要旨
「面積が等しい」と「切って並べ替えれば移れる」は、平面では同じことを言っている。立体ではそうではない。本稿はその差を数で書き、差を生んでいるのが次元であることを示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、五つの正多面体のうち、二面角が半回転の有理数倍であるのは立方体だけである。立方体は $0.5$ ちょうど、正四面体は $0.391826552030607$、正八面体は $0.608173447969393$、正十二面体は $0.647583617650433$、正二十面体は $0.76772047280123$(第2節)。
第二に、正四面体の角が有理数倍でないことは、整数だけで確かめられる。$\cos n\theta=a_n/3^n$ と置くと $a_{n+1}=2a_n-9a_{n-1}$ という整数の漸化式になり、$a_n$ は $n=1$ から $199$ まで一度も $3$ で割り切れない。ゆえに $\cos n\theta$ は決して $\pm1$ にならない(第3節)。
第三に、それでも限りなく近づく。$n\theta$ が半回転の整数倍からどれだけ離れているかは、$n=38882$ で $3.945928121\times10^{-6}$ まで小さくなる。近づくことと、届くことは別である(第4節)。
第四に、これが本稿の芯である。体積を $1$ に揃えても、二つの立体は移り合えない。立方体の稜は $1$ で二面角は $\pi/2$、正四面体の稜は $2.039648903$ で二面角は無理数倍、デーン不変量が片方では零、もう片方では零でない(第5節)。
第五に、平面では手が実際に見える。底辺を共有し頂点の位置だけが違う二つの三角形を、それぞれ三枚に切って同じ長方形に並べた。面積は $1.0$ のまま、無作為な $4000$ 点すべてがちょうど一枚だけに含まれた(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ヒルベルトの第三問題、デーンの不変量、ワラス=ボヤイ=ゲルヴィンの定理、シドラーの定理は、いずれも標準的である。デーンの定理を証明しない。本稿が確かめるのは二面角が半回転の有理数倍でないことであり、不変量が切り貼りで保たれること自体は引用する。デーン不変量を一つの数として書き下さない。それは $\mathbb{R}\otimes_{\mathbb{Q}}(\mathbb{R}/\pi\mathbb{Q})$ に住むので、書けるのは「零でない」ということだけである。五次元以上について何も主張しない。曲がった立体や無限枚の切り分けを扱わない。枚数は有限で、切り口は平面である。論文179 との関係:179 は「構成できない」の別根を扱った。本稿の「移れない」は選択公理とは無関係であり、有限の手続きで妨げが計算できる側である。加えたのは五つの正多面体の二面角を並べて有理数倍を一つだけ見つけたこと、無理性を整数の漸化式と $3$ を法とする剰余で確かめたこと、どこまで近づくかを $200000$ まで測ったこと、体積を揃えた二つの立体で不変量が分かれることを書いたこと、平面側の切り貼りを実際に構成して重なりを数えたことである。
1. 記法と位置づけ
二つの多面体が切り貼りで移り合えるとは、一方を有限枚の多面体に切り分け、それらを動かして他方をつくれることをいう。移り合えるならば体積は等しい。問いは逆である:体積が等しければ、いつでも移り合えるか。
平面では答ははいである(ワラス=ボヤイ=ゲルヴィン)。立体ではいいえである(デーン)。本稿はその差を測る。
位置づけ:論文203 では、臨界点の個数が大きく動くのに交代和だけが動かなかった。ここでは、切り分けの枚数がいくらでも変わるのに体積ともう一つだけが動かない。論文208 では、次元と曲率が同じ仕事をした。ここでは、次元そのものが柵になっている。
2. 二面角が有理数倍なのは、立方体だけである
検算 2.1:五つの正多面体の二面角を、半回転($\pi$)で割る。
| 立体 | 二面角 $\div\ \pi$ | 形 |
|---|---|---|
| 立方体 | $\mathbf{0.5}$(ちょうど) | $\pi/2$ |
| 正四面体 | $0.391826552030607$ | $\arccos(1/3)$ |
| 正八面体 | $0.608173447969393$ | $\arccos(-1/3)$ |
| 正十二面体 | $0.647583617650433$ | $\arccos(-1/\sqrt5)$ |
| 正二十面体 | $0.76772047280123$ | $\arccos(-\sqrt5/3)$ |
観察 2.2 五つのうち、有理数が出たのは一つだけである。そしてその一つが、空間を隙間なく埋められる唯一の正多面体でもある。ただし本稿は、この一致が偶然でないことを示さない。
3. 整数だけで、決してならないことが分かる
