要旨
論文163 は「在る」と「これだ」を分けた。本稿はその先を問う。なぜ書き下せないのか。理由は少なくとも三つあり、どこまで探せるかで分かれる。新しい数学定理は主張しない。いずれも標準的な内容である。
第一に、平均の議論では原理的に探せる。シャノンが平均を取る集合は有限であり、$n=32$、$k=16$ でおよそ $2^{511}$ 個、天文学的だが、有限の一覧である。障害は実用上のものにすぎない(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。選択公理を要する病的な加法関数は、可算な部分では選択公理なしに厳密に構成できる。$f(a+b\sqrt2)=a$ は加法性を厳密に満たし(有理数演算で確認)、$|x|=0.0193$ の点で $|f(x)|=181$ に達する(第3節)。
第三に、では選択公理は何のためか。$\mathbb{Q}+\mathbb{Q}\sqrt2$ は可算である。非可算個の有理直線すべてに値を選ぶところ、そこだけに要る(第3節)。
第四に、柵は区間上の有界性である。加法性は有理数倍を無料で与えるが、直線どうしの関係は与えない(第4節)。
第五に、第三の根は計算不能である。ビジービーバーを全数探索すると $n=1$ で $S=1$・$\Sigma=1$($64$ 台)、$n=2$ で $S=6$・$\Sigma=4$($20736$ 台)、既知値と一致した。そして「ビジービーバー」という一語もまた、歩数と個数という二つの数列を指している(第5節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。コーシーの関数方程式、ハメル基底、可測な解が線形であること、ビジービーバー関数の計算不能性は、いずれも標準的である。また選択公理の是非を判定しない。書けるのは、それがどこで要るかまでである。論文163 との関係:163 は「存在と構成は別の文である」を示した。本稿はその非構成性の理由自体が複数あることを示す。163 の非構成性は平均であり、本稿の第2の根は選択である。加えたのは三つを「探索可能性」という一つの尺度に並べたこと、病的な加法関数を可算な部分で厳密に構成して「選択公理が要るのは延長だけ」と示したこと、ビジービーバーを全数探索して既知値と突き合わせたことである。
1. 記法と位置づけ
対象が存在するとは、それを含む集合が空でないことをいう。構成できるとは、それを一つ書き下す手続きがあることをいう。本稿では前者から後者へ渡れない理由を三つに分ける。有理数の計算はすべて厳密な分数演算で行った。
位置づけ:論文25 は「解けない」を三つに分け、分離子が許した道具であると書いた。本稿は隣の語を分ける。あちらは方程式を解く話、こちらは対象を書き下す話である。
2. 平均の議論:原理的には探せる
観察 2.1 シャノンの符号化定理は、すべての符号にわたって平均を取り、符号を一つも名指ししない(論文163)。だが平均を取る集合は有限である。
検算 2.2:$\mathrm{GF}(2)$ 上の線形符号の個数。
| $n$ | $k$ | 符号の個数 |
|---|---|---|
| $8$ | $3$ | 約 $2^{23}$ |
| $16$ | $8$ | 約 $2^{127}$ |
| $32$ | $16$ | 約 $2^{511}$ |
(証明終)
観察 2.3 天文学的な数だが、有限の一覧である。全部調べれば必ず終わる。障害は実用上のものであって、書き下すことを禁じているものは何も無い。
3. 芯:選択公理は、どこで要るのか
観察 3.1 コーシーの関数方程式 $f(x+y)=f(x)+f(y)$ を考える。加法性だけから、あらゆる有理数 $q$ について $f(qx)=qf(x)$ が従う。したがって $f$ は各「有理直線」の上で決まってしまい、直線どうしは独立に扱える。
検算 3.2:$a+b\sqrt2$($a,b$ は有理数)の形の数を取り、$f(a+b\sqrt2)=a$ と定める。これは厳密な分数演算であり、選択公理を一切使わない。
| $x$ | $y$ | $f(x+y)-f(x)-f(y)$ |
|---|---|---|
| $\tfrac12+\tfrac34\sqrt2$ | $\tfrac25-\tfrac13\sqrt2$ | $\mathbf{0}$ |
| $\tfrac73+\tfrac16\sqrt2$ | $-\tfrac49+\tfrac52\sqrt2$ | $\mathbf{0}$ |
| $\sqrt2$ | $1$ | $\mathbf{0}$ |
厳密に加法的である。(証明終)
検算 3.3:しかもこの $f$ は、すでに激しく不連続である。
| $x$ | $|x|$ | $|f(x)|$ |
|---|---|---|
| $-11+8\sqrt2$ | $0.313708$ | $11$ |
| $-45+32\sqrt2$ | $0.254834$ | $45$ |
