【論文212】どんな地図も、必ず何かを歪める

要旨

球面を平面に写す地図は、角度か面積か、少なくとも一方を必ず捨てる。本稿はその「必ず」を数で書き、捨てさせているものが一つの数であることを示す。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。

第一に、メルカトルは角度を完全に守り、面積を捨てる。面積の倍率は緯度 $45^\circ$ で $2.0$、$60^\circ$ で $4.0$、$85^\circ$ で $\mathbf{131.6}$ になる(第2節)。

第二に、ランベルトは面積を完全に守り、角度を捨てる。面積倍率は全緯度で $1$(誤差 $1.15\times10^{-41}$)だが、角の歪みは $60^\circ$ で $\mathbf{73.74^\circ}$、$85^\circ$ で $160.08^\circ$ に達する(第3節)。

第三に、これが本稿の芯である。三つの地図それぞれの座標で球面の計量を書き、その計量だけからガウス曲率を計算すると、三つとも、どの点でも、正確に $1$であった。見た目のまったく違う三つの計量が、同じ一つの数を返す(第4節)。

第四に、円筒は零を返す。ゆえに紙は円筒にも円錐にも一切伸ばさずに巻けるが、球面には決してならない(第5節)。

第五に、小さければ困らない。半径 $1\,\mathrm{km}$ の地図の面積誤差は $5.08\times10^{-7}\,\%$、$111\,\mathrm{km}$ で $0.00508\,\%$、しかし半球では $\mathbf{57.08\,\%}$ である(第6節)。

射程(何を示さないか)

新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ガウスの驚異の定理、ティソーの指示楕円、等角と等積が両立しないことは、いずれも標準的である。驚異の定理を証明しない。本稿はその帰結を測るのであって、定理そのものは引用する。実在の地図投影の一覧を作らない。扱うのは三つだけである。地球を球として扱う。扁平率も地形も考えない。どの投影が「良い」かを論じない。何を守り何を捨てるかを書くだけである。論文91 との関係:91 は「曲率は内在的である」という語彙の論文であった。本稿はその帰結を、地図という具体の上で数える。論文198 との関係:198 は平らな円筒に共役点が一つも無いことを言った。本稿は同じ平らさから紙が巻けることを言う。同じ事実の別の帰結である。加えたのは三つの投影の伸縮率と角の歪みを緯度ごとに測ったこと、三つの地図それぞれの計量からガウス曲率を計算して同じ $1$ を得たこと、円筒で零を得たこと、地図の大きさと面積誤差の対応を五段階で出したこと、円錐に仕立てるのに必要な縁の縮みを計算したことである。

1. 記法と位置づけ

半径 $1$ の球面を平面に写す写像を考える。各点での微分は線形写像であり、その二つの特異値を $\sigma_1,\sigma_2$(それぞれ緯線方向・経線方向の伸縮率)とする。すると

$$ \text{面積倍率}=\sigma_1\sigma_2,\qquad \sin\frac{\omega}{2}=\frac{|\sigma_1-\sigma_2|}{\sigma_1+\sigma_2} $$

であり、$\omega$ を角の歪みの最大という。等角とは $\sigma_1=\sigma_2$、等積とは $\sigma_1\sigma_2=1$ のことである。

位置づけ:論文203 では、臨界点の個数が動いても交代和が動かなかった。論文209 では、切り分けをどう変えてもデーン不変量が動かなかった。ここでは、地図をどう描いても曲率が動かない。三つとも同じ形である:動かないものが、できないことを決めている。

2. メルカトルは角度を守り、面積を捨てる

検算 2.1:メルカトル($x=\lambda$、$y=\log\tan(\pi/4+\varphi/2)$)。

緯度 $\sigma_1$ $\sigma_2$ 面積倍率 角の歪み
$0^\circ$ $1.0$ $1.0$ $1.0$ $0.0^\circ$
$45^\circ$ $1.4142136$ $1.4142136$ $2.0$ $0.0^\circ$
$60^\circ$ $2.0$ $2.0$ $4.0$ $0.0^\circ$
$75^\circ$ $3.8637033$ $3.8637033$ $14.928203$ $0.0^\circ$
$85^\circ$ $11.473713$ $11.473713$ $\mathbf{131.6461}$ $0.0^\circ$