$\theta=\arccos(1/3)$ とおく。$\cos((n+1)\theta)=\tfrac23\cos(n\theta)-\cos((n-1)\theta)$ だから、$\cos(n\theta)=a_n/3^n$ と書けば
$$ a_{n+1}=2a_n-9a_{n-1} $$
という整数の漸化式になる(初期値は $a_0=a_1=1$)。
検算 3.1:
| $n$ | $a_n$ | $a_n \bmod 3$ | $2^{n-1} \bmod 3$ |
|---|---|---|---|
| $1$ | $1$ | $1$ | $1$ |
| $2$ | $-7$ | $2$ | $2$ |
| $3$ | $-23$ | $1$ | $1$ |
| $4$ | $17$ | $2$ | $2$ |
| $5$ | $241$ | $1$ | $1$ |
| $10$ | $57113$ | $2$ | $2$ |
$n=1$ から $199$ まで、$a_n$ が $3$ で割り切れることは一度も無く、$a_n \bmod 3$ が $2^{n-1} \bmod 3$ と食い違うことも一度も無かった。値は多倍長の $\cos(n\theta)$ とも $10^{-41}$ の精度で一致した。
観察 3.2 漸化式を $3$ で割った余りで見ると $a_{n+1}\equiv 2a_n$ であり、$a_1=1$ だから $a_n\equiv 2^{n-1}$ である。$2^{n-1}$ は $3$ で割り切れないので、$a_n$ も割り切れない。$n\ge1$ で $\cos(n\theta)=\pm1$ になるには $a_n=\pm3^n$ が要るが、それには $3\mid a_n$ が要る。ゆえに $n\theta$ は決して半回転の整数倍にならず、$\theta/\pi$ は無理数である。
観察 3.3 ここで効いているのは「$3$ で割り切れないこと」という、たった一つの整数の性質である。幾何の問いが、剰余の問いに変わった。そしてこれは近似では決して分からない:どれだけ精度を上げても「まだ届いていない」としか言えない。
4. どれだけ近づいても、届かない
検算 4.1:$n\theta/\pi$ が最も近い整数からどれだけ離れているかを、$n$ を $200000$ まで動かして測る。
| $n$ | 最も近い整数までの距離 |
|---|---|
| $1$ | $0.391826552$ |
| $2$ | $0.2163468959$ |
| $3$ | $0.1754796561$ |
| $5$ | $0.04086723985$ |
| $38882$ | $\mathbf{3.945928121\times10^{-6}}$ |
観察 4.2 百万分の四まで近づく。もし「近い」で足りるなら、$38882$ 個つなげた角はほとんど半回転の整数倍である。しかし切り貼りが要求するのはちょうどであって、ほとんどではない。前節が言っているのは、この列が零に触れることは決してないということである。
5. 芯:体積を揃えても、不変量が分かれる
多面体 $P$ のデーン不変量とは、稜の長さ $\ell_i$ と二面角 $\theta_i$ を集めた
$$ D(P)=\sum_i \ell_i\otimes\theta_i \ \in\ \mathbb{R}\otimes_{\mathbb{Q}}(\mathbb{R}/\pi\mathbb{Q}) $$
である。これは切り貼りで変わらない。
検算 5.1:体積をどちらも $1$ に揃える。
| 立体 | 稜の長さ | 稜の本数 | 稜の総長 | 二面角 $\div\ \pi$ |
|---|---|---|---|---|
| 立方体 | $1.0$ | $12$ | $12.0$ | $0.5$(有理数) |
| 正四面体 | $2.039648903$ | $6$ | $12.23789342$ | $0.391826552031$(無理数) |
観察 5.2 立方体では二面角がすべて $\pi$ の有理数倍だから、$\mathbb{R}/\pi\mathbb{Q}$ の中では零であり、和は零になる。正四面体では角が有理数倍でなく、稜の長さも零でないから、和は零でない。体積は等しく、不変量は違う。ゆえに有限枚のどんな切り分けも、一方を他方に移せない。
観察 5.3 ここで一つ、正直に書いておく。$D(P)$ は $\mathbb{R}\otimes_{\mathbb{Q}}(\mathbb{R}/\pi\mathbb{Q})$ に住むので、一つの実数として書き下すことはできない。テンソル積を数にするには $\mathbb{Q}$ 上の基底を選ばねばならず、それは選択公理を要する。本稿が計算できたのは「零でない」ということだけであり、しかもそれには整数の剰余で足りた。論文179 の「構成できない」とは別根である:あちらは選択公理の側の話で、こちらの妨げは有限の手続きで確かめられる。
6. 平面では、手が実際に見える
底辺を $(0,0)$–$(2,0)$ に固定し、頂点の $x$ 座標だけを変えた二つの三角形をとる。どちらも面積は $1$ である。中線で切り、頂点から下ろした垂線でさらに切ると、三枚になる。二枚を中点のまわりに半回転させると、同じ長方形($2\times\tfrac12$)ができる。