| $-181+128\sqrt2$ | $\mathbf{0.019336}$ | $\mathbf{181}$ |
| $-724+512\sqrt2$ | $0.0773439$ | $724$ |
(証明終)
観察 3.4 引数が $0$ に近づくのに、値は際限なく大きくなる。$f$ はどの区間の上でも有界でなく、直線とは似ても似つかない。
観察 3.5 では選択公理は何のために要るのか。$\mathbb{Q}+\mathbb{Q}\sqrt2$ は可算である。この $f$ を実数全体の上で持つには、非可算個の有理直線それぞれに値を選ばねばならない。病的な関数は可算な部分では構成できており、選択公理が要るのは延長のところだけである。
観察 3.6 そしてこの非構成性は、第2節のものと種類が違う。符号は有限の一覧から選べる。ここには一覧が無い。ソロヴェイ($1970$)は、選択公理を弱めれば「すべての集合が可測」が無矛盾になりうることを示した。つまり、この $f$ は探し方が悪いのではなく、探す場所が無いのである。
4. 柵は、区間上の有界性である
観察 4.1 加法性は有理数倍を無料で与える。$f(qx)=qf(x)$ は、どの有理数 $q$ についても成り立つ。
観察 4.2 与えないのは、有理直線どうしの関係である。ある区間の上で有界だという条件を一つ足すだけで、直線どうしが縛られ、$f(x)=cx$ に潰れる(フレシェ、バナッハ、シェルピンスキー)。
観察 4.3 したがって第3節の $f$ が線形にならずに済んだのは、どの区間の上でも有界でないからである。それは可測でないということであり、論文176 の言葉でいえば、測度の目から見て手に負えないということである。
5. 第三の根:定義はできるが、算法が無い
観察 5.1 ビジービーバーは、空白テープから始めて停止する $n$ 状態機械のうち、最も長く走るもの(あるいは最も多くの $1$ を残すもの)を指す。定義は完全に明確であり、しかも計算可能関数のどれよりも速く増える。
検算 5.2:小さい $n$ については全数探索できる。
| $n$ | $S(n)$(歩数) | $\Sigma(n)$($1$ の個数) | 調べた機械 |
|---|---|---|---|
| $1$ | $\mathbf{1}$(既知値と一致) | $\mathbf{1}$(一致) | $64$ |
| $2$ | $\mathbf{6}$(一致) | $\mathbf{4}$(一致) | $20736$ |
(証明終)
観察 5.3 ここで一語が二つを指していることに注意したい。「ビジービーバー」は歩数の数列と$1$ の個数の数列の両方に使われ、両者は別の数列である。
| $n$ | $S(n)$(歩数) | $\Sigma(n)$(個数) |
|---|---|---|
| $1$ | $1$ | $1$ |
| $2$ | $6$ | $4$ |
| $3$ | $21$ | $6$ |
| $4$ | $107$ | $13$ |
| $5$ | $47176870$ | $4098$ |
| $6$ | 未知 | 未知 |
$n\ge3$ の値は引用であり、本稿では計算していない。
観察 5.4 どの $n$ についても値は存在する。それを全部出す算法は無い。あれば停止問題が解けてしまうからである(チューリング $1936$、ラドー $1962$)。定義できて、計算できない。
観察 5.5 これは第2節とも第3節とも違う。符号は有限の一覧から選べ、病的な $f$ には一覧が無く、ビジービーバーの値は一つ一つなら求まるのに、全部を出す手続きが無い。
6. 点呼
観察 6.1
| 非構成の理由 | 何が足りないか | どこまで探せるか | 証人 |
|---|---|---|---|
| 平均の議論 | 名指しの手続き | 原理的には探せる | シャノンの符号(論文163) |
| 選択公理 | 非可算個の選択 | 探す場所が無い | 病的な加法関数 |
| 計算不能 | 一様な算法 | 個別には求まる | ビジービーバー |
観察 6.2 三種類の基底は、この三つに散らばっている。
| 基底 | 存在の根拠 | 書き下せるか |
|---|---|---|
| 正規直交基底 | グラム=シュミット | できる(算法がある) |
| シャウダー基底 | 空間ごとの構成 | できることが多い |
| ハメル基底 | 選択公理 | 一つも書き下せない |
観察 6.3 「構成的でない」という一語が、三つの違う事情を指している。分離子はどこまで探せるかであり、それは証明の書き方ではなく、対象の側の性質である。
7. 結論
- 平均の議論では有限の一覧が残る(検算2.2):$2^{511}$ 個でも有限。
- 病的な加法関数は可算な部分で厳密に構成できる(検算3.2):差はすべて $0$。
- それは激しく不連続である(検算3.3):$|x|=0.0193$ で $|f(x)|=181$。
