要旨
論文125 はホップ代数に一度だけ触れ、「ホップ・ファイブレーションとは無関係な別の対象である」と書いた。何をするものかは書かなかった。本稿がそれを書く。掛け算は「一つの系にどう効くか」を言い、余積は「二つ目をどう作るか」を言う。そして掛け算は後者を決めない。新しい数学定理は主張しない。
第一に、二つの群環が代数としては同じである。$\mathbb{C}[\mathbb{Z}/4]$ と $\mathbb{C}[\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2]$ はどちらも四次元可換で、指標表の行列式はどちらも $16$、どちらも $\mathbb{C}^4$ である(第2節)。
第二に、これが本稿の芯である。ところが表現のテンソル積が違う。テンソルの下での指標の位数は $\mathbb{Z}/4$ で $1,4,2,4$、$\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ で $1,2,2,2$ であった。掛け算が決めなかったものを、余積が決めている(第3節)。
第三に、だからスピンは足し算で位相は掛け算になる。群型 $\Delta(g)=g\otimes g$ と原始型 $\Delta(x)=x\otimes1+1\otimes x$ の違いである。原始型で $J^2$ の固有値は $0,2,2,2$(第4節)。
第四に、対蹠射が共役表現を与える(第5節)。
第五に、柵は余可換性である。$q=1$ では組み紐は入れ替えそのもので二乗が $1$ になるが、$q\ne1$ では $\hat R^2-I$ が $q=1.3$ で $0.690$ に達する。それでも固有空間の次元はどの $q$ でも $3$ と $1$ のままであり、動くのは固有値 $q$、$-1/q$ だけである(第6節)。
第六に、体系自身の語の衝突を記録する。論文153 の「余積」は圏論の余極限であり、本稿の「余積」は構造写像 $\Delta$ である。同じ語で、種類すら違う(第7節)。
射程(何を示さないか)
本稿の射程:新しい数学定理は主張しない。ホップ代数、群環、包絡代数の余積、対蹠射、六頂点模型の $R$ 行列とヤン=バクスター方程式は、いずれも標準的である。量子群を構成しない($q$ 変形した $R$ 行列を使うだけである)。論文152 との関係:鏡像だが同じではない。152 は同じ指標表・別の群を並べ、分離子はフロベニウス=シュア指標というより細かい不変量であった。本稿は同じ代数・別の余積を並べ、分離子は不変量ではなく追加の構造である。見落としていた差ではなく、初めから代数の外にある。加えたのは分離子を $\Delta$ と書いたこと、同じ代数の上で融合則が変わることを厳密に計算したこと、群型と原始型の違いが「掛かる」と「足す」の違いであることを示したこと、$q\ne1$ で固有値だけが動き次元が動かないことを測ったこと、体系内の「余積」二種を分けたことである。
1. 記法と位置づけ
代数 $A$ に、余積 $\Delta:A\to A\otimes A$、余単位 $\varepsilon:A\to\mathbb{C}$、対蹠射 $S:A\to A$ が備わり、所定の公理を満たすものをホップ代数という。本稿で計算に使うのは有限群の群環と、$\mathfrak{sl}_2$ の包絡代数の一部だけである。数値はすべて自前の計算であり、厳密に $0$ となるべきものは $0$ と出た。
位置づけ:論文125 はホップという名を三人に分け、そのついでに「ハインツ・ホップは位相と代数の両方に名を残しているが、この二つは直接には関係しない別の対象である」と一度だけ書いた。本稿はその「代数」の側を開ける。
2. 代数としては、同じものである
観察 2.1 $\mathbb{Z}/4$ と $\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ はどちらも位数 $4$ の可換群だが、同型ではない(前者には位数 $4$ の元があり、後者では単位元以外のすべての元が二乗して単位元になる)。
検算 2.2:それぞれの群環を四次元代数として組み、構造定数を調べる。
| 群環 | 可換性の破れ | 指標表の行列式 |
|---|---|---|
| $\mathbb{C}[\mathbb{Z}/4]$ | $\mathbf{0}$ | $\mathbf{16}$ |
| $\mathbb{C}[\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2]$ | $\mathbf{0}$ | $\mathbf{16}$ |
指標は両方とも厳密に乗法的であった(差の最大は $0$)。(証明終)