観察 2.2 角の歪みはどの緯度でも正確に零である。代わりに面積が $131$ 倍まで膨らむ、緯度 $85^\circ$ の国は、赤道の国に対して面積で百三十倍大きく描かれている。これは誤りではなく支払いである:角度を全部守るために、面積を全部渡した。

3. ランベルトは面積を守り、角度を捨てる

検算 3.1:ランベルト正積円筒図法($x=\lambda$、$y=\sin\varphi$)。

緯度 $\sigma_1$ $\sigma_2$ 面積倍率 角の歪み
$0^\circ$ $1.0$ $1.0$ $1.0$ $0.0^\circ$
$30^\circ$ $1.1547005$ $0.8660254$ $1.0$ $16.426421^\circ$
$45^\circ$ $1.4142136$ $0.70710678$ $1.0$ $38.942441^\circ$
$60^\circ$ $2.0$ $0.5$ $1.0$ $\mathbf{73.739795^\circ}$
$85^\circ$ $11.473713$ $0.087155743$ $1.0$ $\mathbf{160.07572^\circ}$

(面積倍率が $1$ からずれた最大は $1.15\times10^{-41}$、すなわち計算精度の底である。)

検算 3.2:三つの地図の、緯度 $85^\circ$ までの最悪値。

地図 面積倍率のずれ(最大) 角の歪み(最大)
メルカトル $\mathbf{130.6461}$ $\mathbf{0.0^\circ}$
ランベルト $\mathbf{1.15\times10^{-41}}$ $\mathbf{160.07572^\circ}$
正距円筒 $10.473713$ $114.20906^\circ$

観察 3.3 二つの欄のどちらかは、必ず大きい。両方を零にできたとすれば $\sigma_1=\sigma_2=1$ であり、それは等長写像である。すなわち「球面を伸ばさずに平面に置ける」ということになる。正距円筒図法はどちらも守らない:中間を取っても、両方が悪くなるだけである。

4. 芯:どの地図で描いても、曲率は $1$ のまま

三つの地図それぞれの座標で、球面の計量を書き下す。

地図 その座標で見た球面の計量
正距円筒 $ds^2=\cos^2 y\,dx^2+dy^2$
メルカトル $ds^2=\operatorname{sech}^2 y\,(dx^2+dy^2)$
ランベルト $ds^2=(1-y^2)\,dx^2+dy^2/(1-y^2)$

直交計量 $ds^2=E\,du^2+G\,dv^2$ に対しては

$$ K=-\frac{1}{2\sqrt{EG}}\left[\frac{\partial}{\partial v}\!\left(\frac{\partial E/\partial v}{\sqrt{EG}}\right)+\frac{\partial}{\partial u}\!\left(\frac{\partial G/\partial u}{\sqrt{EG}}\right)\right] $$

であり、これは計量だけから作られている。

検算 4.1:

地図 点 計量から出た曲率 $1$ からのずれ
正距円筒 $(0.3,\,0.2)$ $1.0$ $0.0$
正距円筒 $(1.1,\,-0.55)$ $1.0$ $0.0$
メルカトル $(0.3,\,0.2)$ $1.0$ $0.0$
メルカトル $(1.1,\,-0.55)$ $1.0$ $0.0$
ランベルト $(0.3,\,0.2)$ $1.0$ $0.0$
ランベルト $(1.1,\,-0.55)$ $1.0$ $0.0$

観察 4.2 三つの計量は、見た目がまったく違う。片方は $\cos^2$、片方は $\operatorname{sech}^2$、片方は $1-y^2$ とその逆数である。それでも同じ手続きで計算した数は、どの点でも $1$ であった。描き方を変えても、この数だけは動かせない。

観察 4.3 ここに「必ず」の出どころがある。等角かつ等積の地図があれば、それは等長写像であり、平面の曲率 $0$ を球面に運ぶ、しかし曲率は計量だけで決まり、$1$ である。$0\neq1$。技術の問題ではない:どんなに巧く描いても越えられない。

