【論文932】滅菌は菌をゼロにすることではなく残る確率の約束で、要る時間は初めの菌の数の対数で延びる

要旨

加熱で菌を殺すとき、生き残る割合は時間とともに一定の比で桁を下げる。本稿は、一個ずつ独立に死ぬ菌が容器に一つでも残る確率を二項分布とポアソン分布で数え、「容器に菌が残る確率が百万分の一」という約束に要る時間を、初めの菌の数ごとに出す。新しい定理も法則も主張しない。

第一に、平均の生き残りが一個まで減っても、容器の六割余りに菌が残る。初めに $10^6$ 個いる容器を、生き残りを十分の一にする時間 $D$ の $6$ 倍処理すると、平均の生き残りは $1$ 個で、菌が残る容器の割合は $\mathbf{0.632121}$ だった(第2節)。

第二に、時間を延ばすと、残る容器の割合は平均の生き残りに近づく。同じ容器を $7D$ で $9.516259\times10^{-2}$、$9D$ で $9.995002\times10^{-4}$、$12D$ で $9.999995\times10^{-7}$ で、二項分布とポアソン分布はほぼ一致した(第2節)。

第三に、百万分の一の約束に要る時間は、初めの菌の数の対数で延びる。初めの菌が $1$・$10^3$・$10^6$・$2\times10^6$ 個なら、要る時間はそれぞれ $6.000000$・$9.000000$・$12.000000$・$\mathbf{12.301030}$ $D$ だった(第3節)。

第四に、初めの菌を倍にしても、足す時間は $D$ の三割ほどである。倍にしたときの増分は $\mathbf{0.301030}$ $D$ で、$\log_{10}2$ と一致した。容器 $200000$ 個の乱数では、$10^6$ 個を $6.5D$ 処理したとき菌が残る割合は $0.271475$(式 $0.271107$)だった(第4節)。

第五に、分離子は、平均の生き残りの数を見るか、菌が一つでも残る容器の割合を見るかである。平均の数が $1$ 個のとき割合は $0.632121$ で、平均が十分小さくなってはじめて二つは近づく。滅菌の約束が指すのは割合のほうである(第5節)。

キーワード:滅菌、無菌性保証水準、D値、ポアソン分布、熱による死滅、対数減少。

射程(何を示さないか)

新しい定理も法則も主張しない。熱による死滅の対数則、生き残りを十分の一にする時間 $D$、容器に菌が残る確率をポアソン分布で見積もること、無菌性保証水準を $10^{-6}$ に置く考え方は、いずれも既知である。規格や工程を論じない。実在の規格の条文、工程の設計、特定の菌種の $D$ は扱わない。確率の約束としての形だけを数える。対数則だけを使う。生き残りの曲線の肩や尾、菌の塊、耐熱性のばらつきは入れない。安全を論じない。医療や食品でどの水準が十分かは述べない。既刊との関係:論文717 の射程注記は、実在の基準値を論じず、工程における基準時間の取り方や規格は扱わないと書いた。本稿はその基準時間の取り方の席に座る(先客なし)。規格の値そのものではなく、基準時間が「菌が残る確率」の約束から決まる形を数える。加えたのは、平均の生き残りと菌が残る容器の割合を二項分布とポアソン分布で並べたこと、百万分の一に要る時間を初めの菌の数ごとに出したこと、倍にしたときの増分が $\log_{10}2$ であることを確かめたこと、容器の乱数で式を確かめたこと、分離子を「平均の数か、残る容器の割合か」に置いたことである。

1. 記法と問い

設定:菌が一個ずつ独立に死に、時間 $t$ で生き残る割合が $p=10^{-t/D}$ とする。初めに $N_0$ 個いる容器に菌が一つでも残る確率は、二項分布とポアソン分布で次のとおりである。

$$P_{\text{残る}}=1-(1-p)^{N_0}\approx1-e^{-N_0p},\qquad N_0p=\text{平均の生き残り}$$

無菌性保証水準 $10^{-6}$ に要る時間は $P_{\text{残る}}=10^{-6}$ を解いて出す。$N_0p$ が小さければ $t/D\approx\log_{10}N_0+6$ である。検算では二項分布の式を二分法で解き、容器ごとに乱数で菌が残るかを決めて割合を数えた。

問い:滅菌の約束は何を数えていて、要る時間は初めの菌の数でどう変わるか。

2. 平均の生き残りと、残る容器の割合

計算 2.1:初めの菌の数と処理の時間ごとの値。

初めの菌 $N_0$ 時間 $t/D$ 平均の生き残り 残る容器の割合(二項) (ポアソン)
$10^6$ $6$ $1$ $0.632121$ $0.632121$
$10^6$ $7$ $0.1$ $9.516259\times10^{-2}$ $9.516258\times10^{-2}$
$10^6$ $9$ $10^{-3}$ $9.995002\times10^{-4}$ $9.995002\times10^{-4}$
$10^6$ $12$ $10^{-6}$ $9.999995\times10^{-7}$ $9.999995\times10^{-7}$
$10^3$ $9$ $10^{-6}$ $9.999995\times10^{-7}$ $9.999995\times10^{-7}$
$2\times10^6$ $12$ $2\times10^{-6}$ $1.999998\times10^{-6}$ $1.999998\times10^{-6}$

$10^6$ 個を $6D$ 処理したときの割合は $1-1/e=0.632121$ と差 $1.8\times10^{-7}$ で一致した。

観察 2.2 平均の生き残りが一個まで減っても、容器の六割余りに菌が残る。平均が $1$ のとき、容器ごとの生き残りの数は $0$ のことも $2$ 以上のこともあり、$0$ になる容器は $1/e$ しかない。平均が十分に小さくなってはじめて、残る容器の割合は平均の生き残りに近づく。

