【論文393】重心を一切動かさずに、積荷を増やすだけで復原力が下がる

要旨

「重い物を低く積めば船は安定する」と言われる。本稿が示すのは重心を一つも動かさずに復原力を $14.1$ 分の $1$ にできることである。増やしたのは積荷の量だけである。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、$GM=KB+BM-KG$ で、$BM=B^{2}/(12d)$ は幅の二乗に比例し、喫水に反比例する(第1節)。

第二に、幅を $20$ パーセント広げると $GM$ が $1.1667$ から $\mathbf{3.0000}$ m へ上がる(第2節)。

第三に、これが本稿の芯である。重心を動かさずに喫水を深くすると $GM$ が下がり、$4.0825$ m で最小 $\mathbf{0.0825}$ m になる(第3節)。

第四に、その最小点では $KB$ と $BM$ が厳密に一致する(ともに $\mathbf{2.041241}$ m)(第3節)。

第五に、幅を $20$ パーセント広げるほうが、重心を $1$ m 下げるより $\mathbf{1.8333}$ 倍効く(第2節)。

第六に、分離子は「重心の高さか、水線面の形か」である(第5節)。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。メタセンタ高さ、$BM=I/V$、初期復原力の理論はすべて船舶工学で既知である。船を設計しない。実船の復原性基準や区画を与えない。箱型の一つの模型だけを見る。大傾斜を扱わない。$GM$ は微小傾斜での復原力であり、大傾斜では復原てこ曲線が要る。初期復原力だけを見る。自由水影響を扱わない。液体貨物の移動による見かけの重心上昇は主題ではない。動的な運動を扱わない。横揺れ周期や共振は主題ではない。静的な釣り合いだけを見る。箱型を仮定している。実船の水線面は矩形ではなく、$BM$ の式は補正が要る。定性的な向きは変わらない。既刊との関係:論文357 は最大出力と最大効率が別の点であることを示した。ここでは二つの項の和が内点に最小をもつ。論文385 は二つの単調な項の積が内点に最大をもつことを示した。ここでは和が内点に最小をもつ。論文386 は溶解度を動かさずに速さが動くことを示した。ここでは重心を動かさずに復原力が動く。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。重心の高さと水線面の形は、その基準で別根である。加えたのは、四つの操作で $GM$ を数に出したこと、最小の位置 $B/\sqrt{6}=4.082483$ m と値 $0.082483$ m を求めたこと、最小点で $KB=BM$ が厳密に成り立つことを示したこと、幅を広げるほうが $1.8333$ 倍効くことを出したこと、分離子を「重心か水線面か」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:幅 $B$・喫水 $d$ の箱型はしけを考える。重心の高さを $KG$ とする。

$$GM=\underbrace{\frac{d}{2}}_{KB}+\underbrace{\frac{B^{2}}{12d}}_{BM}-KG$$

$GM$ が正なら復原し、負なら転覆する。以下 $B=10$ m、$d=2$ m、$KG=4$ m を基準とする。

観察 1.1 $KG$ は一つの項としてしか入っていない。引き算されるだけ、$1$ m 下げれば $GM$ はちょうど $1$ m 上がる。

観察 1.2 $B$ は二乗で入っている。$BM=B^{2}/(12d)$、幅を $20$ パーセント広げれば $BM$ は $44$ パーセント増える。

観察 1.3 $d$ は二つの項に逆向きに入っている。$KB$ には正、$BM$ には逆数、深くすると片方が上がり、片方が下がる。

問い:船を安定させるために、何を動かすべきか。

2. 幅を広げるほうが、重心を下げるより効く

計算 2.1:基準($B=10$、$d=2$、$KG=4$)からの操作(本稿で計算)。

操作 $GM$ [m] 基準からの変化
(基準) $1.1667$ 、
幅を $20$ パーセント広げる($B=12$) $\mathbf{3.0000}$ $\mathbf{+1.8333}$
重心を $1$ m 下げる($KG=3$) $2.1667$ $+1.0000$
喫水を $1$ m 深くする($d=3$) $\mathbf{0.2778}$ $\mathbf{-0.8889}$
喫水を $3$ m 深くする($d=5$) $0.1667$ $-1.0000$

観察 2.2 幅を $20$ パーセント広げるほうが、重心を $1$ m 下げるより $1.8333$ 倍効く。$+1.8333$ 対 $+1.0000$、幅は二乗で入っているからである。

