要旨
成績の悪い者を鍛えると伸び、良い者を褒めると落ちる、と言われる。本稿が問うのはそれが処置の効果かである。答えは処置が何も無くても、同じ大きさで起きる。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、実力を全員同じにし、二回の観測を独立な雑音とする(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。下位 $10$ パーセントの二回目は $\mathbf{+1.756597}$ 上がる(第2節)。
第三に、同時に上位 $10$ パーセントは $\mathbf{-1.759617}$ 下がる(第2節)。
第四に、二回目の平均はどちらも $0$ に近い($0.008800$ と $-0.000170$)(第2節)。
第五に、中央 $50$ パーセントはほとんど動かない($+0.004677$)(第3節)。
第六に、分離子は「一回目で選んだか」であって、処置の内容ではない(第5節)。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。平均への回帰・ゴルトンの回帰・回帰不連続はすべて既知である。統計学を作らない。回帰への補正法(対照群の設計・差の差法)には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実データを扱わない。教育・医療・スポーツの実際の記録は用いない。標準正規乱数の上で計算する。因果推論を作らない。処置効果の識別条件は主題ではない。処置がゼロの場合に何が見えるかだけを扱う。相関を扱わない。二回の観測は完全に独立とする。実際には相関があり、回帰はその分だけ小さくなる。一般化しない。全ての前後比較が偽であるとは主張しない。一回目で選別した場合だけである。既刊との関係:論文364 は選別だけで平均が $1.52$ 標準偏差上がることを示した。そこでは「見える集団」が問題だった。ここでは同じ集団を二度測ったときの「変化」が問題である。論文353 は条件を落とすと主張が偽になることを示した。ここでは「選び方」という条件が落ちている。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。処置の効果と回帰の効果は、その基準で別根である。論文361 は既知の一件で試すと分類が落ちることを示した。ここでは処置ゼロという既知の一件で試している。加えたのは、五つの群で一回目と二回目の平均を数に出したこと、下位と上位で符号が逆になり大きさがほぼ同じであることを示したこと、二回目の平均がどちらも $0$ に戻ることを示したこと、二回目を一回目と同一にすると効果が厳密に消える対照を置いたこと、分離子を「一回目で選んだか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:$100000$ 人の実力を全員 $0$ とし、二回の観測を独立な標準正規雑音とする。
$$X_1\sim\mathcal{N}(0,1),\qquad X_2\sim\mathcal{N}(0,1),\qquad X_1\perp X_2$$
$X_1$ で群を選び、その群の $X_2$ を見る。
観察 1.1 処置は無い。二回目に何もしていない。だから変化があれば、それは全部が見せかけである。
観察 1.2 実力の差も無い。全員同じ分布から引いている。一回目の順位は運だけで決まっている。
観察 1.3 それでも「変化」は出る。一回目で選ぶという操作が入るからである。本稿はその大きさを数で出す。
問い:処置が無くても、どれだけの「効果」が見えるか。
2. 下位は $+1.76$、上位は $-1.76$
計算 2.1:一回目で選んだ群の、一回目と二回目の平均(本稿で計算・$100000$ 人)。
| 一回目の群 | 人数 | 一回目の平均 | 二回目の平均 | 「効果」 |
|---|---|---|---|---|
| 下位 $10$ パーセント | $10054$ | $-1.747797$ | $0.008800$ | $\mathbf{+1.756597}$ |
| 下位 $25$ パーセント | $25013$ | $-1.269273$ | $0.004057$ | $+1.273330$ |
| 中央 $50$ パーセント | $49885$ | $-0.003051$ | $0.001626$ | $+0.004677$ |
| 上位 $25$ パーセント | $25102$ | $1.274214$ | $0.008623$ | $-1.265591$ |
| 上位 $10$ パーセント | $10060$ | $1.759448$ | $-0.000170$ | $\mathbf{-1.759617}$ |
観察 2.2 これが本稿の芯である。下位 $10$ パーセントは $+1.756597$、上位 $10$ パーセントは $-1.759617$、符号が逆で、大きさはほぼ同じ。処置は一つも施していない。
観察 2.3 二回目の平均はどちらも $0$ に近い。$0.008800$ と $-0.000170$、どちらの群も、二回目には母集団に戻っている。実力が同じなのだから当然である。
観察 2.4 だから「変化」は一回目の側にある。一回目が $-1.747797$ だったことが、変化の全部を作っている。二回目に何が起きたかではない。
観察 2.5 同じ処置が、選んだ群で逆に見える。下位に施せば効いたと見え、上位に施せば害があったと見える。同じ「何もしない」という処置がである。
