要旨
「確率」という一語が、少なくとも四つの別のものを指している。本稿はそれを点呼し、住所を書く。新しい数学定理は主張しない。
第一に、コルモゴロフの公理は構文であって答ではない。同じデータ($10$ 回中 $0$ 回)に対し、頻度は $0$、一様事前のベイズは $0.083333$、$\mathrm{Beta}(10,1)$ 事前のベイズは $0.476190$、三つとも公理を完全に満たす(本稿で計算)(第2節)。
第二に、データが薄いところで二つは別れる。$n=0$ では頻度の推定値がそもそも存在せず、ベイズは $0.5$。$10$ 回投げて $0$ 回なら、一方は「確率はちょうど $0$」と言い、他方は $1/12$ と言う(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。$95\%$ 信頼区間は $95\%$ を覆わない。ワルド区間の厳密な被覆確率を二項分布で足し上げると、$n=20$・$p=0.05$ で $0.6389$。しかも $n$ について単調ですらない。$p=0.05$ で $0.6389\ (n=20)$、$0.9199\ (n=50)$、$0.8775\ (n=100)$(第4節)。
第四に、信用区間は別の問いに答えている。同じ場面で被覆は $0.9245$($n=20$、$p=0.05$)だが、そもそも「$95\%$ 覆え」とは要求されていない。このデータのもとで事後確率の $95\%$ を含む、というだけである(第5節)。
第五に、量子の確率は大域的にはこの構文に入らない。$16$ 個の決定的な割り当て上の分布で一重項の相関を再現しようとすると、到達できる最も近い点までの距離は $0.414214$、解析値 $(S-2)/2=0.414214$ と一致した(本稿で計算)(第6節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。コルモゴロフの公理、ワルド区間の被覆の悪さ、信用区間、局所多面体とCHSH、グリーソンの定理はいずれも標準的である。また本稿はどの立場が正しいかを判定しない。書けるのは、それぞれが何を主張しているかまでである。加えたのは被覆確率を近似でなく厳密に足し上げたこと、信用区間の被覆と並べて「答えている問いが違う」と示したこと、局所多面体までの距離を自前で最小化して解析値と一致させたこと、四つの住所に「動かすと動くもの」を書いたことである。
1. 記法と位置づけ
二項試行を $n$ 回行い $k$ 回成功したとする。頻度による推定を $k/n$、$\mathrm{Beta}(a,b)$ を事前とするベイズの事後平均を $(k+a)/(n+a+b)$ と書く。
位置づけ:論文71 はボルン則をグリーソンの定理の下に置いた。論文112 は「枠が配られ中では自由」を六つの別根に分け、論文160 はベルの三つの天井を点呼した。本稿はその手前に戻る。そもそも「確率」という語が何を指しているのか。
2. 公理は構文であって、答ではない
検算 2.1:同じデータに対する三つの数。
| データ | 頻度 $k/n$ | 事前 $\mathrm{Beta}(1,1)$ | 事前 $\mathrm{Beta}(10,1)$ | 公理を満たすか |
|---|---|---|---|---|
| $n=10,k=0$ | $0.000000$ | $0.083333$ | $0.476190$ | 三つとも満たす |
| $n=10,k=3$ | $0.300000$ | $0.333333$ | $0.619048$ | 三つとも満たす |
| $n=10,k=5$ | $0.500000$ | $0.500000$ | $0.714286$ | 三つとも満たす |
| $n=100,k=30$ | $0.300000$ | $0.303922$ | $0.360360$ | 三つとも満たす |
(証明終)
観察 2.2 公理が制約するのは割り当ての形であって、値ではない。コルモゴロフに同意することは、何を書き下すかについて何も決めない。
観察 2.3 したがって「コルモゴロフの確率論」は解釈ではない。頻度もベイズも、同じ構文の上に立つ二つの解釈である。構文と解釈は別の層にある(論文95 の規約と事実の分離と同じ形)。
3. データが薄いところで、二つは別れる
検算 3.1
| データ | 頻度 | ベイズ(一様) | 差 |
|---|---|---|---|
| $n=0,k=0$ | 定義されない($0/0$) | $0.500000$ | 、 |
| $n=1,k=0$ | $0.000000$ | $0.333333$ | $0.333333$ |
| $n=5,k=0$ | $0.000000$ | $0.142857$ | $0.142857$ |
| $n=10,k=0$ | $0.000000$ | $0.083333$ | $0.083333$ |
| $n=100,k=0$ | $0.000000$ | $0.009804$ | $0.009804$ |
| $n=10,k=5$ | $0.500000$ | $0.500000$ | $\mathbf{0.000000}$ |
(証明終)
観察 3.2 データが厚いところでは二つは一致し、薄いところで割れる。$10$ 回投げて一度も出なければ、一方は「確率はちょうど $0$ である」と言う。次に出る可能性を、データだけから閉ざしてしまう。