5. 円筒は零を返す。だから紙は巻ける

検算 5.1:円筒を自身の座標で書くと $ds^2=dx^2+dy^2$ であり、同じ手続きで曲率を計算すると、$(0.3,0.2)$ でも $(1.1,-0.55)$ でも $\mathbf{0.0}$ であった。

観察 5.2 平らな紙と同じ数である。ゆえに紙は円筒にも円錐にも、一切伸ばさずに巻ける。そして球面には決してならない。円筒は「空間の中では曲がっている」が「内側から測ると平ら」である:「曲がっている」も別根である。

観察 5.3 ここから、紙を一方向に丸めるともう一方向にはまっすぐでいるほかないことが出る。二方向とも曲げれば $K\neq0$ になり、伸ばさずには作れないからである。論文198 では、平らな円筒に共役点が一つも無いことを見た。同じ平らさの、別の帰結である。

6. 小さければ、困らない

一点からの距離だけを正確に保つ地図(正距方位図法)を、角半径 $\theta$ の帽子に対して描く。縁での面積倍率は $\theta/\sin\theta$ である。

検算 6.1:

角半径 地球上で 縁での面積倍率 超過
$0.01^\circ$ 約 $1\,\mathrm{km}$ $1.00000000508$ $5.08\times10^{-7}\,\%$
$1^\circ$ 約 $111\,\mathrm{km}$ $1.00005077137$ $0.00508\,\%$
$10^\circ$ 約 $1100\,\mathrm{km}$ $1.00509505798$ $0.5095\,\%$
$30^\circ$ 約 $3300\,\mathrm{km}$ $1.0471975512$ $4.7198\,\%$
$90^\circ$ 半球 $1.57079632679$ $\mathbf{57.0796\,\%}$

観察 6.2 町の地図は十億分の五しか狂わない。ゆえに日常では球面であることに気づけない。気づけないことと、無いことは違う。そして半球まで広げれば $57\,\%$ である:狂いは面積とともに増え、小さくしても消えはしない。

7. 仕立屋がすでに知っていること

半径 $a$ の平らな円板を、半径 $R$ の球面に載せる。縁は $2\pi a$ から $2\pi R\sin(a/R)$ に縮まねばならない。

検算 7.1:

$a$ $R$ $a/R$ つまむべき縁の割合
$1$ $20$ $0.05$ $0.0417\,\%$
$5$ $20$ $0.25$ $1.0384\,\%$
$10$ $20$ $0.5$ $\mathbf{4.1149\,\%}$
$10$ $10$ $1.0$ $\mathbf{15.8529\,\%}$

観察 7.2 この不足そのものが、曲率の目に見える姿である。ダーツも、地球儀の舟形も、みかんの皮も、全部この一つの数の支払いである。そして支払わずに済ませる方法は無い。つまむか、切るか、伸ばすかの三択である。

8. 分離子と柵

観察 8.1 (分離子) 「曲がっている」を分けているのは外から見るか、内から測るかである。円筒は外から見れば曲がり、内から測れば平ら、球面はどちらで見ても曲がっている。地図に効くのは内側のほうだけである。

観察 8.2 (柵) 「平面に写せる」という言い方を囲っている柵は、ガウス曲率が零であることである。柵の内側(円筒・円錐・平面)では完全に写せ、外側ではどんなに巧くても写せない。これは「精度の問題」ではない:零と一の違いである。

観察 8.3 論文203・209 と同じ形である。どちらも、手を尽くしても動かない量が、できることの境界を決めていた。ただし違いが一つある:あちらでは不変量が二つの対象を分けたが、ここでは一つの対象について、あらゆる描き方を貫いた。「不変」という言葉も、何に対して不変かを言うまで定まらない。

9. 点呼と結び

本稿が測ったことを並べる。

  1. メルカトルは角を守り面積を捨てる(検算2.1):$85^\circ$ で $131.6$ 倍。
  2. ランベルトは面積を守り角を捨てる(検算3.1):$60^\circ$ で $73.74^\circ$。
  3. 中間を取れば両方悪くなる(検算3.2)。
  4. どの地図でも曲率は $1$(検算4.1):三つの計量、六つの点、すべて。
  5. 円筒は $0$(検算5.1):だから紙は巻ける。
  6. 小さければ困らない(検算6.1):$1\,\mathrm{km}$ で $5\times10^{-7}\,\%$、半球で $57\,\%$。
  7. 円錐にするには縁を $4.11\,\%$ つまむ(検算7.1)。