観察 2.3 行列式が非零だから指標は基底をなし、regular 表現を対角化する。したがってどちらの群環も $\mathbb{C}^4$ である。代数としては同じ対象であり、掛け算の中に $\mathbb{Z}/4$ と $\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ を区別するものは何も無い。
3. 芯:それでもテンソル積は違う
観察 3.1 一次元表現とは指標のことである。二つの表現をテンソルすると指標は各点で掛かる。ところがその操作は掛け算ではなく、余積 $\Delta(g)=g\otimes g$ を使っている。$g$ が両方の系に同時に効く、と決めているのが $\Delta$ である。
検算 3.2:融合則を書き下す。表の $(i,j)$ 成分は $\chi_i\otimes\chi_j$ がどの指標になるかである。
| $\mathbb{Z}/4$ | $\chi_0$ | $\chi_1$ | $\chi_2$ | $\chi_3$ |
|---|---|---|---|---|
| $\chi_0$ | $0$ | $1$ | $2$ | $3$ |
| $\chi_1$ | $1$ | $\mathbf{2}$ | $3$ | $0$ |
| $\chi_2$ | $2$ | $3$ | $0$ | $1$ |
| $\chi_3$ | $3$ | $0$ | $1$ | $2$ |
| $\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ | $\chi_0$ | $\chi_1$ | $\chi_2$ | $\chi_3$ |
|---|---|---|---|---|
| $\chi_0$ | $0$ | $1$ | $2$ | $3$ |
| $\chi_1$ | $1$ | $\mathbf{0}$ | $3$ | $2$ |
| $\chi_2$ | $2$ | $3$ | $0$ | $1$ |
| $\chi_3$ | $3$ | $2$ | $1$ | $0$ |
(証明終)
検算 3.3:テンソルの下での位数、すなわち $\chi^{\otimes k}$ が自明表現になる最小の $k$。
| 群 | 四つの指標の位数 |
|---|---|
| $\mathbb{Z}/4$ | $\mathbf{1,\ 4,\ 2,\ 4}$ |
| $\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ | $\mathbf{1,\ 2,\ 2,\ 2}$ |
(証明終)
観察 3.4 $\mathbb{Z}/4$ には位数 $4$ の指標がある。自分自身と二回テンソルしてもまだ自明にならない。$\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ ではどの指標も二乗で自明になる。代数は同じで、テンソル積が違う。掛け算が決めなかったものを、余積が決めているのである。
観察 3.5 論文152 と並べておく。あちらは同じ指標表・別の群であり、分離子はフロベニウス=シュア指標というより細かい不変量であった。見えていなかった差が、実は表の外にあった。こちらは同じ代数・別の余積であり、分離子は不変量ではなく追加の構造である。差は初めから代数の外にあり、より細かく見ても見つからない。
4. だからスピンは足し算で、位相は掛け算になる
観察 4.1 余積には二つの標準的な形がある。群型の $\Delta(g)=g\otimes g$ と、原始型の $\Delta(x)=x\otimes1+1\otimes x$ である。前者では指標が掛かり、後者では生成元が足される。
検算 4.2:原始型でスピン $1/2$ を二つ合わせる。全角運動量の二乗の固有値を求める。
| 量 | 値 | 対応する $j(j+1)$ |
|---|---|---|
| $J^2$ の固有値 | $\mathbf{0,\ 2,\ 2,\ 2}$ | $j=0$ で $0$、$j=1$ で $2$ |
| $\lvert[J_x,J_y]-iJ_z\rvert$ の最大 | $\mathbf{0}$ | 交換関係は保たれる |
すなわち $j=1$ が三重、$j=0$ が一重である。(証明終)
観察 4.3 交換関係が保たれたのは偶然ではない。$\Delta$ は代数の準同型でなければならず、だからこそ「二つ合わせたもの」の上でも同じ対称性が働く。
検算 4.4:柵。$\Delta(x)=x\otimes1$ も代数の準同型であり、余結合性も満たす。ところが余単位の公理 $(\varepsilon\otimes\mathrm{id})\Delta=\mathrm{id}$ を破る。原始元では $\varepsilon(x)=0$ だから、左辺は $0$ になり、$x$ には決してならない。$x$ の成分の最大は $0.5$ であり、破れは小さな補正ではなく全部である。(証明終)
