【論文165】「等価原理」は三つある

要旨

「等価原理」という一語が、要求も検証法も違う三つの主張を指している。本稿はそれを点呼し、三つ目は一つ目の精密版ではないことを数で示す。新しい物理法則は主張しない。一般相対論に反する主張は一つもない。

第一に、弱い等価原理(WEP)で質量が消えるのは、慣性質量と重力質量を同一視したからである。$m_g/m_i=1+\delta$ と置けば加速度に $\delta$ が戻り、エートヴェシュ径数 $\eta$ はそのまま $\delta_1-\delta_2$ である。動かすべきものは組成である(第2節)。

第二に、アインシュタインの等価原理(EEP)は別の問いに答えている。塔の高さ $22.5$ m での赤方偏移は $2.45506\times10^{-15}$、GPS 衛星の一日あたりの時計差は重力側 $+45.719$ $\mu$s、速度側 $-7.21337$ $\mu$s、差引き $+38.5056$ $\mu$s(本稿で計算)。どの数も時計の材質に依らない(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。強い等価原理(SEP)は自己重力を要する。違反は $m_g/m_i=1+\eta_N\,U/(Mc^2)$ として現れ、束縛エネルギーの割合は実験室の $1$ kg 球で $1.4365\times10^{-26}$、月で $1.8829\times10^{-11}$、地球で $4.1768\times10^{-10}$、太陽で $1.2735\times10^{-6}$、中性子星で $0.10337$。地球と実験室質量の比は $2.9\times10^{16}$、十六桁である(第4節)。

第四に、したがって実験室の WEP 試験は SEP をほとんど拘束しない。$\eta<10^{-15}$ を達成しても、実験室質量では $\eta_N<7\times10^{10}$、拘束になっていない。同じ精度を地球と月の対に当てれば $\eta_N<2.5\times10^{-6}$ になる(第5節)。

第五に、一般相対論は三つとも満たし、ブランス=ディッケは二つまでしか満たさない。$\omega=40000$ で $\gamma-1=-2.5\times10^{-5}$、$\eta_N=2.5\times10^{-5}$。$\eta_N=0$ をちょうど与えるのは $\omega\to\infty$、すなわち一般相対論だけである(第6節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい物理法則は主張しない。一般相対論に反する主張は一つもない。三つの等価原理の区別、ノルドベット効果、ブランス=ディッケのパラメータ化はすべて標準的である。また本稿は実験値を断定しない。示すのは「$\eta$ がある値を下回ったとき、$\eta_N$ が何を下回るか」という換算であり、その換算はすべて本稿で計算した。加えたのは束縛エネルギーの割合を五つの天体で計算して十六桁の隔たりを示したこと、同じ精度が実験室と地球=月で買うものを並べたこと、三つに「動かすと動くもの」を書いたことである。

1. 記法と位置づけ

慣性質量を $m_i$、重力質量を $m_g$ と書く。エートヴェシュ径数を $\eta=2(a_1-a_2)/(a_1+a_2)$、ノルドベット径数を $\eta_N$ とする。

位置づけ:論文66 は「局所の $c$」と「座標の $c$」が別根であることを示し、論文134 は光の曲がりの $4$ が $2(1+\gamma)$ であり、$\gamma$ が測定量であると書いた。本稿はその $\gamma$ の隣にある $\eta_N$ を扱い、三つの原理を分ける。

2. WEP:質量が消えるのは、同一視したからである

観察 2.1 ニュートンの運動方程式は $m_i a=GMm_g/r^2$ である。質量が消えるのは $m_i=m_g$ のときだけであり、$m_g/m_i=1+\delta$ と置けば $a=(1+\delta)GM/r^2$ になる。

検算 2.2:二つの物体について一次で

$\eta$ がこれを下回れば $|\delta_1-\delta_2|$ もこれを下回る
$10^{-11}$ $10^{-11}$
$10^{-13}$ $10^{-13}$
$10^{-15}$ $10^{-15}$

(証明終)

観察 2.3 $\eta$ と $|\delta_1-\delta_2|$ は同じ数である。WEP の試験が測っているのは、$m_i=m_g$ という同一視の破れ、それだけである。動かすべきものは物体の組成である。

