要旨
「もとに戻る」という一つの言い方が、少なくとも三つの別の事柄を指している。本稿は $f(t)=\sin t+\sin(\sqrt2\,t)$ を測り、正確に戻る/決して正確には戻らない/いくらでも近くまで戻るを数で分ける。新しい数学定理も新しい法則も主張しない。
第一に、振動数が一つなら正確に戻る。$\sin t$ の $T=2\pi$ でのずれは $8.27\times10^{-43}$、すなわち計算精度の零である(第2節)。
第二に、二つになると決して正確には戻らない。$T$ を $10^5$ まで探しても最小のずれは $6.38\times10^{-4}$ で、零には決して届かない。届けば $\sqrt2$ が有理数になってしまう(第3節)。
第三に、これが本稿の芯である。良い戻り時刻を選んでいるのは $\sqrt2$ の連分数であり、その収束分母 $q$ に対してずれ $\times\,q$ が一定に落ち着く。その値は $\pi/\sqrt2=2.2214414690791831$ であり、$q=470832$ で十二桁一致した(第4節)。
第四に、良い時刻は疎らではない。ずれが $0.1$ 未満になる $T$ の最大の間隔は、探索範囲を $10^4$ から $4\times10^4$ に広げても $182.182$ のまま動かない(第5節)。
第五に、$\{n\sqrt2\}$ の隣り合う間隔は、$N$ をどれだけ大きくしてもちょうど三種類であった。$N=10,50,200,1000,5000$ のすべてで $3$(第6節)。
射程(何を示さないか)
新しい数学定理も新しい法則も主張しない。ボーアの概周期関数、ワイルの等分布定理、三距離定理、連分数による最良近似は、いずれも標準的である。概周期関数の理論を展開しない。扱うのは二つの振動数の和ひとつである。KAM 理論も共鳴も扱わない。運動は線形で、相互作用が無い。実在の系について何も主張しない。論文81 との関係:81 はポアンカレ回帰を扱い、戻る時間の長さ(宇宙が先に終わる)を言った。本稿が分けるのは「戻る」という語そのものである。論文199 との関係:199 では乱歩が $d\ge3$ で戻ってこられなかった。本稿の流れは何次元でも必ず近くまで戻る。同じ語の下に、まったく別の機構が二つある。名前について:体系には「ボーア」が四編(論文14・15・22・180)あるが、その全部がニールス・ボーアであり、ハラルト・ボーアは本稿が初出である。加えたのはずれの閉じた形を標本と突き合わせたこと、最小のずれが探索範囲とともに落ちても零に届かないことを見たこと、連分数の分母でのずれに $\pi/\sqrt2$ という閉じた形を見つけて十二桁で確かめたこと、良い時刻の最大間隔が範囲を広げても動かないことを測ったこと、三距離定理を五つの $N$ で確かめたこと、滞在時間の割合が $(\varepsilon/\pi)^d$ に一致することと、平均回帰時間が $\varepsilon^{1-d}$ で伸びることを測ったことである。
1. 記法と位置づけ
$f(t)=\sin t+\sin(\sqrt2\,t)$ とし、時刻のずらし $T$ に対するずれを
$$ D(T)=\sup_t\bigl|f(t+T)-f(t)\bigr| $$
とする。加法定理から $D(T)=2|\sin(T/2)|+2|\sin(\sqrt2\,T/2)|$ であり(二つの位相は独立に動くので上限は和として達成される)、これを標本と突き合わせて確かめた。
言葉を三つに分ける:周期的とは $D(T)=0$ となる $T>0$ があること、準周期的とは有限個の通約不可能な振動数の和であること、概周期的とはどの $\varepsilon>0$ に対しても $D(T)<\varepsilon$ となる $T$ の集合が相対稠密(間隔が有界)であることをいう。
位置づけ:論文100 は「一語・複数の別根」を体系の規律として掲げた。本稿はその一例として「戻る」を扱う。論文212 では、地図をどう描いても曲率が動かなかった。ここでは、どれだけ待っても零にならないものがある。
2. 振動数が一つなら、正確に戻る
検算 2.1:$\sin t$ について $T=2\pi$ でのずれは $\mathbf{8.27\times10^{-43}}$ であった(多倍長四十桁での計算であり、これは零である)。
観察 2.2 ここでの「戻る」は完全な一致である。時計の針は、十二時間後に同じ位置に来る。近いのではなく、同じである。
3. 二つになると、決して正確には戻らない
$D(T)=0$ には $\sin(T/2)=0$ と $\sin(\sqrt2\,T/2)=0$ の両方が要る。すなわち $T=2\pi m$ かつ $\sqrt2\,T=2\pi n$、ゆえに $\sqrt2=n/m$。これは成り立たない。
