【論文380】走る速さの限界は、脚を速く動かせないことではなく、地面を強く押せないことである

要旨

速く走れないのは脚の回転が追いつかないからだ、と考えたくなる。本稿が問うのは何が先に限界に来るかである。答えは地面を押す力である。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、速度が上がると、短くなるのは接地時間だけである(第2節)。

第二に、滞空時間は $0.100$ 秒から $0.132$ 秒へ、むしろ少し伸びる(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。接地率が $0.6667$ から $\mathbf{0.3714}$ へ落ちるので、平均鉛直力は体重の $1.5$ 倍から $\mathbf{2.6923}$ 倍へ増える(第2節)。

第四に、接地率と平均力の積は、どの速度でも体重に戻る(第2節)。

第五に、平均力の上限を体重の $3$ 倍と置くと、最高速度は $\mathbf{13.1804}$ m/s と出る(第3節)。

第六に、分離子は「脚を戻す速さ」か「地面を押す力」かであって、筋力の総量ではない(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。接地率(デューティ比)・地面反力・跳躍の滞空時間はすべて既知である。生体力学を作らない。筋腱の力速度関係や弾性エネルギーの蓄積には立ち入らない。名前を挙げるにとどめる。実測をしない。選手の測定は行わない。体重 $86$ kg、歩幅 $2.6$ m、重心の上下動 $0.0212$ m は明示した仮定である。ピーク値を扱わない。本稿が出すのは接地中の平均鉛直力である。瞬間の最大値はこれより大きい。加速局面を扱わない。スタートからの加速は主題ではない。最高速度で走っている定常状態だけを見る。訓練を論じない。どう鍛えるべきかという助言はしない。既刊との関係:論文359 はジャイロ効果の桁が足りないことを示した。そこでは説明が桁で落ちた。ここでは律速が別の場所にあった。論文362 は持ち上げる仕事が律速でないことを示した。同じ形である。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。脚を戻す速さと地面を押す力は、その基準で別根である。論文357 は「最適」が目的関数なしに決まらないことを示した。ここでは「限界」がどの量の限界かを言わないと決まらない。加えたのは、五つの速度で接地率と平均力を数に出したこと、滞空時間がほとんど変わらないことを示したこと、積が体重に戻ることで式が閉じることを確かめたこと、力の上限から最高速度 $13.1804$ m/s を逆算したこと、分離子を「速さか力か」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:接地時間 $t_c$、滞空時間 $t_a$ とし、接地率と接地中の平均鉛直力を次で定める。

$$d=\frac{t_c}{t_c+t_a},\qquad
\bar F=\frac{W}{d},\qquad W=Mg,\quad M=86\ \mathrm{kg}$$

一歩の周期で見た鉛直方向のつり合いである。

観察 1.1 空中にいるあいだ、体は支えられていない。重力だけが働く。だから接地しているあいだに、一周期ぶんの体重を支えなければならない。

観察 1.2 接地している割合が短いほど、その間の力は大きくなる。$\bar F=W/d$、$d$ が半分になれば力は二倍である。

観察 1.3 滞空時間は跳躍の物理で決まる。重心の上下動 $h$ から $t_a=2\sqrt{2h/g}$、速度を上げても、ここはあまり変えられない。

問い:速く走れなくなるのは、どの量が先に限界に来るからか。

2. 短くなるのは接地時間だけである

計算 2.1:速度に対する接地率と平均鉛直力(本稿で計算・体重 $86$ kg、重量 $843.37$ N)。

速度 [m/s] $t_c$ [s] $t_a$ [s] 接地率 平均力 [N] 体重の何倍
$5.0$ $0.200$ $0.100$ $0.6667$ $1265.06$ $1.5000$
$8.0$ $0.120$ $0.110$ $0.5217$ $1616.46$ $1.9167$
$10.0$ $0.100$ $0.120$ $0.4545$ $1855.42$ $2.2000$
$12.0$ $0.080$ $0.130$ $0.3810$ $2213.85$ $2.6250$
$\mathbf{12.4}$ $\mathbf{0.078}$ $\mathbf{0.132}$ $\mathbf{0.3714}$ $\mathbf{2270.62}$ $\mathbf{2.6923}$

観察 2.2 これが本稿の芯である。接地時間は $0.200$ 秒から $0.078$ 秒へ $2.56$ 倍短くなるのに、滞空時間は $0.100$ 秒から $0.132$ 秒へ少し伸びている。速度が上がって縮んでいるのは、接地の側だけである。

観察 2.3 だから接地率が落ちる。$0.6667$ から $0.3714$ へ、一周期のうち地面に触れている時間が、三分の二から三分の一強に減る。

観察 2.4 その分だけ力が増える。体重の $1.5$ 倍から $\mathbf{2.6923}$ 倍へ、体重は変わらないのに、支えるための力が $1.79$ 倍になる。

