要旨
予測が外れたら、理論が間違っていたのだと思われている。本稿が示すのは、反証は連言の全体に落ち、どの仮定が外れたかは論理では決まらないことである。仮定 $5$ つで $\mathbf{31}$ 通りあり、分離子を $\mathbf{4}$ つ書いて初めて一意になる。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、仮定 $k$ 個の連言が反証されたとき、責を負いうる部分集合は $\mathbf{2^{k}-1}$ 個である(第2節)。
第二に、$k=5$ で $\mathbf{31}$ 通り、$k=6$ で $\mathbf{63}$ 通りになる(第2節)。
第三に、これが本稿の芯である。分離子が $j$ 個の仮定を確定させると $2^{k-j}-1$ に減り、$j=k-1$ で初めて $\mathbf{1}$ になる(第3節)。
第四に、$j=0$ では何も減らず、$31$ 通りのままである(第3節)。
第五に、体系が十三の分野で見つけた「一つが二つだった」は、その分離子を書く作業である(第4節)。
第六に、分離子は「反証が連言に落ちるか、一つの仮定に落ちるか」である(第4節)。
キーワード:デュエム=クワイン・テーゼ、反証可能性、補助仮説、科学哲学、ラカトシュ。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。反証が連言全体に落ちることは、科学哲学で長く論じられてきた。科学哲学の一般論を書かない。立場の当否、学説史、論争の経緯は主題ではない。数え上げと、体系の実例だけを扱う。体系を擁護しない。射程注記が「防御帯」か「硬い核」かの判定は著者に返す。本稿は数を出すところまでである。仮定を独立とみなす。$2^{k}-1$ という数え上げは、仮定が互いに独立で、どの部分集合も同じ資格で疑えるという理想化に立つ。実際には仮定に重みも順序もある。確率を扱わない。どの仮定が疑わしいかの事前確率は主題ではない。組合せの個数だけを数える。既刊との関係:論文241 は、足し算にできるかを問う前に二項演算があるかを問えと示した。分離子を書く作業は、まさにその形である。論文300 は同根か別根かが判定できることを示した。「一つだと思っていたものが二つだった」は、別根の発見である。論文480 は五基準が互いに食い違うことを示した。そこでも、判定が一意に決まらない場面があった。論文479 は $1/e$ の七つを三つに分けた。一つの数の下に三つの根があった。加えたのは、責を負いうる組合せを $2^{k}-1$ と数えたこと、$k=1$ から $6$ まで並べたこと、分離子の効きを $31\to15\to7\to3\to1$ と出したこと、一意にするのに $k-1$ 個が要ることを示したこと、分離子を「連言に落ちるか一つに落ちるか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:理論から予測を導くとき、使う仮定を $A_{1},\dots,A_{k}$ とする。予測 $P$ は連言から出る。
$$A_{1}\wedge A_{2}\wedge\cdots\wedge A_{k}\ \Rightarrow\ P$$
観測が $\lnot P$ を返したとき、対偶から言えるのは
$$\lnot(A_{1}\wedge\cdots\wedge A_{k})$$
だけである。すなわち「少なくとも一つが偽」であって、どれが偽かは決まらない。責を負いうる部分集合の個数を数える。
観察 1.1 予測が外れたら、理論が間違っていたのだと思われている。反証は理論に落ちる。一本の矢が一つの的に当たる像である。
観察 1.2 だが予測は、理論だけからは出ない。装置が正しく働くこと、補助の法則、近似、初期条件、どれか一つでも外れれば、予測は外れる。
問い:責を負いうる組合せは、いくつあるのか。
2. 仮定が五つなら、三十一通りある
計算 2.1:仮定 $k$ 個の連言が反証されたとき、責を負いうる部分集合を数える。
| 仮定の数 $k$ | 責を負いうる組合せ |
|---|---|
| $1$ | $\mathbf{1}$ |
| $2$ | $3$ |
| $3$ | $7$ |
| $4$ | $15$ |
| $5$ | $\mathbf{31}$ |
| $6$ | $\mathbf{63}$ |
観察 2.2 閉じた式は $2^{k}-1$ である。空でない部分集合の数、$k=5$ で $31$、$k=6$ で $63$ になる。
観察 2.3 数え上げと閉じた式が一致する。$k=5$ の部分集合を大きさ $1$ から $5$ まで全部並べると $31$ 個、独立な確認である。
観察 2.4 仮定が一つだけなら、曖昧さが無い。$2^{1}-1=1$、境目である。連言でなければ、反証は行き先を持つ。
観察 2.5 だが仮定が一つの実験は、ほとんど無い。測定装置の較正、統計の仮定、系統誤差の見積もり、数え始めれば $5$ はすぐ超える。
観察 2.6 そして $k$ が一つ増えるごとに、曖昧さはほぼ倍になる。$31$ から $63$ へ、仮定を足すことは、責の行き先を倍にすることである。
3. 分離子を四つ書いて、初めて一意になる
