【論文211】足し続けると、答から遠ざかる

要旨

級数の項を足していけば答に近づく。これは、ある種類の級数についてだけ正しい。本稿は、どの $x$ でも発散するのに二十一桁を出す級数を測り、「収束する」と「近似する」が別の極限についての主張であることを数で書く。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、収束する級数は素直である。$e$ の級数の誤差は $0.218282$ から $2.05\times10^{-20}$ まで、一度も向きを変えずに落ちる(第2節)。

第二に、$E(x)=\int_0^\infty e^{-t}/(1+xt)\,dt$ の展開は、どの $x$ でも発散する。$x=0.1$ では誤差が $10$ 項めで $1.770\times10^{-4}$ まで落ちたあと、$30$ 項で $65.9$、$40$ 項で $1.63\times10^{7}$ へ登っていく(第3節)。

第三に、止める場所には規則がある。最良の項数は $x=0.2,\,0.1,\,0.05,\,0.02,\,0.01$ に対して $5,\,10,\,20,\,50,\,100$ で、ちょうど $1/x$であり、そこでの誤差は $e^{-1/x}$ とほぼ等しい(第4節)。

第四に、スターリングの級数でも同じ形が出る。最良の項数は $z=2,\,5,\,10,\,20$ に対して $7,\,16,\,32,\,63$ で、$\pi z$ に一致する。$z=20$ での誤差は $9.43\times10^{-57}$ である(第6節)。

第五に、これが本稿の芯である。$x$ を止めて項数を増やせば発散し、項数を止めて $x$ を小さくすれば誤差 $/\,x^2$ は零へ行き、誤差 $/\,x^3$ は $6.0$ に落ち着く。$6=3!$、すなわち次の係数そのものである(第7節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ポアンカレによる漸近展開の定義、スターリング級数の発散、最適な打ち切りは、いずれも標準的である。ボレル和も超漸近も扱わない。$e^{-1/x}$ の壁を越える手立てには触れない。ストークス現象を扱わない。摂動論の発散を論じない。本稿の級数は各項が有限である。論文35・39 との関係:あちらで「高次になるほど発散が悪化する」と書いたのは各項(ループ積分)が発散する話であり、本稿は各項は有限なのに級数が発散する話である。「発散する」も別根である。論文197 との関係:197 は「収束する」が四つの別の主張であることを扱った。本稿が分けるのはその四つの内側ではなく、収束と漸近という、そもそも別の極限である。加えたのは最良の項数が $1/x$ であることを五つの $x$ で測ったこと、そこでの誤差が $e^{-1/x}$ とほぼ等しいことを見たこと、その誤差が $x$ のどんな冪よりも小さくなることを比で示したこと、スターリング級数で最良の項数が $\pi z$ に一致することを四つの $z$ で確かめたこと、二つの極限を同じ級数の上で別々に走らせ、片方が発散し片方が $3!$ に落ち着くのを見たことである。

1. 記法と位置づけ

級数 $\sum_n a_n x^n$ が関数 $f$ に収束するとは、$x$ を止めて項数 $N\to\infty$ としたとき部分和が $f(x)$ に近づくことをいう。漸近展開であるとは、項数 $N$ を止めて $x\to0$ としたとき

$$ f(x)-\sum_{n=0}^{N-1} a_n x^n = O(x^N) $$

となることをいう(ポアンカレ 1886)。動かす変数が違う。

位置づけ:論文197 では「収束する」が四つの別の主張であった。ここではその外側で、「収束する」と「近似する」が別の極限であることを見る。論文168 では、ルベーグが買ったのは極限で閉じることであった。ここでも問題はどの極限かである。

2. 収束する級数は、素直である

検算 2.1:$e=\sum 1/n!$ の部分和。

項数 部分和 誤差
$3$ $2.5$ $0.218282$
$5$ $2.7083333333333333333$ $0.0099485$
$9$ $2.7182787698412698413$ $3.05862\times10^{-6}$
$13$ $2.7182818282861685639$ $1.72877\times10^{-10}$
$21$ $2.7182818284590452353$ $\mathbf{2.0503\times10^{-20}}$

どの項も役に立ち、誤差は一度も向きを変えない。これが「級数を足す」という言葉に普通ついている像である。

3. どの $x$ でも発散する級数

$E(x)=\int_0^\infty \dfrac{e^{-t}}{1+xt}\,dt$ を考える。$1/(1+xt)$ を展開して項別に積分すると $\sum_n (-1)^n n!\,x^n$ を得るが、項 $n!\,x^n$ はどの $x\neq0$ でも限りなく大きくなる。

