【M034】前立腺がんは、見つかる数と亡くなる数が別々に動いた

要旨

本稿が問うのは、前立腺がんで、新しく見つかる人の率(罹患)と亡くなる人の率(死亡)が、同じように動いてきたか、である。がん情報サービスの集計表の年齢調整罹患率(3 県の系列を本体に、全国推計値と全国がん登録を確かめに)と年齢調整死亡率(全国)を、同じ標準人口(昭和60年モデル人口)で並べ、期間ごとの倍率・年ごとの変化・ほかの部位・年齢を比べた。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、がん情報サービスの死亡数は第5.24表の前立腺の死亡数と 2016〜2023 年で一致し(2023 年 13,429)、罹患と死亡の集計表の中の足し算もそろっている(第3節)。

第二に、これが本稿の芯である。1985→2015 年に、年齢調整罹患率(3 県)は 14.2 から 59.5 へ 4.175 倍になり、年齢調整死亡率は 5.60 から 6.99 へ 1.249 倍だった。死亡は 2000 年(8.63)がいちばん高く、2000→2015 年は罹患が 2.417 倍に上がる一方で、死亡は 0.811 倍に下がった(第4節)。

第三に、罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率(1985→2015 年)は、前立腺の 3.342 が男性の 20 部位でいちばん大きい。 次は甲状腺の 2.660、全部位では 1.497 である(第5節)。

第四に、年ごとの変化の相関(1986〜2015 年)は 0.174 で、30 年のうち 13 年は罹患と死亡が逆の向きに動いた。 死亡の年ごとの変化の並びを入れ替えても、0.182 の割合で相関が 0.174 以上になる(第4節)。

第五に、年齢別(1990→2015 年)では、全国推計値の罹患率の倍率が 50〜54 歳の 11.30 倍から 85 歳以上の 1.80 倍まで開き、死亡率の倍率は 0.97〜1.56 倍にとどまる。 3 県でも 60〜84 歳では罹患の倍率が死亡の倍率を上回り、85 歳以上では二つがほぼ同じ(1.55 倍と 1.56 倍)である(第6節)。

第六に、分けているのは、見つかる数か、亡くなる数かである。前立腺では、罹患の動きから死亡の動きは読めず、死亡の動きから罹患の動きも読めない。

本稿の射程(scope note):新しい数学定理も新しい法則も主張しない。年齢調整罹患率と年齢調整死亡率はがん情報サービスが公表している数で、本稿はそれを並べて比べるだけである。本稿は公開の集計データの数の形を述べる構造的解釈であり、医学的な助言・診断・治療の推奨ではない。著者は医師ではない。個人の健康に関する判断は医師・医療機関に相談すること。査読を経ていないプレプリントである。 検診の効き目を論じず、検診を勧めも退けもしない。 罹患が増えた理由・死亡が下がった理由(検査・診断・治療・人口の変化など)には立ち入らない。 罹患は 3 県、死亡は全国の数である。がん情報サービスは罹患の年次推移の検討に 3 県の系列を勧めており、3 県の死亡の集計表は無い。人口の違う二つを並べていることは、第7節に書く。2016 年の数え方の切り替え(M032)をまたがないよう、期間は 1985〜2015 年と 2016〜2023 年に分けた。 一人のなりやすさや見通しではない。地域を比べない。 データについて:がん情報サービスの集計表を、頁が示す出典の表記とルールに従って使い、本稿の倍率・相関は加工して作成した。死亡の集計表は読み取り用の保護がかかっていたので、この PC の Excel で読み取り専用で開いて xlsx に保存し直した写しから読んだ(値は変えていない・第5.24表の死亡数と突き合わせた)。加えたのは、同じ標準人口の罹患と死亡を並べ、2000 年からは逆の向きに動いたことを示したこと、罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率で前立腺が男性の 20 部位でいちばん離れていることを示したこと、その離れ方が年齢でどう違うかを並べたことである。

1. 記法と問い

  • 年齢調整率:がん情報サービスの集計表の、昭和60年モデル人口の年齢調整罹患率・年齢調整死亡率(人口 10 万対)。罹患と死亡で同じ標準人口である。
  • 罹患の系列:本体は 3 県(山形・福井・長崎。1985〜2015 年は地域がん登録、2016 年からは全国がん登録)。確かめに全国推計値(1975〜2015 年)と全国がん登録(2016〜2023 年)。死亡の系列:全国(1958〜2024 年)。
  • 倍率:期間の終わりの年の値 ÷ 始まりの年の値。罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率で、二つの離れ方を測る。
  • 年ごとの変化:前年比の自然対数。