計算 3.1:仮定 $5$ 個のうち $j$ 個について、分離子が「破れていない」と確定させたときに残る組合せを数える。
| 確定させた数 $j$ | 残る組合せ | 元に対する比 |
|---|---|---|
| $0$ | $\mathbf{31}$ | $1.0000$ |
| $1$ | $15$ | $0.4839$ |
| $2$ | $7$ | $0.2258$ |
| $3$ | $3$ | $0.0968$ |
| $4$ | $\mathbf{1}$ | $0.0323$ |
観察 3.2 一つ確定させるごとに、ほぼ半分になる。$31\to15\to7\to3\to1$、閉じた式は $2^{k-j}-1$ である。
観察 3.3 一意に決まるのは $j=4$、すなわち $k-1$ のときである。五つのうち四つを潰して、残る一つに落ちる。「どの仮定が外れたか」を言うには、他の全部を守らなければならない。
観察 3.4 $j=0$ では何も減らない。$31$ 通りのまま、分離子を一つも書かなければ、反証は情報を持たない。
観察 3.5 だから「理論が反証された」という言い方は、$j=0$ の状態で $j=4$ の結論を述べている。四つ足りない。飛ばした四つを書けば、その言い方が支えられる。
観察 3.6 減り方は指数である。$j$ を $2$ 増やすと $31$ から $7$ へ、$4.43$ 分の $1$、分離子は一つ書くごとに、同じだけ効く。
4. 分離子
分離子:反証が連言に落ちるか、一つの仮定に落ちるか。
観察 4.1 連言に落ちるなら、行き先が $2^{k}-1$ 通りある。論理からは選べない。どれを疑うかは、論理の外の判断になる。
観察 4.2 一つに落ちるなら、そこを直せばよい。行き先が一意、そのためには他の $k-1$ 個を確定させる必要がある。
観察 4.3 これは論文300 の基準で別根である。どちらも「反証された」と呼ばれる。一方は連言の否定、一方は特定の仮定の否定である。
観察 4.4 体系がしてきたのは、この $k-1$ 個を書く作業である。「一つだと思っていたものが二つだった」という形が、十三の分野で独立に出た。ムーアとデナード、融点とガラス転移点、位相速度と群速度、当てはまりと予測力。どれも、一つの語が二つの量を指していたと分かった。
観察 4.5 そのとき反証は、行き先を得る。「法則が破れた」ではなく「二つを一つと呼んでいた」。$31$ 通りのうちの一つが名指しされる。
観察 4.6 論文241 が言ったのは、これと同じ形である。足し算にできるかを問う前に、二項演算があるかを問え、演算があると決めてかかると二つの量が一つに畳まれ、反証の行き先が消える。
観察 4.7 論文479 と 480 は、その作業を体系の内側でやった。479 は一つの数の下に三つの根を見つけ、480 は五つの基準が食い違うことを数えた。どちらも「一つに見えていたものを分ける」形である。
観察 4.8 正直に言えば、$2^{k}-1$ という数え上げは理想化である。仮定が互いに独立で、どの部分集合も同じ資格で疑えると置いた。実際には仮定に重みも順序もあり、「装置の較正」と「理論の中核」は同じ資格ではない。数えているのは論理的な可能性であって、実際の疑わしさではない。
5. 点呼と結び
- 責を負いうるのは $2^{k}-1$ 通り(観察 2.2):空でない部分集合。
- $k=5$ で $31$ 通り(計算 2.1):数え上げと一致。
- $k=1$ なら曖昧さゼロ(観察 2.4):境目。
- $k$ が増えるとほぼ倍(観察 2.6):$31$ から $63$。
- 分離子 $j$ 個で $2^{k-j}-1$(計算 3.1):本稿の芯。
- $j=4$ で初めて $1$(観察 3.3):他の全部を守る。
- $j=0$ では何も減らない(観察 3.4):$31$ のまま。
- 「反証された」は四つ足りない(観察 3.5):飛ばした分を書く。
- 分離子は連言か一つか(観察 4.3):論文300 の基準で別根。
- 数えたのは論理的な可能性(観察 4.8):実際の疑わしさではない。
結び:予測が外れたら理論が間違っていたのだと思われている。反証は理論に落ちる、という一本の矢が一つの的に当たる像である。だが予測は理論だけからは出ない。装置が正しく働くこと、補助の法則、近似、初期条件、どれか一つでも外れれば、予測は外れる。行き先は、驚くほど多い。仮定 $k$ 個の連言が反証されたとき、責を負いうる部分集合は $\mathbf{2^{k}-1}$ 個。$k=5$ で $\mathbf{31}$ 通り、$k=6$ で $\mathbf{63}$ 通りになる。$k=5$ の部分集合を大きさ $1$ から $5$ まで全部並べても $31$ 個で、数え上げと閉じた式が一致する。仮定が一つだけなら曖昧さは無く $1$ 通りになる。境目である。連言でなければ、反証は行き先を持つ。だが仮定が一つの実験はほとんど無い。測定装置の較正、統計の仮定、系統誤差の見積もりと数え始めれば $5$ はすぐ超え、$k$ が一つ増えるごとに曖昧さはほぼ倍になる。仮定を足すことは、責の行き先を倍にすることである。分離子を四つ書いて、初めて一意になる。仮定 $5$ 個のうち $j$ 個を「破れていない」と確定させると、残る組合せは $\mathbf{31\to15\to7\to3\to1}$ と、一つごとにほぼ半分になる。