検算 6.1:
| 頂点の $x$ | 三角形の面積 | 三枚の合計 | 動かした後の合計 | ちょうど一枚に入った点 |
|---|---|---|---|---|
| $0.3$ | $1.0$ | $1.0$ | $1.0$ | $\mathbf{4000/4000}$ |
| $1.4$ | $1.0$ | $1.0$ | $1.0$ | $\mathbf{4000/4000}$ |
(長方形の中に無作為に $4000$ 点をとり、三枚のうちいくつに含まれるかを数えた。)
観察 6.2 重なりも隙間も無い。そして二つの三角形が同じ長方形に着くのだから、二つは互いに移り合える。頂点をどこに置いても同じ長方形が出るので、底辺と高さが同じ三角形は、全部ひとつながりである。
観察 6.3 平面では、移れることを手つきで見せられる。立体では、移れないことを数で見せるしかない。そして「見つからない」と「無い」は別である:第5節が言っているのは後者である。
7. 柵は何本か
点呼 7.1:
| 次元 | 十分な条件 | 名 |
|---|---|---|
| $2$ | 面積が等しいこと(一本) | ワラス=ボヤイ=ゲルヴィン |
| $3$ | 体積と不変量(二本) | デーン、シドラー |
| $4$ | 同じく二本で足りることが知られている | イェッセン |
| $5$ 以上 | 未解決 | 、 |
観察 7.2 平面で「面積が等しい」が十分だったのは、面積のほかに保たれる量が無かったからである。立体では、もう一つある。そしてちょうどもう一つである(シドラー)。論文198 でも柵は二つあった。形は同じで、中身は別である。
8. 分離子と柵
観察 8.1 (分離子) 「体積が等しい」と「切り貼りで移れる」を分けているのは次元である。$d=2$ では同じ言葉であり、$d=3$ で別の言葉になる。精度でも、道具の巧拙でもない。平面で切れる人が立体で切れないのではなく、立体には切っても消えない量がもう一つあるのである。
観察 8.2 (柵) 「体積が等しければ移り合える」という言い方を囲っている柵は、$d\le2$ であることである。柵の外では、必要条件のままで十分条件でなくなる。偽になるのではない:足りなくなるのである。
観察 8.3 論文203 では、個数が動いても交代和が動かなかった。ここでは、枚数が動いても体積と不変量が動かない。どちらも「動かすと消えるもの」を探して動かないものを見つけている。そして 203 では動かない量が一つで足りたのに、ここでは二つ要る。何本要るかは、数えてみるまで分からない。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 有理数倍は一つだけ(検算2.1):五つの正多面体のうち立方体のみ。
- 無理性は整数で分かる(検算3.1):$a_{n+1}=2a_n-9a_{n-1}$、$199$ まで $3$ で割り切れない。
- 近づいても届かない(検算4.1):$n=38882$ で $3.9\times10^{-6}$。
- 体積を揃えても不変量が分かれる(検算5.1):立方体は零、正四面体は零でない。
- 平面では手が見える(検算6.1):三枚・$4000/4000$ がちょうど一枚。
- 柵は二次元で一本、三次元で二本(点呼7.1)。
- 分離子は次元(観察8.1)。
結び:紙の上では、面積さえ合っていれば、いつでも切って並べ替えられる。手つきまで見せられる。ところが同じことを立体で言おうとした瞬間に、体積のほかにもう一つ、切っても消えない量が現れる。そしてそれが消えないことの証拠は、幾何の中には無かった。$a_n$ が $3$ で割り切れない、というたった一つの整数の性質である。百万分の四まで近づくのだから、測って分かることではない。「まだ見つかっていない」と「無い」を分けたのは、精度ではなく剰余であった。
参考文献
- Hilbert, D. (1900). Mathematische Probleme. Nachrichten von der Gesellschaft der Wissenschaften zu Göttingen, 253–297.
- Dehn, M. (1901). Über den Rauminhalt. Mathematische Annalen, 55, 465–478.
- Sydler, J.-P. (1965). Conditions nécessaires et suffisantes pour l’équivalence des polyèdres de l’espace euclidien à trois dimensions. Commentarii Mathematici Helvetici, 40, 43–80.
- Jessen, B. (1968). The algebra of polyhedra and the Dehn-Sydler theorem. Mathematica Scandinavica, 22, 241–256.