3. EEP は、別の問いに答えている

検算 3.1:高さ $h=22.5$ m の塔での重力赤方偏移は $gh/c^2$ である。

$gh/c^2$ $\mathbf{2.45506\times10^{-15}}$

検算 3.2:GPS 衛星(軌道長半径 $26561$ km)と地上の時計の一日あたりの差。

重力の項(衛星が進む) $+45.719\ \mu\mathrm{s}$
速度の項(衛星が遅れる) $-7.21337\ \mu\mathrm{s}$
差引き $\mathbf{+38.5056\ \mu\mathrm{s}}$

(証明終)

観察 3.3 どちらの数も、時計が何でできているかに依らない。これらが試しているのは、法則が実験室のどこにあるかとどれだけ速く動くかに依らないこと、局所位置不変性と局所ローレンツ不変性である。

観察 3.4 したがって WEP の実験をいくら精密にしても、EEP の一部は検査されない。組成を変える実験と、場所を変える実験は、別の実験である。論文123 が「動いているのは時計ではなく世界線である」と書いたのと同じ区別がここにも要る。

4. 芯:SEP は自己重力を要する

事実 4.1:SEP の違反は $m_g/m_i=1+\eta_N\,U/(Mc^2)$ として現れる。ここで $U$ は自己重力による束縛エネルギーであり、一様球なら $U/(Mc^2)=\tfrac35\,GM/(Rc^2)$ である。

検算 4.2

物体 半径 (m) $|U|/(Mc^2)$
実験室の $1$ kg 球(密度 $8000$) $0.031018$ $\mathbf{1.4365\times10^{-26}}$
月 $1.7374\times10^{6}$ $1.8829\times10^{-11}$
地球 $6.371\times10^{6}$ $\mathbf{4.1768\times10^{-10}}$
太陽 $6.957\times10^{8}$ $1.2735\times10^{-6}$
中性子星($1.4$ 太陽質量・$12$ km) $1.2\times10^{4}$ $\mathbf{0.10337}$

地球と実験室質量の比は $2.9076\times10^{16}$、地球と月の差は $3.9885\times10^{-10}$ である。(証明終)

観察 4.3 十六桁である。実験室の物体は、自己重力という点ではほとんど存在していないに等しい。

5. 同じ精度が、実験室と天体で買うもの

検算 5.1:$\eta$ の上限を $\eta_N$ の上限に換算する。

$\eta$ がこれを下回れば 実験室質量で $\eta_N<$ 地球=月で $\eta_N<$
$10^{-11}$ $6.961\times10^{14}$ $0.02507$
$10^{-13}$ $6.961\times10^{12}$ $2.507\times10^{-4}$
$10^{-15}$ $\mathbf{6.961\times10^{10}}$ $\mathbf{2.507\times10^{-6}}$

(証明終)

観察 5.2 $\eta<10^{-15}$ を実験室で達成しても、$\eta_N$ の上限は $10^{11}$ 程度にしかならない。何も拘束していない。同じ精度を地球と月の対に当てれば $10^{-6}$ になる。

観察 5.3 SEP を試す実験は、WEP を試す実験の精密版ではない。別の天体を使う、別の実験である。精度をいくら上げても、実験室からは三つ目に届かない。十七桁の隔たりは、装置では埋まらない。

観察 5.4 本稿は実測値を断定しない。示したのは換算だけである。「$\eta$ がこの値を下回れば $\eta_N$ はこの値を下回る」という関係であり、この関係は本稿で計算した。

6. どの理論がどれを満たすか

検算 6.1:ブランス=ディッケ理論(径数 $\omega$)では $\gamma=(1+\omega)/(2+\omega)$、$\beta=1$ であり、ノルドベット径数は $\eta_N=4\beta-\gamma-3=1/(2+\omega)$ である。

$\omega$ $\gamma$ $\gamma-1$ $\eta_N$
$5$ $0.857142857143$ $-0.1429$ $0.1429$
$500$ $0.998007968127$ $-1.992\times10^{-3}$ $1.992\times10^{-3}$
$40000$ $0.99997500125$ $-2.5\times10^{-5}$ $2.5\times10^{-5}$
$\infty$(一般相対論) $1$ $\mathbf{0}$ $\mathbf{0}$