検算 3.1:それでも、どこまで小さくなるかを探す。
| 探索範囲 | 見つかった最小のずれ | そのときの $T$ |
|---|---|---|
| $100$ | $0.1306972119$ | $75.529$ |
| $1000$ | $0.0226091208$ | $439.845$ |
| $10^4$ | $0.0016225294$ | $6188.936$ |
| $10^5$ | $\mathbf{0.0006381664}$ | $51013.182$ |
観察 3.2 落ちて、落ちて、決して零に届かない。ここが第2節との決定的な差である:「いくら探しても見つからない」のではなく、無い。そしてそれを保証しているのは、$\sqrt2$ が有理数でないという一行である。論文209 でも、届かないことを保証したのは整数の性質であった。
4. 芯:戻りの良さを決めているのは、連分数である
$T=2\pi q$ と取れば $\sin(T/2)=0$ は正確に成り立つから、残るのは $2|\sin(\pi q\sqrt2)|$ だけである。これを小さくする $q$ は、$q\sqrt2$ を整数に近づける $q$、すなわち $\sqrt2=[1;2,2,2,\dots]$ の収束分母である。
検算 4.1:
| $q$ | $T=2\pi q$ | ずれ $D(T)$ | ずれ $\times\,q$ |
|---|---|---|---|
| $12$ | $75.398$ | $0.1846961736$ | $2.2163541$ |
| $70$ | $439.823$ | $0.03173273705$ | $2.2212916$ |
| $408$ | $2563.540$ | $0.005444698669$ | $2.2214371$ |
| $2378$ | $14941.415$ | $0.0009341637255$ | $2.2214413$ |
| $13860$ | $87084.948$ | $0.000160277162$ | $2.2214415$ |
| $80782$ | $507568.276$ | $2.749921355\times10^{-5}$ | $\mathbf{2.2214415}$ |
観察 4.2 この定数には閉じた形がある:$\pi/\sqrt2=2.2214414690791831$ である。$q=470832$ で測った値は $2.22144146907587$ であり、十二桁一致した。
観察 4.3 どこから来た数かを言っておく。収束分母では $|q\sqrt2-p|\approx 1/(2\sqrt2\,q)$ であり、ずれはその $2\pi$ 倍だから $\pi/\sqrt2$ になる。分母の $\sqrt2$ は$\sqrt2$ がどれだけ有理数から遠いかを測っている。つまり「どれだけ良く戻れるか」は、振動数比の無理性の深さそのものである。
観察 4.4 そして収束分母以外の $q$ では、これほど良くならない。第3節で範囲 $10^4$ の最良が $T=6188.936$ だったが、これは $q=985$、すなわち収束分母そのものである。探索は、連分数が先に知っていた答を見つけ直したにすぎない。
5. そして、良い時刻は疎らではない
検算 5.1:$D(T)<\varepsilon$ となる $T$ を範囲 $L$ まで拾い、隣り合うものの間隔を測る。
| $\varepsilon$ | $L$ | 個数 | 最大の間隔 | 平均の間隔 |
|---|---|---|---|---|
| $0.5$ | $10^4$ | $363$ | $44.244$ | $27.614$ |
| $0.5$ | $4\times10^4$ | $1447$ | $\mathbf{44.244}$ | $27.653$ |
| $0.2$ | $10^4$ | $145$ | $106.706$ | $69.420$ |
| $0.2$ | $4\times10^4$ | $574$ | $\mathbf{106.706}$ | $69.729$ |
| $0.1$ | $10^4$ | $72$ | $182.182$ | $140.795$ |
| $0.1$ | $4\times10^4$ | $287$ | $\mathbf{182.182}$ | $139.702$ |
観察 5.2 範囲を四倍にしても、最大の間隔は一つも増えない。これがボーアの条件(相対稠密)そのものである。$\varepsilon$ を決めれば、どこにいても $182$ 以内に良い時刻がある。「決して正確には戻らない」と「長く離れたままでいる」は別のことであった。
