要旨
軸を乱数で選ぶクイックソートは平均では速いが、運が悪ければ遅くなりうる。本稿は、比べる回数の平均・分散・三次の積率を漸化式で正確に出し、平均の 1.5 倍や 2 倍を超える確率の上限を分散だけから出して、乱数の試行で実際に超えた割合と比べる。新しい定理も法則も主張しない。
第一に、平均と分散は漸化式で正確に出せ、知られた式と一致する。$n=1000$ で平均 $10985.912663$、分散 $409117.768339$ で、平均は式と相対 $10^{-12}$、分散は式と相対 $10^{-9}$ 以内で一致した。分散を $n$ の二乗で割ると $n=2000$ で $0.414001$ だった(極限 $0.420264$)(第2節)。
第二に、ばらつきの平均に対する割合は n とともに縮む。標準偏差÷平均は $n=100$ で $0.091816$、$1000$ で $0.058222$、$2000$ で $\mathbf{0.052037}$ だった(第2節)。
第三に、分散だけで、遅くなる確率を上から押さえられる。平均の $1.5$ 倍を超える確率は、$n=100$ で $0.032621$ 以下、$1000$ で $0.013378$ 以下、$2000$ で $\mathbf{0.010715}$ 以下で、$2$ 倍を超える確率は $2000$ で $0.002701$ 以下だった(第3節)。
第四に、実際に超える割合は上限をずっと下回る。$n=100$ で $40000$ 回試すと $1.5$ 倍を超えたのは $13$ 回($0.000325$)で、上限の $\mathbf{0.009963}$ 倍だった。$n=1000$ では $4000$ 回で $0$ 回だった(第3節)。
第五に、分離子は、分散だけで押さえるか、分布の形まで見るかである。分散だけの上限は、同じ分散を持つあらゆる分布に当てはまる最悪の値である。実際の分布は上に長い裾を持つが(歪み $0.867748$)、その裾は分散だけの上限よりずっと薄い(第4節)。
キーワード:クイックソート、比べる回数、分散、カンテリの不等式、裾の確率、乱数の軸。
射程(何を示さないか)
新しい定理も法則も主張しない。乱数の軸のクイックソートの比べる回数の平均 $2(n+1)H_n-4n$ と分散の式、分散を $n$ の二乗で割った値の極限 $7-2\pi^2/3$、分散だけで裾を押さえるカンテリの不等式、より強い裾の上限が知られていることは、いずれも既知である。比べる回数だけを数える。記憶の読み書き、定数倍、再帰の深さは扱わない(論文927 と同じ)。強い上限を導かない。分布の形を使った指数の裾の上限は名前を挙げるにとどめ、ここでは分散だけの上限を出す。試行の 0 回を無いとは言わない。$n=1000$ の $4000$ 回で $1.5$ 倍を超えなかったことは、超えないことを意味しない。既刊との関係:論文927 の射程注記は、乱数の運を上から押さえず、乱数の軸でも遅くなる確率がどれほど小さいかは主張しない、試行の平均を並べるだけであると書いた。本稿はその席に座る(先客なし)。論文927 は、先頭を軸にするクイックソートは整った入力で最も遅く、軸を乱数で選ぶと平均の遅さが入力によらなくなることを示した。ここでは平均だけでなく、平均から外れる確率を上から押さえる。加えたのは、平均・分散・三次の積率を漸化式で正確に出し式と突き合わせたこと、標準偏差÷平均の縮み方を並べたこと、$1.5$ 倍と $2$ 倍を超える確率の上限を出したこと、乱数の試行の割合と上限を比べたこと、分離子を「分散だけで押さえるか、分布の形まで見るか」に置いたことである。
1. 記法と問い
設定:長さ $n$ の列を、軸を一様な乱数で選ぶクイックソートで並べる。比べる回数を $C_n$ とすると、軸が $K$ 番目のとき $C_n=(n-1)+C_{K-1}+C’_{n-K}$(二つは独立)である。このことから、平均・二次・三次の積率を $n=2000$ まで漸化式で正確に出す。平均と分散の式は次のとおり知られている。
$$\mathrm{E}\,C_n=2(n+1)H_n-4n,\qquad \mathrm{Var}\,C_n=7n^2-4(n+1)^2H^{(2)}_n-2(n+1)H_n+13n$$
分散だけで、平均から $t$ 以上大きくなる確率を上から押さえる(カンテリの不等式)。
$$P(C_n-\mathrm{E}\,C_n\ge t)\le\frac{\sigma^2}{\sigma^2+t^2}$$
$t$ を平均の $0.5$ 倍(平均の $1.5$ 倍を超える)と $1$ 倍($2$ 倍を超える)に置く。乱数の試行は $n=100$ で $40000$ 回、$n=1000$ で $4000$ 回。
問い:乱数の軸で遅くなる確率は、どれだけ小さいと言い切れるか。その言い切りは実際とどれだけ離れているか。
2. 平均と分散