問い:前立腺がんの罹患と死亡は、同じように動いてきたか。離れているなら、それはほかの部位と比べてどれほどか、どの年齢で離れているか。

観察 1.1:M025 は、その年の死亡数 ÷ 罹患数は同じ人たちの割合ではないと示し、前立腺でその比が 1 − 5 年生存率から大きく離れることを見た。M032 は、2016 年に罹患の数え方が替わったことを示した。本稿は、前立腺の罹患と死亡を、年をまたいだ動きの側から見る。

2. 下見と設計

正直に書く:本稿の設計は、表を見たあとに決めた。

中身
罹患 がん情報サービス 3 県の高精度地域実測値と全国がん登録(1985〜2023 年)・全国推計値(1975〜2015 年)・全国がん登録(2016〜2023 年)
死亡 がん情報サービス 全国がん死亡データ(1958〜2024 年)。確かめに人口動態統計 第5.24表
物差し 期間ごとの倍率・罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率・年ごとの変化の相関・年齢別の倍率
見込みと、測ったこと 下見の前は、年齢別の罹患の倍率は若い年齢ほど大きく、どの年齢でも死亡より大きいと見込んでいた。全国推計値ではそのとおりだったが、3 県では 1990 年の 50〜59 歳の罹患数が 10 人未満で倍率を出せず、85 歳以上では罹患と死亡の倍率がほぼ同じだった

3. データと、その確かめ

計算 3.1 取得したファイル 7 本(保存し直した写しを含む)を SHA-256 で固定し、次のことを確かめた。

  • がん情報サービスの死亡の集計表の前立腺(男・全年齢)の死亡数 = 第5.24表の前立腺の死亡数(2016〜2023 年・2023 年は 13,429)。
  • 死亡の集計表の前立腺の粗死亡率 = 死亡数 ÷ 人口 × 10 万(2015 年・死亡数 11,326・人口 61,022,756)。
  • 3 県の前立腺の罹患数の「全年齢」= 年齢の列の和(1990 年 300・2015 年 2,137)。
  • 集計表の頁に、死亡データの英文の出典の表記が在る。

4. 罹患と死亡の動き

計算 4.1 前立腺の年齢調整罹患率と年齢調整死亡率(昭和60年モデル人口・人口 10 万対)

年 罹患(3 県) 罹患(全国) 死亡(全国) 3 県の罹患 ÷ 死亡
1985 14.2 12.2 5.60 2.55
1990 14.2 13.4 5.97 2.37
1995 19.0 18.1 7.73 2.45
2000 24.6 22.9 8.63 2.85
2005 52.7 41.8 8.52 6.19
2010 63.4 55.5 7.98 7.94
2015 59.5 62.0 6.99 8.51
2016 69.7 68.3 7.06 9.88
2019 64.3 68.2 6.74 9.53
2023 67.0 71.5 6.51 10.29

罹患(全国)は 2015 年までが全国推計値、2016 年からが全国がん登録である。

計算 4.2 期間ごとの倍率

期間 罹患(3 県) 罹患(全国) 死亡(全国) 罹患(3 県)÷ 死亡
1985→2000 1.727 1.875 1.541 1.121
2000→2015 2.417 2.707 0.811 2.983
1985→2015 4.175 5.078 1.249 3.342
2016→2023 0.961 1.047 0.922 、

観察 4.3:1985→2015 年に、罹患(3 県)は 4.175 倍、死亡は 1.249 倍だった。 死亡がいちばん高いのは 2000 年(8.63)で、そこから 2015 年までに罹患(3 県)は 2.417 倍に上がり、死亡は 0.811 倍に下がった。全国推計値でも、同じ 2000→2015 年に罹患は 2.707 倍である。3 県の罹患がいちばん高いのは 2016 年(69.7)で、3 県の罹患 ÷ 死亡は 1985 年の 2.55 から 2023 年の 10.29 になった。

観察 4.4:1986〜2015 年の年ごとの変化の相関は 0.174 で、30 年のうち 13 年は罹患と死亡が逆の向きに動いた。 死亡の年ごとの変化の並びを 2000 回入れ替えると、0.182 の割合で相関が 0.174 以上になる。年ごとの動きは、偶然の並びと見分けがつかないほどしか結びついていない。