観察 3.3 どちらが正しいかを本稿は判定しない。違うのは、答が何についての答かである。一方は反復の設計について、他方はこのデータのもとでの信念について語っている。
4. 芯:$95\%$ 信頼区間は $95\%$ を覆わない
検算 4.1:ワルド区間 $\hat p\pm1.96\sqrt{\hat p(1-\hat p)/n}$ の被覆確率を、二項分布の質量を厳密に足し上げて求める(近似も乱数も使わない)。
| $n$ | 真の $p$ | 厳密な被覆 | 名目 |
|---|---|---|---|
| 20 | $0.5$ | $0.9586$ | $0.95$ |
| 20 | $0.2$ | $0.9208$ | $0.95$ |
| 20 | $0.05$ | $\mathbf{0.6389}$ | $0.95$ |
| 50 | $0.5$ | $0.9351$ | $0.95$ |
| 50 | $0.2$ | $0.9375$ | $0.95$ |
| 50 | $0.05$ | $0.9199$ | $0.95$ |
| 100 | $0.5$ | $0.9431$ | $0.95$ |
| 100 | $0.2$ | $0.9331$ | $0.95$ |
| 100 | $0.05$ | $\mathbf{0.8775}$ | $0.95$ |
(証明終)
観察 4.2 $n=20$、$p=0.05$ で被覆は $63.9\%$ である。しかも $n$ について単調ですらない。$p=0.05$ で $0.6389\to0.9199\to0.8775$。標本を増やせば必ず良くなる、という直観が成り立たない。
観察 4.3 ここで壊れているのは公理ではない。$95$ という数が何についての主張かが取り違えられているだけである。それは手続きを反復したときの性質であって、いま手元にある区間の性質ではない。
観察 4.4 ワルド区間が悪いことは広く知られており、より良い区間が存在する。本稿はワルドを代表として使っただけであり、頻度主義そのものへの批判ではない。
5. 信用区間は、別の問いに答えている
検算 5.1
| $n$ | 真の $p$ | 信用区間の被覆 | ワルドの被覆 |
|---|---|---|---|
| 20 | $0.5$ | $0.9586$ | $0.9586$ |
| 20 | $0.2$ | $0.9563$ | $0.9208$ |
| 20 | $0.05$ | $\mathbf{0.9245}$ | $\mathbf{0.6389}$ |
| 50 | $0.5$ | $0.9351$ | $0.9351$ |
| 50 | $0.2$ | $0.9507$ | $0.9375$ |
| 50 | $0.05$ | $0.9622$ | $0.9199$ |
(証明終)
観察 5.2 信用区間は「$95\%$ 覆え」とは一度も要求されていない。要求されているのは「このデータのもとで事後確率の $95\%$ を含め」である。よく覆うのは結果であって、主張ではない。
観察 5.3 二つの区間は同じ記号で書かれ、同じ「$95\%$」を名乗り、違う問いに答えている。これは論文16 が「=」について書いたのと同じ型の取り違えである。
6. 量子の確率は、大域的にはこの構文に入らない
検算 6.1:二者がそれぞれ二つの設定を持ち結果が $\pm1$ のとき、コルモゴロフ模型とは$16$ 個の決定的な割り当ての上の分布である。一重項の四つの相関にどこまで近づけるかを、単体上の最小化で求める。
| 量子の相関 | $-0.707107,\ -0.707107,\ -0.707107,\ +0.707107$ |
|---|---|
| 最も近い古典混合 | $-0.500007,\ -0.499992,\ -0.500002,\ +0.499997$ |
| 距離 | $\mathbf{0.414214}$ |
| 解析値 $(S-2)/2$ | $\mathbf{0.414214}$ |
| 量子点の $S$ | $2.828427$(多面体の上限は $2$) |
(証明終)
観察 6.2 最小化で得た距離と、CHSH 面までの解析的な距離が一致した。$16$ 個の割り当て上のどんな分布も、この四つの相関を再現できない。
観察 6.3 ただし量子確率がコルモゴロフを破っているのではない。可換な観測量の組(一つの文脈)の内側では、公理は完全に成り立つ。成り立たないのは、すべての文脈をまたぐ一つの同時分布の存在である。動かすべきものは「文脈」であり、公理ではない。
7. 点呼:四つの住所
観察 7.1
| 住所 | 確率とは何か | 動かすと動くもの | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 頻度 | 長期の相対頻度 | 反復の設計 | $n=0$ で定義されない |
| ベイズ | 信念の度合い | 事前分布 | 事前で答が変わる |
| コルモゴロフ | 測度としての公理 | 何も、構文である | 値を一つも決めない |
| 量子(グリーソン) | 閉部分空間上の測度 | 文脈(可換な組) | 大域の同時分布は無い |
観察 7.2 一語の四つの用法。そのうち三つは同じ構文の解釈であり、四つ目はその構文に大域的には収まらない。
観察 7.3 「確率は $0.05$ である」という文は、四通りに読める。どれで読むかを言わないかぎり、その文はまだ検証可能になっていない。