検算 3.1:$x=0.1$、真の値は $0.9156333393978808187606982$(求積による)。

項数 項の大きさ 部分和 誤差
$3$ $0.02$ $0.92$ $0.00436666$
$8$ $0.000504$ $0.915416$ $0.000217339$
$10$ $0.00036288$ $0.91545632$ $\mathbf{0.000177019}$
$12$ $0.000399168$ $0.915420032$ $0.000213307$
$20$ $0.0121645100409$ $0.9076137084$ $0.00801963$
$30$ $88.4176199374$ $-64.9806812262$ $\mathbf{65.8963}$
$40$ $20397882.0812$ $-16252520.1096$ $\mathbf{1.62525\times10^{7}}$

観察 3.2 誤差は落ち、床に当たり、そこから限りなく登っていく。$40$ 項も足すと、答は真の値と一桁も合っていない。$3$ 項で止めておけば四桁合っていたのに。

4. 止める場所には、規則がある

検算 4.1:

$x$ 最良の項数 そこでの誤差 $e^{-1/x}$
$0.2$ $\mathbf{5}$ $0.018289119$ $0.006737947$
$0.1$ $\mathbf{10}$ $0.0001770194$ $4.539993\times10^{-5}$
$0.05$ $\mathbf{20}$ $1.14578\times10^{-8}$ $2.0611536\times10^{-9}$
$0.02$ $\mathbf{50}$ $1.7036434\times10^{-21}$ $1.9287498\times10^{-22}$
$0.01$ $\mathbf{100}$ $4.6546742\times10^{-43}$ $3.720076\times10^{-44}$

観察 4.2 最良の項数は $5,10,20,50,100$、すなわちちょうど $1/x$ である。そしてそこでの誤差は $e^{-1/x}$ の数倍に収まっている。項の大きさ $n!\,x^n$ が最小になる場所が、そのまま止めるべき場所であった。

観察 4.3 ここには「もっと精度が欲しい」という願いの入る余地が無い。$x$ を決めた瞬間に、到達できる精度が決まってしまう。足す手を増やしても、越えられない。

5. その誤差は、$x$ のどんな冪よりも小さい

検算 5.1:

$x$ $e^{-1/x}$ $x^5$ 比
$0.2$ $0.006737946999$ $0.00032$ $21.05608437$
$0.1$ $4.539992976\times10^{-5}$ $1.0\times10^{-5}$ $4.539992976$
$0.05$ $2.061153622\times10^{-9}$ $3.125\times10^{-7}$ $0.006595691592$
$0.02$ $1.928749848\times10^{-22}$ $3.2\times10^{-9}$ $\mathbf{6.027343275\times10^{-14}}$

観察 5.2 比は零へ行く。$5$ を他のどんな数に替えても同じことが起きる。$e^{-1/x}$ は $x$ のすべての冪より速く小さくなるからである。ゆえにこの誤差は、級数のどの次数にも現れない。「もっと高い次まで計算する」という方法では、原理的に見えない量である。

6. スターリングの級数でも、同じ形が出る

$\log\Gamma(z)\sim(z-\tfrac12)\log z-z+\tfrac12\log(2\pi)+\sum_{n\ge1}\dfrac{B_{2n}}{2n(2n-1)z^{2n-1}}$ もまた発散する。

検算 6.1:

$z$ 最良の項数 $\pi z$ そこでの誤差
$2$ $7$ $6.28$ $3.9003289\times10^{-7}$
$5$ $16$ $15.71$ $1.589869\times10^{-15}$
$10$ $32$ $31.42$ $2.5831777\times10^{-29}$
$20$ $63$ $62.83$ $\mathbf{9.4340912\times10^{-57}}$

観察 6.2 最良の項数は $\pi z$ に一致し、そこでの誤差は $e^{-2\pi z}$ の程度である。第4節とは何の関係も無い級数なのに、同じ形が出た。どちらも「項の大きさが最小になるところで止める」という一つの規則に従っている。

7. 芯:一つの言葉が、二つの別の極限を指している

同じ級数の上で、二つの極限を別々に走らせる。

検算 7.1($x$ を止めて項数を増やす):$x=0.1$ で、$10,20,30,40$ 項の誤差は

$$ 1.77\times10^{-4},\quad 8.02\times10^{-3},\quad 65.9,\quad 1.63\times10^{7}. $$

収束しない。

検算 7.2(項数を止めて $x$ を小さくする):$3$ 項($n=0,1,2$)で止める。

$x$ 誤差 誤差 $/\,x^2$ 誤差 $/\,x^3$
$0.2$ $0.02788911858$ $0.69722796$ $3.486139822$
$0.05$ $0.0006290900808$ $0.25163603$ $5.032720646$
$0.01$ $5.771326698\times10^{-6}$ $0.057713267$ $5.771326698$
$0.005$ $7.353641287\times10^{-7}$ $\mathbf{0.029414565}$ $\mathbf{5.882913029}$