観察 5.3 ちなみに $\varepsilon=0.1$ の $182.182$ は $2\pi\times29=182.212$ にほぼ等しい。間隔を決めているのも、また収束分母である。
6. 三距離定理
検算 6.1:$\{n\sqrt2\}$($n=1,\dots,N$)を周長 $1$ の円に置き、隣り合う間隔の相異なる値の個数を数える。
| $N$ | 相異なる間隔の数 | 値 |
|---|---|---|
| $10$ | $\mathbf{3}$ | $0.071068,\ 0.100505,\ 0.171573$ |
| $50$ | $\mathbf{3}$ | $0.012193,\ 0.017244,\ 0.029437$ |
| $200$ | $\mathbf{3}$ | $0.002092,\ 0.005051,\ 0.007143$ |
| $1000$ | $\mathbf{3}$ | $0.000359,\ 0.000867,\ 0.001225$ |
| $5000$ | $\mathbf{3}$ | $0.000149,\ 0.000210,\ 0.000359$ |
観察 6.2 $N$ をどれだけ大きくしても、値はいつもちょうど三種類である。点は増えるのに、隙間の種類は増えない。しかも三番目はいつも前二つの和である($0.071068+0.100505=0.171573$)。「無理数だから乱雑である」は誤りであった:等分布することと、乱雑であることは別根である。
7. 次元が上がると、戻る値段が上がる
振動数 $1,\sqrt2,\sqrt3,\sqrt5,\sqrt7$ の $d$ 次元トーラス上の流れについて、各角がすべて出発点から $\varepsilon$ 以内にいる時間の割合と、訪れの平均間隔を測る。
検算 7.1:
| $d$ | $\varepsilon$ | 内側にいる割合 | $(\varepsilon/\pi)^d$ | 平均間隔 | 比(予言) |
|---|---|---|---|---|---|
| $1$ | $0.6$ | $0.191062$ | $0.190986$ | $6.27$ | 、 |
| $1$ | $0.3$ | $0.095463$ | $0.095493$ | $6.28$ | $1.001\ (1.000)$ |
| $2$ | $0.6$ | $0.036480$ | $0.036476$ | $13.95$ | 、 |
| $2$ | $0.3$ | $0.009127$ | $0.009119$ | $27.94$ | $1.499\ (1.500)$ |
| $3$ | $0.6$ | $0.006953$ | $0.006966$ | $44.00$ | 、 |
| $3$ | $0.3$ | $0.000873$ | $0.000871$ | $175.06$ | $\mathbf{2.241\ (2.250)}$ |
観察 7.2 内側にいる割合は $(\varepsilon/\pi)^d$ と四桁で一致した。ワイルの等分布定理が、そのまま数になっている。
観察 7.3 (見立てが外れた) 筆者は平均間隔が $(\pi/\varepsilon)^d$ で伸びると見立てたが、外れた。一度の滞在の長さ自体が $\varepsilon$ に比例するので、伸びるのは $\varepsilon^{1-d}$ である。測った比 $1.001,\,1.499,\,2.241$ は、予言 $1.000,\,1.500,\,2.250$ と三桁で合った。振動数が一つなら待ち時間は増えないが、三つなら二乗で増える。
観察 7.4 論文199 との差を書いておく。あちらの乱歩は $d\ge3$ で確率 $1$ では戻ってこない。こちらの流れはどの $d$ でも必ず戻る。分けているのは有界であるかどうかである:トーラスは閉じているので出ていく先が無く、格子は無限なので出ていける。「戻る」という同じ語の下に、まったく別の機構が二つある。
8. 分離子と柵
観察 8.1 (分離子) 「戻る」を分けているのは何を許すかである。
| 言い方 | 要求 | 例 |
|---|---|---|
| 周期的 | $D(T)=0$ となる $T$ がある | $\sin t$ |
| 準周期的 | 通約不可能な振動数の有限和 | $\sin t+\sin(\sqrt2 t)$ |
| 概周期的 | $D(T)<\varepsilon$ の $T$ が相対稠密 | 同上 |
| 回帰的 | 近傍へいつか戻る | 199 の乱歩($d\le2$) |
