【論文179】「構成できない」にも別根がある

要旨

論文163 は「在る」と「これだ」を分けた。本稿はその先を問う。なぜ書き下せないのか。理由は少なくとも三つあり、どこまで探せるかで分かれる。新しい数学定理は主張しない。いずれも標準的な内容である。

第一に、平均の議論では原理的に探せる。シャノンが平均を取る集合は有限であり、$n=32$、$k=16$ でおよそ $2^{511}$ 個、天文学的だが、有限の一覧である。障害は実用上のものにすぎない(第2節)。

第二に、これが本稿の芯である。選択公理を要する病的な加法関数は、可算な部分では選択公理なしに厳密に構成できる。$f(a+b\sqrt2)=a$ は加法性を厳密に満たし(有理数演算で確認)、$|x|=0.0193$ の点で $|f(x)|=181$ に達する(第3節)。

第三に、では選択公理は何のためか。$\mathbb{Q}+\mathbb{Q}\sqrt2$ は可算である。非可算個の有理直線すべてに値を選ぶところ、そこだけに要る(第3節)。

第四に、柵は区間上の有界性である。加法性は有理数倍を無料で与えるが、直線どうしの関係は与えない(第4節)。

第五に、第三の根は計算不能である。ビジービーバーを全数探索すると $n=1$ で $S=1$・$\Sigma=1$($64$ 台)、$n=2$ で $S=6$・$\Sigma=4$($20736$ 台)、既知値と一致した。そして「ビジービーバー」という一語もまた、歩数と個数という二つの数列を指している(第5節)。

射程(何を示さないか)

本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。コーシーの関数方程式、ハメル基底、可測な解が線形であること、ビジービーバー関数の計算不能性は、いずれも標準的である。また選択公理の是非を判定しない。書けるのは、それがどこで要るかまでである。論文163 との関係:163 は「存在と構成は別の文である」を示した。本稿はその非構成性の理由自体が複数あることを示す。163 の非構成性は平均であり、本稿の第2の根は選択である。加えたのは三つを「探索可能性」という一つの尺度に並べたこと、病的な加法関数を可算な部分で厳密に構成して「選択公理が要るのは延長だけ」と示したこと、ビジービーバーを全数探索して既知値と突き合わせたことである。

1. 記法と位置づけ

対象が存在するとは、それを含む集合が空でないことをいう。構成できるとは、それを一つ書き下す手続きがあることをいう。本稿では前者から後者へ渡れない理由を三つに分ける。有理数の計算はすべて厳密な分数演算で行った。

位置づけ:論文25 は「解けない」を三つに分け、分離子が許した道具であると書いた。本稿は隣の語を分ける。あちらは方程式を解く話、こちらは対象を書き下す話である。

2. 平均の議論:原理的には探せる

観察 2.1 シャノンの符号化定理は、すべての符号にわたって平均を取り、符号を一つも名指ししない(論文163)。だが平均を取る集合は有限である。

検算 2.2:$\mathrm{GF}(2)$ 上の線形符号の個数。

$n$ $k$ 符号の個数
$8$ $3$ 約 $2^{23}$
$16$ $8$ 約 $2^{127}$
$32$ $16$ 約 $2^{511}$

(証明終)

観察 2.3 天文学的な数だが、有限の一覧である。全部調べれば必ず終わる。障害は実用上のものであって、書き下すことを禁じているものは何も無い。

3. 芯:選択公理は、どこで要るのか

観察 3.1 コーシーの関数方程式 $f(x+y)=f(x)+f(y)$ を考える。加法性だけから、あらゆる有理数 $q$ について $f(qx)=qf(x)$ が従う。したがって $f$ は各「有理直線」の上で決まってしまい、直線どうしは独立に扱える。

検算 3.2:$a+b\sqrt2$($a,b$ は有理数)の形の数を取り、$f(a+b\sqrt2)=a$ と定める。これは厳密な分数演算であり、選択公理を一切使わない。

$x$ $y$ $f(x+y)-f(x)-f(y)$
$\tfrac12+\tfrac34\sqrt2$ $\tfrac25-\tfrac13\sqrt2$ $\mathbf{0}$
$\tfrac73+\tfrac16\sqrt2$ $-\tfrac49+\tfrac52\sqrt2$ $\mathbf{0}$
$\sqrt2$ $1$ $\mathbf{0}$

厳密に加法的である。(証明終)

検算 3.3:しかもこの $f$ は、すでに激しく不連続である。

$x$ $|x|$ $|f(x)|$
$-11+8\sqrt2$ $0.313708$ $11$
$-45+32\sqrt2$ $0.254834$ $45$
$-181+128\sqrt2$ $\mathbf{0.019336}$ $\mathbf{181}$
$-724+512\sqrt2$ $0.0773439$ $724$

(証明終)

観察 3.4 引数が $0$ に近づくのに、値は際限なく大きくなる。$f$ はどの区間の上でも有界でなく、直線とは似ても似つかない。

観察 3.5 では選択公理は何のために要るのか。$\mathbb{Q}+\mathbb{Q}\sqrt2$ は可算である。この $f$ を実数全体の上で持つには、非可算個の有理直線それぞれに値を選ばねばならない。病的な関数は可算な部分では構成できており、選択公理が要るのは延長のところだけである。

観察 3.6 そしてこの非構成性は、第2節のものと種類が違う。符号は有限の一覧から選べる。ここには一覧が無い。ソロヴェイ($1970$)は、選択公理を弱めれば「すべての集合が可測」が無矛盾になりうることを示した。つまり、この $f$ は探し方が悪いのではなく、探す場所が無いのである。