観察 4.5 余積とは「二つを並べる任意のやり方」ではない。並べ方のうち、余単位と余結合性を満たすものだけが余積である。
5. 対蹠射:共役表現はどこから来るか
検算 5.1:群環では $S(g)=g^{-1}$ と置く。対蹠射の公理 $m(S\otimes\mathrm{id})\Delta(g)=\varepsilon(g)1$ は、$\mathbb{Z}/4$ でも $\mathbb{Z}/2\times\mathbb{Z}/2$ でもすべての元について成り立った。包絡代数では $S(x)=-x$ であり、$-x+x=0=\varepsilon(x)1$ が恒等式として成り立つ。(証明終)
観察 5.2 対蹠射こそが、表現を双対表現へ送るものである。これが無ければ共役表現も無く、「逆向きの電荷」という概念も無い。掛け算・余積・対蹠射は、それぞれ一つの系・二つ目の系・逆向きの系を担っている。
6. 柵:余可換性と、動かない次元
観察 6.1 群環と包絡代数の余積は余可換である。二つの因子を入れ替えても $\Delta$ が変わらないので、$V\otimes W$ と $W\otimes V$ はただの入れ替えで同一視でき、その二乗は $1$ である(実測で $I$ との差は $0$)。
検算 6.2:余可換でない場合を、六頂点模型の $R$ 行列で見る。$\hat R$ がヤン=バクスター方程式を満たすことを確かめたうえで、二乗を測る。
| $q$ | ヤン=バクスターの残差 | $\lvert\hat R^2-I\rvert$ の最大 |
|---|---|---|
| $1.0$ | $0$ | $\mathbf{0}$ |
| $1.1$ | $2.8\times10^{-17}$ | $0.210$ |
| $1.3$ | $0$ | $\mathbf{0.690}$ |
| $2.0$ | $0$ | $3.000$ |
| $0.7$ | $5.6\times10^{-17}$ | $0.729$ |
(証明終)
観察 6.3 $q=1$ では組み紐は入れ替えそのものであり、二乗して $1$ に戻る。$q\ne1$ では戻らない。二つの系を交換することが対合でなくなる。「交換」もまた一語で二つの操作を指している。置換と組み紐である。
検算 6.4:それでも動かないものがある。$\hat R$ は $(\hat R-q)(\hat R+q^{-1})=0$ を満たし、固有空間の次元は $q$ に依らない。
| $q$ | ヘッケ関係の残差 | 固有値 $q$ の重複度 | 固有値 $-1/q$ の重複度 |
|---|---|---|---|
| $1.0$ | $0$ | $\mathbf{3}$ | $\mathbf{1}$ |
| $1.3$ | $5.5\times10^{-17}$ | $\mathbf{3}$ | $\mathbf{1}$ |
| $2.0$ | $0$ | $\mathbf{3}$ | $\mathbf{1}$ |
| $0.7$ | $4.1\times10^{-17}$ | $\mathbf{3}$ | $\mathbf{1}$ |
| $5.0$ | $8.9\times10^{-16}$ | $\mathbf{3}$ | $\mathbf{1}$ |
(証明終)
観察 6.5 対称部分の三次元と反対称部分の一次元は、$q$ をどう動かしても $3$ と $1$ のままである。動くのは固有値 $q$ と $-1/q$ だけであり、$q=1$ でそれが $+1$ と $-1$ になる。分解は連続に変形されるのに、次元は整数のまま動かない。論文173 が「柵は整数性である」と書いた場所と同じ形である。
7. 点呼:体系の中に「余積」が二つある
観察 7.1 論文153 は圏論の余積を計算した。$\mathrm{Ab}$ における $\mathbb{Z}/3$ の余積は $9$ 元、$\mathrm{Grp}$ における $\mathbb{Z}/2$ の余積は無限二面体群である。本稿の余積は構造写像 $\Delta$ である。
| 圏論の余積 | ホップ代数の余積 | |
|---|---|---|
| 何であるか | 対象(余極限) | 写像 |
| 何が決めるか | 圏 | 追加の構造 |
| いくつありうるか | 同型を除いて一つ | 一つの代数に何通りも |
観察 7.2 同じ語であり、種類すら違う。一方は圏が決めてしまうもの、他方は代数の外から載せるものである。
8. 結論
- 二つの群環は代数として同じ(検算2.2):どちらも $\mathbb{C}^4$、行列式はどちらも $16$。
- それでもテンソル積が違う(検算3.3):指標の位数が $1,4,2,4$ 対 $1,2,2,2$。
- 原始型の余積がスピンを足す(検算4.2):$J^2$ の固有値は $0,2,2,2$。
- 余積は並べ方の何でもよいものではない(検算4.4):$x\otimes1$ は余単位の公理を全部破る。