下へ行くほど要求が緩む。そして緩めた分だけ、別の代価が現れる:準周期では正確さを、高次元では待ち時間を払う。
観察 8.2 (柵) 「いつか正確にもとに戻る」という言い方を囲っている柵は、振動数が一つであること(より一般には、すべての振動数比が有理数であること)である。柵の外では、この文は偽になる。そして惜しくなるのではない:$\sqrt2$ が有理数でない以上、どんなに待っても成り立たない。
観察 8.3 論文211 では、級数が届いてから、また離れた。ここでは、いつまでも届かないのに、離れきりもしない。どちらも「近づく」という語が、一つの絵しか持っていなかったために見えなくなっていた事柄である。
9. 点呼と結び
本稿が測ったことを並べる。
- 一つなら正確に戻る(検算2.1):ずれ $8.27\times10^{-43}$。
- 二つなら決して戻らない(検算3.1):$10^5$ まで探して $6.38\times10^{-4}$。
- 定数は $\pi/\sqrt2$(検算4.1):十二桁一致。
- 良い時刻は疎らでない(検算5.1):最大間隔 $182.182$ が範囲四倍でも不動。
- 間隔はちょうど三種類(検算6.1):$N=5000$ でも $3$。
- 割合は $(\varepsilon/\pi)^d$(検算7.1):四桁一致。
- 待ち時間の見立ては外れた(観察7.3):正しくは $\varepsilon^{1-d}$。
結び:二つの振り子の作る運動は、永久に同じ形に戻らない。それでも、どんなに小さい誤差を指定しても、その誤差の内側に戻る時刻があり、しかもそれは疎らではない。$182$ 待てば必ず来る。「戻らない」と「戻る」が、同じ運動について同時に正しい。どちらが本当かではなく、どちらの意味で言ったのかだけが決められる。そして良い戻り時刻を選んでいるのは、時計でも運でもなく、振動数比の連分数であった。$\sqrt2$ がどれだけ有理数から遠いかが、そのままどれだけ良く戻れるかになっている。
参考文献
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- Khinchin, A. Ya. (1964). Continued Fractions. Chicago: University of Chicago Press.
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- 山岸勇輝 (2026). ポアンカレ回帰定理と時間の矢 [論文81]. Zenodo. 10.5281/zenodo.21733062
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- 山岸勇輝 (2026). 帰ってこられるかを決めているのは、分母の指数である [論文199]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22108396
- 山岸勇輝 (2026). 体積が等しくても、切り貼りでは移れない [論文209]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111317
- 山岸勇輝 (2026). 足し続けると、答から遠ざかる [論文211]. Zenodo. 10.5281/zenodo.22111772
作成にあたって:本稿の着想と内容は、著者自身の考察に基づくものです。文章の構成整理や英訳、数式の確認には AI(大規模言語モデル)の助力を得ました。最終的な内容の解釈や誤りがあれば、それらはすべて著者の責に帰します。お気づきの点があれば、ご教示いただければ幸いです。
書誌
山岸勇輝(2026)「「戻ってくる」には別根がある」[論文213]. Zenodo.
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引用するとき
山岸勇輝 (2026). 「戻ってくる」には別根がある [論文213]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/213 ・ DOI: 10.5281/zenodo.22119380
Yamagishi, Y. (2026). Coming Back Has Distinct Roots [Paper 213]. YOI: https://www.yamagishiyuuki.com/yoi/213; DOI: 10.5281/zenodo.22119380
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