」が、たまたまではないことの確認になる。

観察 4.3 この対照が無ければ、検査は失敗しようがない。どんな数でも「$0$ に近い」と言えてしまう尺度なら、意味がない。$-724$ という値が出る尺度で $-0.006$ が出たことに、意味がある。

観察 4.4 $1/(1+\omega^2)$ は単調に減る。どこにも山が立たない。だから積分は負に大きくなる。制約があるとは、山が立つことと同じである。

5. 分離子:相対次数と不安定極

観察 5.1 分離子、相対次数が $2$ 以上か、右半平面に極があるかであって、制御則の巧拙ではない。

条件 積分の値 山は
相対次数 $\ge2$・不安定極なし $\mathbf{0}$ 必ず立つ
右半平面に極 $p_i$ あり $2\pi\sum\mathrm{Re} p_i>0$ さらに高くなる

観察 5.2 下の行は本稿が計算していない。文献として挙げるにとどめる。本稿が数で出したのは上の行だけである。主張の強さを混ぜない。

観察 5.3 分離子は動かせるが、代償がある。相対次数を $1$ にすれば積分は $0$ でなくなる。だがそれは高周波で $|L|$ が落ちないことを意味し、実装できない。

観察 5.4 つまり制約は物理から来ている。現実の系は必ず高周波で応答が落ちる。相対次数 $2$ 以上は、避けられる条件ではない。

観察 5.5 正直に言えば、$0.822619$ も $1.785405$ も、$L=K/(s(s+1))$ と明示した系の上での値である。別の系なら別の数が出る。動かないのは、積分が $0$ に固定されるという構造だけである。

観察 5.6 最後に一つ、保存則が課された量では、「改善」という語が意味を変える。総量が動かないのだから、改善とは配分の選択である。どこを良くするかを選んだ人は、同時にどこを悪くするかを選んでいる。選んだ覚えがなくても、そうなっている。

6. 点呼と結び

  1. $\int\ln|S| d\omega=0$(第1節):相対次数 $2$ 以上・不安定極なし。
  2. $K=0.5$ で $-0.006114$(計算 2.1):実測。
  3. $K=2.0$ でも $-0.006489$(計算 2.1):$K$ を四倍にしても動かない。
  4. 残差は打ち切り誤差(観察 2.3):$\omega=4000$ で切っている。
  5. 山は $1.272019$ から $1.785405$ へ(計算 2.1):配分だけが動く。
  6. 山の位置も $0.899$ から $1.554$ へ(観察 2.5):高周波側へ移る。
  7. 下げた面積 $0.822619$(計算 3.1):得たぶん。
  8. 上げた面積 $0.854584$(計算 3.1):失ったぶん。差は $3.89$ パーセント。
  9. 対照は $-724.161025$(計算 4.1):検査が効いている。
  10. 相対次数を $1$ にはできない(観察 5.3):制約は物理から来る。

結び:制御を強くすれば外乱に強くなる、と考えたくなる。だが強くした分だけ得をするわけではない。感度関数 $S=1/(1+L)$ の対数の積分は、$0$ に固定されている。右半平面に極が無く相対次数が $2$ 以上なら、$\int_0^\infty\ln|S| d\omega=0$ である。実測でも $K=0.5$・$1.0$・$2.0$ に対して $-0.006114$・$-0.006239$・$-0.006489$ で、$K$ を四倍にしても積分は動かない(残っている $-0.006$ は $\omega=4000$ で切ったことによる打ち切り誤差である)。動くのは配分だけである。山の高さは $1.272019$ から $\mathbf{1.785405}$ へ上がり、位置も $\omega=0.899$ から $1.554$ へ移る。そして $K=1.0$ で $|S|<1$ の側の面積 $\mathbf{0.822619}$ と $|S|>1$ の側の面積 $\mathbf{0.854584}$ が、$3.89$ パーセント以内で釣り合う(この差も粗い分割によるもので、細かく取れば $0.006$ まで縮む)。つまり制御の改善は移動であって、生成ではない。どこかで良くすることは、どこかで悪くすることと同義であり、「全周波数で良くする」はこの定理の下では不可能である。$|S|>1$ は外乱が増幅されることを意味するので、何もしないより悪い帯域が必ずできる。制御をかけたせいで振動が出るという現場の経験は、これである。対照を置けば、この $0$ がたまたまでないと分かる。同じ積分を $1/(1+\omega^2)$ に取ると $\mathbf{-724.161025}$ になる。$-724$ という値が出る尺度で $-0.006$ が出たことに、意味がある。$1/(1+\omega^2)$ はどこにも山が立たないから積分が負に大きくなるのであって、制約があるとは山が立つことと同じである。分けているものは一つ、相対次数が $2$ 以上か、右半平面に極があるかであって、制御則の巧拙ではない。相対次数を $1$ にすれば積分は $0$ でなくなるが、それは高周波で応答が落ちないことを意味し、実装できない。制約は物理から来ている。右半平面に極がある場合の一般形は本稿が計算しておらず、文献として挙げるにとどめる。正直に言えば、$0.822619$ も $1.785405$ も $L=K/(s(s+1))$ と明示した系の上での値であり、動かないのは積分が $0$ に固定されるという構造だけである。最後に一つ、保存則が課された量では、「改善」という語が意味を変える。総量が動かないのだから、改善とは配分の選択である。どこを良くするかを選んだ人は、同時にどこを悪くするかを選んでいる。選んだ覚えがなくても、そうなっている。

参考文献

  1. Bode, H. W. (1945). Network Analysis and Feedback Amplifier Design. New York: Van Nostrand.
  2. Freudenberg, J. S., Looze, D. P. (1985). Right half plane poles and zeros and design tradeoffs in feedback systems. IEEE Transactions on Automatic Control.
  3. Stein, G. (2003). Respect the Unstable. IEEE Control Systems Magazine.
  4. Skogestad, S., Postlethwaite, I. (2005). Multivariable Feedback Control (2nd ed.). Chichester: Wiley.
  5. Åström, K. J., Murray, R. M. (2008). Feedback Systems: An Introduction for Scientists and Engineers. Princeton: Princeton University Press.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『むだ時間は、振幅に触れずに安定余裕だけを食う』[論文350]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22695565
  8. 山岸勇輝 (2026). 『雑音を足すと検出が良くなる場合がある。ただし「多いほどよい」ではない』[論文353]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696835
  9. 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる」[論文367]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22697709

YOI 367第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367・DOI 10.5281/zenodo.22697709・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 感度をどこかで下げると、どこかで必ず上がる [論文367]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22697709

Yamagishi, Y. (2026). Push the Sensitivity Down Somewhere and It Must Rise Somewhere Else [Paper 367]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367; DOI: 10.5281/zenodo.22697709

@misc{yamagishi2026yoi367,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {Push the Sensitivity Down Somewhere and It Must Rise Somewhere Else},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/367},
  doi = {10.5281/zenodo.22697709},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
5d82f9e4b34b9489ef2af64c323e46cae1849ea65cfef8e5d256e8b216c00b9f yamagishi_yoi367_v1_jp.pdf
3c379842b998565d4f0cdd398cdbcd32373695de7f8b0ae93b8684c782aa9754 yamagishi_yoi367_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。