図1 前立腺の年齢調整罹患率と年齢調整死亡率

図1:前立腺の年齢調整罹患率と年齢調整死亡率(昭和60年モデル人口・縦は対数)。金は罹患(3 県)、細い紺は罹患(全国推計値)、太い紺は罹患(全国がん登録)、灰は死亡(全国)。破線が登録の切り替え。

5. 芯、ほかの部位と比べる

計算 5.1 男性の 20 部位の、1985→2015 年の倍率(罹患は 3 県・死亡は全国)。罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率の大きい順。

部位 罹患の倍率 死亡の倍率 罹患 ÷ 死亡
前立腺 4.175 1.249 3.342
甲状腺 2.230 0.839 2.660
喉頭 0.907 0.432 2.099
悪性リンパ腫 1.895 0.969 1.955
皮膚 1.487 0.782 1.902
食道 1.416 0.805 1.760
腎・尿路(膀胱除く) 2.563 1.491 1.719
直腸 1.499 0.895 1.675
胃 0.642 0.388 1.653
大腸 1.717 1.054 1.628
結腸 1.900 1.187 1.600
多発性骨髄腫 1.104 0.865 1.277
白血病 1.020 0.803 1.270
肺 1.129 0.944 1.196
肝臓 0.583 0.539 1.082
膵臓 1.170 1.106 1.058
口腔・咽頭 1.568 1.552 1.010
胆嚢・胆管 0.803 0.796 1.009
脳・中枢神経系 1.240 1.471 0.843
膀胱 0.836 1.043 0.802
全部位 1.145 0.765 1.497

観察 5.2:罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率は、前立腺の 3.342 がいちばん大きい。 次は甲状腺の 2.660、喉頭の 2.099 で、全部位は 1.497 である。前立腺は、罹患の倍率(4.175)も 20 部位で 1 位である(2 位は腎・尿路の 2.563)。死亡の倍率(1.249)は 4 位で、1 位は口腔・咽頭の 1.552 である。離れ方の大きさは、罹患の側から来ている。

6. 年齢別

計算 6.1 1990→2015 年の年齢別の罹患率と死亡率(罹患は全国推計値と 3 県・死亡は全国)。3 県の 1990 年の罹患数が 10 人未満の 50〜54 歳と 55〜59 歳は、3 県の倍率を出さない。

年齢 罹患(全国推計値) 罹患(3 県) 死亡(全国)
50〜54 歳 2.0 → 22.5(11.30 倍) 、 0.58 → 0.68(1.18 倍)
55〜59 歳 6.4 → 68.4(10.73 倍) 、 2.41 → 2.51(1.04 倍)
60〜64 歳 24.4 → 168.3(6.88 倍) 25.9 → 162.2(6.27 倍) 7.57 → 7.49(0.99 倍)
65〜69 歳 40.8 → 327.1(8.02 倍) 47.4 → 344.6(7.26 倍) 13.38 → 15.92(1.19 倍)
70〜74 歳 89.8 → 524.1(5.84 倍) 95.6 → 496.7(5.20 倍) 35.21 → 34.08(0.97 倍)
75〜79 歳 154.2 → 583.6(3.78 倍) 183.2 → 551.9(3.01 倍) 65.44 → 69.69(1.06 倍)
80〜84 歳 232.6 → 542.5(2.33 倍) 223.3 → 537.1(2.41 倍) 118.06 → 135.53(1.15 倍)
85 歳以上 264.7 → 475.6(1.80 倍) 232.1 → 358.8(1.55 倍) 183.57 → 286.72(1.56 倍)

観察 6.2:全国推計値の罹患率の倍率は、50〜54 歳の 11.30 倍がいちばん大きく、85 歳以上の 1.80 倍がいちばん小さい。死亡率の倍率は、どの年齢でも 0.97〜1.56 倍にとどまる。 全国推計値では 8 階級すべてで罹患の倍率が死亡の倍率を上回る。3 県でも 60〜84 歳の 5 階級では罹患の倍率が死亡の倍率を上回るが、85 歳以上では 1.55 倍と 1.56 倍でほぼ同じである。

図2 年齢別の倍率

図2:1990→2015 年の年齢別の倍率(縦は対数)。紺は罹患(全国推計値)、金は罹患(3 県・1990 年に 10 人以上の階級)、灰は死亡(全国)。横線が 1。