(証明終)

観察 6.2 ブランス=ディッケはどの $\omega$ でも WEP と EEP を満たし、有限のどの $\omega$ でも SEP を破る。$\eta_N=0$ をちょうど与えるのは $\omega\to\infty$、すなわち一般相対論だけである。

観察 6.3 つまり SEP は、一般相対論をその最も近い競合から分ける原理である。他の二つは分けない。どちらの理論も満たしてしまうからである。「等価原理が確かめられた」という一文は、どれが確かめられたかを言わないかぎり、理論の選別について何も述べていない。

観察 6.4 論文134 が $\gamma$ を測定量として扱ったのと同じ位置に、$\eta_N$ がある。どちらも「一般相対論では特定の値をとるが、原理からは強制されない数」である。

7. 点呼

観察 7.1 

原理 言っていること 動かすと動くもの どこで測るか
弱い(WEP) 落ち方が組成に依らない 組成 実験室で可
アインシュタイン(EEP) 局所で特殊相対論が成り立つ 実験室の位置と速度 実験室で可
強い(SEP) 自己重力する物体にも成り立つ 束縛エネルギーの割合 天体が要る

観察 7.2 一つの原理の三つの強さではない。三つ目は、一つ目から精度を上げていっても届かない。別の物体が要る。

8. 結論

  1. WEP の $\eta$ は $m_i=m_g$ の破れそのものである(検算2.2)。動かすのは組成。
  2. EEP は材質に依らない量を測る(検算3.1・3.2)。$2.45506\times10^{-15}$、$+38.5056\,\mu$s/日。
  3. 束縛エネルギーの割合は十六桁隔たっている(検算4.2)。$1.4\times10^{-26}$ 対 $4.2\times10^{-10}$。
  4. 同じ精度が買うものが十七桁違う(検算5.1)。$7\times10^{10}$ 対 $2.5\times10^{-6}$。
  5. $\eta_N=0$ は一般相対論だけである(検算6.1)。
  6. 三つ目は精密版ではなく、別の実験である(観察7.2)。

結び:同じ名前の三つの原理が、同じ方向に並んでいるように見える。だが並んでいない。一つ目をどれだけ精密にしても三つ目には着かず、三つ目に着くには、机の上から出て天体を借りてくるしかない。

参考文献

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  2. Einstein, A. (1907). Über das Relativitätsprinzip und die aus demselben gezogenen Folgerungen. Jahrbuch der Radioaktivität und Elektronik, 4.
  3. Pound, R. V., & Rebka, G. A. (1960). Apparent weight of photons. Physical Review Letters, 4(7).
  4. Nordtvedt, K. (1968). Equivalence principle for massive bodies. II. Theory. Physical Review, 169(5).
  5. Brans, C., & Dicke, R. H. (1961). Mach’s principle and a relativistic theory of gravitation. Physical Review, 124(3).
  6. Will, C. M. (2014). The confrontation between general relativity and experiment. Living Reviews in Relativity, 17.
  7. 山岸勇輝 (2026). 速度空間=時空 曲率双対性 [論文63]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21606250
  8. 山岸勇輝 (2026). 速度空間の曲率と重力赤方偏移 [論文66]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21616607
  9. 山岸勇輝 (2026). 位相空間における速度空間曲率と時空計量 [論文76]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21722145
  10. 山岸勇輝 (2026). 規約と事実を分ける [論文95]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758621
  11. 山岸勇輝 (2026). 二つの時計と、一枚の目盛り [論文118] 第2版. Zenodo. 10.5281/zenodo.22036237
  12. 山岸勇輝 (2026). 双子が違うのは時計の遅れではなく、世界線の長さである [論文123]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22055231
  13. 山岸勇輝 (2026). 光の曲がりの $4$ は、$4\pi$ ではなく $2(1+\gamma)$ である [論文134]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22080727
  14. 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677

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書誌

山岸勇輝(2026)「「等価原理」は三つある」[論文165]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22092957

YOI 165第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「等価原理」は三つある [論文165]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/165 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22092957

Yamagishi, Y. (2026). There Are Three Equivalence Principles [Paper 165]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/165; DOI: 10.5281/zenodo.22092957

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