計算 2.1:漸化式で出した正確な値。
| $n$ | 平均 | 分散 | 分散÷$n^2$ | 標準偏差÷平均 | 歪み |
|---|---|---|---|---|---|
| $10$ | $24.437302$ | $15.475117$ | $0.154751$ | $0.160977$ | $1.050731$ |
| $100$ | $647.850259$ | $3538.266678$ | $0.353827$ | $0.091816$ | $0.959517$ |
| $500$ | $4806.409077$ | $100179.209402$ | $0.400717$ | $0.065852$ | $0.891185$ |
| $1000$ | $10985.912663$ | $409117.768339$ | $0.409118$ | $0.058222$ | $0.876740$ |
| $2000$ | $24729.829151$ | $1656005.576805$ | $0.414001$ | $\mathbf{0.052037}$ | $0.867748$ |
五つの $n$ で、平均は式と相対 $10^{-12}$、分散は式と相対 $10^{-9}$ 以内で一致した。分散÷$n^2$ の極限は $7-2\pi^2/3=0.420264$ である。
観察 2.2 ばらつきは n に比例し、平均に対する割合は縮む。分散÷$n^2$ は $0.414001$ まで上がって極限 $0.420264$ に近づき、標準偏差は $n$ にほぼ比例する。平均は $n$ より速く伸びるので、標準偏差÷平均は $0.160977$ から $0.052037$ へ縮んだ。歪みは正で、上に長い裾を持つ。
3. 遅くなる確率の上限と実際
計算 3.1:カンテリの不等式による上限。
| $n$ | 平均の $1.5$ 倍を超える確率の上限 | $2$ 倍を超える確率の上限 |
|---|---|---|
| $10$ | $9.391919\times10^{-2}$ | $2.525903\times10^{-2}$ |
| $100$ | $3.262105\times10^{-2}$ | $8.359791\times10^{-3}$ |
| $500$ | $1.705012\times10^{-2}$ | $4.317744\times10^{-3}$ |
| $1000$ | $1.337787\times10^{-2}$ | $3.378363\times10^{-3}$ |
| $2000$ | $\mathbf{1.071521}\times10^{-2}$ | $2.700506\times10^{-3}$ |
計算 3.2:乱数の試行。
| $n$・回数 | 平均(正確・標準誤差) | 分散(正確) | $1.5$ 倍を超えた回数(割合) | 上限に対する比 |
|---|---|---|---|---|
| $100$・$40000$ | $648.169$($647.850$・$0.298$) | $3561.287$($3538.267$) | $13$($0.000325$) | $\mathbf{0.009963}$ |
| $1000$・$4000$ | $10989.062$($10985.913$・$10.031$) | $402510.179$($409117.768$) | $0$($0.000000$) | $0.000000$ |
二つの $n$ とも、試行の平均は正確な平均と標準誤差の $3$ 倍以内で合った。
観察 3.3 上限は言い切れるが、実際よりずっと甘い。分散だけで、平均の $1.5$ 倍を超える確率は $n=2000$ で $0.010715$ 以下と言い切れ、その上限は $n$ とともに下がった。しかし $n=100$ で実際に超えた割合は $0.000325$ で、上限の $0.009963$ 倍にすぎなかった。$n=1000$ では $4000$ 回で一度も超えなかったが、これは超えないことを意味しない。
4. 分離子
観察 4.1 分離子は、分散だけで押さえるか、分布の形まで見るかである。カンテリの不等式は、同じ平均と分散を持つあらゆる分布に当てはまる最悪の値を返す。クイックソートの比べる回数は上に長い裾を持つが($n=2000$ で歪み $0.867748$)、その裾は最悪の分布よりずっと薄く、$n=100$ では上限の $0.009963$ 倍しか超えなかった。より強い上限は、分布の形を使って得られることが知られている。
観察 4.2 言わないこと。分布の形を使った強い上限の導き方、実装の速さ、$n=1000$ で超える確率の値は扱わない。示したのは、分散だけで遅くなる確率を正確に上から押さえられることと、その上限と実際の割合の隔たりである。
5. 点呼と結び