4. 柵は、区間上の有界性である

観察 4.1 加法性は有理数倍を無料で与える。$f(qx)=qf(x)$ は、どの有理数 $q$ についても成り立つ。

観察 4.2 与えないのは、有理直線どうしの関係である。ある区間の上で有界だという条件を一つ足すだけで、直線どうしが縛られ、$f(x)=cx$ に潰れる(フレシェ、バナッハ、シェルピンスキー)。

観察 4.3 したがって第3節の $f$ が線形にならずに済んだのは、どの区間の上でも有界でないからである。それは可測でないということであり、論文176 の言葉でいえば、測度の目から見て手に負えないということである。

5. 第三の根:定義はできるが、算法が無い

観察 5.1 ビジービーバーは、空白テープから始めて停止する $n$ 状態機械のうち、最も長く走るもの(あるいは最も多くの $1$ を残すもの)を指す。定義は完全に明確であり、しかも計算可能関数のどれよりも速く増える。

検算 5.2:小さい $n$ については全数探索できる。

$n$ $S(n)$(歩数) $\Sigma(n)$($1$ の個数) 調べた機械
$1$ $\mathbf{1}$(既知値と一致) $\mathbf{1}$(一致) $64$
$2$ $\mathbf{6}$(一致) $\mathbf{4}$(一致) $20736$

(証明終)

観察 5.3 ここで一語が二つを指していることに注意したい。「ビジービーバー」は歩数の数列と$1$ の個数の数列の両方に使われ、両者は別の数列である。

$n$ $S(n)$(歩数) $\Sigma(n)$(個数)
$1$ $1$ $1$
$2$ $6$ $4$
$3$ $21$ $6$
$4$ $107$ $13$
$5$ $47176870$ $4098$
$6$ 未知 未知

$n\ge3$ の値は引用であり、本稿では計算していない。

観察 5.4 どの $n$ についても値は存在する。それを全部出す算法は無い。あれば停止問題が解けてしまうからである(チューリング $1936$、ラドー $1962$)。定義できて、計算できない。

観察 5.5 これは第2節とも第3節とも違う。符号は有限の一覧から選べ、病的な $f$ には一覧が無く、ビジービーバーの値は一つ一つなら求まるのに、全部を出す手続きが無い。

6. 点呼

観察 6.1 

非構成の理由 何が足りないか どこまで探せるか 証人
平均の議論 名指しの手続き 原理的には探せる シャノンの符号(論文163)
選択公理 非可算個の選択 探す場所が無い 病的な加法関数
計算不能 一様な算法 個別には求まる ビジービーバー

観察 6.2 三種類の基底は、この三つに散らばっている。

基底 存在の根拠 書き下せるか
正規直交基底 グラム=シュミット できる(算法がある)
シャウダー基底 空間ごとの構成 できることが多い
ハメル基底 選択公理 一つも書き下せない

観察 6.3 「構成的でない」という一語が、三つの違う事情を指している。分離子はどこまで探せるかであり、それは証明の書き方ではなく、対象の側の性質である。

7. 結論

  1. 平均の議論では有限の一覧が残る(検算2.2):$2^{511}$ 個でも有限。
  2. 病的な加法関数は可算な部分で厳密に構成できる(検算3.2):差はすべて $0$。
  3. それは激しく不連続である(検算3.3):$|x|=0.0193$ で $|f(x)|=181$。
  4. 選択公理が要るのは延長のところだけ(観察3.5)。
  5. ビジービーバーは全数探索で既知値と一致した(検算5.2):$S(2)=6$、$\Sigma(2)=4$。
  6. その名も一語で二つを指す(観察5.3)。

結び:「構成的でない」と言われたとき、次に問うべきは探せば見つかるのかである。探せば見つかるが遠いのか、探す場所そのものが無いのか、一つずつなら見つかるが全部は無理なのか、三つとも同じ言葉で片づけられ、事情はまるで違う。

参考文献

  1. Cauchy, A.-L. (1821). Cours d’analyse de l’École Royale Polytechnique. Paris: Imprimerie Royale.
  2. Zermelo, E. (1904). Beweis, dass jede Menge wohlgeordnet werden kann. Mathematische Annalen, 59.
  3. Hamel, G. (1905). Eine Basis aller Zahlen und die unstetigen Lösungen der Funktionalgleichung f(x+y)=f(x)+f(y). Mathematische Annalen, 60.
  4. Sierpiński, W. (1920). Sur l’équation fonctionnelle f(x+y)=f(x)+f(y). Fundamenta Mathematicae, 1.
  5. Turing, A. M. (1936). On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem. Proceedings of the London Mathematical Society, 42.
  6. Radó, T. (1962). On non-computable functions. Bell System Technical Journal, 41(3).
  7. Solovay, R. M. (1970). A model of set-theory in which every set of reals is Lebesgue measurable. Annals of Mathematics, 92(1).
  8. 山岸勇輝 (2026). 「解けない」は三つの別根を持つ [論文25]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090297
  9. 山岸勇輝 (2026). 点を持たない空間 [論文155]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084848
  10. 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
  11. 山岸勇輝 (2026). 「確率」は四つの住所を持つ [論文164]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092815
  12. 山岸勇輝 (2026). 「小さい」は二つあって、両立しない [論文176]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22097994
  13. 山岸勇輝 (2026). デルタは関数ではなく、写像である [論文178]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098261

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「「構成できない」にも別根がある」[論文179]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22098419

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/179 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22098419

Yamagishi, Y. (2026). “Cannot Be Constructed” Has Distinct Roots [Paper 179]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/179; DOI: 10.5281/zenodo.22098419

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