- 選択公理が要るのは延長のところだけ(観察3.5)。
- ビジービーバーは全数探索で既知値と一致した(検算5.2):$S(2)=6$、$\Sigma(2)=4$。
- その名も一語で二つを指す(観察5.3)。
結び:「構成的でない」と言われたとき、次に問うべきは探せば見つかるのかである。探せば見つかるが遠いのか、探す場所そのものが無いのか、一つずつなら見つかるが全部は無理なのか、三つとも同じ言葉で片づけられ、事情はまるで違う。
参考文献
- Cauchy, A.-L. (1821). Cours d’analyse de l’École Royale Polytechnique. Paris: Imprimerie Royale.
- Zermelo, E. (1904). Beweis, dass jede Menge wohlgeordnet werden kann. Mathematische Annalen, 59.
- Hamel, G. (1905). Eine Basis aller Zahlen und die unstetigen Lösungen der Funktionalgleichung f(x+y)=f(x)+f(y). Mathematische Annalen, 60.
- Sierpiński, W. (1920). Sur l’équation fonctionnelle f(x+y)=f(x)+f(y). Fundamenta Mathematicae, 1.
- Turing, A. M. (1936). On computable numbers, with an application to the Entscheidungsproblem. Proceedings of the London Mathematical Society, 42.
- Radó, T. (1962). On non-computable functions. Bell System Technical Journal, 41(3).
- Solovay, R. M. (1970). A model of set-theory in which every set of reals is Lebesgue measurable. Annals of Mathematics, 92(1).
- 山岸勇輝 (2026). 「解けない」は三つの別根を持つ [論文25]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090297
- 山岸勇輝 (2026). 点を持たない空間 [論文155]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084848
- 山岸勇輝 (2026). 「良い符号が在る」と「これが良い符号だ」は、別の文である [論文163]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092677
- 山岸勇輝 (2026). 「確率」は四つの住所を持つ [論文164]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092815
- 山岸勇輝 (2026). 「小さい」は二つあって、両立しない [論文176]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22097994
- 山岸勇輝 (2026). デルタは関数ではなく、写像である [論文178]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098261
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「構成できない」にも別根がある」[論文179]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22098419
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/179 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22098419
Yamagishi, Y. (2026). “Cannot Be Constructed” Has Distinct Roots [Paper 179]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/179; DOI: 10.5281/zenodo.22098419
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author = {Yamagishi, Yuuki},
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