- 比べる回数の漸化式とカンテリの不等式(第1節):平均と分散から上限。
- 平均と分散が式と一致(計算 2.1):分散÷$n^2$ は $0.414001$。
- 標準偏差÷平均 $\mathbf{0.052037}$(計算 2.1):$n$ とともに縮む。
- $1.5$ 倍を超える確率 $\mathbf{0.010715}$ 以下(計算 3.1):分散だけで言い切れる。
- 実際は上限の $\mathbf{0.009963}$ 倍(計算 3.2):上限はずっと甘い。
- 分散だけか、分布の形までか(観察 4.1):分離子・論文927 の射程注記。
結び:乱数の軸で遅くなる確率は分散だけで上から押さえられるが、その上限は実際よりずっと甘い。比べる回数の平均と分散を漸化式で正確に出すと、標準偏差÷平均は $n=2000$ で $0.052037$ まで縮み、平均の $1.5$ 倍を超える確率は $0.010715$ 以下と言い切れた。$n=100$ で実際に超えた割合は $0.000325$ で、上限の $0.009963$ 倍だった。分離子は、分散だけで押さえるか、分布の形まで見るかである。既刊との位置:論文927 が試行の平均を並べるにとどめた乱数の運を、分散から上に押さえ、その押さえがどれだけ甘いかを数えた。正直に言えば、強い上限は導いていない。分散だけでどこまで言い切れ、実際とどれだけ離れているか、そこまでである。
参考文献
- Hoare, C. A. R. (1962). Quicksort. The Computer Journal.
- McDiarmid, C. J. H., & Hayward, R. B. (1996). Large deviations for Quicksort. Journal of Algorithms.
- Rösler, U. (1991). A limit theorem for Quicksort. RAIRO Theoretical Informatics and Applications.
- 山岸勇輝 (2026). 『先頭を軸にするクイックソートは整った入力で最も遅く、軸を乱数で選ぶと平均の遅さは入力によらなくなる』[論文927]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/927
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「乱数の軸で遅くなる確率は分散だけで上から押さえられるが、その上限は実際よりずっと甘い」[論文952]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/952
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/952・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 乱数の軸で遅くなる確率は分散だけで上から押さえられるが、その上限は実際よりずっと甘い [論文952]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/952
Yamagishi, Y. (2026). Variance Alone Bounds the Chance That Random-Pivot Quicksort Runs Slow, but the Bound Is Far Looser Than Reality [Paper 952]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/952
@misc{yamagishi2026yoi952,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Variance Alone Bounds the Chance That Random-Pivot Quicksort Runs Slow, but the Bound Is Far Looser Than Reality},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/952},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
a386df34136f4a568df8f9b2389d2e405f9fa4567274eab39d3f404e15d30158 yamagishi_yoi952_v1_jp.pdfdc985f741ee149af43362934e7b7e2de618acd24822f91fe64f366d720b000d2 yamagishi_yoi952_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。