観察 7.3 真ん中の欄は零へ行き、右の欄は $6$ に落ち着く。$6=3!$ であり、これは足さなかった次の項の係数そのものである。つまりこの級数は漸近展開として完全に正しい。発散しているにもかかわらず。

観察 7.4 「収束する」と「近似する」は別の極限についての主張である。片方は $x$ を止めて $N$ を動かし、もう片方は $N$ を止めて $x$ を動かす。級数は両方であることも、片方だけであることも、どちらでもないこともある。そして役に立つかどうかを決めているのは後者のほうである。

8. 分離子と柵

検算 8.1:$50$ 項ずつ使って、どこまで行けるか。

級数 $50$ 項での誤差
$E(0.02)$ の展開(どこでも発散) $\mathbf{1.70\times10^{-21}}$
$\log2$ の交代調和級数(収束) $\mathbf{9.90\times10^{-3}}$

(別の関数だから比較ではなく例示である。)

観察 8.2 (分離子) 「級数が使えるか」を決めているのは収束するかどうかではない。どの変数を動かす気があるかである。$x$ が小さいと決まっているなら、発散する級数のほうが速い。$x$ を動かすつもりなら、収束が要る。分けるにはどちらの極限を取るつもりかを言えばよい。

観察 8.3 (柵) 「項を足すほど良くなる」という言い方を囲っている柵は、級数が収束することである。柵の外では、この文は偽になる。良くなってから悪くなる。そして悪くなる速さは緩やかではない:$x=0.1$ で $40$ 項も足せば、答は $1.6\times10^7$ もずれる。

観察 8.4 論文209 では、近づいても届かないことを整数の剰余が保証した。ここでは逆に、届いてしまってから、また離れる。論文210 では、四つの量が一つの名を分け合っていた。ここでは、二つの極限が「近づく」という一つの言葉を分け合っている。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. 収束する級数は素直(検算2.1):誤差は一度も向きを変えない。
  2. 発散する級数は登り返す(検算3.1):$40$ 項で $1.63\times10^{7}$。
  3. 最良の項数は $1/x$(検算4.1):$5,10,20,50,100$。
  4. 誤差は $x$ のどんな冪よりも小さい(検算5.1):比は $6.03\times10^{-14}$ へ。
  5. スターリングでは $\pi z$(検算6.1):$7,16,32,63$。
  6. 二つの極限は別(検算7.1・7.2):発散するのに、比は $3!$ に落ち着く。
  7. 収束は何も買わない(検算8.1):$50$ 項で $10^{-21}$ 対 $10^{-2}$。

結び:$3$ 項で四桁合っていた答は、$40$ 項まで足すと一桁も合わなくなる。それでもこの級数は間違っていない。漸近展開としては、次の係数の $3!$ まで正確に当てている。間違っていたのは級数ではなく、「足すほど良くなる」という思い込みのほうである。そして止めるべき場所には規則があり、そこで届く精度は $e^{-1/x}$ で、それは $x$ のどんな冪よりも小さい。つまり級数のどの次数にも書かれていない。見えないものは、無いものではない:ただ、その言葉づかいの中に置き場所が無いだけである。

参考文献

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  3. Dingle, R. B. (1973). Asymptotic Expansions: Their Derivation and Interpretation. London: Academic Press.
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  5. Bender, C. M., Orszag, S. A. (1978). Advanced Mathematical Methods for Scientists and Engineers. New York: McGraw-Hill.
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  7. Boyd, J. P. (1999). The devil’s invention: asymptotic, superasymptotic and hyperasymptotic series. Acta Applicandae Mathematicae, 56.
  8. 山岸勇輝 (2026). 山岸万有引力定数解凍理論 [論文35]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21430118
  9. 山岸勇輝 (2026). 山岸・プランク長幾何解凍理論 [論文39]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21430490
  10. 山岸勇輝 (2026). 次元解析は、二通りに破れる [論文120]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22036433
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  12. 山岸勇輝 (2026). 「収束する」は四つの別の主張であり、分けているのは何を捨てることを許すかである [論文197]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107590
  13. 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
  14. 山岸勇輝 (2026). パルスの山は、入る前に出ることがある [論文210]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111747

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「足し続けると、答から遠ざかる」[論文211]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22111772

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引用するとき

山岸勇輝 (2026). 足し続けると、答から遠ざかる [論文211]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22111772

Yamagishi, Y. (2026). Adding More Terms Takes You Further from the Answer [Paper 211]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/211; DOI: 10.5281/zenodo.22111772

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