観察 2.3 幅を二倍にすると $BM$ はちょうど四倍になる。$4.1667\to16.6667$、二乗の効きが数で確かめられる。

観察 2.4 喫水を二倍にすると $BM$ はちょうど半分になる。$4.1667\to2.0833$、逆数の効きも数で確かめられる。

観察 2.5 下の二行は重心を一つも動かしていない。$KG=4$ のまま、それでも $GM$ が下がる。

3. 最小は $4.0825$ m で $0.0825$ m。そこで $KB$ と $BM$ が一致する

計算 3.1:喫水に対する $GM$($B=10$、$KG=4$、本稿で計算)。

喫水 $d$ [m] $KB$ [m] $BM$ [m] $GM$ [m]
$2.0000$ $1.0000$ $4.1667$ $\mathbf{1.1667}$
$3.0000$ $1.5000$ $2.7778$ $0.2778$
$4.0000$ $2.0000$ $2.0833$ $0.0833$
$\mathbf{4.0825}$ $\mathbf{2.0412}$ $\mathbf{2.0412}$ $\mathbf{0.0825}$
$5.0000$ $2.5000$ $1.6667$ $0.1667$
$6.0000$ $3.0000$ $1.3889$ $0.3889$
$8.0000$ $4.0000$ $1.0417$ $1.0417$

観察 3.2 これが本稿の芯である。重心を一つも動かさずに、$GM$ が $1.1667$ m から $0.0825$ m へ、$\mathbf{14.1}$ 分の $1$ に落ちる。増やしたのは積荷の量だけで、$KG$ は $4$ m のままである。

観察 3.3 最小点で $KB$ と $BM$ が厳密に一致する。ともに $2.041241$ m、$d/2=B^{2}/(12d)$ を解けば $d=B/\sqrt{6}$ で、これが $4.082483$ m である。

観察 3.4 その先は上がる。$d=5$ で $0.1667$、$d=8$ で $1.0417$、単調に悪くなるのではなく、谷がある。

観察 3.5 谷が浅いのではなく、深い。$0.0825$ m は実船なら危険域、通り抜ける途中に、最も危ない喫水がある。

観察 3.6 論文385 と裏返しの形である。論文385 では二つの単調な項の積が内点に最大をもった。ここでは二つの単調な項の和が内点に最小をもつ。どちらも、端点ではなく途中に極値が立つ。

4. $KG$ を動かさなくても $GM$ が動く理由

観察 4.1 $GM$ は重心と浮力中心の関係であって、重心だけの量ではない。$KB$ も $BM$ も船体の形から出る。$KG$ を固定しても、二つは動く。

観察 4.2 $BM=I/V$ である。$I$ は水線面の断面二次モーメント、$V$ は排水容積、積荷を増やすと $V$ が増え、$I$ は増えない。

観察 4.3 だから $BM$ が下がる。分母だけが増える。箱型では水線面が沈んでも幅が変わらないので、$I$ は一定である。

観察 4.4 $KB$ は上がるが、上がり方が足りない。$d/2$ の傾きは $1/2$、$BM$ の下がり方 $B^{2}/(12d^{2})$ が、$d<B/\sqrt{6}$ ではこれを上回る。

観察 4.5 論文300 の基準で別根である。$KG$ は積荷の配置が、$BM$ は水線面の形と排水量が決める。同じ「安定性」に、根の違う二つが並んでいる。

5. 分離子:重心の高さか、水線面の形か

観察 5.1 分離子、積荷を上下に動かしたか、量を増やしたか。

操作 $KG$ $BM$ $GM$
同じ量を低く積み直す 下がる 不変 上がる
量を増やす(重心の高さは同じ) 不変 下がる 下がる
幅を広げる 不変 二乗で上がる 大きく上がる

観察 5.2 二行目が直感に反する。重心の高さは変わっていないのに悪くなる。「重心さえ低ければよい」では説明できない。

観察 5.3 三行目が最も効く。$+1.8333$、ただし幅は自由に変えられない量である。

観察 5.4 分離子は検証できる。同じ船に同じ重心高で積荷を増やして傾斜試験をする。$GM$ が下がる。

観察 5.5 正直に言えば、$0.0825$ m も $4.082483$ m も、箱型で水線面が矩形という模型の値である。実船では船首尾が細く、$I$ が喫水で変わる。動かないのは、$KB$ と $BM$ が逆向きに動くことと、最小点で両者が一致することである。

観察 5.6 最後に一つ、「重心を下げれば安定する」は正しい。正しいが、動かせる量のうち最も効かないほうを指している。正しい対策が、最良の対策とはかぎらない。

6. 点呼と結び

  1. $GM=KB+BM-KG$(第1節):$KG$ は引き算されるだけ。
  2. 幅 $20$ パーセントで $+1.8333$(計算 2.1):重心 $1$ m の $1.8333$ 倍。
  3. 幅二倍で $BM$ 四倍(観察 2.3):二乗の効き。
  4. 喫水二倍で $BM$ 半分(観察 2.4):逆数の効き。
  5. $1.1667$ m から $0.0825$ m へ(計算 3.1):$14.1$ 分の $1$。
  6. $KG$ は $4$ m のまま(観察 3.2):重心を動かしていない。
  7. 最小点で $KB=BM=2.041241$(観察 3.3):$d=B/\sqrt{6}$。
  8. その先は上がる(観察 3.4):谷がある。
  9. $BM=I/V$ の分母だけが増える(観察 4.2):$I$ は一定。
  10. 正しい対策が最良とはかぎらない(観察 5.6):幅のほうが効く。