- 対蹠射が共役表現を与える(検算5.1)。
- $q\ne1$ で交換は対合でなくなる(検算6.2):$q=1.3$ で $0.690$。
- それでも次元は $3$ と $1$ のまま(検算6.4)。
結び:対称性の群を知っても、二つの系をどう合わせるかは決まらない。掛け算は一つの系にどう効くかを言い、余積は二つ目をどう作るかを言い、対蹠射は逆向きをどう作るかを言う。三つは別の情報である。同じ掛け算の上に別の余積が載れば、同じ対称性が別の物理を与える。
参考文献
- Hopf, H. (1941). Über die Topologie der Gruppen-Mannigfaltigkeiten und ihre Verallgemeinerungen. Annals of Mathematics, 42(1).
- Yang, C. N. (1967). Some Exact Results for the Many-Body Problem in One Dimension with Repulsive Delta-Function Interaction. Physical Review Letters, 19(23).
- Milnor, J. W., Moore, J. C. (1965). On the Structure of Hopf Algebras. Annals of Mathematics, 81(2).
- Sweedler, M. E. (1969). Hopf Algebras. New York: W. A. Benjamin.
- Baxter, R. J. (1972). Partition Function of the Eight-Vertex Lattice Model. Annals of Physics, 70(1).
- Jimbo, M. (1985). A q-Difference Analogue of U(g) and the Yang-Baxter Equation. Letters in Mathematical Physics, 10(1).
- Drinfeld, V. G. (1987). Quantum Groups. Proceedings of the International Congress of Mathematicians, Berkeley 1986. Providence: American Mathematical Society.
- 山岸勇輝 (2026). 三人のホップ [論文125]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22079384
- 山岸勇輝 (2026). 比と尺度 [論文140]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22081997
- 山岸勇輝 (2026). 同じ表で、同型でない [論文152]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084202
- 山岸勇輝 (2026). 関手が忘れるもの [論文153]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22084355
- 山岸勇輝 (2026). 柵は整数性である [論文173]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22094507
- 山岸勇輝 (2026). 「古典極限」は一つの極限ではない [論文180]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22099046
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書誌
山岸勇輝(2026)「掛け算は「二つ目」を決めない」[論文181]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 掛け算は「二つ目」を決めない [論文181]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/181 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22104155
Yamagishi, Y. (2026). The Multiplication Does Not Decide the Second System [Paper 181]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/181; DOI: 10.5281/zenodo.22104155
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