3. 百万分の一に要る時間

計算 3.1:残る容器の割合を $10^{-6}$ にする時間(二項分布を解く)。

初めの菌 $N_0$ 要る時間 $t/D$ $\log_{10}N_0+6$
$1$ $6.000000$ $6.000000$
$10^3$ $9.000000$ $9.000000$
$10^6$ $12.000000$ $12.000000$
$2\times10^6$ $12.301030$ $12.301030$

観察 3.2 百万分の一の約束に要る時間は、初めの菌の数の桁だけ延びる。初めの菌が一個でも $6D$ が要り、千倍になるごとに $3D$ ずつ足す。約束が決めているのは「ゼロにする時間」ではなく、「菌が残る確率を百万分の一にする時間」である。

4. 倍にしたときの増分と乱数

計算 4.1:初めの菌を $10^6$ から $2\times10^6$ に倍にしたときの増分は $\mathbf{0.301030}$ $D$ で、$\log_{10}2=0.301030$ と差 $10^{-6}$ 以内だった。

計算 4.2:容器 $200000$ 個に乱数を当て、$10^6$ 個を $6.5D$ 処理したとき菌が残る割合は $0.271475$、式は $0.271107$ だった。

観察 4.3 初めの菌を倍にしても、足す時間は $D$ の三割ほどである。倍は十倍の一桁のうち $\log_{10}2$ を占めるので、増分は $0.301030$ $D$ になる。初めの菌の数を正確に知らなくても、桁さえ合っていれば要る時間の見積もりはそれほど動かない。

5. 分離子

観察 5.1 分離子は、平均の生き残りの数を見るか、菌が一つでも残る容器の割合を見るかである。平均の数だけを見ると、$10^6$ 個を $6D$ 処理すれば「一個まで減った」と言える。残る容器の割合を見ると、その処理では $0.632121$ の容器に菌が残る。滅菌の約束が指しているのは割合のほうで、それを $10^{-6}$ にするには $12D$ が要る。

観察 5.2 言わないこと。実在の規格の条文、工程の設計、特定の菌種の値、生き残りの曲線の肩や尾、医療や食品の安全は扱わない。示したのは、滅菌が菌をゼロにすることではなく残る確率の約束であり、要る時間が初めの菌の数の対数で延びることである。

6. 点呼と結び

  1. $P_{\text{残る}}=1-(1-p)^{N_0}$(第1節):残る確率。
  2. 平均 $1$ 個で割合 $\mathbf{0.632121}$(計算 2.1):六割余りに残る。
  3. $12D$ で $9.999995\times10^{-7}$(計算 2.1):割合が平均に近づく。
  4. 要る時間 $6$・$9$・$12$・$\mathbf{12.301030}$ $D$(計算 3.1):菌の数の対数。
  5. 倍にした増分 $\mathbf{0.301030}$ $D$(計算 4.1):$\log_{10}2$。
  6. 乱数 $0.271475$ と式 $0.271107$(計算 4.2):容器で確かめた。
  7. 平均の数か、残る容器の割合か(観察 5.1):分離子・論文717 の射程注記。

結び:滅菌は菌をゼロにすることではなく残る確率の約束で、要る時間は初めの菌の数の対数で延びる。$10^6$ 個を $6D$ 処理すると平均の生き残りは一個だが、菌が残る容器の割合は $0.632121$ だった。割合を $10^{-6}$ にするには、初めの菌が $1$・$10^3$・$10^6$ 個で $6$・$9$・$12$ $D$ が要り、倍にしても $0.301030$ $D$ を足すだけだった。約束が指しているのは、平均の数ではなく、菌が一つでも残る容器の割合である。分離子は、平均の生き残りの数を見るか、菌が一つでも残る容器の割合を見るかである。既刊との位置:論文717 が扱わなかった基準時間の取り方を、規格の値ではなく残る確率の約束の形として数えた。正直に言えば、どの水準が安全かは言わない。約束が何を数えているか、そこまでである。

参考文献

  1. Block, S. S. (Ed.) (2001). Disinfection, Sterilization, and Preservation. Lippincott Williams & Wilkins.
  2. 山岸勇輝 (2026). 『温度と時間は交換できるが、その交換の比が指数であるために、短くする側だけが桁で得をする』[論文717]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/717 ・ DOI: 10.5281/zenodo.23014987

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「滅菌は菌をゼロにすることではなく残る確率の約束で、要る時間は初めの菌の数の対数で延びる」[論文932]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/932

YOI 932第1版・2026年9月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/932・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). 滅菌は菌をゼロにすることではなく残る確率の約束で、要る時間は初めの菌の数の対数で延びる [論文932]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/932

Yamagishi, Y. (2026). Sterilization Is Not Reducing Microbes to Zero but a Promise About the Chance One Survives, and the Time Needed Grows with the Logarithm of the Starting Count [Paper 932]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/932

@misc{yamagishi2026yoi932,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {Sterilization Is Not Reducing Microbes to Zero but a Promise About the Chance One Survives, and the Time Needed Grows with the Logarithm of the Starting Count},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/932},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
cc52832a15b921c57020eed682c54ef61e521a5083491fffa68a61a8127ab878 yamagishi_yoi932_v1_jp.pdf
a0316b184b6aae4060362728d0c661a9de9c26f9d99d2211163dae53671f6a67 yamagishi_yoi932_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。