観察 2.6 これが実務でいちばん危ない形である。「叱ると伸び、褒めると落ちる」という観察が、これで説明できてしまう。説明できることは、その説明が正しいことを意味しない。
3. 極端でなければ、回帰も小さい
観察 3.1 中央 $50$ パーセントはほとんど動かない。$+0.004677$、下位 $10$ パーセントの $1.756597$ に対して、$376$ 分の $1$ である。
観察 3.2 つまり回帰の大きさは、選別の極端さで決まる。下位 $25$ パーセントで $+1.273330$、下位 $10$ パーセントで $+1.756597$、厳しく選ぶほど大きい。
観察 3.3 ここに実務的な指針がある。極端な群を選んで前後を比べる設計は、最も強い偽の効果を生む、そして極端な群を選ぶのは、たいてい「困っているところから手をつける」という自然な判断である。
観察 3.4 対照を置くと消える。二回目を一回目と同一にすると、効果は厳密に $0$ になる。雑音が原因であることの名指しである。
観察 3.5 正直に言えば、実際の二回の観測には相関がある。本稿は完全に独立とした。相関があれば回帰はその分だけ小さくなる。本稿の $1.756597$ は上限側の値である。
4. 論文364 との違い
観察 4.1 論文364 が扱ったのは「見える集団の平均」である。脱落が記録されないとき、生き残りの平均が高く見えた。そこでは一回しか測っていない。
観察 4.2 本稿が扱うのは「同じ集団の変化」である。二回測って、その差を見る。脱落は無く、全員が二回とも記録されている。
観察 4.3 だから対処法も違う。論文364 は脱落を記録すれば消えた。本稿の偽効果は、全部を記録していても消えない。対照群が要る。
観察 4.4 論文300 の基準で別根である。一方は観測の切り取り、他方は選別と再測定の組み合わせ、どちらも「良く見える」を作るが、根が違う。
観察 4.5 そして本稿のほうが検出しにくい。データに欠けが無いから、記録を見ても異常が分からない。設計を見なければ気づけない。
5. 分離子:一回目で選んだか
観察 5.1 分離子、群を一回目の測定で選んだかどうかであって、処置の内容ではない。
| 群の選び方 | 処置 | 見かけの効果 | 本当の効果 |
|---|---|---|---|
| 一回目の下位 $10$ パーセント | 無し | $\mathbf{+1.756597}$ | $\mathbf{0}$ |
| 一回目の上位 $10$ パーセント | 無し | $\mathbf{-1.759617}$ | $\mathbf{0}$ |
| 無作為 | 無し | $\mathbf{0}$ 前後 | $\mathbf{0}$ |
観察 5.2 三行とも処置は同じである。何もしていない。違うのは群の選び方だけで、見かけの効果は $+1.76$ から $-1.76$ まで動く。
観察 5.3 だから無作為化が効く。一回目の値で選ばなければ、回帰は起きない。無作為化の意味の一つが、これである。
観察 5.4 分離子は動かせるが、動かしにくい。現実には「困っている群」を選ばざるをえないことが多い。そのときは対照群を同じ基準で選ぶ。選び方をそろえれば、回帰は両群で同じだけ起き、差には現れない。
観察 5.5 正直に言えば、$1.756597$ も $-1.759617$ も、標準正規・独立・下位 $10$ パーセントという明示した条件の上での値である。相関があれば小さくなる。動かないのは、下位と上位で符号が逆になるという構造だけである。
観察 5.6 最後に一つ、「効果があった」と「効果が無かった」の両方を、同じ処置ゼロが作れる。どちらの結論を得たいかによって、選ぶ群を変えればよい。結論を選べる設計は、結論を支えない。設計を見ずに結果だけを見ると、その区別がつかない。
6. 点呼と結び
- 実力は全員同じ(観察 1.2):一回目の順位は運だけ。
- 処置は無い(観察 1.1):変化があれば全部が見せかけ。
- 下位 $10$ パーセントで $+1.756597$(計算 2.1):改善に見える。
- 上位 $10$ パーセントで $-1.759617$(計算 2.1):悪化に見える。
- 二回目はどちらも $0$ 近く(観察 2.3):$0.008800$ と $-0.000170$。
- 中央 $50$ パーセントは $+0.004677$(観察 3.1):$376$ 分の $1$。
- 厳しく選ぶほど大きい(観察 3.2):$25$ パーセントで $+1.273330$。
- 二回目を同一にすると厳密に $0$(観察 3.4):雑音が原因。
- 論文364 とは根が違う(観察 4.4):切り取りか、選別と再測定か。
- 相関があれば小さくなる(観察 3.5):本稿の値は上限側。