8. 結論
- 公理は構文であって答ではない(検算2.1)。同じデータに三つの正当な数。
- 薄いデータで頻度とベイズは割れる(検算3.1)。$n=0$ で一方は存在しない。
- $95\%$ 区間の厳密な被覆は $0.6389$(検算4.1)。$n$ について単調でもない。
- 信用区間は別の問いに答えている(検算5.1)。同じ場面で $0.9245$。
- 局所多面体までの距離は $0.414214$(検算6.1)。解析値と一致。
- 四つの住所がある(観察7.1)。
結び:公理を共有していても、答は共有されない。公理は「どう書いてはいけないか」だけを決めており、「何を書くか」は決めていない。だから確率の値を読むときに要るのは、公理の確認ではなく、その数が何についての数かの確認である。
参考文献
- Kolmogorov, A. N. (1933). Grundbegriffe der Wahrscheinlichkeitsrechnung. Springer.
- von Mises, R. (1928). Wahrscheinlichkeit, Statistik und Wahrheit. Springer.
- de Finetti, B. (1937). La prévision: ses lois logiques, ses sources subjectives. Annales de l’Institut Henri Poincaré, 7.
- Gleason, A. M. (1957). Measures on the closed subspaces of a Hilbert space. Journal of Mathematics and Mechanics, 6(6).
- Brown, L. D., Cai, T. T., & DasGupta, A. (2001). Interval estimation for a binomial proportion. Statistical Science, 16(2).
- Fine, A. (1982). Hidden variables, joint probability, and the Bell inequalities. Physical Review Letters, 48(5).
- 山岸勇輝 (2026). 等号にも別根がある [論文16] 第3版. Zenodo. 10.5281/zenodo.21600471
- 山岸勇輝 (2026). ボルン則の「2」と Gleason の定理 [論文71]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21650577
- 山岸勇輝 (2026). 規約と事実 [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
- 山岸勇輝 (2026). 雑音から信号を取り出す [論文106]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21836984
- 山岸勇輝 (2026). 「枠が配られ、中では自由」は、六つの別の話だった [論文112]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21962834
- 山岸勇輝 (2026). フィッシャー計量の柵 [論文133]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080550
- 山岸勇輝 (2026). 一つの不等式に、三つの天井がある [論文160]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092434
- 山岸勇輝 (2026). 全体のほうが、部分より知られていないことがある [論文162]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092568
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「確率」は四つの住所を持つ」[論文164]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22092815
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「確率」は四つの住所を持つ [論文164]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/164 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22092815
Yamagishi, Y. (2026). Probability Has Four Addresses [Paper 164]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/164; DOI: 10.5281/zenodo.22092815
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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