7. 限界

  1. 罹患は 3 県、死亡は全国の数である。 人口の違う二つを並べている。全国推計値でも同じ向きが出ることを確かめたが、全国推計値は年によって推計方法や含まれる地域が異なる。
  2. 罹患が増えた理由・死亡が下がった理由には立ち入らない。 検診の効き目も論じない。
  3. 2016 年の数え方の切り替え(M032)をまたぐ比べはしていない。
  4. 3 県の若い年齢は人数が少ない。 1990 年の 50〜59 歳は 10 人未満で、倍率を出していない。
  5. 一人のなりやすさや見通しではない。 地域を比べない。

結び

前立腺がんの年齢調整罹患率は、1985→2015 年に 4.175 倍になり、年齢調整死亡率は 1.249 倍だった。死亡は 2000 年を山に下がり、罹患はその後も上がった。罹患の倍率 ÷ 死亡の倍率の 3.342 は男性の 20 部位でいちばん大きく、年ごとの動きもほとんど結びついていなかった。年齢別には、若い年齢ほど罹患の倍率が大きく、死亡の倍率はどの年齢でも小さかった。

分けるものは一つ、見つかる数か、亡くなる数か、である。

「前立腺がんが増えている」と聞いたときは、それが見つかる人の数の話か、亡くなる人の数の話かを、一緒に確かめる。

データと再現

データ 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」の集計表 4 本(全国がん死亡 1958〜2024 年・3 県の罹患 1985〜2023 年・全国推計 1975〜2015 年・全国がん登録 2016〜2023 年)、人口動態統計 令和6年 上巻 第5.24表(2026 年 9 月 25〜26 日に取得)
出典の表記 国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(厚生労働省人口動態統計・全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ)・全国がん登録)。英文の出典は参考文献の Hori ほか(2015)・Tanaka ほか(2026)と、がん情報サービスの項
範囲 日本(全国)と山形・福井・長崎の 3 県・1985〜2023 年
検算 検算/M034.py(--zu で図も書き出す)。本文の数字はすべて 検算/M034_output.txt から取っている
生データ data/ に取得したファイル 7 本(保存し直した写しを含む)と SOURCES.md(URL・取得日・SHA-256・利用の際のルール・注記の写し・保存し直した手順・言葉と計算の置き方)
図 図/M034_zu1・図/M034_zu2(png・svg・英語版)

参考文献

  • Hori, M., Matsuda, T., Shibata, A., Katanoda, K., Sobue, T., & Nishimoto, H. (2015). Cancer incidence and incidence rates in Japan in 2009: a study of 32 population-based cancer registries for the Monitoring of Cancer Incidence in Japan (MCIJ) project. Japanese Journal of Clinical Oncology. 10.1093/jjco/hyv088
  • 厚生労働省. 人口動態統計 令和6年(確定数)上巻 第5.24表. e-Stat(2026年9月26日に利用). https://www.e-stat.go.jp/
  • 国立がん研究センターがん情報サービス. 「がん統計」集計表 cancer_mortality(1958-2024).xls(厚生労働省人口動態統計)・cancer_incidence3pref(1985-2023).xls・cancer_incidence(1975-2015).xls(全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ))・cancer_incidenceNCR(2016-2023).xls(全国がん登録)(2026年9月26日に利用). https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/data/dl/index.html
  • Tanaka, H., Arai, K., & Katanoda, K. (2026). Updated Trends in Cancer Statistics in Japan: Incidence in 1985–2021 in selected prefectures and Mortality in 1979–2023、Beyond the Launch of the National Cancer Registry in 2016. Journal of Epidemiology. 10.2188/jea.JE20250559
  • 山岸勇輝 (2026). その年の死亡数 ÷ 罹患数(MI 比)は、同じ人たちの割合ではない。1 − 5 年生存率と比べると、膵臓では 0.97 倍、前立腺では 3.07 倍になる [M025]. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.22968532
  • 山岸勇輝 (2026). がんの罹患率が 2016 年に跳んだ年は、登録の仕組みが替わった年である。年齢調整罹患率は 1 年で全国 1.089 倍・3 県 1.176 倍になり、3 県では 17 部位すべてが同じ年に上がった [M032]. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.22972789

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「前立腺がんは、見つかる数と亡くなる数が別々に動いた」[M034]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22972924

YOI M034医療統計ビットコインに記録済み

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 前立腺がんは、見つかる数と亡くなる数が別々に動いた [M034]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/M034 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22972924

Yamagishi, Y. (2026). For Prostate Cancer, the Number Found and the Number Who Die Moved Separately [M034]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/M034; DOI: 10.5281/zenodo.22972924

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