結び:成績の悪い者を鍛えると伸び、良い者を褒めると落ちる、と言われる。だが処置が何も無くても、同じことが同じ大きさで起きる。$100000$ 人の実力を全員同じにし、二回の観測を独立な雑音とする。二回目には何もしていないのだから、変化があればそれは全部が見せかけである。それでも下位は上がり、上位は下がる。下位 $10$ パーセントの二回目は $\mathbf{+1.756597}$ 上がり、上位 $10$ パーセントは $\mathbf{-1.759617}$ 下がる。符号が逆で、大きさはほぼ同じ。そして二回目の平均はどちらも $0$ に近い($0.008800$ と $-0.000170$)、どちらの群も母集団に戻っているだけである。つまり「変化」は一回目の側にあり、一回目が $-1.747797$ だったことが変化の全部を作っている。同じ処置が、選んだ群で逆に見える。下位に施せば効いたと見え、上位に施せば害があったと見える。同じ「何もしない」という処置がである。「叱ると伸び、褒めると落ちる」という観察が、これで説明できてしまう。そして説明できることは、その説明が正しいことを意味しない。大きさは選別の極端さで決まる。中央 $50$ パーセントは $+0.004677$ しか動かず、下位 $10$ パーセントの $376$ 分の $1$ である。極端な群を選んで前後を比べる設計が最も強い偽の効果を生み、しかも極端な群を選ぶのは「困っているところから手をつける」という自然な判断である。二回目を一回目と同一にすれば効果は厳密に $0$ になる。雑音が原因であることの名指しである。分けているものは一つ、群を一回目の測定で選んだかどうかであって、処置の内容ではない。三行とも処置は同じ(何もしていない)で、違うのは群の選び方だけなのに、見かけの効果は $+1.76$ から $-1.76$ まで動く。だから無作為化が効く。現実に「困っている群」を選ばざるをえないなら、対照群を同じ基準で選ぶ、選び方をそろえれば回帰は両群で同じだけ起き、差には現れない。正直に言えば、実際の二回の観測には相関があり、あれば回帰はその分だけ小さくなる。本稿の $1.756597$ は独立を仮定した上限側の値である。論文364 が扱った「見える集団の平均」とは根が違い、こちらはデータに欠けが無いぶん、記録を見ても異常が分からない。最後に一つ、「効果があった」と「効果が無かった」の両方を、同じ処置ゼロが作れる。どちらの結論を得たいかによって、選ぶ群を変えればよい。結論を選べる設計は、結論を支えない。設計を見ずに結果だけを見ると、その区別がつかない。
参考文献
- Galton, F. (1886). Regression Towards Mediocrity in Hereditary Stature. Journal of the Anthropological Institute.
- Campbell, D. T., Kenny, D. A. (1999). A Primer on Regression Artifacts. New York: Guilford Press.
- Barnett, A. G., van der Pols, J. C., Dobson, A. J. (2005). Regression to the mean: what it is and how to deal with it. International Journal of Epidemiology.
- Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. New York: Farrar, Straus and Giroux.
- Bland, J. M., Altman, D. G. (1994). Regression towards the mean. BMJ.
- 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『雑音を足すと検出が良くなる場合がある。ただし「多いほどよい」ではない』[論文353]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22696835
- 山岸勇輝 (2026). 『平衡温度で引いたハビタブルゾーンは、地球を外に出す』[論文361]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697436
- 山岸勇輝 (2026). 『選別だけで平均は 1.52 標準偏差上がり、ばらつきは 0.45 に縮む』[論文364]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697530
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「原因が何も無くても、下位は 1.76 標準偏差上がり、上位は 1.76 下がる」[論文371]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698226
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 原因が何も無くても、下位は 1.76 標準偏差上がり、上位は 1.76 下がる [論文371]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/371 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698226
Yamagishi, Y. (2026). With No Cause at All, the Bottom Rises 1.76 Standard Deviations and the Top Falls 1.76 [Paper 371]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/371; DOI: 10.5281/zenodo.22698226
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