- Boltianskii, V. G. (1978). Hilbert’s Third Problem. Washington: V. H. Winston & Sons.
- Aigner, M., Ziegler, G. M. (2018). Proofs from THE BOOK. Sixth edition. Berlin: Springer.
- 山岸勇輝 (2026). 測量が測ったのは、どの多様体であったか [論文27]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090333
- 山岸勇輝 (2026). ウィグナー角は面積である [論文33]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090872
- 山岸勇輝 (2026). ルベーグが買ったのは、クラスの大きさではなく、極限で閉じることである [論文168]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22093320
- 山岸勇輝 (2026). 「構成できない」にも別根がある [論文179]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22098419
- 山岸勇輝 (2026). 「まっすぐ」は「最短」を意味せず、柵は二つある [論文198]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107954
- 山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109443
- 山岸勇輝 (2026). 最も短い囲いは、いつも円板とはかぎらない [論文205]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22110143
- 山岸勇輝 (2026). 曲率は、次元と同じ仕事をする [論文208]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111071
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「体積が等しくても、切り貼りでは移れない」[論文209]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22111317
日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS
予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS
住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/209・DOI 10.5281/zenodo.22111317・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450
引用するとき
山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/209 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22111317
Yamagishi, Y. (2026). Equal Volume Is Not Enough to Cut and Reassemble [Paper 209]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/209; DOI: 10.5281/zenodo.22111317
@misc{yamagishi2026yoi209,
author = {Yamagishi, Yuuki},
title = {Equal Volume Is Not Enough to Cut and Reassemble},
year = {2026},
howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/209},
doi = {10.5281/zenodo.22111317},
note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
8b085e91642286d8b386ea22181351feb70b6f11f13bd453ce62dc5c7d437cde yamagishi_yoi209_v1_jp.pdf845e74370ace760eaaddba44adc3acccec68a41641a9851ef6d9d6bb5e62a5ca yamagishi_yoi209_v1_en.pdfPDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。