閉じた式は $2^{k-j}-1$ である。一意に決まるのは $j=4$、すなわち $k-1$ のとき。五つのうち四つを潰して、残る一つに落ちる。「どの仮定が外れたか」を言うには、他の全部を守らなければならない。$j=0$ では何も減らず $31$ 通りのままで、分離子を一つも書かなければ反証は情報を持たない。だから「理論が反証された」という言い方は、$j=0$ の状態で $j=4$ の結論を述べている。四つ足りない。飛ばした四つを書けば、その言い方が支えられる。分けているものは一つ、反証が連言に落ちるか、一つの仮定に落ちるか。連言に落ちるなら行き先が $2^{k}-1$ 通りあり、論理からは選べない。どれを疑うかは、論理の外の判断になる。一つに落ちるなら行き先が一意で、そのためには他の $k-1$ 個を確定させる必要がある。論文300 の基準で別根であり、一方は連言の否定、一方は特定の仮定の否定である。そして体系がしてきたのは、この $k-1$ 個を書く作業である。「一つだと思っていたものが二つだった」という形が十三の分野で独立に出た。ムーアとデナード、融点とガラス転移点、位相速度と群速度、当てはまりと予測力。どれも、一つの語が二つの量を指していたと分かった。そのとき反証は行き先を得る。「法則が破れた」ではなく「二つを一つと呼んでいた」となり、$31$ 通りのうちの一つが名指しされる。論文241 が言ったのは同じ形で、足し算にできるかを問う前に二項演算があるかを問え、演算があると決めてかかると二つの量が一つに畳まれ、反証の行き先が消える。論文479 と 480 は、その作業を体系の内側でやった。479 は一つの数の下に三つの根を見つけ、480 は五つの基準が食い違うことを数えた。正直に言えば、$2^{k}-1$ という数え上げは理想化である。仮定が互いに独立で、どの部分集合も同じ資格で疑えると置いた。実際には仮定に重みも順序もあり、「装置の較正」と「理論の中核」は同じ資格ではない。数えているのは論理的な可能性であって、実際の疑わしさではない。
参考文献
- Duhem, P. (1906). La Théorie Physique: Son Objet et sa Structure. Chevalier & Rivière.
- Quine, W. V. O. (1951). Two Dogmas of Empiricism. The Philosophical Review.
- Lakatos, I. (1970). Falsification and the Methodology of Scientific Research Programmes. In Criticism and the Growth of Knowledge, Cambridge University Press.
- 山岸勇輝 (2026). 『足し算にできるかを問う前に、二項演算があるかを問わねばならない』[論文241]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22130189
- 山岸勇輝 (2026). 『三百本目の点呼、同根か別根かは、判定できる』[論文300]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22171914
- 山岸勇輝 (2026). 『体系に七つある同じ数は、二組と一つに分かれる』[論文479]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22733844
- 山岸勇輝 (2026). 『判定の基準そのものを、判定にかける』[論文480]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22733871
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「法則が破れた」は、どの仮定へも落とせる」[論文481]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22733927
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「法則が破れた」は、どの仮定へも落とせる [論文481]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/481 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22733927
Yamagishi, Y. (2026). A Broken Law Can Be Blamed on Any of the Assumptions [Paper 481]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/481; DOI: 10.5281/zenodo.22733927
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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