結び:「重い物を低く積めば船は安定する」と言われる。だが重心を一つも動かさずに、復原力を $14.1$ 分の $1$ にできる。初期復原力は $GM=KB+BM-KG$ で、$KB=d/2$、$BM=B^{2}/(12d)$ である。$KG$ は引き算される一項でしかなく、$1$ m 下げれば $GM$ はちょうど $1$ m 上がる。一方 $B$ は二乗で入り、幅を二倍にすると $BM$ はちょうど四倍($4.1667\to16.6667$)になる。$d$ は二つの項に逆向きに入り、深くすると $KB$ が上がって $BM$ が下がる。だから幅を広げるほうが、重心を下げるより効く。基準($B=10$ m、$d=2$ m、$KG=4$ m)の $GM=1.1667$ m から、幅を $20$ パーセント広げると $\mathbf{3.0000}$ m($+1.8333$)、重心を $1$ m 下げると $2.1667$ m($+1.0000$)、$\mathbf{1.8333}$ 倍の差がある。幅が二乗で入っているからである。そして重心を動かさずに喫水を深くすると、$GM$ が下がる。$KG=4$ m のまま、$1.1667$ m から $4.0825$ m の喫水で $\mathbf{0.0825}$ m まで落ちる。最小点では $KB$ と $BM$ が厳密に一致し、ともに $\mathbf{2.041241}$ m である。$d/2=B^{2}/(12d)$ を解けば $d=B/\sqrt{6}=4.082483$ m。その先は上がり、$d=5$ で $0.1667$、$d=8$ で $1.0417$ となって、単調に悪くなるのではなく谷がある。谷は浅くない。$0.0825$ m は実船なら危険域であり、通り抜ける途中に最も危ない喫水がある。論文385 で二つの単調な項の積が内点に最大をもったのと裏返しの形で、ここでは和が内点に最小をもつ。$KG$ を動かさなくても $GM$ が動くのは、$GM$ が重心だけの量ではないからである。$BM=I/V$ で、積荷を増やすと排水容積 $V$ が増える一方、箱型では水線面が沈んでも幅が変わらないので $I$ は一定である。分母だけが増えて $BM$ が下がる。$KB$ は上がるが、傾きが $1/2$ でしかなく、$d<B/\sqrt{6}$ では $BM$ の下がり方 $B^{2}/(12d^{2})$ がこれを上回る。論文300 の基準で別根であり、$KG$ は積荷の配置が、$BM$ は水線面の形と排水量が決める。分けているものは一つ、積荷を上下に動かしたか、量を増やしたか。同じ量を低く積み直せば $KG$ が下がって $GM$ が上がるが、量を増やせば $KG$ が変わらないまま $BM$ が下がって $GM$ が下がる。「重心さえ低ければよい」では二行目を説明できない。判定はできる。同じ船に同じ重心高で積荷を増やして傾斜試験をすれば、$GM$ が下がる。正直に言えば、$0.0825$ m も $4.082483$ m も、水線面が矩形という箱型の模型の値である。実船では船首尾が細く、$I$ が喫水で変わる。動かないのは、$KB$ と $BM$ が逆向きに動くことと、最小点で両者が一致することである。最後に一つ、「重心を下げれば安定する」は正しい。正しいが、動かせる量のうち最も効かないほうを指している。正しい対策が、最良の対策とはかぎらない。

参考文献

  1. Bouguer, P. (1746). Traité du navire, de sa construction et de ses mouvemens. Paris: Jombert.
  2. Rawson, K. J., Tupper, E. C. (2001). Basic Ship Theory (5th ed.). Oxford: Butterworth-Heinemann.
  3. Biran, A., López-Pulido, R. (2013). Ship Hydrostatics and Stability (2nd ed.). Oxford: Butterworth-Heinemann.
  4. International Maritime Organization (2008). International Code on Intact Stability, 2008. London: IMO.
  5. 山岸勇輝 (2026). 『第三百回の点呼、同根か別根かは判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
  6. 山岸勇輝 (2026). 『最大出力と最大効率は、同じ点ではない』[論文357]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22697180
  7. 山岸勇輝 (2026). 『撚りは繊維を荷重方向から傾けるだけなのに、撚らない糸の強度はゼロである』[論文385]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699091
  8. 山岸勇輝 (2026). 『溶解度は一つも動いていないのに、溶ける速さが 1000 倍になる』[論文386]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22699119

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「重心を一切動かさずに、積荷を増やすだけで復原力が下がる」[論文393]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22699247

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 重心を一切動かさずに、積荷を増やすだけで復原力が下がる [論文393]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/393 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22699247

Yamagishi, Y. (2026). Loading the Barge Lowers Its Stability with the Centre of Gravity Never Moved [Paper 393]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/393; DOI: 10.5281/zenodo.22699247

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