観察 2.5 式が閉じている。接地率と平均力の積は、どの行でも $843.371900$ N に戻る。一周期の力積が体重に等しいという条件そのものである。

観察 2.6 正直に言えば、ここで出しているのは接地中の平均である。瞬間の最大値はこれより大きい。文献で「体重の $4$ 倍」といった数を見たら、それはピークであって平均ではない。

3. 力の上限から最高速度が出る

計算 3.1:平均力の上限を体重の $3$ 倍として最高速度を逆算する(本稿で計算)。

量 値
平均力の上限(仮定) 体重の $3.0$ 倍
許される接地率の下限 $0.3333$
重心の上下動(仮定) $0.0212$ m
そこから出る滞空時間 $\mathbf{0.1315}$ 秒
接地時間の下限 $0.0658$ 秒
歩幅(仮定) $2.6$ m
最高速度 $\mathbf{13.1804}$ m/s

観察 3.2 $13.1804$ m/s は現実的である。世界記録の最高速度は $12$ m/s 台とされる。独立に知られた水準と桁も値も合う。

観察 3.3 $100$ m の平均速度とは別である。$9.58$ 秒なら平均 $10.44$ m/s、最高速度はそれより速い。加速に時間を使うからである。

観察 3.4 滞空時間が動かないことが効いている。$0.1315$ 秒は重心の上下動だけで決まる。接地時間をいくら短くしても、この $0.1315$ 秒は残る。だから接地率に下限より先に上限が来る。

観察 3.5 正直に言えば、$3$ 倍という上限は本稿が置いた仮定である。測定値ではない。ただし計算 2.1 の $2.6923$ 倍と整合しており、そこからわずかに上を取った値である。

4. 脚の速さは律速ではない

観察 4.1 脚を戻すのに使える時間は、滞空時間である。$0.132$ 秒、速度が上がってもここは縮まない。

観察 4.2 つまり脚の振り戻しは、速度によらず同じ時間で済む。むしろ低速のほうが $0.100$ 秒と短い。速く走るほど、脚を戻す時間には余裕ができる。

観察 4.3 だから「脚が追いつかない」は起きにくい。追いつかなくなるのは接地の側である。同じ体重を、より短い時間で支えなければならない。

観察 4.4 論文362 と同じ形である。論文362 では持ち上げる仕事が律速ではなかった。ここでは脚の速さが律速ではない。どちらも、注目されていた量ではないほうが効いている。

観察 4.5 論文300 の基準で別根である。脚を戻す速さは滞空時間が、地面を押す力は接地率が決める。どちらも「速く走れない」を作りうるが、根が違う。

5. 分離子:速さか、力か

観察 5.1 分離子、限界が脚を戻す速さにあるか、地面を押す力にあるかであって、筋力の総量ではない。

限界の候補 使える時間 速度を上げると 律速か
脚を戻す速さ 滞空 $0.132$ 秒 むしろ伸びる ならない
地面を押す力 接地 $0.078$ 秒 短くなる なる

観察 5.2 三列目が判定の全部である。速度を上げたときに厳しくなるのはどちらか、伸びる側は律速になりえない。

観察 5.3 分離子は動かせる。重心の上下動を大きくすれば滞空時間が伸び、接地率が上がる。だが上下動そのものにエネルギーを使うので、速度には結びつかない。

観察 5.4 歩幅を伸ばすのは別の道である。同じ周期でより長く進む、ただし歩幅は脚の長さで頭打ちになる。本稿はその上限を計算していない。

観察 5.5 正直に言えば、$2.6923$ 倍も $13.1804$ m/s も、明示した体重・接地時間・歩幅・上下動の上での値である。別の選手なら別の数が出る。動かないのは、接地率が下がると平均力が反比例で増えるという構造だけである。

観察 5.6 最後に一つ、「限界」と言うときは、どの量の限界かを言わなければならない。同じ「速く走れない」に、二つの候補があった。そして速度を上げたときに緩くなるほうを律速と取り違えると、鍛える場所を間違える。

6. 点呼と結び

  1. 接地時間は $0.200$ から $0.078$ 秒へ(計算 2.1):$2.56$ 倍短くなる。
  2. 滞空時間は $0.100$ から $0.132$ 秒へ(計算 2.1):むしろ伸びる。
  3. 接地率は $0.6667$ から $0.3714$ へ(計算 2.1):三分の二から三分の一強。
  4. 平均力は体重の $1.5$ から $2.6923$ 倍へ(計算 2.1):$1.79$ 倍になる。
  5. 積は $843.371900$ N に戻る(観察 2.5):式が閉じている。
  6. 出しているのは平均(観察 2.6):ピークはこれより大きい。
  7. 滞空時間 $0.1315$ 秒(計算 3.1):上下動だけで決まる。
  8. 最高速度 $13.1804$ m/s(計算 3.1):力の上限 $3$ 倍から。
  9. 平均速度 $10.44$ m/s とは別(観察 3.3):加速に時間を使う。
  10. 伸びる側は律速になりえない(観察 5.2):判定の全部。