結び:世界地図が嘘をつくのは、描き手が下手だからではない。どの投影で描こうと、その地図自身の計量から測ったガウス曲率は $1$ のままであり、平らな紙のそれは $0$ である。支払わされているのはこの一つの数の差であって、支払い方だけが選べる:角度で払うか、面積で払うか、両方で少しずつ払うか。払わない道は無い。そして町の地図では請求が十億分の五にまで小さくなるので、日常では請求書が届かない。届かないことを、請求が無いことと読み違えたときにだけ、地図は嘘になる。

参考文献

  1. Gauss, C. F. (1828). Disquisitiones generales circa superficies curvas. Göttingen: Dieterich.
  2. Tissot, N. A. (1881). Mémoire sur la représentation des surfaces et les projections des cartes géographiques. Paris: Gauthier-Villars.
  3. Struik, D. J. (1961). Lectures on Classical Differential Geometry. Second edition. Reading: Addison-Wesley.
  4. do Carmo, M. P. (1976). Differential Geometry of Curves and Surfaces. Englewood Cliffs: Prentice-Hall.
  5. Spivak, M. (1979). A Comprehensive Introduction to Differential Geometry, Volume 2. Second edition. Berkeley: Publish or Perish.
  6. Snyder, J. P. (1987). Map Projections: A Working Manual. Washington: United States Government Printing Office.
  7. 山岸勇輝 (2026). 「曲率を測った」は、どの多様体の話か [論文27]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22090333
  8. 山岸勇輝 (2026). 曲率は内在的である [論文91]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21758406
  9. 山岸勇輝 (2026). 内から測れるものは、必ずどこかに住める [論文158]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22092143
  10. 山岸勇輝 (2026). 「まっすぐ」は「最短」を意味せず、柵は二つある [論文198]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22107954
  11. 山岸勇輝 (2026). 臨界点の個数は大きく動くのに、交代和だけは一度も動かない [論文203]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22109443
  12. 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
  13. 山岸勇輝 (2026). 足し続けると、答から遠ざかる [論文211]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111772

作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。

書誌

山岸勇輝(2026)「どんな地図も、必ず何かを歪める」[論文212]. Zenodo.
DOI: 10.5281/zenodo.22112104

YOI 212第1版・2026年8月ビットコインに記録済み

日付の証拠(OpenTimestamps):日本語版の .ots・英語版の .ots・SHA256SUMS

予備の置き場所(ミラー。中身は上と同じです):PDF 日本語・PDF English・SHA256SUMS

住所:https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/212・DOI 10.5281/zenodo.22112104・CC BY 4.0・プレプリント(査読を経ていません)・ORCID 0009-0006-8587-3450

引用するとき

山岸勇輝 (2026). どんな地図も、必ず何かを歪める [論文212]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/212 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22112104

Yamagishi, Y. (2026). Every Map Must Distort Something [Paper 212]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/212; DOI: 10.5281/zenodo.22112104

@misc{yamagishi2026yoi212,
  author = {Yamagishi, Yuuki},
  title = {Every Map Must Distort Something},
  year = {2026},
  howpublished = {YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/212},
  doi = {10.5281/zenodo.22112104},
  note = {Preprint, edition 1}
}
指紋(SHA-256)と確かめ方
57501b3a35d0df5a1de88f77447314a01104cf90cd8c7450213fb9d8091c6ad7 yamagishi_yoi212_v1_jp.pdf
a281706261af0e3de37c924a29747038bb87c73e5847f9cf62a73b82a8e30c0c yamagishi_yoi212_v1_en.pdf

PDF と .ots を同じ場所に保存し、opentimestamps.org に .ots、続けて PDF を落とすと、記録された日時が表示されます。PDF が 1 バイトでも変わっていれば通りません。