結び:速く走れないのは脚の回転が追いつかないからだ、と考えたくなる。だが数を並べると、追いつかなくなるのは別の側である。空中にいるあいだ、体は支えられていない。だから接地しているあいだに一周期ぶんの体重を支えなければならず、接地している割合が短いほど、その間の力は大きくなる($\bar F=W/d$)。そして速度が上がって縮むのは、接地の側だけである。接地時間は $0.200$ 秒から $0.078$ 秒へ $2.56$ 倍短くなるのに、滞空時間は $0.100$ 秒から $0.132$ 秒へ、むしろ少し伸びている。接地率は $0.6667$ から $\mathbf{0.3714}$ へ落ち、平均鉛直力は体重の $1.5$ 倍から $\mathbf{2.6923}$ 倍へ、$1.79$ 倍になる。体重は一つも変わっていない。接地率と平均力の積はどの行でも $843.371900$ N に戻り、一周期の力積が体重に等しいという条件がそのまま出ている。だから脚の速さは律速になりえない。脚を戻すのに使える時間は滞空時間であり、速度が上がってもそこは縮まない。むしろ低速のほうが $0.100$ 秒と短い。速く走るほど、脚を戻す時間には余裕ができる。論文362 で持ち上げる仕事が律速でなかったのと同じ形で、注目されていた量ではないほうが効いている。力の上限から最高速度が出る。平均力の上限を体重の $3$ 倍(計算 2.1 の $2.6923$ 倍のわずかに上)と置くと接地率の下限は $0.3333$、重心の上下動 $0.0212$ m から滞空 $\mathbf{0.1315}$ 秒、接地の下限 $0.0658$ 秒、歩幅 $2.6$ m で 最高速度 $\mathbf{13.1804}$ m/s。世界記録の最高速度が $12$ m/s 台とされるのと、桁も値も合う($100$ m の平均 $10.44$ m/s とは別の量である)。分けているものは一つ、限界が脚を戻す速さにあるか、地面を押す力にあるかであって、筋力の総量ではない。速度を上げたときに厳しくなるのはどちらかを見ればよく、伸びる側は律速になりえない。重心の上下動を大きくすれば滞空が伸びて接地率は上がるが、上下動そのものにエネルギーを使うので速度には結びつかない。正直に言えば、ここで出したのは接地中の平均であって、瞬間の最大値はこれより大きい。「体重の $4$ 倍」といった数を見たら、それはピークである。$3$ 倍という上限も、$2.6923$ 倍と整合させて置いた仮定にすぎない。最後に一つ、「限界」と言うときは、どの量の限界かを言わなければならない。同じ「速く走れない」に二つの候補があり、速度を上げたときに緩くなるほうを律速と取り違えると、鍛える場所を間違える。

参考文献

  1. Weyand, P. G., Sternlight, D. B., Bellizzi, M. J., Wright, S. (2000). Faster top running speeds are achieved with greater ground forces not more rapid leg movements. Journal of Applied Physiology.
  2. Weyand, P. G., Sandell, R. F., Prime, D. N. L., Bundle, M. W. (2010). The biological limits to running speed are imposed from the ground up. Journal of Applied Physiology.
  3. Alexander, R. McN. (2003). Principles of Animal Locomotion. Princeton: Princeton University Press.
  4. Cavagna, G. A., Saibene, F. P., Margaria, R. (1964). Mechanical work in running. Journal of Applied Physiology.
  5. Taylor, C. R., Heglund, N. C., Maloiy, G. M. O. (1982). Energetics and mechanics of terrestrial locomotion. Journal of Experimental Biology.
  6. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  7. 山岸勇輝 (2026). 『最大の電力と最大の効率は、同じ点にない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180
  8. 山岸勇輝 (2026). 『自転車が倒れない理由に、ジャイロ効果は桁が足りない』[論文359]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697293
  9. 山岸勇輝 (2026). 『ピラミッドで石を持ち上げる仕事は、律速ではない』[論文362]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697498

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「走る速さの限界は、脚を速く動かせないことではなく、地面を強く押せないことである」[論文380]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22698815

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 走る速さの限界は、脚を速く動かせないことではなく、地面を強く押せないことである [論文380]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/380 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22698815

Yamagishi, Y. (2026). The Limit on Running Speed Is Not How Fast the Legs Move but How Hard the Ground Is Pushed [Paper 380]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/380; DOI: 10.5281/zenodo.22698815

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